君の気持を教えて

かいわれ
@tatannotatann

 緊急招集の指定場所である大広間は、いつもは刀剣男士たちの食事の間・宴会の間として使用されている。春に襖を開け放てば見事な一本桜を見る事ができ、幾つもの花びらが運ばれて来る風通しの良い場所だ。

 しかし、晩冬の今はそれが完全に裏目に出ていた。続々と集まる刀剣男士と共に流れ込む風は身を切る様に冷たく、既に数十振りと集まっているにも関わらず、大広間の中の温度は一向に上がる気配を見せない。

 山姥切はその寒さに一等、体を強張らせていた。

 審神者の体調が優れないため、今日はどの部隊も出陣していない。だから大広間には全刀剣男士が集合する。……そのはずなのに。

 大広間の中に、温かな白い気配が見当たらない。

 どうしてかやってこない鶴丸に、山姥切の心の中には言いようのない寒さが募っていた。

「緊急招集なんて穏やかではないねえ。主の体調の事じゃなければいいけど……」

「そう言えば、担当殿がお見舞いに来ていました。滅多に本丸には来られないのに…やはり主様に何かあったのでしょうか?」

 主に何かあったのではないか。多くの刀剣男士たちはそちらに気を揉んで、鶴丸の不在には気づいていない。

 それがまた、どうしてか山姥切の中に焦りを生む。ぞくりと首筋の産毛が立つ。


 ――探しに……

 耐え切れず、床に手を置いて立ち上がろうとしたその時。こんのすけと初期刀の加州、近侍の長谷部と共に見覚えのない人間の気配が近づいて来ることに、山姥切は気が付いた。

 この本丸担当の役人と山姥切が顔を合わせるのはこれが初めてだ。

 ――あまり、好ましくない。

 山姥切は直観的に担当の気配をそう受け取り、眉をしかめた。爽やかでほのかに甘い主の気配とは違う、氷のように固く冷たい気配。

 恐らく彼らの到着で緊急集会は始まる。探しに行くのは断念するしかない。

 審判者は寝込んでいるため来ないのだろう。しかし、今朝普通に朝食に出ていた鶴丸はどうして来ない?

 ―― 一体どこにいるんだ……

 山姥切は布を引っ張り合わせ、寒さをしのごうとする。しかし、それでも感じる冷たさで瞳を揺らさずにはいられなかった。


 鶴丸不在で緊急招集が始まる。

 ……そしてその理由は冒頭で告げられた。



「鶴丸国永を、神隠しを企てた罪で逮捕しました」


 ーー。

 最初、担当だと名乗る人間が何を言っているのか、山姥切は理解ができなかった。

 神隠しは刀剣男士が審神者を神域に連れ去る事。時の政府が、企てるだけで重罪となる特級違反行為に指定している最悪の裏切り行為。そして……神がお気に入りを囲う一種の求愛行動。

 ――それを、鶴丸が?

 嘘だ、と即座に山姥切は斬り捨てる。そうしようとした。

 けれども、もし鶴丸が本当に神隠しを行おうとしたというならば。……恋仲の山姥切は捨てられたという事に等しくて。

 ――無口で面白みのない俺では、いつか飽きられるかもしれない。

 そんな何度も考えたことのある恐怖を思い出してしまい、山姥切の顔は青褪める。


 その間に担当の男は、発覚したいきさつを淡々と述べ始めた。

「審神者様の体調不良の原因を調べたところ、体内から鶴丸国永の神気が検出されました。神気浸食は神隠しの準備行動であり、特級違反行為にあたります」

 刀剣男士が常に纏っている神気は、些細な接触程度では他者の体に留まらず霧散する。それが体調を崩すほど体に溜まっているならば、それは故意に行われたもので間違いない。

「よってこの本丸の鶴丸国永が神隠しを企てたと判断し、政府は逮捕状を発行しました。現在身柄は本丸の規定の部屋にて身柄しています」

 ーー俺は、俺は本当に捨てられ……

 恐ろしい考えから抜け出せず、紫色の唇をただ震わせる山姥切。


 しかし、大広間は逆に巣を攻撃された蜂のような騒めきで埋め尽くされた。

「馬鹿な!鶴さんが主さんを神隠ししようとするなんてありえない!!」

「冗談にしてももっとマシな嘘をついてくださいよ!」

「鶴丸殿はそんなこといたしません!」

 多くの男士が口々に否定の言葉を紡いでいく。

 この本丸の鶴丸国永は二番目の太刀という古株にあたり信頼は厚い。

 その熱のこもった言葉の数々で、呆然としていた山姥切はハッと目を覚ました。

 ――そうだ。鶴丸が俺を捨てることはあっても、主を裏切ることだけは絶対にない……!

 それだけは信じられる。断言できる。

 拠り所を見つけた山姥切は、気を取り直して否定に賛成しようと口を開いた。

 しかし、その思いが声に乗るより早く加州が悲痛な声を張る。


「みんなの気持ちはよく分かるよ!でも!!……どうしようもない証拠が、あるんだ……!」

 そう言った加州がポケットから取り出したのは発光する液体を湛えた瓶。動かされた衝撃でゆらりと動く液体は、力強い白い気配を纏っていた。

 山姥切は目を見開く。

「……鶴丸のだ」

 そう呟いたのは誰の声か。

 瓶の中の液体を構成しているのは、見間違いようのない鶴丸国永の神気。

「……これは主の体から取り出した神気だ」

 虫でも噛んでしまったかのような苦い声で、そう加州は付け加えた。

「そんな……」

 驚愕。

 戸惑い。

 絶望。

 様々な感情を含んだ呻き声が上がる。しかしその中に、それまで夏の蝉のようだった否定の声はない。


 熱のあった否定が無くなってしまうと、大広間はチリチリとした寒さに支配され始める。

「審神者様はあらかたの神気を取り出したので回復に向かわれております。しかしまだ体内に神気は残されており、神隠しの恐れがある大変危険な状況です。よって政府は人命を守ることを最優先と判断し、審神者様に自室にて籠城する命と全刀剣男士の顕現解除の命を下しました」

「……主がここにいないのはその籠城の命ゆえか」

「ぼ、僕たちも顕現解除なんですか?」

「審神者様の霊力を一時封印する形での顕現解除となりますので、鶴丸国永のみ顕現解除とはできません。命令を無視した場合、審神者様は罪に問われてしまいます」

「俺たちは何もするなっていうのかよ…!」

「残念ながら」

 どうしようもできない。そう断言され、刀剣男士は寒さでその体を強張らせていく。


 山姥切国広、ただ一振りを除いて。


 瓶を見る翡翠の瞳には熱が灯っていた。確信の熱が。

 ――やはり鶴丸じゃない!

 気づいた歓喜と分かった安堵で山姥切の心臓は高鳴っていく。体温がどんどん上がる。寒くない。

 何故ならばその目は、鶴丸の無実の証拠を見つけている。


 高まった山姥切は、熱を逃がすために一度息を吐いた。説明するにはある程度の冷静さがいる。

 温かい息は鶴のように白く彩られ、凍えた大広間に溶けていく。それを見届けると山姥切はすっと息を吸い込んだ。

「鶴丸殿はどうなるのですか?」

「審神者様の安全を確保しだい、刀解処分です」

 そんなことはさせない。

「――鶴丸じゃない!」

 重たい処分に誰もが口を引き結んでできた一瞬の沈黙。その絶妙なタイミングを掴んだ山姥切の声は、大広間によく通った。


「……何が違うのでしょうか、山姥切国広?」

 ――ぅ。

 証拠を掴んだ勢いで声を張ったはいいものの、担当の言葉で己に集中した視線に山姥切は思わず気圧されてしまう。

 大勢の前で自らの主張をした経験は皆無。そもそも自分の気持ちを伝えることに抵抗があっての無口。そんな山姥切にとってこの状況はかなりの負荷があった。

 しかし、ここで何も言わなければ鶴丸がどうなるかは火を見るより明らかだ。

 ――鶴丸がいなくなるのは嫌だ……!

 山姥切は強く思い描いた。己の言葉を促してくれる魔法の声を。

 『君が今何を思っているのか、俺に教えてくれないかい?』

 

「――その神気は鶴丸のものじゃない」

 言葉はするりと紡がれた。

「……何を言いだすかと思えば。信じられない気持ちも分かりますが、これが誰の神気かはあなた方ならば一目で分かるものなのでは?」

「ああ、しっかりと見た。だが違う!」

 何を言っているんだ面倒臭い。そんなことを言いたげに担当の男はため息をつく。

 ――この男は先ほどから質問に丁寧に答えてこそいるが、こちらの気持ちをくみ取る気が感じられない。

 このままでは鶴丸は無実の罪で刀解される。そう確信した山姥切は、自分の考えを伝える事を臆さず大きく口を開いた。

 山姥切にはちょっとした特技がある。大したものではないので鶴丸にも言うタイミングがなかったそれは、気配の些細な変化や違いを他者より明確に感じ取ることができるというもの。


「――それは鶴丸国永の神気ではあるが、うちの鶴丸の神気ではない!別固体のものだ!!」

 熱い声が大広間に響き渡る。



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