シャワーゲート=トランスファー

甲殻類
@tarabadaYO

出会ったのは裏庭にある学校の中で一番大きな木の根元。 金色の木漏れ日が眠る彼に降り注ぎ、それはそれは物語のような光景だった。

あまりにものどかなこの場所では小鳥のさえずりが響き渡り、ここだけ周りから切り取られたようにゆっくりと時間が進んでいる様にさえ感じる。


彼のことは以前から知っていた。

200人を越える生徒が所属するテニス部で、ほんの少しの人間しか得ることが出来ないレギュラーの座にいるのが彼、芥川慈郎くん。 そんな凄い人なのに授業中どころか見る度に眠っているので、きっとテニス部でレギュラーじゃなくても目立つ存在だったんだろうな、なんて。


まさに天使のような寝顔、とはこのことを言うのだろう。 何も怖いものはない、とでも言いたげな安心しきった表情で寝息を立てている芥川くんだが、今は休み時間終了10分前だ。 今起こさないと次の授業には間に合わない。 全く話したことがない、むしろ初対面だがここで起こさずに自分だけ授業に間に合うのもなんだか後味が悪い。 私は意を決して眠る芥川くんの肩に触れようとした、その時だった。

彼の肩を揺する前に私の腕が彼によって強く捕まれ、そのまま引き寄せられる。 驚いて目を見開いた先には、先程の気持ちよさそうに眠っていた芥川くんはいなかった。 見たことのなかった芥川くんの瞳はまるで宝石のようで、こんなにも綺麗な瞳を見たことがない。 そう思えるくらい彼の瞳は輝いていた。



「君は――」







芥川くんと出会ってから数日、私はよくこの場所に来ていた。 彼と初めて会った学校一大きな木の下、ここに来ると眠る彼がいつも居る。



「芥川くん、こんにちは」

「……あれ? おはよ~」



彼は眠い目を擦ったあと、強ばった体をほぐすためにグッと腕を伸ばした。 そんな彼の隣に腰を下ろし、上を見上げるとざわざわとなる葉の隙間から、木漏れ日が降り注いでいる。

彼とはこの場所でよく会うようになっていた。 特に彼とやることもなく、他愛もない話をして、二人でうとうとして、そして予鈴がなる頃、眠そうな芥川くんを起こしてクラスへ戻っていく。 そんな何気ない時間を過ごすのがとても大好きだった。 君の隣は安心するね、なんて自分が彼の特別かのように錯覚してしまう言葉を簡単に口にする。 そんな彼との時間がとても好きだった。






「最近芥川くんと仲いいね」

「そんなことないってば……」



廊下を歩きながら友人にそう返事をする。 彼との木漏れ日の時間はこの友人にしか話していない。 彼はなんだかんだ言って人気者だ。 私は芥川くんを友人の一人として接していても周りは許さないかもしれない。 それにわざわざ言いふらす程のことでもなかった。

そんな話をしていると噂の芥川くんが眠そうに欠伸をしながらやってくる。 クラスが離れているので校舎内ですれ違うことは今まで殆ど無かったので、慣れない場所で彼を見るのは新鮮でもあり、なんだか気恥ずかしかった。

しかし友人に会って声をかけないのもおかしいし、少し緊張しながらもすれ違う寸前に彼に声をかけた、が。



「芥川く……」



彼は私に見向きもしなかった。 まるで全く知らない人のように。

大丈夫? と言った友人に返事をすることも出来ず、私の思考回路は固まったままだ。 絶対に聞こえてない理由はない、そんな距離じゃなかった。 なんで、なんで。 ねえ、嘘だよね。




昼休み、私は走ってあの場所へ向かった。 もし彼がいなかったらどうしよう、なにかしてしまったのだろうか。 彼に嫌われたままでいるのは嫌だ、折角仲良くなれたのに。

息を切らし、いつもでは考えられない程重い足で彼の元へ走った。 大きな木の麓、彼はそこにいる。



「どうしたの~、そんなに慌てて」



私を見つけた彼はそう言っていつもみたいにニコッと子供のように笑った。 急いで来たので私は呼吸が整わず、肩で息をしているため声が出ない。 力が抜けたようにその場に座り込み、いつもの芥川くんがいることを確認した。 さっきのあれはなんだったのか。



「さっき、ろう、かで……」

「これ新発売のポッキーなんだけど、一緒に食べようと思って持ってきたんだC~」



私の様子なんて無視で、彼はいつもと全く変わらず楽しそうにポッキーの箱を開け始める。 もしかするとあれは本当に気づいていなかったのかもしれない。 これ以上聞いて鬱陶しがられるくらいなら言わない。 そう、これでいいんだ。



そこからも変わることは無かった。

裏庭で二人でいる芥川くんは優しいけれど、学校の中で会う芥川くんは私のことは見えていないらしい。 友人に本当に仲良いの?って聞かれるけどもうそんなこと気にしない。 だって私にはあの場所がある。 あの場所に行けば、きっと。

そんなある日のことだった。

私は見てしまった、彼が違う誰かに告白されているところを。


頭が真っ白になる。 その次に襲ってきたのは不安と焦り。 きっと彼にとって私は特別な存在ではない。けれど、私にとって彼は特別な存在だった。 告白をしているのは女の私も可愛いと思う隣のクラスのあの子。 もしあの告白を受けるのならば、あの裏庭での幸せな時間は無くなってしまう。 その日の授業は全く身に入らず、時間が進む毎に私の焦りもどんどん膨らんでいった。



終礼が終わり、私は急いであの裏庭へと向かう。 彼は部活だから来ない。 分かっていてももしかしたら彼がいて、いつものように名前を呼んでくれるんじゃないか、そんな淡い期待、だけど強い願いを抱えて私は走った。


当然彼は木の下にはいなかった。 彼のいない寂しい景色がただ広がるだけ。 分かっているのに、いつもいない時間だと分かっているのに、彼がいない事が辛くて辛くてたまらない。 涙が止まらず、その場に崩れ落ちる。 もうあの時間を2人で過ごせなかったらどうしよう。 そのことで頭がいっぱいだ。 胸の奥がどうにも苦しくてシャツを握りこみ、胸の内を吐き出すように涙と声を出した。



「どうかしたの?!」



1人苦しみながら泣いていた時に後から聞こえた聞きなれた声。 その声が聞こえた瞬間、私のどうにもならなかった感情がふと軽くなったような気がした。 涙は自然に止まり、ゆっくりと振り向き泣き腫らした目でその声の主をしっかり見る。 そこにいたのは私が求めて求めて仕方なかった芥川くんだった。

彼は制服ではなくテニス部のユニフォームを着ていて、まるで違う人に見える。



「芥川くん……」

「何かあった? 誰かに何かされた?」



芥川くんは私の前でしゃがみこみ、珍しく焦った様子で私にそう問いかけた。 芥川くんがいる、その嬉しさにまた涙が溢れてくる。



「芥川くんと、もう、こうやって話せなくなるの……?!」

「そんなことないC!! いきなりどうしたの?」

「だって、さっき、告白……」

「……見られちゃってたんだ。 勿論断ったに決まってるC~」



断った、彼から発されたその言葉に驚いていると彼の腕が伸びてきて、そのまますっぽりと腕の中に閉じ込められてしまった。 腕に力がぎゅっと入り抱きしめられると、それをようやく理解した私は驚きと恥ずかしさから、その腕から逃げようと体を動かした、が。



「逃げないで」



いつものふわふわした口調ではなく、少し強い言い方に私の動きは止まった。 抱きしめられたせいで彼の口が私の左耳のすぐ近くにあって、話す度に吐息や音の振動が大げさに聞こえて、心臓が激しくなり落ち着かない。

すると彼の腕の力が少し強くなり、耳元で口を開く感覚がした。



「俺が好きなのは、君だよ」



その言葉に体がビクッと震える。 今彼はなんてーー



「だって、学校でーー」

「好きでもない人はこんなところで待たないし、君がいれば眠くても色んな話をしたいって思ってるC」



声は自信満々にそう聞こえたが、抱きしめる腕は少し震えていた。 芥川くんの気持ちが伝わってくるような気がする。……そっか、彼も同じ気持ちでいてくれたんだ。 何も焦ることは無かった。 ただ私も自分の気持ちを素直に伝えるだけでよかったんだ。



「私も、芥川くんが好き」



お返しと言わんばかりに私も腕を芥川くんの背中に回し、彼に負けないぐらいの力で彼を抱きしめた。 そうすると芥川くんは嬉しいのかふっ、と耳元で笑うので擽ったくなり、私も釣られて彼の肩に顔を乗せ、その幸せな気持ちを笑い声にする。 私はとても幸せだ。







晴れて恋人同士となった私たちは彼の部活が終わるのを待ち、一緒に帰っていた。部活お疲れ様、なんて言うと格好もつけずに疲れた~、と肩に顔を預けてくる。


「ちょっと、恥ずかしいよ」

「さっきまで泣いてたのにもうすっかり泣き止んでるC~」



それは言わないで、と言った声は恥ずかしさもあったが、嬉しさから弾んだ声色になる。 そんな彼は私を見ると一瞬だけ、フッと笑い、何歩か前に進むと立ち止まり口を動かす。



「ねえ、そんなに俺がいないと不安だった?」



彼の表情は逆光で見えなかったけれど、やけに綺麗な夕焼けだった。

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