君の気持を教えて

かいわれ
@tatannotatann

 雪こそ降ることは無くなったが、隙あらば凍える程の寒さが現れる晩冬の頃。本丸の廊下を名残雪のように白い太刀が一振り、軽やかな足取りで歩いていた。

 その手で支えているお盆には、湯気をあげるお茶と丸々太った大福餅がそれぞれ二つ、上品な距離感で座っている。これから誰かに会いに行くのだろう。

 鶴丸はお茶をお供に語らいにいくにしては高揚が滲み、悪戯を仕掛けにいくにしては温かで優しい表情をしていた。

 勘の良い者が見ていたならば、春の予感に声をかけたかもしれない。しかし、鶴丸がこのような表情を浮かべているのは、周囲に気配が見当たらないからこそ。そこに抜かりはなかった。

 秘密の関係、秘密の逢瀬なのだから。


 しかし、期待で弾んでいたその歩みは不意に止まる。


 鶴丸は廊下の向こうに見つけた気配に、表情をいつも通りのものに戻した。けれどもそれは、現れた奇妙な組み合わせで不思議そうな表情に変わる。

「加州にこんのすけ?それに何故あんたが……?」

 視線の先には、スクエアの眼鏡にいかにも高級そうなスーツを着た男。鶴丸はこの男が、この本丸担当の政府役人だと知っていた。

 担当役人は各本丸に割り当てられる政府からのパイプ役で、つまりは審神者の直属の上司。だから居ても可笑しくはないのだが、この男は用事がなければ姿を現した試しがない。

 それがどうしてここに居るのか。

 存在を指摘された担当は、鶴丸を値踏みでもするように目を細めた。

 それに嫌な物を感じ悟られない程度に警戒するが、何故そんな目で見られるのか、鶴丸に心当たりはない。


「ーー№×××本丸所属の鶴丸国永。話があります」

 その声音は肩を揺らしてしまう程ひどく鋭く、たった一言でも只ならぬ話だとすぐに理解できるものだった。政府役人が直々にお話とはいい予感がしない。白い羽織が動揺で揺れた。そして鶴丸の目は、ハッとお盆に向けられる。

「……」

 しばし鶴丸は沈黙したが、やがてため息をついて答えを選んだ。

「……加州、もったいないから、これを源氏兄弟に持って行ってくれないか。部屋に居るだろうから」

「誰か待ってるんじゃないの?」

「……約束は、してないんだ。非番の奴に声をかけようと思っただけだから」

「そう、分かった」

 鶴丸にとって今は、たまたま出来た自由時間。

 せっかくだから、非番の時はやることがないと言っていたあの子に、逢いに行って驚かせよう。そう考えて逢瀬に向かっている途中、もとい逢瀬を作りに行く途中だった。だから相手は何も知らない。

 ――行く途中でよかった。山姥切をがっかりさせなくて済んだ。 

 がっかりするのは、逢瀬が無くなった事を知る鶴丸だけ。


 己の手から重みが離れる時、鶴丸は落胆する己に言い聞かせた。

 大丈夫、次がきっとあると。

 それでもやはり名残惜しくて、お茶から伸びた湯気に手を当てる。

 しかし、湯気はあっけなくかき消え掴めない。


「……で?俺になんの話だ」

「話は執務室で」

 変わらず詰めたい声音でそういった担当にますます嫌な予感が募ったが、続いて鶴丸も歩き出した。特別な茶会に背を向けて。

 ――今この瞬間に、次の逢瀬が幻のように難しいものになったことを知らずに。



 非番の山姥切はやることもなかったため、洗濯当番の堀川国広と獅子王を手伝っていた。

 己の近くで山盛りになっている洗濯物をひたすらに畳むが、大きいものが多いせいで手間取り、山はまだ無くなっていない。

「山姥切、終わりそうか?」

 ふいに分担していた獅子王にそう声をかけられ、山姥切は返答に悩む。

 山はまだ残っているが一人で出来る量だ。しかし、時間はそれなりにかかってしまうだろう。すぐには終わらないが、終わらせることは出来る。

 ――この場合、肯定していいのか?

 それをそのまま伝えたら解決なのだが、如何せん同位体よりも無口なこの山姥切は、二択で答えるいつもの方向で考えてしまっていた。

 “はい”か“いいえ”で答えられる質問には、それだけで答えるのが正しい会話。余計な言葉を付け加えて、写しの己が名剣名刀の手間を取らす訳にはいかないだろう、と。

 しかし、卑屈かつコミュ障なその思考は、ふとある言葉を思い出して立ち止まる。

 『肯定か否定か断言できなくて悩んでいるのならば、なんてことはない。君が今何を思っているのかを、俺に教えてみてくれないかい?』

 気づけば山姥切は、その質問の方に答えていた。

「一人で終わる量だが、時間はかかると思う……」

 言い終わってからしまった!と山姥切は顔を強張らせたが、獅子王は情報の多いその返答に満足そうに頷く。

「おっし、なら俺の方が早く終わったら手伝うな!」

「す、すまない」

「何言ってんだよ。手伝ってもらってるのはこっちだぜ?ありがとな山姥切!」

「いや、俺は別に……」


 そんな会話に、テキパキと洗濯物を畳んでいた堀川は、思わず笑みを浮かべていた。山姥切は堀川の背後にいたが、穏やかな宵闇の気配が楽しそうに揺らめいたのを感じ取り、不思議に思って声をかける。

「兄弟?」

 その質問に、嬉しそうに目を細める堀川。

「えっとね。兄弟が最近素直で嬉しいなって思って」

「?」

 山姥切は“素直”の意味がよく分からず、首をかしげる。しかし、その横にいた獅子王は、ああ理解したとばかりに頷いた。

「そういえば、前は肯定か否定ばっかりだったけど、最近はそれ以外も少し言ってくれるようになったよな」

「兄弟は無口で遠慮しちゃうことが多いから、我慢ばっかりしてないかって、実はちょっと不安だったんだけど……。最近は色々素直に言ってくれるから良かったって、この間山伏兄さんとも話してたんだ。何かあったの?」


 獅子王と堀川の説明で、ようやく“素直”の意味を理解した山姥切は、思わず布を目深に引っ張った。

 自分が無口であることを、山姥切は理解している。写しの己のことについてなど言う必要はないだろうと、自分の気持ち等を努めて喋らないようにしているからだ。それでまさか心配をかけていたとは、気づいていなかったが。

 猛烈な申し訳なさに襲われる山姥切。しかし、申し訳なさの中に己のことを知りたいと思ってくれる事への嬉しさが混じって、少しばかりこそばゆかった。

 それらを持て余しながらも、山姥切は堀川の質問に思った事を答えようと口を開く。

 それはまさに“素直”になった所だった。以前は「(写しの俺のことなど気にする必要はないから)何でもない(と答えよう)」だった事を考えると、格段の進歩だろう。


 ふわりと、山姥切の脳裏に白い太刀の姿が浮かぶ。

 布を覗き込むために少ししゃがんで。上目使いでこちらに目を合わせて。甘い蜂蜜色の瞳を少しだけ細めた優しい表情で、鶴丸はこう言うのだ。

 『君が今何を思っているのか、俺に教えてくれないかい?』

 毎回毎回、そうやって否応では答えられない質問してくるものだから、そしていつまでも返事を待ち続けるものだから、無口の山姥切でも口を開かない訳にはいかなくて。

 最近は聞かれる前に言う事も増え、それが少し癖としてついてしまったのだろう。

 傍に居なくても影響されている己に気づいて、その頬はほんのりとリンゴのように赤らんだ。

「その、俺の、思っている事を知りたいと言う奴がいて……多分、それで癖がついたんだ」


「いい癖だと思うぜ。素直が一番だからな!大切にした方が良いぜ」

「その人はとても兄弟の事が好きなんだと思うよ。大切な友達だね」

 山姥切の良い交友関係に、二振りは優しくほほ笑む。

 鶴丸と山姥切の関係は友達ではない。しかし、良い関係と認めてくれた事は嬉しくて、二人の気配がとても柔らかくて、思わず山姥切もはにかんだ。

「ああ……大切にする」


 けれども、緊急招集の鐘が鳴ったのは、山姥切がそう宣言した直後だった。

 季節は晩冬。冬はまだ終わっていない。

 凍える程の寒さが、すぐそこまで迫っていた。


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