【CG腐向け】No title .

東辻 香
@tkkz_50

1.5 ジノ・ヴァインベルグ ①

皇歴2013年の冬の夜だった。

父に連れられて訪れた皇族主催のパーティーで、唐突に声をかけられた。

それ程大規模なパーティーではなかったはずであるのだが、その日は馬鹿みたいに貴族たちが集まっていた。それも仕方がないことであると分かっていた。


「ひーさーしぶーりぃー。」


だって今日は、ヴィ・ブリタニア家のご姉妹、ルルーシュ殿下、ナナリー殿下が日本、いや、エリア11で崩御なさったという知らせが本国中に広まって以来、初めて第2皇子シュナイゼル殿下と第3皇子クロヴィス殿下が参加されると事前に噂になったパーティーだったのだ。御二方とも公務は休まれることは無いが、こういった場には実に3年ぶりの登場だ。第2皇子と第3皇子が彼女たち、とくにルルーシュ殿下を溺愛していることは大変有名であった。それにより彼らに対し貴族たちは、少なくとも表面上に関しては、大分同情的であった。当然、打算ではある。

彼らは皇位継承権の高さもあり、貴族たちが取り入りたい対象として人気が高い人物だった。

だからこそ、あの公式発表から3年たって、今日、彼らはこぞってヴィ・ブリタニア家の皇女たちの冥福を祈る言葉を口にしている。殿下たちは一応、それらを謹んで受け止めているような表情ではあるが、不謹慎だと思っているに違いない。貴族たちの下心は見え透いていて、吐き気がするほどなのだ。なんと汚い世界であろうか。

その中でジノは一つのお道具としてそこにいた。残念ながらヴァインベルグ家四男、ジノ・ヴァインベルグという子どもは、今日この場で綺麗事を宣う為におあつらえ向きな存在だった。

なぜならば、ルルーシュ殿下の元婚約者候補、騎士候補であったかこがあるのだ。


「君ぃ、確か、ジノくんだったねぇ。確かぁ、前にあったのは5年前かなぁ?」

「えっと、・・・お会いしたこと、ありましたか?・・・アスプルンド伯爵、ですよね?」

「ロイドでいぃよぉ。今日は【殿下】のお供で来たんだけどねェ。退屈だったからいいところに見かけたよ。」


ロイドはちらりと人の輪の中にいるシュナイゼル殿下に視線を送った。彼はシュナイゼル殿下直属の研究機関の職員であるということは、なんとなく知識として知っていた。付き添いとはいえ社交界に出るにあたって、教え込まれたことの一つだ。シュナイゼル殿下が傍に連れるのは、彼の補佐官であるカノン・マルディーニか、このロイド・アスプルンドである場合が多いと聞いている。そんな人物がなぜ自分に親し気に声をかけてきたのだろうか。思わず背筋が伸びる。


「ちょっと、ボクとお話しない?ここは汚くて退屈でしょ?」

「あ、えっと、でも、」

「殿下にご挨拶はしたぁ?」

「シュナイゼル殿下、でしょうか、私一人ではとても恐れ多く、父を待って後ほど伺うところです。」

「そぉ?きっと殿下は君と話をしたいと思うよ?あれだけ君に嫉妬していたわけだしねぇ。」


何か思うところはあるはずだよ。とロイドは笑う。

いつか、どこかで、誰かから聞いた覚えがある、おとぎ話を思い出す。日本の狐だか、狸だか、そんな何かの話だ。狐につままれる?ばかされる?よく分からないがそう言った話し。

この思考回路はきっと失礼極まりないのだろうが、それはこんな心地だろうか、と思わずに居られない。幼心に、苦手意識を覚えてしまうのも、きっと仕方のないことに違いないのだ。


「あぁーれぇ?君、殿下と交流していた記憶はある?」

「・・・はい?殿下とは、」

「ルルーシュ殿下。仲良かったよねぇ。」

「・・・私は、ルルーシュ殿下には一度不興を買って、婚約者候補から外されてしまいましたから、」

「へぇえぇ?」


ゆったりと首が傾く。彼に浮かぶ笑顔が、なんとなくこの場に不相応なモノである気がして居心地が悪い。しかし、そんなジノの心境などお構いなしというように、ロイドは呟く。


「これも【本当】なんだねぇ。オレンジくんの話はホント興味深い!」


何を言われているのか分からないが、きっとジノへの言葉ではないのだろう。ジノは黙ってロイドを見ていた。ロイドは、「賢い子どもはすきだよぉ、賢すぎるのは、残酷だけどねェ。」と、どこか遠い目をして、何かに焦がれているかのような瞳で、ジノの頭に手を乗せた。


「殿下の不興を買って婚約者候補から外された、だっけぇ?そんな事実はない筈だけどねぇ。」

「え・・・?」

「公式記録、みる?君の記憶と世界がどれ程食い違ってるか、興味ない?僕にはあるよぉ。」

「食い、違い・・・?でも、俺は、」

「ルルーシュ殿下との本当の思い出、君は思い出したくない?例えば、この写真、君には記憶にある?」


その写真にはルルーシュ殿下と、ジノ・ヴァインベルグであるとしか思えない少年、そして、ナナリー殿下であると思われる後姿移っていた。前者二人が木陰にまどろみ、そこに小さな女の子が忍び寄っている写真である。女の子、ナナリー殿下の手には花冠が握られており、本人の頭にも小ぶりの可愛らしい花冠が鎮座していた。ジノ・ヴァインベルグは、まだ髪が短い。襟足は伸ばされていなかった。思わず襟足に手を伸ばす。この写真の頃よりも大分伸びたそれに指先が触れた。


「・・・な、・・・俺、なんで、」

「ないんだねぇ。それなら、こっちはどう?ボクの言葉、信じるのにこの写真ほど適したものはないと思うんだけど。」


そう言って示された写真には、シュナイゼルとチェス盤に向かい合う幼いジノ本人が写っていた。

横からルルーシュ殿下、上からロイドがジノの手元を覗き込んで何かを言っており、膝の上にはまだ幼いナナリー皇女殿下が座ってキングに手を伸ばそうとしている。そんな、微笑ましい光景。温かい世界がそこにある。どう見ても、不興を買って、表面上だけ取り繕った謁見の後、解消されてしまったような関係に至るようには見えない。


「ちょっと、向こうのテラス、は寒いから、客室をひとつ借りて話をしようか?」


ロイド・アスプルンドは笑っていた。食えないネコのような瞳で。森の賢者のように、何かを見通していた。何かに期待していた。彼自身の利益が、この持ちかけには絶対あった。ヴァインベルグ家に対してはどうかは知らないが、間違えなくジノ個人における不利益がこの先にあった。だが、ジノはそれに頷いて、父に一言声をかけてロイドについていく。ロイドの隣を共に歩きながら、こっそり父を振り返る。父は最初こそ不思議そうでいて、心配そうな顔をしてこちらを見送っていたが、すぐに有力貴族とのパイプだと打算での期待をもち、ジノへの心配は思考の外に弾き出していた。



・・・・・



ロイドの話は衝撃的だった。

何処で集めてきたのか知らないが、たくさんの写真と共に語られる思い出。ロイドとジノはそれ程何度もあったわけではないらしいが、それでも、優に一時間は話し通していた。証拠と共に彼が語る、ジノ・ヴァインベルグとルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの思い出。それらは、ジノ・ヴァインベルグの中にはないモノだった。

想うと、終始、「・・・なん、で。」や「どうして、」なんて、何の中身もない言葉しか返せていなかった気がする。それに対してロイドずっと、心底楽しそうに微笑んでいたのだ。


「これが本当のことだと感じているから、君はそんな顔しているんだよねぇ?今にも泣きそうな顔してるよぉ?すごく怯えている。自分が信じているものが崩れる瞬間は、怖いよねぇ。」

「・・・おれは、どうすれば、」

「君の記憶の矛盾を探して、それが偽物だって証明すればいいよぉ。君が、殿下を取り戻したいなら、ねぇ?」


聞き分けのない子どもを諭すかのように、ロイドは語り掛けてきていた。優しい声だった。恐ろしい声だった。ジノはそんな彼に、「・・・でも、」と言いよどむ。言うべき言葉など分からなかった。自身の本心どころか、一時の感情さえも見えない。行く先の見えない暗闇に、出口のない迷宮に迷い込んだ心地であった。途方もなく怖かった。


「ボクはどちらでもいいんだけどねぇ?君が望まないと、殿下の騎士が君以外の人間になるよぉ。永遠に。」

「・・・え、」

「殿下は生きていらっしゃるらしいよぉ?ボクも会いに行くつもり。」

「・・・生きて、いらっしゃる・・・?」

「会いたくは、ないかい?」

「会いたい、です。」

「そう、じゃあ、君にはその覚悟を見せてもらわないとねぇ。」


その時ロイドは、ジノに対等な契約を持ち掛けた。その時は対等であると思ったが、今となってはそうでもないのかもしれない。要は、ジノはロイドの実験に付き合った。協力させられた。将来、ルルーシュ殿下の【ラウンズ】にふさわしいKMFの開発を条件に、この記憶についての実験に、協力することになったのだった。



・・・・・



ロイドの研究室に呼びだされる機会が片手を超えた頃だった。ジェレミア・ゴッドバルト辺境伯の話を聞いた。

辺境伯は、この世界とは別の時空の未来からきた、という。実際に彼の記した予言の書を見て、ジェレミアという人間について詳しく聞かされた。しかし、幼いジノにも到底信じることはできない。それをロイドは本気で信じているようだった。ジノこそが、ジェレミアの夢想を現実のものであると証明するのだとロイドは言った。

ロイドと出会って半年たったころだった。つまりは、皇歴2014年の夏のこと。

実験の途中、記憶に対して何かしらの拒絶反応を示し、そして、その直後に直前まで覚えていたことさえ忘却した、というデータを見せられた。ジノはその症例を知っていた。身近にいる。アーニャ・アールストレイムだ。


「この瞬間、君の瞳が若干赤いの、分かる?」

「・・・はい、私の瞳には、ない筈の色味です。」

「これが、ギアスをかけられている証拠なんだってさぁ。」

「・・・ギアス。」

「君に上書きされた記憶に、不都合なことを思い出した時に自動修正を計ろうとするらしいよぉ。」

「・・・これは、意志の力で打ち消せる、そうでしたね・・・?」

「そう。特に、皇帝陛下のギアスに関しては、その実例があったって、ジェレミアくんは言ってたよぉ。」


ギアスについては詳しいことは聞けていない。謎の女性が与えるのだと言われても、ピンとは来なかったというのもある。ただ、シャルル皇帝陛下は他人の記憶を書き換えるギアスを持っていて、他に相手の心を読むギアスだったり、1人につく1度だけ、絶対遵守の命令を下せるギアス、だったり、色々とあるのだと聞いている。

そして、ギアスは、意志の力で打ち消せる可能性がある。ナナリー殿下の瞳はシャルル皇帝のギアスにより閉ざされているらしい。そして、この世界とは別の未来で、ナナリー殿下はその瞳に光を取り戻しているのだそうだ。また、ルルーシュ殿下は人格に合わない記憶を植え付けられ、拒絶反応を起こしていたことがあると聞いた。その話だけは伝聞の伝聞であり、いささか信憑性に欠けるとのことであったが、ジノ自身が、一度ルルーシュを嫌うという記憶に行き当たり、発狂しかけた。ジノには、皇女殿下に嫌われたという記憶は仕方ないと受け止めていたが、自ら皇女殿下を嫌うことだけはありえなかった。ありえる筈がなかった。


「・・・アーニャも、記憶は戻るんですか?」

「残念ながらアーニャくんのギアスは皇帝陛下のものとは違う影響が働いてるらしいからねぇ。精神論でどうにかなる君とは違うんだよねぇ。」

「・・・そう、ですか。」


ロイドは言った。

実験にはきっと苦痛を伴うだろうが、ジノは自分の正しい記憶を取り戻せるはずだ、と。

ルルーシュ殿下について、本心から偽りの記憶を厭うなら思いだせるはずだ、と。

しかし、もしかしたら今のジノの感情は、植え付けられたもので偽物かもしれない、

それでも立ち向かい、本当を受け入れる覚悟はあるか、と。

ジノ・ヴァインベルグはそれに対して一切の躊躇いはなく答える。

思い出すまでに何がってもあっても諦めない、立ち向かう、

思い出して何があっても受け入れる、逃げはしない。

そう言った旨の言葉を、必死に重ねた。後半はなんだか、誰かに言い訳をしている気分になったが、最後までロイドは楽しそうに聞いていた。ジノの理性の外側の言葉が、ついに尽きた時だった。ロイドは満足そうに笑った。


「じゃあ、データは大分そろったし、本格的に記憶を戻す実験を始めようか?」


君のメンタルデータ採取でもあるから、実験中に潰れないでよ?とロイドは笑った。将来ジノ専用のKFMが与えられる。その為のメンタルトレーニングも兼ねる。心技体、全てにおいて今から、詳細なデータを取っていく。ロイドは楽しそうに言っていた。ジノは未来に思いを馳せる。

将来与えられるKFM、トリスタン。

諸説あるが、毒の呪いを解くために異国へ赴き、その毒を解くことのできる姫に、自身が殺した男の娘に恋した男の名前だ。その姫を自身の主に献上するために自国に攫い、その後に彼女と似た女性と結婚した男。しかし、姫への愛は捨てられず、最後は妻の嫉妬により命を落としたという男。

何故そんな名前の機体を寄越すのだろう、そう首を傾げる。それではまるで、俺の気持ちは永遠に報われないみたいじゃないか。

ロイドは、名前が嫌なら変えればいいといった。自分で納得する名前にすればいいのだと。

ジノはそれに頷く。強い名前がいい。そして、最強の機体がいい。名前負けしない、強い騎士になる。自分が描く、最強の騎士になるのだ。今あるルルーシュ殿下のイメージは、単なるジノの妄想、偶像の類でしかないのかもしれない。でもそれなればこそ、だ。本人の意に反する、勝手な都合で作り上げられた虚像を押し付けるのなら、自分もそれに見合う男でなければならない。ならなければならない。

自然と、「改めて、よろしくお願いします。」と声が出た。それを待っ正面から受け止めたロイドは「うん、よろしくねぇ。」と瞳を細める。森の賢者のようでも、猫のようでもあるその表情。負けてはならないのだと、そう思った。



・・・・・



ジノ・ヴァインベルグが第3皇女ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとの記憶を、正しい歴史を思い出したのは、それからさらに半年後。皇歴2014年の冬。ロイドと出会って1年が過ぎた頃だった。

その日のことはよく覚えている。相反する記憶、都合のいい曖昧な記憶、嫌悪すべき記憶、それらを閉じ込めていた箱が開いた。正しい情報と偽りの情報がぶつかり合いに、ジノ・ヴァインベルグはその日実験中に意識を失った。どんなにつらい実験でも、ジノは必ず帰宅していたが、その日だけは無理だった。初めてのことだった。目を覚ましたのは翌日。丸一日眠り続けていたらしい。目が覚めた時、色々と聞かれた。ジノの記憶の状態と、心の状態、それらを詳しく調べ上げられた。


「おーめぇでとぉー!ジノ・ヴァインベルグくん!」


ぼんやりとしたままロイドのデータ採取に半日付き合い、ゆっくり時間をかけて覚醒した。ハッキリした意識の中で見たロイドは笑っていた。いいデータがとれた。と言いながら、よく頑張ったね、とプリンをくれた。


「・・・お久しぶりです、ロイドさん。」

「うん、久しぶりぃ。一年間一緒にいたんだけどねぇ?」

「・・・はい、忘れてしまっていて、申し訳ありません。シュナイゼル殿下は、お気を悪くされていませんか?」

「んー、どうだろうねー、たぶん何も気にしてないと思うよぉ。」


実験期間中、一、二度シュナイゼル殿下と顔を合わせた。その時ジノは覚えているふりをしていた。記憶にない、聞いただけの思い出を語った。シュナイゼル殿下は、彼の最愛の妹であるルルーシュ殿下の話ができる数少ない相手の一人として、ジノをある程度は可愛がってくれていたように思う。そこに、ジノ自身の心が余り乗っていないことを悲しそうにしていたのに、ジノは気づいていた。「いけないね。私は君に多くを望んでしまっている。彼女が関わると、私は欲深くなるんだ。」と苦笑していたシュナイゼルに、ジノは何も返せていない。


「ジノくん、ボク、今度ちょっとユーロに行くんだけど、一緒に行く?」

「ユーロ、ですか・・・?」

「大した期間ではないんだけどね、色々、経験しておいた方がいいと思うよぉ?」


ジノはその発言に間を置かず頷いた。話を聞く前に頷いてちゃ駄目だよぉ、と言われたが、どうでもよかった。今のジノにとって、どんな些細なものでも新しいことは貴重だ。経験値は少しでも欲しい。それに、しっかり聞いた上で判断したとしても、国境付近の紛争地帯の基地視察である、と聞けば、ついていくに決まっている。今回は、だいぶ東の方へ行くらしい。父には、ロイドが説明をして承諾を取ってくれる。あの父のことだ、心底喜んで息子を差し出すだろう。ロイド・アスプルンド伯爵は、シュナイゼル殿下お気に入りの部下の一人だから。



・・・・・



予測通り、父親はジノの遠出にあっさりと許可を出した。

皇歴2015年の春。軍事施設の視察に同行を果たす。

ジノは身軽にロイドに付き従う。視察とは言ったが、ロイドは基地内のKFMの整備の手伝いだったり、システムの見直しだったりと、色々と走りまわっていた。ジノはそれの手伝いをしつつ、駐在の将たちと手合わせをしたり、休憩中の科学者たちに勉強を見てもらったりして過ごしていた。

滞在期間は1週間。有意義に、ココでしかできないことをしなければならない。そう思うのだが、身分のないジノにはできることは少ない。代わりに、たくさんの話を聞くことにした。色々な人に話しかける。基地内で、話をしたことのない人はいない、そうなるくらいに、たくさんの人に。


「ジノくん、今日は何をして過ごすんだ?」

「今日は、ロイド伯爵のお手伝いをさせてもらいます。」

「そっかそっか、じゃあ今のうちに、美味しいクッキーをあげよう。」


その施設内で満13歳のジノは一番年若い。しかも、見目はいい方である事は自覚している。将来的にはもっと男性らしく逞しくなる予定であるが、現状は自分で言うのもなんだが、華奢な美少年だ。人に気に入られやすい表情については、得意中の得意であったため、色々な人に可愛がられた。顔がいいのも、愛想がいいのも一種の武器だ。汚い大人たちが作った、金を腐らせるだけの虚栄展覧会で生き抜くための。


「ジノくーん、そろそろ行くよぉー。」


今日は近くの医療施設に視察に行くと聞いていた。ブリタニアは、一部の特権階級がそれを独占しているためにあまり目立ってはいないが、医学分野でも先進国だった。特に、最前線地帯においては。

外聞を気にせず言い切れば、今まさに死の淵に立つ者たちにとっては、命を救うかもしれない新しい技術、というものはそれ程受け入れがたいものではない。死にたいものはその限りでないだろうが、誰しもがそうではない。故郷には愛するものがいる。普通であれば認可のない治療は恐ろしい。だが、それで一命を取り留められるのであれば儲けものだ。どうせ、処置されなければ死ぬと知っている。死にたくないものは希望に縋る。そんな事情で、非合法な臨床実験がまかり通る。だから、技術は進み続ける。


「今日は、どういったものを見るんですか?」

「義手とかぁ義足とかぁ、そう言うパーツを削りだすところにとりあえずいくつもりだよぉ。」

「・・・KFMの動作の軋みをなくすため、ですか?」

「そうそう。最近ねぇ、この辺りの義手が豪く優秀だって噂になってるんだよねぇ。」


そう言って、ロイドが乗り込んだ車は何処にでもある普通車。普段は運転手が付くが、今日はロイド自身が運転するらしい。ロイドは一度も詳しい行先は語らなかった。だがなんとなく、そこはもうほとんどユーロの外だということには気づいていた。流れていく風景を横目に、ロイドの話を聞いている。ロイドの運転は意外と安定して穏やかで、居心地がいい。温かい日差しもあってから、今にも眠ってしまえそうだった。


「ナナリー殿下のことは覚えてるよねェ?」

「はい。貴方のおかげで。」

「彼女の瞳はギアスによって閉ざされているらしいよ。」

「・・・ギアスで、それは陛下の、ですか?」


道すがらに少し早めの昼食をとり、午後1時を過ぎた頃にたどり着いた場所は、白とも灰色とも言い難い曖昧な色味をした四角い建物だった。正面玄関の前には総合病院を意味する単語が刻まれた一枚岩。今日はココに、家族の見舞いに来たふりをして潜り込み、話を聞いて回るのだと、そこで初めて聞かされた。


「そうらしいね。でも、足が動かないのは本当。」

「・・・賊の侵入は、全てが嘘ではないということですか?」

「【オレンジ】くんが言うには、態々嘘の記憶を本物にする為に撃たれたらしいよぉ。」


どことなく世間知らずで空気の読めない発言が目立つロイド・アスプルンドという男であったが、どうやら彼は、本当のところかなり空気は読めているらしい。彼に話しかけられた患者たちは一切不快な表情にすることがない。ロイドはするりするりと話題を変え相手を変えと、会話を楽しんでいる様子だった。きっと患者たちには、人当たりがよくて聞き上手な新人医にでも見えているのだろう。それをジノは見ている。今ロイドは一人の少女と話をしていた。彼は振り返ると「ジノくん。」と呼んで手招きをした。少女は足が動かないらしく、車いすに座っている。ジノは二人の元へと歩み寄った。ロイドの口からジノを紹介しているらしい声が聞こえる。


「この子がジノくんだよ。ちょっとの間ジノくんの遊び相手になってもらえるかな?」


ロイドが彼女に笑いかけた。彼女は嬉しそうに「はい!」と答え、少女は丁寧な自己紹介をしてくれる。ロイドはジノに、しばらく彼女と時間をつぶすようにと言った。ジノはそれに頷く。どうやら、ロイドはここで【何か】を見つけたらしい。そして、その何かに手を伸ばすには、ジノの存在は邪魔であるのだろう。

ロイドがどこかに去っていくのを見送った。去っていった方には病棟、リハビリテーションなどの表示がある。きっと、【技師】に会いに行くのだと思った。知り合いの情報でも得たのかもしれない。ジノは少女に向き直った。少女はジノに、にっこりと笑いかける。


「あのっ、この病院の中庭にはもういったの?」

「いえ、まだです。お連れしましょうか?」

「うん!あのね、あっちの扉からいけるんだ!」


少女の座る車いすを押した。ロイドが去っていった方へと後を追うように。今日は、外は晴天、比較的過ごしやすい気候だ。きっと建物の中よりも心地よいだろう。少女は日向に出たとたんにくしゃみを一つ。そういう体質であるらしい。それからジノは、ロイドが戻ってくるまで、おおよそ3時間ほど彼女と話をして過ごした。帰ってきたロイドは、褐色肌のきれいな女性を連れていた。少女が女性に「ラクシャータせんせい!」と声をかける。それが彼女の名前であるというのは、彼女が首から下げる名札ですぐに判断がついた。


「お待たせ、ジノくん。じゃあ、帰ろうか?」


ロイドはそう言って踵を返す。少女に別れの挨拶をすれば、大きく手を振ってくれた。また遊びに来てね!そう言ってもらえる程度には気に入ってもらえたらしい。先を行く背中はどこか気が急っているようだった。普段から活発な瞳に疲れが見えている。しかし、それを錯覚だと思わせる程度には、とても楽しげだった。


「ロイドさん?」

「ジノくん、ボクは今、世界の理に触れた気分だ。」


ロイドの運転は、行きとは異なり帰りはいささか乱暴だった。何度か事故に遭うのではないかと心配したほどだ。こういうスリルはKFMの趣味レーターや娯楽装置の類だけで充分だ。本気でそう思った。


「ボクはね、オレンジくんと同じ世界に触れたよ。」

「・・・はい?」

「ギアスの存在はボクの中でも確かなものになった。この世界では、【ボクの陛下】をお守りできるよ。」


ロイドは落ち着きを見せないままに滞在する施設に引き返す。そして、夕食もそこそこに自室に引きこもってしまった。なにやら早急に連絡を取らなくてはならない相手がいるらしい。これから一気に、KFM研究で革命を起こすのだそうだ。


「キミにはキミが本来乗るはずだったものよりももっと優秀な【トリスタン】を上げるからね。」


ロイドはご機嫌だった。

その日の翌日の事だった。そろそろ夕食だという時間帯にシュナイゼル殿下が現れた。

公務の息抜きに、遊びに来たのだといっていた。どうやら、気分転換のためにチェスの相手を探している、とのことだった。ジノは自ら手を上げ、シュナイゼル殿下に対面した。いつもゲームの決着はすぐにつく。ジノが余りにも弱いというわけではなく、シュナイゼル殿下が余りにも強すぎるためだった。

しかし、今日は普段よりも少し、長くゲームが続いた。結果はジノの惨敗ではあったが、打ちながらシュナイゼルの表情が何処なく楽しげであることを感じ取っていた。


「おや、ジノくん、何時もと打ち方が違うね?これは、」

「ルルーシュ殿下の打ち方を参考にさせてもらいました。あの方に比べると、まだまだ、ですが。」

「やっぱりそうだ。懐かしいね。」

「・・・殿下が今この場にいらっしゃったら、横から私は怒られていますね。」

「なぜここでこう打つんだ、そこはこっちだろ、って?」


シュナイゼル殿下には、ルルーシュ殿下が生きている可能性を悟らせてはいけないと言われていた。辺に期待を持たせて、あとでやはり死んでいた、となるよりは、ご無事なお姿で直接対面してもらった方がいいだ折るという判断の上だと聞いていた。


「そうだったら、本当に楽しいだろうね。」


シュナイゼル殿下はそう言って目を細めた。彼が、ルルーシュ殿下を愛していらっしゃったというのは本当なのだと実感させられる。ほかの誰にも興味がなさそうな瞳に、わずかに揺らぎが見られる。この方に、殿下は実は生きていらっしゃるのだと教えて差し上げたかった。すぐにでも。

だから、ジノは強く心に刻む。

必ず、殿下の元へと行かねばならないのだと。必ず、殿下を見つけ出し、おそばに侍ることをゆるしもらわなければならないのだと。絶対に、殿下をお守りし、元気なお姿でシュナイゼル殿下に対面していただける機会をつくるのだと。そのために、絶対にアリエス宮におけるテロの真実を、暴かねばならないのだと。

シュナイゼル殿下を見送ったとき、「ジノくん、」と、後ろから声をかけられた。いったい誰の声なのかは疑問に思うまでもなかった。


「お疲れ様です、ロイドさん。今日はお部屋から出てきていないと伺っていましたが、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ、ジノくん。ボクは今絶好調なんだから。」


ロイドは語った。昨日、ラクシャータという女性と再会した拍子に、こことは別の世界の未来を、ジェレミア・ゴットバルトが見ていた世界をロイド自身が見たのだと。その世界での記憶を手に入れたのだと言った。だから、これからその未来の技術を再現するつもりであるらしい。ルルーシュ殿下のために。


「ロイドさんの記憶でも、殿下はご無事だということですね?」

「そうだよ。ボクは【ルルーシュ陛下】の部下だったからね。」

「・・・ルルーシュ、陛下。」

「もともとは【陛下の騎士】がボクの上司だったんだ。でも、陛下は素晴らしい上司だったよ。」


ロイドは語った。未来を。未来を知らないジノに、足枷をつけることをロイドは臨んだ。今更逃がしはしないとその目が語る。ロイドの未来に、ジノは巻き込まれることが決まった。ジノはそれに安堵する。ここにきて、今更いらないと言われてはたまったものではなかった。


「・・・君の未来のライバルが乗る機体はね、ランスロットだよ。彼にはホント、僕のランスロットが相応しい。」

「ライバル、それが、【陛下の騎士】というやつですか?」

「そう。陛下の唯一の騎士、【ナイト・オブ・ゼロ】、枢木スザクだ。」


裏切の騎士、ランスロット。その名を冠する機体の専属パイロットにふさわしくも、枢木スザクは生涯で3度も主を変えた騎士だという。テロリストの指導者であったゼロを皇帝に引き渡すこと引き換えに、ラウンズの地位を手に入れ、その後その皇帝を裏切ってルルーシュ陛下の唯一の騎士になった。そして最後は、その陛下のお命を陛下の命により手折ったのだという。


「そんな未来、今度は欲しくはないからねぇ。まずは、陛下に味方がいると分かっていただかなくてね。」


ロイドは言った。

最強のKFMを設計し、製造・修理・維持・改良していくことはできても、自分で動かすことはできないのだと。

ジノは答える。

それは、自分の仕事だと。

譲ってはいけないことだと、ジノは知っていた。



・・・



夢を見た。幼いころの、ロイドの手助けで取り戻した記憶の焼き直しだった。

殿下の小さな掌が、ジノの髪を撫でていた。大きな犬のようだと言って。あの頃は、今以上に未熟だった。

殿下は言った。「ジノは将来誰かの騎士になるんだろうな。」と。

ジノは言った。「それならば、あなた様の騎士になりたい。」と。

殿下は言った。「ジノが私の騎士に、か。それはいいな。」と。

それにジノは心底歓喜した。しかし、言葉は続く。

殿下は言った。「でも、お前を騎士にするには私の力が足りない。」と。

殿下の言葉に、ジノは首を傾げる。殿下はそれに困ったように眉を下げた。


「ジノ、お前の髪はいいな。見た目以上にやわらかい。ナナリーとはまた違った心地よさがある。」


気に入っていただけたなら、嬉しい限りです。確信はないがきっと、そんな風に答えた。


「・・・とても、気に入った。・・・だから、約束だ。私の騎士を望むのなら、聞いてほしい。」


殿下はジノに笑いかける。頭をなでる手は止まらない。優しいままだ。殿下の膝には、ナナリー皇女殿下が横たわっていらっしゃる。すよすよと心地よさそうな表情を一瞬視界にとらえて、再び殿下の美しいアメジストを覗き見る。それまで認識できていなかった色。無彩色、いや、セピア色の風景だと思った、・・・思ってさえいなかった夢の世界にあっても、輝くそのロイヤルパープルを見つめる。どんな宝石よりも価値のある輝きに、心の奥底を掴まれた。


「この髪を、大事にしておいてくれ。いつでも私が、これを楽しめるように。」


殿下の言葉に、きっとジノは「え・・・?それだけ、ですか?」と返した。もっと、何か、強い言葉をかけられると思っていた。もっと厳しい何かを突き付けられると思っていた。幼い子どもの、憧れに満ちた何かが与えられると、そう思っていた。ジノの言葉に、「それだけ、とはなんだ?」と、ルルーシュ殿下が苦笑した。それに、ジノは言い淀む。「・・・いえ、だって、そんな、それは、」と、歯切れの悪い言葉を並べて。ジノは途端に恥ずかしくなった。

ジノの前に、殿下は三本の指を突き付けた。


「例えば、お前がこれをすべて刈り取ってしまったら、私はこれに触れない。

 例えば、お前に婚約者や別の主がいたのなら、私はその相手に遠慮をする。

 例えば、死んでしまったら、これに触れない。」


だから、と、殿下が笑った。ジノはそれに促されて頷く。

あの時のジノは幼かった。それが言わんとすることは、本当の意味では理解していなかった。しかし、本能で、この髪を何よりも大事にしようと決めた。殿下の手が、再び自分に延ばされるのならば、そんな日が来るのなら、それまで絶対に守り抜くのだと、決めた。見当外れであったとしても、小さかったとしても、確かに本物の決意だった。

他人からしてみればきっと、心底どうでもいい約束だ。それでもジノはそれが何よりも大事な約束だった。

記憶をなくしていた機関でさえ、ジノは自分の髪を切ろうとだけは思わなかったのだから。