大尉夢

タイトル思いつかない

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ドイツの首都ベルリンは昼間と夜更けの喧騒を終え、夜と朝の狭間でほんの僅かな休息を取っていた。新聞を詰んだ自転車が新聞屋前の僅かなスペースに所狭しと並び、操舵者がサドルに腰を据えるまでの僅かな時間をまだかまだかと待っている。ベルリン市内を巡回するバスが、始発の停留所へ向かうため車庫を出ようとして信号が青に代わるのを待っている。

瞬きすれば失われてしまう、深い眠りと覚醒の間の穏やかな夢を見ているように、ベルリンは微睡んでいた。


疲労した体を引きずった夜間労働者が、やっとの思いでアパートメントの二階にある自室のドアノブを捻り、体を滑り込ませ、ベッドに体を横たえるのもこの時間である。

男は着替える時間も、靴を脱ぐ時間さえも惜しむようにして、シーツが貼られていないマットレスの上に倒れ込んだ。

可哀想に、スプリングがおかしくなっているベッドは長い間メイキングされていないらしく、男の寝相によって剥がれたシーツが、何日も前から玉になって床に落ちている。

その周りにはカラの酒瓶が乱立して小さな街並みを築いており、脱ぎ散らかった衣類の川が流れ、食べかけの果物や黒パンが小さな生き物を呼び寄せ、ささやかな生態系を作り出している……控えめに言って相当な有様である。

「クソドクの野郎、夜勤ばっかさせやがって。

俺は、朝型だって言ってる……のに……」

明日は2週間ぶりの全休である。

上司への毒と、やらなきゃいけないこと(主に部屋の掃除)を思いながら、男は眠気に抵抗することなく、意識を手放した。


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男が覚醒すると、まぶたの先から眩しい朝日が網膜を刺激するのを感じた。

疲労は残っているが、嫌でも意識がはっきりしてくる。明晰な5感が次に捉えたのは、玄関からけたたましく鳴き声をあげる呼び鈴の音だった。りりり、りりり、じじ……りりり。


男は迷うことなく、毛布を手繰り寄せてもう1度夢の世界に旅立とうとした。

しかし、あまりにも辛抱強くりりりとやられるものだからとうとう男は乱暴にベッドから飛び起きることにした。


帰ってきた時からそのままだった厚手のコートを脱ぎ捨て、シャツのボタンを寛げて玄関を開くと軍直属の伝令役が立っていた。

「こちらゲオルギー・ジュガーノフ様の自宅でお間違いないでしょうか」

眩しい金髪もアイロンのかかったシャツも、パリパリの軍服も寝起きに見るには眩しすぎて、返事をする予想以上に自分の声が低く無愛想に聞こえた。

「そうですけど」

「電報です」

それだけを言うと、黄色い紙切れを押し付けて郵便係はさっささと次の配達場所に去っていった。

男は紙切れを広げると目を丸くして、次に言葉にならない悲鳴を発して、それを放り投げて部屋の中に戻っていった。


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夜間勤務の男の隣人は、写真屋の見習いだった。今は熟睡している見習いはこのあとすぐに、ドタバタと引越しでもしているんじゃないかという盛大な物音で目を覚ますだろう。

そして写真館に出勤しようと部屋から一歩踏み出すと大量の酒瓶やら生ゴミやらが詰まった大袋を下げた夜間労働者らしい隣人が、慌ただしく、しかし心底幸せそうに走り抜けていくのに出くわすのであった。


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夜間勤務の男が、ゴミ回収業者に大量のゴミ袋を押し付けるという大変な任務を済ませ家に帰ってくると、先程喜びのあまり放り投げてしまった黄色の紙切れが、廊下の手すりに辛抱強く引っかかるかっているのを見つけた。男は、あわてて紙切れを拾い上げる。

もう一度まじまじとみつめるも、そこにはアルファビートどころか、差出人の名前も印字されていなかった。

しかし、男の胸を苦しませるには十分すぎることは確かなようだ。男は、こみ上げるわたあめのような軽い、名状しがたい感情を込めて紙切れに唇を寄せた。


「おかえり、大尉」

長い長い任務を終えて帰ってくる、腹を空かせた愛しのパピーが玄関を叩くまで、あとどれ位の時間があるだろうか。

彼と最後にあったのは、こないだの全休の時だから……もう2週間は立っているはずだ、待ちきれない!!

今日は彼のために何を作って待っていようか。いや、何を作っても喜んでくれるから、とりあえずたくさん作ろう。

それには食材をいっぱい買い込んでおかなくちゃぁならない。彼は僕の3食分の食材をを1回の食事で所望するんだから。


男は軽やかに部屋に戻ると、窓を開け放ち淀んだ空気をベルリンの喧騒に押し出した。

ベルリンは既に活発だった。

人と車が血のようにめぐり、工場が元気に煙を吐いている。


「Guten Morgen!!!!!」

男は愛すべきベルリンに挨拶をした。通行人が何人か振り返ったが、男を見ても、何も見なかったようにして自分を路を進んでいく。

男は今、花や鳥や木に挨拶してベルリンを散歩したい気分だった。

くるりと部屋を見回すと、すっかり綺麗になった自室が清々しい風に洗われていた。

「肉屋と魚屋と野菜屋のついでに花屋にも行こう。一輪の花を買おう。花瓶に挿してもいいし、彼を労うのに送ってもいいさ」

きっと今日は素敵な1日になる。

男は予感に震えた。

そしてしあわせな予感を現実にするために、男は再び部屋を出て、起きたばかりのベルリンへ買い物に繰り出すのだった。