迷い道 SSまとめ

沙羅/和葉@年1ディズニー
@aobiyori_sara

加宮と千加子 SS 「冬の月」「心変わり」「しとやかな恋人」

加宮融と千加子

「冬の月」

「こちらの殿方が、お前の許嫁だよ」そう言って父親が見つけてきた見合い相手は、月に似た男(おとこ)だった。冬の夜空に冷たく冴える寒月のような。弦をぴんと張った弓張り月のような。指を伸ばせば肌が切れてしまう、鋭利な空気を纏ったそんな人。頼まれたから仕方なくやって来た。そんな目をして淡々と自身の名を告げる。咲き始めた桜も驚いてしまう、冬を思わせる人。そんな人を好きになることは無いだろうし、上手くいくとも思っていなかった。あの日……私が鬼に狙われた時に、この人が助けに来てくれるまでは。


「心変わり」

そわそわと、縁側に置かれた酒とその調度品と玄関の方を交互に視線を移し、姿がまだ見えないことにため息を吐く。「今日は早く帰れそうだから、久しぶりに二人でゆっくり月見でもしたい」と言っていたから、用意したのに。姪の八知が眠りにつく時間になっても、夫はまだ帰宅していなかった。一体どこで油を売っているのだろう。それとも、仕事中に何かあったのだろうか。夫の仕事は内容によっては死と隣り合わせだ。嫌なことを想像して、息がきゅっと詰まり手先が急に冷え出す。大丈夫。大丈夫。言い聞かせながら、あの人が帰って来るのを待つ。こんなに心配して待っているのだ。帰って来たら、ちょっとくらい拗ねても、怒ってもいいはずだ。結局いつもの時間をまわってから、床板が軋む音が耳に入った。「ただいま」聞きたかった声が耳に響いて、顔を上げる。いつもの微笑みがそこにあって、怒るのも拗ねるのも忘れて、彼に抱きついた。「遅い、です!」


「しとやかな恋人」

「今日こそ、融様のお嫁さんにしてください!」茵(しとね)の上に座り、夫に直談判する。目の前にいる優男は、籍を入れる前も入れた後も、一度も妻を抱いていないのだ。口づけはしてくれる。でも、それ以上のことはしてくれない。共に布団に入っても、ただ抱いて寝るだけ。本当に寝るだけなのだ。むすっと頬を膨らませて彼を見ていると、おいでと手招きされた。ずりずりと膝をつきながら彼に近寄る。手の届く場所まで来ると、腕を掴まれて胸の中に閉じ込められた。やっとその気になってくれたか。期待を込めて彼を見上げると、指で額を弾かれる。「もう少し待ってくれないか?」「…………はい」ちょっとだけ困った顔をされて言われてはもう何も言い返せない。大人しく、首を縦に動かした。「……一つ、言い忘れてた事がある」なんだろうかと、痛みが残る額を触りながら続きを待つ。夫は私の手を取り、自分の頬に触れさせながら口を開いた。「私は、好きな食べ物は最後まで残しておく性格(たち)だ」「その時が来たら覚悟しておけ」と、言外で告げられた気がして、頬が熱くなった。

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マガカフェ、膝枕。同棲してます。