迷い道 SSまとめ

沙羅/和葉@年1ディズニー
@aobiyori_sara

加宮と千加子 SS 「また君に愛して欲しい」


 墨色に染まった空に、白と青の粒が散りばめられる。

 時刻は戌の刻を半刻ほど過ぎた頃だ。

 東の空から昇った半月が、頂きにかかろうとしている。

 ピンと張り詰めた夜の空気に当たりながら、加宮融は自宅の縁側から空を見上げていた。

 いつもだと、この時刻は既に床に入っている。

 今日も、娘の千世に「はやくねよう」とねだられて共に入ったのだが、妙に胸がざわついて、娘が寝付いたのを確認してから出てきてしまったのだ。

 庭を望める縁側に腰を下ろし、胡座をかく。

 そのまま引き寄せられるようにして、空に視線を向けた。

 ちらちらと瞬く、光の雫石。

 娘と眺める時は、あのどこかに母様(ちかこ)がいるんだよと、言い聞かせている。

 だから、この場に居なくても寂しくないんだよと。

 お空にいるから、いつも見守ってくれていると。

 とある日に、膝に座る幼い小姫に話していると、首を巡らせて父親の顔を見て、問うてきた。


『じゃあ、こひめがわるいことしたら、ははさまがおこってかみなりなっちゃう?』


 それとも、ははさまがかみなりさまにたのんで、おとしてくるのかな。

 悪いことをすると、雷様が来て雷を落としていくのよ。

 墨のついた筆で障子に落書きをしていた千世に、八知がそう言って怒っていたことを思い出す。(その時、父は父で「見事な落書きだなあ」と感心していた。)

 雷が苦手な小さな姫はすっかり怯えてしまって、空に向かってごめんなさいをしていた。

 子供の切羽詰まった行動に、加宮は一瞬きょとんとした後、吹き出して笑ったものだ。


『ああ、そうかもな。だから、良い子にしていような』


『ととさまもいいこにしてないと、かみなりさま、きちゃいますよ』


『おさけもほどほどにするんですよ』と、小姫は続ける。

 この話をする前日に班員と呑みに行って、帰りが遅くなった事を根に持っているのだろう。

 ぷくりと頬を膨らませて忠告されたが、すまない娘よ。可愛いさが極まって耳を素通りしていった。

 喋り方も母親に似てきていて、加宮は頬の緩みが止まらなかった。

 班員も友人も側に居ないときで良かったと思う。

 見られていたら親バカだのなんだのと、苦言を呈されそうだ。

 普段の恐ろしい印象も駄々下がりする一方だっただろう。

 本当に、居ない時で良かった。

 少し前のあたたかい思い出を蘇らせて、知らず知らずのうちに口角があがる。

 それでも、胸のうちは燻ったままだ。

 原因はわかっている。

 近々、大きな討伐任務がある。

 鬼の村を一つ、改組の手で滅ぼすのだ。

 両の手のひらを見つめて、開いたり閉じたりを繰り返す。

 鬼が怖いのではない。

 自分自身が怖い。恐ろしい。

 最近、斬ることに迷いが生じるようになった。

 血を浴びる事は当たり前で。

 刀を抜くのも当たり前で。

 仕事だから仕方ない。

 鬼は人を襲うから斬るしかない。

 心に刻み込んで、そうやって生きてきて、幾度も手を血に染め、幾つもの着物を駄目にしてきた。

 ふと後ろを振り返って来たときに見えるのは、斬ってきた者たちの亡骸だろう。

 躯の山を築き上げて、一瞥して前を向いた時に気づいてしまった。

 先を歩く自身の背に。

 足元にあるのは、血に染まった足跡。

 ぴちゃりと、液体が滴る音が耳に入る。

 その液体は、先を歩く自身の持つ刀から滴っているようだ。

 ゆっくりとした動作で、自身が振り向く。

 その目は、時が経って色が変わった、血の色をしていた。

『オニ』みたいな、姿をしていた。

 人でもなければ、鬼でもない。

 ただ、斬ることしか考えてない、オニ。

 恐ろしいと思った。

 鬼を毛嫌いしている自分が、鬼よりも恐ろしい化け物になっていそうな事に、恐ろしいと思った。

 こんな事、班員にも友にも言えない。

 言えるとするなら、天に召された妻くらいなものだろう。

 今この場に彼女がいて、夫が未来の自分に怯えてると吐露したら、なんと答えてくれるだろうか。


「……どうしていないのかな。お前は」


 こんなにも会って話がしたいと思ったのは久しぶりだ。

 腕の中に抱き止めて、背中に腕を回して撫でて欲しい。

 君の香りに包まれて、安らかに眠りたい。

 いっそのこと悪い子になって、雷でも落としてもらおうか。


「……願わくば……」


 次生まれる時は静かな時代で、自力で君を探しだして。

 また愛して欲しい。


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