アインザッツ

深矢
@fucaya

この小説は夢小説 (名前変換ができる小説) です。
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本当は君が好きなんだなんて、簡単に言えればよかったのにね。



私には好きな人がいます。

その人はテニス部で、とても人気のある人です。










Einsatz










「いいのかよ?」






隣に座る宍戸くんは私の方を心配そうに覗き込んでいる。

私は宍戸くんのその真っ直ぐで穢れのない目を一瞬だけ視界に入れて、また顔を地面に向けた。

宍戸くんはきりりとした顔で少し乱暴に見える行動をよくとるのだけれど、すごく優しい。

そのことに最近気づいたのだけれど、その優しさはとても今の私には厳しいものだと思った。



頭の中に浮かぶ人物もまた、誰にも負けないくらい優しい人だからだ。





























頭に嫌がらせのように浮かぶ彼に初めて会ったのは桜が散って緑が増えた日のことだった。

3年生になって私達を取り巻く空気がガラリと変わったのに、当たり前のように変わらない人気を誇っている氷帝学園テニス部の練習を私は友達のつきそいで見に行くことになった。

興味がないといっちゃないけれど、興味があるといっちゃある。

花形スポーツテニス部の跡部くんや忍足くんなんかはすごく人気があって、そして、それに伴う端整な顔つきをしているのだ。目の保養になる。

友だちは跡部くんのことが好きで、もう一人の友だちは忍足くんのことが好きだ。

好きといっても憧れの類だと思っているのだけれど。



その日も日課のように私達はテニスコートへと足を運んでいた。

そしてその先で出会ったのだ。彼に。



跡部くんや忍足くんに声援を送る友達の隣で私も一緒になってコートを見ていた。

しなやかに筋肉を動かして汗を輝かせる彼らはやはりとても綺麗で、どことなく羨ましく思った。

そんな風に時間を過ごしていたら急に風が勢い良くビュンと吹いたんだ。

その風を私は運命の風だと思っているんだけどどうなんだろう。

だってその風のお陰で私は彼と出会うことが出来たのだから。



吹き付けられた風に運ばれた砂が私の目に入った。





友だちに一言断って、痛い目を閉じたまま、片方の目を酷使して、水道のある水のみ場へ移動した。

その場はシンとしていて背中から聞こえるテニス部に向けられている歓声が大きく響いていた。

早めに目を洗って戻ろうと勢い良く蛇口を捻る。

そうしたらその勢いが強すぎたのだろうか。

出てくるであろう水に対して差し出していた準備万端の手に思い切り水が跳ね返ったのだ。



そしてそれは私だけに被害をもたらしたのではなかった。






「冷てっ」






私の後ろから聞こえてきた声に身体がビクンと大きく動いた。



恐る恐る振り返るとそこには背の高い銀髪の男の子がいて。

目を丸くする私の前の彼のTシャツには点、点、と所々に色の変わった部分が出来ていた。






「ごめっ・・・」







たいしたことはないと思った。

だって彼よりも前にいた私は制服のシャツをおねしょの跡状態にしていたのだ。

だからそんな雫が少しかかったぐらい大丈夫だとは思ったんだ。



だけど、相手が相手なだけに心配せずにはいられなかった。

だって彼は大人気の花形スポーツ・テニス部の部員だったからだ。

絶大な人気を誇っているテニス部の一員で、しかも、その男の子は見たことがあった子だった。

そうだ。跡部くんや忍足くんと肩を並べるポスト、レギュラーの一人だったのだ。

だからもう、彼のトレードマークである銀色の髪と銀色のクロスをしっかりと視覚に捉えた瞬間、私は自分のシャツのおねしょよりも、彼のTシャツにかかった小さな雫を心配するはめになった。



だってそうでしょう。想像してみて欲しいと思う。すごく有名な芸能人に、もし誤って水をかけてしまったとしたら、どれだけ動揺してしまうだろう。なんてことを、と焦るだろう。

彼らは芸能人ではないけれど、一般の人間から見たら彼らは雲の上にいるような存在で、絶対的で、崇高的で。だから、そんな神様のように扱われている存在の彼らを平凡な一般人が穢してはいけないと、そう思うのは当然なのだ。

逆に言えば、そんな馬鹿げた意識を育ててしまうくらいの存在だということだ。

氷帝学園での彼らは。



私は真っ青になってポケットに手をつっこんだ。

そこにあるはずのハンカチを彼に渡そうと思ったからだ。

必要ないと思いつつも、そうすることで私は自分のしてしまったことを拭い去ろうとした。

でも、ハンカチを掴んだその手をポケットから出そうとするときに私は何故か思考を働かせた。






「(この行動がわざとだと思われたら?)」







自分でもすごく馬鹿だと今になって思う。

だけどその時の私はとにかく訳のわからない焦りに包まれていて、普段考えもつかないような危機感を抱いていた。色んなことに敏感になっていたのだ。

だから私はそう思った。

もし、後ろに彼がいるのを知っていて私がわざと水を飛ばしたんだと、そう彼が思っていたら?






「(気を引こうとしてるな、と思われたら?)」






なんて馬鹿なんだろうと本当に思う。

よくもまぁそんな驚くような予想を立てられたもんだなってため息がでてしまう。

でもその思考から導き出されるその先に、私の手は簡単にポケットの中から抜け出せなくなった。



そう思われるのは嫌だと思った。

私は彼のことなど好きでもなんでもなく、ましてや彼に取り入ろうなんていうしたたかな考えなど一ミクロンも持っていなかったからだ。

目に砂が入って、それが痛いので洗おうとしたら水が飛んだ。それだけだ。

現に今も私の片目は塞がれている、そこにどうか気づいてくれないだろうか。



そんな、一人で考えを固定して、そして一人で焦っている独走状態が瞬時に私の中で起こった。




馬鹿な独り舞台に立つ私に彼は不思議そうに首をかしげた。








「どうしたんですか?」







私は答えられない。ドクドクと心臓が煩い。ハンカチをポケットの中でギュっと握る。

ビデオテープのように早送りが出来ればいいのにと思った。

私は元いた場所に何事もなかったかのように戻りたかった。








「?ポケットに何かあるんですか?」








返事をしない私に彼は続いて言葉を放つ。私なんて無視すればいいのにと思いながら、私が彼を無視するのは決して好ましくないと思ったので恐る恐る口を開いた。というか、勝手に動いた。カリスマの力はすごい。







「ハ、ハンカチが・・・・」



「?・・・ああ!早く出して拭いた方がいいですよ?びしょびしょじゃないですか」



「あ、うん・・・いや、ほんとは貴方に渡そうかと・・・思っ・・・て・・」







自分を拭くために出そうとしたというのは事実と違うので否定しつつも、だけど、先ほどの思考が頭を蠢きだんだんと声が小さくなる。何をしているんだ私は。









「え?俺?」




「いや、決してわざととかじゃな、あ、水、水がね、あの、だからハンカチも・・・」







言いたいことが上手くまとまらず、どんどん訳がわからなくなってくる。

一層、声が小さくなる中、私はこんなことを言えば余計にわざとだと思われるんじゃないかと思い始めていた。だけどここまで来たら否定をするしか道はないと自分で自分を追い込んだ私は、その後も必死に彼にむかって言い訳まがいの怪しい言葉を放ち続けた。



彼はやはり首を傾げていた。

だけどそれは私の言っていることを疑っているといった感じではなくて、私の暴走についていけないといった感じだったので、私はひとしきり暴走を続けたあと、ゆっくりと口を閉ざすことが出来た。









「・・・・・なんかいろいろごめんなさい。謝ります」







尚も首を傾げる彼に、もう勘違いされても蔑まれてもいいやと自暴自棄で最後は頭を下げた。

そうしたら彼は慌てて首を元に戻して片手を少し振ったんだ。








「謝らないでください!よくわからないけど、早くシャツを拭いたほうがいいですよ?それに目も!」








彼は優しく、それは砂糖菓子のように甘く笑った。






















それが彼と私の出会いだった。



それから彼と私は少しずつ近づいていった。

最初はなんとも意識していなかった私だけれど、彼が私に優しく微笑む度に、胸の奥にある何かがギュと締め付けられて、そしてそれは時に甘かったり、苦かったり、酸っぱかったりといろいろ忙しくなりはじめた。



2回目の交流は彼が私を覚えていたようで、テニスコートのフェンス越しに頭を下げてくれたとき。

3回目の交流は昼休みにカフェテリアでご飯を食べているとき。

4回目の交流は朝の登校中、玄関に向かうその途中で部活の朝練を終えた彼に出会ったとき。

5回目の交流は移動教室のとき、6回目は職員室で、7回目はやっぱり応援に向かったテニスコート。8回目、9回目、10回目・・・



どの時間も他愛ない話をしているだけで何か特別彼のことを好きになる事件などは起こらなかったんだけれど、だけど私はその時間を歩む中でゆっくりと、確実に彼を心に住まわせるようになった。



柔らかい笑顔、優しい声、身に纏う温かさ、そして私に与える切ない気持ち。



毎日のようにそれは増えていってどうにもそれは留まることを知らないようだ。

そして、彼を好きだと気づいたのは、それが大きく膨らみすぎて、後戻りできなくなってからだった。



だけど私は幸せだった。

叶わないなんてことは分かっていても、私は彼を想う事が幸せだった。

今までに味わったことのない気持ちをたくさん経験して、そしてそれに一喜一憂して。

毎日が希望に溢れていて、そして、全てが光って見えていた。











「だからいいんだ」










私は座っているベンチの肘掛をさすりながらそう言った。完結に「好きになれたことが幸せだった」と言ってから。それを聞いて尚、何も言わない宍戸くんにそう続けた。

宍戸くんは私の方を未だに見つめているのだと思う。いつもはキリっと上に上がっている眉毛を下げて。きっと心底困った顔をしているに違いない。



宍戸くんを困らせてどうするんだと、自分の至らなさに少し目の前がぼやけた。嘘だ。彼のことを再び思い出して私は目頭を熱くした。



























「俺にまかせてください」






時間と共にどんどんと好きになっていく中で、ある日突然彼は、もとい、鳳くんは私が宍戸くんのことが好きなんでしょう、とそれは嬉しそうに笑った。俺の尊敬する先輩なんです、だから、好きになる気持ちが分かります、と。自分が誰かに好かれたときより嬉しそうだったんじゃないだろうか。



私はその時、驚いた顔をしたはずだ。そう、それは7回目に彼と話をしたときのことだった。

私はテニスコートにいつものように友だちの付き添いで応援に足を運んでいた。

まぁ、この頃には既に鳳くんのことを馬鹿みたいに意識していたので、付き添いという言葉には語弊があるかもしれないのだけれど、そうきっぱり言ってしまうのは恥ずかしいので、付き添いという風に言っておく。

暫く応援をしていたのだけれど、なんとなく思い出の場所、即ち水飲み場に私は足を運んだ。

ここで彼と初めて出会ったんだ。

彼を手の届かない人だと崇めていたのにその彼が今は私の名前を覚えてくれているんだ。

なんだかよくわからない甘さに浸って顔を緩める。



そうしたら初めて会ったときのように鳳くんが後ろから声をかけてきたというわけだ。



どうして私が宍戸くんを好きだと鳳くんは思うんだろうと考えて、すぐに応えは行き着いた。

私はコートに応援に行けば習慣のように鳳くんの姿を目に映していた。

即ち、鳳くんとダブルスを組んでいる宍戸くんの方にも目線が行っていたということなのだろう。

よほど自分に自信が無い限り、なんとなく感じる視線の熱を自分への好意とはとらないだろう。



なんてことだと思った。そんなにバレてしまうくらい私は彼の方を見ていたのだろうかとも思った。

極力ばれないように跡部くんや忍足くんも見ていたはずなのに。

無意識に私は鳳くんばかり見ていたのだろうか。

遠くにいる彼が気づいてしまうくらいの熱を私は彼を想い上げていたというのだろうか。








私は否定をした。



だけど鳳くんはにこやかに笑った。

恥ずかしがらなくてもいい、と。協力しますよとも言った。






私は、何も言えなくなってしまった。












だって私はそこではじめて彼に対してしたたかな考えを握ってしまったのだ。



決して、彼の雰囲気に押し黙ったのではない。

彼に近づけるチャンスだと思ったのだ。

どうせ手の届かない相手なのだ。

そんな神様のような存在の傍にいることが出来る、目にかけてもらえる理由を自分は手にしたのだと思ったんだ。




















「苗字…なんつーかその…」





夕陽がゆっくり沈む中で顔をその色に染めた宍戸くんが困った顔で私に話しかけた。

私が流してこそいなかった涙を目に溜めていたので宍戸くんは本当にどうしたらいいのかわからない様子だ。その言葉も迷って迷って口にしたのだろうと思った。

もう部活の終わりそうな時間で、そして、宍戸くんは休憩時間からこっちずっと私の傍にいてくれていた。たまたま休憩時間に私と会話したばかりに宍戸くんはそれ以降私の傍を離れることが出来なくなったのだ。鳳くんの姿を見て涙を零してしまうなんて不覚中の不覚だ。宍戸くんは急に遠くを見つめて涙を見せた私を落ち着かせる為に手を引いてテニスコートの近くにある静かなベンチに足を向けた。

なんて優しい人なのだろうと思った。女の子に宍戸くんは慣れていない。そんな彼がどうしていいかわからないながらも言葉をかけようとしてくれている。その優しさが私の胸で熱くなった。こんなときに、優しくされたら余計に涙が出てしまうのだ。涙が一滴頬を流れた。ごめんね宍戸くん。






「ごめんね、本当に・・・こんなにつき合わせちゃって」



「いや、それはかまわねーよ」



「部活、殆どさぼっちゃったね」



「ハハ、後で自主練すっから気にすんな」






宍戸くんは苦笑した。これ以上迷惑をかけてはいけないと思った。

今更遅いよね、ごめんね。ごめん。

私は宍戸くんの方を見て一度笑顔を作ってから、その場に腰を上げた。宍戸くんからはきっと腰を上げそうになかったからだ。私はここにきて漸く、空気を読めるようになってきた。宍戸くんは私を見上げた。






「帰る。本当にごめんね。本当にごめん」







宍戸くんは「ああ」と頷いた。私は足を動かした。























鳳くんが私の宍戸くんとの仲に協力するといってからまもなくして、彼は私の携帯番号を聞いてくれた。「俺は宍戸さんといることが多いんで、チャンスがありそうならメールします」嬉しそうに笑って、携帯をカチカチと動かしている姿はとても幸せそうだった。私もきっと幸せそうに見えたろう。本当に好きな人の鳳くんに携帯番号を聞かれ、そして彼の番号も教えてもらえたのだから。あの時頷いたからこの幸せは手に入っているのだと、その時は自分の選択は間違っていなかったと漠然と思った。



初めてメールが来たのは天気のいい水曜日だった。メールの内容によると水曜日は部活が休みの日なのだそうだ。そして、宍戸さんと一緒に帰れるようにできたから玄関で待っていてください、とそんなメールが私の携帯に届いた。私はとても嬉しかった。最早、彼が勘違いしていることなど意識の外に放りだしていた。鳳くんと一緒に帰れる、いや、それ以前に、彼からメールが来たことが嬉しくてたまらなかった。浮かれて足を進めたその先に、仏頂面の宍戸くんと苦笑いをしている鳳くんがいた。



宍戸くんは最初、とても嫌そうな雰囲気で、私が話しかけても「ああ」とか「そうだな」とか一言の返事しかくれなかった。ときどき小さな声で「なんなんだよこの状態は」とも言っていた。そりゃそうだろう。宍戸くん、鳳くん、私。いつも並んで帰るときはそんな肩の並べ方をしていた。鳳くんは無愛想な宍戸くんとそんな彼と仲良くなりたい女の子(つまり私)の間を宣言どおり取り持とうとしてくれていたのだ。宍戸くんにはさぞかし迷惑だっただろう。だって私は宍戸くんのことなどなんとも思っていなくて、そして鳳くんの隣を歩けるという好ポジションに厭らしいぐらいの笑顔を顔に載せていた。気持ち悪いにも程がある女の子と無理やり仲良くさせられているのだから。



鳳くんはいつも私と宍戸くんの間を取り持ってくれていた。



そしてその努力の甲斐が実り、いまや私と宍戸くんは普通に世間話をするくらいにまで関係性を深めていた。ああそうだ、私のお兄ちゃんがビリヤードをしているという話題が項を奏したのだ。宍戸くんはビリヤードも大好きだったらしかった。

友だちとは言い難いけれど、だけど、女の子が苦手な宍戸くんなのだから私はきっとすごい人だ。そうしてくれたのは鳳くんなのだから一番すごいのは鳳くんなのだけど。



そんなこんなで宍戸くんと仲良くなりつつあった日々の中のある日、そんな幸せな日々を変えてしまう事件が起こった。















それは私が移動教室でちょうど、宍戸くんのクラスの前を通っていたときだった。

時間に少し余裕があったので、ゆっくりと友だちを会話しながら歩くその視界に大好きな銀髪が入ってきたのだ。

私は驚きながらそれがチラリと見えた教室の中を見た。そうしたらそこには宍戸くんに何かプリントのようなものを渡している鳳くんがいたのだ。宍戸くんのとなりには向日くんも立っていて、同じプリントを手にしてそれを見つめていた。ドキン、といつも通りの大きな音が心に響いて、そしてじわじわと嬉しい気持ちが湧き上がる。

まさか三年生の教室で彼の姿を見ることができるなんて。放課後じゃない、今、彼の姿を見ることができるなんて。

どんどん私の顔は緩んでいった。そうしたら腕の中に納まっていた教科書とノートがバランスを崩して床に落ちてしまった。どうやら顔が緩むのと同時に腕も緩んでしまったらしい。私は慌ててその場にしゃがんでそれに手を伸ばした。教科書とノートだけだと思っていたら、ノートの後ろに挟んでおいたプリントまでばら撒かれている。こんなところに挟んでおくんじゃなかったと私は少し後悔をした。







「先輩?」







教科書を腕に抱きなおして、次はプリントをノートに挟みなおそうとしていたら急に上から声が聞こえてきた。なんとなく、見つかった、って思った。

私は顔の熱が上昇するのを感じながら、ゆっくりと顔を上げる。








「やっぱり先輩だ。落し物ですか?」



「あ、うん」






君のせいで落としたなんてことは言えない。







「俺も拾ってあげます」







曖昧な返事をした私に、鳳くんはにっこり笑って大きな身体を折り曲げた。

いいよ、って言おうとしたけれど、もう彼は素早くしゃがみこんでしまっていたのでやめておいた。

意識をプリントに戻して手を伸ばす。どれをとるか目線を定めてそれに触れた。




そうしたら別のものも私の手に触れたんだ。









「あ、」



「あ、」







プリントを掴んだ私の手の上に別の手が重なった。鳳くんの手だった。












そう意識したときにはもう私の今まで築き上げてきていたものは粉々になり始めていた。


















これ以上ないくらいに真っ赤になる顔、そして素早く引っ込めた別の温度を感じた手。

心臓は煩いくらいにけたたましく鳴り響き、私は彼に言葉を発することすら出来なくなった。



鳳くんは驚いた顔をして私を見つめた。それはとてもとても驚いた顔だ。





ばれる。





ドクンドクン、心臓が大きく響く。



私は林檎よりも真っ赤な顔を彼の見開いた目から背けるしかなくなった。







ばれたばれたばれた。









したたかに彼の勘違いを利用して、甘い雫を味わっていたことがばれた。



彼のことが好きだと、宍戸くんではなく彼が。彼が好きなのだと、ばれた。



いとも簡単に、たった数分のうちに。









鳳くんの首に下がっている銀色のクロスがシャランと一度揺れた。





























そして次の日。その日から、彼は私に関わることを停止した。



朝練後に、もうすぐ玄関につくというメールがなくなって、

休み時間の廊下で遠くに姿が見えても足を止めることがなくなった。

カフェテリアであたかも自然に隣に座って世間話をすることもなくなったし、

部活をフェンスの外から眺めても、目が合うことはなくなった。



嬉しそうに微笑んでくれたあの顔が忘れられない、と思った。

宍戸くんの肩を叩いて、それから私の方をもう一度見る。そんなゆったりとした彼が酷く何度も残像として目の前をよぎった。苦しくて苦しくてやりきれないほど、とても痛くて。



嘘をついて、たくさんの甘い雫を味わったから、きっとその分だけ痛いのだろうと思った。






涙がいっぱい出た。鳳くんには届かない涙がいっぱい、出たんだ。




















いつ好きになったんだろう。



彼のことなど好きではなくて、でも出会って。よくわからないうちにどんどん仲良くなって。

そして彼は私の恋を応援するといって、だけど、私の恋はもうその時既に鳳くんに向かっていた。

とても早い流れだったように思う。

そんな速さに私はのまれ、そして流されすぎてしまった。

いつでも戻れるように岸辺を何度も確認をしていたはずだったのに、最近はもうそんなことはしなくていいことのように忘れていた。

視線は彼に確かに向かって、だから、遠くまで流されすぎたことに気づかなかったんだろう。



彼のことを、鳳くんのことを私は初めて出会った時の何倍も好きになっている。






鳳くんと仲良くなるということは、結果こうなるということだったんだろうか。






知らなければ良かったなんて言ってはいけない。

仲良くならなければ良かったなんて言ってはいけない。



自分でチャンスをあざとく手にしたんじゃないか。

何も知らない振りをして、彼の傍にいられる証書を手にしていたんじゃないか。







もう戻れない。



私は流されながら、岸辺に戻ることだけを考えるしかない。







ずっとずっと、視界に入れていた彼の姿は、パチンと泡のように消えてしまった












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