【CG腐向け】No title .

東辻 香
@tkkz_50

Ⅰ ジェレミア・ゴッドバルト

ジェレミア・ゴッドバルトは逆行した。必ずや、あの気高き王を幸せにせねばと誓った。

【別世界の自分になり替わった】と言ったトコロであるが、時代的には逆行しているし、元の世界と世界構造は一部を除きおおよそ同じであるため、そこまで深く考えたことは無い。考えたところで、学者ではない自分には何も分からないのだ。

自分の記憶が強制的に接続されたのは、皇歴2011年。

一月足らずで落とされた日本、いや、エリア11に、ブリタニア人が移り始めた頃だった。口惜しい。我が敬愛する殿下の、2度目の運命の日、8月10日に間に合わなかったことがこれ程に口惜しいとは。【かつての歴史】のとおり、皇妃マリアンヌ、ひいてはヴィ家の後ろ盾筆頭であったアッシュフォードは日本へと進出し、全寮制の学習機関を設計している。一気に調べたここ数年の記録は、かつての世界の記憶とそれ程の差異はなく、自身に残ったこの世界の記憶と合わせて、間違えなく同じ流れを辿ろうとしていることに気づいた。だから私は自らエリア11への赴任を志願した。

今度こそ、【オレンジ】を本当の忠誠の証にする為に。



・・・・・



赴任を果たしたのは皇歴2013年の秋だった。

それまでの間に、かつての学友で、前回の共犯者の一人であったロイドと接触する。

自身の記憶とギアスという力の存在、この時代について正直に話した。ロイドは科学者ではあるが、そういった話を頭から否定することは無い。寧ろ、それを科学的に証明して見せると言い出すタイプだった。ロイド・アスプルンドという男は、私の言葉を信じるために、とりあえず1年間を要求した。私はそれに応じ、1年先までの大まかな【予言書】を作成する。

おおよそその通りに進んだ世界に、ロイドは私の言葉を完全ではないまでも、信じることにしたらしい。既に自身の上司となっていたシュナイゼルにそれとなく口添えをしてくれたことにより、ジェレミア・ゴットバルトのエリア11への赴任が決まった。勿論ロイドは、私がその地に赴任したがっている【本当の目的】は話してはいない。開戦前夜の日本に人質として送られ、死んでしまったことになっているヴィ家の両殿下が実は生きていて、それを探しに行くのだとは言わないでくれていた。おかげで、ロイドと私はよき共犯者となった。



・・・・・



皇歴2014年の春。

ついに私は殿下を見つけた。殿下はアッシュフォード学園に中等部からご在学であったと伺っていたため、すんなりとお姿を目にすることは叶った。それは何物にも代えられない行幸だった。ただ、赴任してから自身が自由に動き回ることを許されるまでの信頼を得るまでに時間を弄しすぎたことが、なんとも口惜しい。

【記憶】とは細かいところが色々と違う世界であったから、もしかしたらお会いできないのではないかという不安もあった。

そもそも殿下が、皇女殿下であること。

殿下が皇位継承権を返還したという記録がないということ。

この世界では枢木ゲンブは生きているということ。

徹底抗戦は唱えられず軍同士の衝突はあったものの、比較的平和的に日本はブリタニアに下ったこと。

その影響で、エリア11はそれ程荒れず、サクラダイトの採掘権くらいしか確保できていなかった旧日本の現状は、かつてよりよっぽどマシであるということ。

枢木スザクがブリタニアに帰依した記録がないこと。

などだ。だが、直接お会いできた今、そんなことは些事だった。殿下は間違えなく殿下であり、ジェレミアにとって、忠誠を捧げるべきただ唯一のお方だった。

私は殿下が学園の外、お一人になられたタイミングでその前に立ち、何かを言われるよりはやく膝を折った。


「御迎えにあがったわけではございません。私は、貴女さまの願いを忠実に叶える名誉を賜るため、はせ参じました。」


自己紹介と同時にかけたその言葉に、殿下は、第3皇女、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは驚いたように目を見開き、それから、近くのカフェを示した。話を聞いてくれるという事だと分かり、私は心底喜んだ。

そこからはロイドにしたように、馬鹿正直に全てを話した。ヴィ家の皇女が生きている可能性を正しく認識しているロイド・アスプルンドはいずれ紹介すると明言し、彼も味方であると熱弁した。

この短時間に、ジェレミアの人となりを大凡理解したと言った殿下は、あっさりと自身を受け入れてくれた。信用したわけではないとは言われたが、それも時間の問題だろう事は一目瞭然だった。


「貴女さまが私を呼びつけたいときには、【オレンジ】のものを身に着けてください。」

「【オレンジ】のもの?それは、お前にとって不名誉ではないのか?」

「いえ。私にとっては忠義の証。できる事ならば、貫きたいのです。今度こそ。」

「分かった。オレンジのワンピース、とまではいかないが、何かしら身に着けよう。気づけるか?」

「ええ。絶対に気づきます。」


その日から私は、彼女の忠実な臣下となった。

満14歳の主は既に驚くほどに聡明で、やはりこの人を主にと仰いで良かったと、神に感謝した。彼女たちの身の回りの世話をする人物は、あの世界と変わらず篠崎咲世子という女性。クノイチとよばれる隠密行動を得意とした旧日本最強のSP(・・・いや、スパイか?)の末裔だった。彼女とはその日のうちに顔合わせをし、こちらが敵ではないことを示そう。そう思ったのだが、その思考は無駄に終わった。なんと、彼女も私と【同じ】であったのだ。降ってわいた2人目の登場に殿下は溜息を吐きながら、「信じるしかなさそうだな。」と呟いた。



・・・・・



皇歴2015年夏、休暇をもぎ取ったロイドがエリア11に現れた。

しかも、その傍らに見慣れたセシル嬢ではなく、ラクシャータとジノ・ヴァインベルグを伴っていたことには、心底驚いたものだった。

仕事が生きがいの男が休みを申請したことで、予想外の一波乱が合ったらしいが、そんなことは知った事じゃない。ロイドはどうやら、ジェレミアの言葉を100パーセント信じきるために独自で研究を始め、その過程で偶然にも再開してしまったラクシャータと一緒に、全てを思い出したのだという。ただでさえブリタニアに留学してきていた彼女との相性は微妙であったのに、記憶をすべて手に入れてから真っ先に見たものが彼女であったロイドは、3日間寝込むんじゃないかという程の寒気に襲われたという。実際には寝込んではいないのだが。

そんな彼らと対面した場所は、ジェレミアが密かに買ったらしい邸宅の一室。ここは名義人こそジェレミアであるが、実質的に使用しているのはルルーシュであった。どうあがいても書面上はジェレミアの持ち物であるのだが、ジェレミアの感情的にはすでにルルーシュの屋敷である。彼がここに立ち寄るさいには必ず、訪問してもいいかという連絡を、ルルーシュに入れている。それ程徹底した、ルルーシュのための隠れ家だった。


「でぇ~んかぁ~。お~ひ~さ~しぶりです~。お会いしたかったです~。とは言っても、殿下は」

「はぁ~い。未来のゼロ、こんなに可愛くなっちゃって。残念だわ。」

「ええっと、ロイドとラクシャータ、だったな?」

「はい。陛下。ロイドですよぉ~。貴女にお会いするのは、この世界では、えーっと?何度目ですかね、」

「・・・陛下はよしてくれ。私は一般人だし、【その記憶】は私にはないんだ。・・・でも少なくとも2度目なのは、覚えてる。」

「それはいい!私はね、記憶を思い出す以前から、貴女の部下になりたかったんですよ?その原因を貴女が覚えているというのなら、KMFの開発に関することを除けば、これほど嬉しいことは無いですね~。」


殿下の記憶の有無などお構いなしに話しかけたロイドを遮り、やはり殿下の記憶の有無などお構いなしに言葉を発したラクシャータは、戦略兵器を自ら弄繰り回す割には綺麗すぎる指を殿下の頬に滑らせた。殿下は聡明な方だから、突然の発言にもニッコリと笑って受け流してくださる。それを見てジェレミアは心底安心した。


「その、ラクシャータは、」

「私は【ゼロ】であったアナタの部下。私が欲しいのは、紅月カレン、貴女に分かりやすく言うのなら、カレン・シュタットフェルトよ。」

「・・・ああ、病弱、だとかで滅多に登校してこない女子生徒か。・・・彼女が、パイロットなのか?」

「ええ。そぉ。まぁ、彼女については私が自分で上手くやるわ。」


一通り言いたいことを言って満足したらしいラクシャータは部屋の隅に設置されたベッドを占領して横たわり、ロイドは堂々とルルーシュの座る長ソファーに腰を下ろす。その上で、殿下のために用意した菓子に勝手に手を伸ばすのは何とも云い方が、殿下が何もおっしゃらないのだからと、どうにか耐えた。


「ロイドもラクシャータも、KMFの開発をするには私の傍では難しい思うが?」

「でも私の可愛い紅蓮のパイロットは、あの学園にいるんですもの。」

「ボクのランスロットのパーツもそうだねぇ。出会うには、殿下の傍にいた方が速いんですよ~。」


どうやらロイドの休暇は、移動願いの先駆けで合ったらしい。下見、というやつだ。今後、シュナイゼルに頼み、エリア11に拠点を構えるつもりでいるらしい。そしてそれは、ラクシャータにしてもそうだった。彼女は(大変不本意ではあるらしいが、)ロイドの共同開発者として、このエリア11でKMFの開発を始める気満々だった。彼らの愛しい子どもたちを動かせるパイロット、またはデヴァイサーは、このエリア11でしか巡り合えないのだ。

つまりは、彼らは手に入れた未来の知識をはやく再現したくて仕方がないらしい。

忠誠心を疑うわけではないが、どこまでも科学者は科学者でしかない。その事実に何度目か分からない溜息をつきかけたとき、殿下の視線が揺らいだ。それまで視界に入れようとしていなかった少年を、その瞳に捉えたのだ。


「それで、・・・ジノ・ヴァインベルグ、だったな、お前はなんでここに来たんだ?」

「でんか、おれ・・・私は、殿下が生きていらっしゃるんだって聞いて、ロイド伯爵に無理言って、その、」

「・・・なんだ、ハッキリ話せ。」


それまで無言を貫いていた少年は、殿下に声をかけられ捨てられた子犬のような面持ちで、なんとも心細げに口を開いた。ジノ・ヴァインベルグはかつて、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの学友候補としてアリエス宮に出入りしていたことがある。そしてその後、行儀見習いとしてアリエス宮に出入りしていた少女、アーニャ・アールストレイムと一緒にシャルル皇帝陛下のギアスで記憶を書き換えられ、全てを忘れる。ジノは、アーニャの記憶を正当化するのために、ギアスをかけられるのだ。今回の世界でもそうであったようだ。実際、ジノは先日まで、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアのことを忘れていた。いや、正確に言えば、仲が良かった記憶を、忘れていたのだ。


「ジノくんはねぇ、記憶を書きかえられて、君を忘れてしまってたことに引け目を感じているんだよぉ~。」

「記憶を・・・?父上のギアス、というやつか?」

「んー、この様子じゃ、殿下も覚えていらっしゃらないみたいだねぇ。ジノくんは折角思い出したのに。」


しかし、ギアスは、意志の強さでねじ伏せられる。

空気を読まないロイドは、未熟な少年に、会話だけでギアスの解除を強制させたのだという。会話を誘導し、導き出した発言と現実の辻褄が合わない所を突きつけて、少年の記憶に疑心を持たせた。途中、ジノは何度も吐いたという。しかし、彼は最終的に打ち勝ち、本当の記憶を手に入れたのだと、ロイドは語った。その確証があったから、荒療治でも施したんだけどねぇ~。だとか言ってのける男に、ため息が零れたのも仕方がないことだと思う。


「・・・ジノ、私はお前を覚えていない。」

「殿下、わたしは、私が、その、殿下のお傍に、居たいのです。私は貴女を守りたいだけです。だから、」

「今の私は【皇女殿下】じゃない。私についたところでお前に利益はないし、そもそも専任騎士は持てない。」

「関係ない。名誉が欲しいわけじゃないです。」


【本来の歴史】では、ルルーシュ殿下は、妹姫であるナナリー皇女殿下と日本国首相枢木ゲンブとの結婚の話を白紙に戻すため、自らの皇位継承権を返上した。ナナリー皇女殿下は、実兄の所持していた唯一の権力の象徴である第17位という、比較的高位の継承権の返還をもって、自身の父親ともなり得る年齢の男の後妻となる事態は避けられた。

もっとも、【今回の歴史】ではそのような事実はないため、皇位継承権こそ生きている。皇位継承権は貴族が利益を図るための重要な目安だ。高ければ高いほどに利益を生む。しかし、第三皇女ルルーシュは、公には鬼籍に入った状態である。既に死んだ皇女の皇位継承権が、いったいどんな利益を生むというのだ。しいて言えば、【円滑な侵略の口実】になるくらいだ。

だから、【私】に仕えたところでお前に利益はない。

その言葉は、ジェレミアもまた同じように与えられた。お前のためにならない。寧ろ、おまえの立場を悪くしかねない。そういった意味であることは考えるまでもなく理解できた。しかし、そんなものはどうでもいいのだ。利益が欲しくて仕えるわけではない。仕えたい相手であるから仕えるのだ。それをこの少年は既に分かっているらしい。ジェレミアはそれを喜んだ。


「・・・お前の親が許すのなら、留学でもして来い。そして、堂々と私の友人になればいい。」

「りゅうがく、」

「ジノにはKMFのパイロットとしての才能があるらしいから、本国の士官学校に入るまでの間になるだろうがな。」

「士官学校、行かなければなりませんか・・・?」


明るくなりかけた少年の顔が陰る。一緒にいられる時間に、明確な制限をかけられたことで気分が沈んでしまったようであった。それを、「壊れている」と自称しつつ、誰よりも思慮深く、人を気遣う精神を持ったマッドサイエンティストが「別にいいんじゃない?行かなくてもさ~。」と言い放った。


「ジノくんが将来、ルルーシュ様を守りたくないなら、ねぇ?」


守るためには力がいる。ただ守るだけでいいのなら、政治的な地位を持てばいい。しかし、自分の手で、直接守りたいというのなら、どうしようもなく技術がいる。敵を薙ぎ払う武器が必要となる。それを理解したうえでいらないというのなら、行かなくてもいいと思うよ。と暗に告げる。

ジノ・ヴァインベルグは未熟ではあるが愚かではない。それを信じているからこその言葉であったのだろう。実際、漠然としつつもその言葉の意味を感じ取ったらしい。辛そうにしながらも、「・・・行きます。」と告げた。それを聞いたロイドは何とも嬉しそうに、「おめでとぉ~!」と、彼の口癖を零す。


「君が無事卒業した暁には、このボクが、あのトリスタンよりも優秀な機体をプレゼントするよぉ~。」

「・・・楽しみにしていますね。」


嬉しそうにそう宣言をしたロイドにジノは苦笑を浮かべていた。そのやり取りは、定番のものであるらしい。そんな二人を他所に、殿下は私に視線を寄越す。静かに「私のオレンジ。」と、呼ばれて元々曲がっていなかった筈の背筋がさらに伸びた気がした。


「お前は、ジノをどう思う?」

「はい。ヴァインベルグ卿、・・・いえ、ジノ殿なら、いずれは立派な騎士に成長なさるでしょう。」

「・・・そうか、なら、本当にジノがこちらに来た時には、お前に任せもいいか?」

「ええ。このジェレミアが命に代えて、立派な騎士に育てましょう。」


ロイドが、ジノ・ヴァインベルグという少年がルルーシュの学友候補であることを知っていたのには、第2皇子であるシュナイゼルの存在があったのだという。学舎から帰省するたびに、「彼女に友だちが出来ることは喜ばしいんだよ?でも、最も愛する私の異母妹が、私の相手をしてくれなくなるのは困るな。」だとかほざいていらっしゃったのだという。そして、その殿下の敬愛する異母妹殿下に、シュナイゼルと一緒に会いに行ったのだと。その時、ジノもその場に居合わせてしまったと言っていた。

しかし、再会したジノはロイドとあったことどころか、ルルーシュのことさえ忘れていた。そして、その記憶の改変は、強い意志で跳ねのけられた。それも、ギアスの存在を確信する一つの要因となったのだという。


「ジノくんの後見人、僕がしてもいいけどね?」

「私が取り計らう。気にするなロイド。」

「あららぁ、ざぁんねん。」


それ程残念がっていない口調でそう言ったロイドに、もはや溜息をつくだけ無駄であるとさえ思いだした。結局のところ、この男が味方であるのならどうでもいいのだ。彼のランスロットは敵ならば厄介だ。そして、彼が連れてきたラクシャータの紅蓮も。この科学者たちがルルーシュの下に自ら集ってくれるのならば、それに越したことは無い。


「ジノ、とりあえずは修行に励め。私が認めるに値しないと判断すれば、殿下の騎士には私が名乗りをあげる。」

「ジェレミア卿。・・・認めてもらえるように、誠心誠意努めさせていただきます。負けません。」

「ああ、楽しみにしている。貴殿の忠義は【ナイト・オブ・ゼロ】とは違いまっすぐで分かりやすい。期待しているぞ。」

「ナイト・オブ・ゼロ、」


ランスロットのデヴァイサーであり、ルルーシュの初めての友人。あの歴史における第3皇女ユーフェミア・リ・ブリタニア殿下の専任騎士の後、ゼロであったルルーシュを裏切ってラウンズにまで上り詰めた、「白き死神」「裏切の騎士」と名高い少年。ゼロレクイエムでゼロになり替わり、悪逆皇帝を打ち取った英雄。そこに至るまでの経緯は確りと語ったが、その正体を、ジェレミアは頑なに明かさなかった。ただ、一貫して【ナイト・オブ・ゼロ】と呼び、その少年が、名誉ブリタニア人であるという事実さえ、ぼかして語っていた。他については何でも話そうとするジェレミアが何度問われても、本当のことは明かさなかった。だから、殿下はその単語にかなり興味を持っている。しくじった。そう思った。ここには彼についてよく知っている人物がいる。


「ロイド、ナイト・オブ・ゼロとは、どんな人物だ?」

「へ?殿下、知らないの?」

「ああ、ジェレミアがそれだけは教えてくれないんだ。」

「そぅ。じゃあ、教えてあげない。」

「・・・なんでだ?」

「殿下、もう、カードは十分にその手にそろっていらっしゃる。後は殿下が自分で切り開かなくちゃいけない。ボクは自分で何でもできてしまう殿下を敬愛しているんですよぉ。だから目先の答えに簡単に飛びついて欲しくはないんですよねぇ。第一殿下は、C.C.のこともラグナロクのことも黒の騎士団や超合衆国のことも、ギアス関連の事件もご存じなんでしょ?」

「・・・まずは自分で考えろ、そういう事だな。」

「はいはい。そうですよぉ~。いずれはラグナロクに対抗してもらうっていう大仕事もありますけど、とりあえずは殿下には、今を生きていただかないと。そういうのはまだ先でイイんですよ。」


ロイドの言葉に殿下は少しばかり眉を寄せ、それから「分かった。」と零した。どうやら聞き出すことを諦めてくれたようだった。こちらの意を汲んでかどうかは分からないが、その不敬を恐れないロイドの行動力と発言には、今ばかりは感謝を覚える。何故なら、「これからは未来のことは聞かない。」という発言まで引き出したのだから。まぁそのあとに、【交換条件】は付いてきたのだが。


「代わりに、ラクシャータと共に、一つだけ、願い事を聞いて欲しい。」


殿下の言葉に、寝ころんでいたラクシャータは体を起こし、ロイドは口に運びかけていたマカロンを取りこぼした。ラクシャータはルルーシュのお願いは聞いてあげたいが、プリン伯爵と一緒に仕事はごめんだと文句を言い、それを受けたロイドは僕だってそうだとくってかかる。しかしながら、二人ともお願いの中身は聞く気があるらしく、嫌々である風を隠しもせずに、続きを促していた。殿下は言った、ロイドにはラクシャータのサポートにつき、あるものを開発して欲しいのだと。


「・・・ナナリーに歩行補助具を開発して欲しい。できる限り目立たないヤツを。」

「歩行補助具。一応、私の畑ってわけね。・・・構わないわ。プリン伯爵をこき使えるみたいだし。」

「ありがとう、ラクシャータ。・・・ロイドはどうだろうか?」

「・・・ん、んんー、いやだけど、ナナリーさまの足も確かに助けてはあげたいんだよねぇ。」

「だめ、か?」

「んっ、んんんんんっ、だめってわけじゃ、えっと、・・・もうっ、分かりましたよ!やってやりますよ!いつか殿下が陛下になったら研究費ふんだくりますからね!!」

「ありがとう、ロイド。そんな日が来れば、医療や一般の技術発展のために、いくらでも予算を裂いてやるさ。」


殿下は笑っていた。妹君の歩行補助具の開発を約束させられたから、だけではないことが伝わってくる、心からの笑顔だった。それを見て、ロイドもラクシャータも、ほっとしたような笑みを浮かべていた。それぞれ、その理由は違えども思うところはあるのだろう。「今回は、もっと頼ってくださいね?」と殿下を抱きしめたロイドを一瞬殴り飛ばしそうになったのだが、思っただけなので許して欲しい。



・・・・・



皇歴2015年冬、ルルーシュ殿下とカレン・シュタットフォルドと友人関係になった。

彼女は記憶を持っている人間であるという。記憶が戻ったのは殿下をアッシュフォード学園内で初めて見た日であったとのことだった。そんな彼女に、先日、ラクシャータが接触したらしく、【身を守る】ためにもこちらの仲間に加わるつもりでいるらしい。未来を知っている、それはすさまじいアドバンテージだ。それだけではなく、彼女は優秀すぎるKMFパイロット。もし敵に彼女を覚えている者がいたら、真っ先に命の危険に晒される。その上彼女は知っている。ルルーシュを好きに行動させたうえでの結末を。世界一優しい嘘つきを。

カレンは本格的に接触する以前から、それとなく殿下を守っていてくれたらしい。その事は咲世子にも認識されていたことが後に分かった。彼女の忠誠もまた、本物であると自信を持って言える。


「ルルーシュ。貴女には記憶がないなんて。というか、女なんて、ガッカリもいいところよ。」

「・・・悪かったな。そんなに不満なら、いっそお前が男になればいいんじゃないか?」

「・・・何ソレ、確かにって思っちゃったじゃない。性転換手術、ラクシャータさんは受け付けてくれるかしら。」


前の世界では彼女の兄ナオトが作ったテログループが黒の騎士団の前身ともいえるものであったらしい。しかし、今の世界ではナオト氏はそういった組織を率いた経験はない。カレンの説得により、彼はシュタットフェルトでカレンの従者をしていた。母も兄もそんな屈辱的な筈の状況を嫌がらずに受け入れてくれた。カレンのために、受け入れてくれていた。そのことに、カレンはなによりも感謝をしている。

しかし、この世界にも【扇グループ】と呼べるものが既に存在していることを確認している。彼らに必要以上の軍事力を与えないように制御しつつ泳がせているのが現状だった。


「カレン殿が男性に?女性のままでも騎士にはなれますよ?」

「ジェレミアさん、そういう話じゃないんですよ。」

「ああ、もしや殿下との婚姻を、という話でしょうか?確かにアナタが男性であれば、何も憂いはありませんが、」

「でしょ?白の騎士がそうなるより百万倍ましよ。」

「そうかも知れません。では、手配をいたしましょう、アナタの父上はユーロ・ブリタニアでしたか?」

「ええ。そうよ。」


扇にカリスマ性はない。何をしたところで彼らだけでは大した成果はなしえない。しかし、大きな問題が一つあった。彼らは【黒の騎士団】を名乗っているのだ。少なくとも、誰か一人以上、【記憶持ち】がいることは明白だった。その名を語ることが【記憶持ち】を集めるための撒き餌のつもりで、思い上がったわけではないのかもしれないが、不満は溜まる。その名は、ゼロがトップにあってこそのものだ。少なくともカレンはそう思っているらしい。だからこそ、どんなつもりで名乗っているにせよ、カレンはその一団に接触はしないと決めているのだという。


「おい、悪かったから辞めろ。お前の父君も困惑するだろう。」

「イイのよあんなクソ親父のことは。寧ろ一人娘よりは一人息子の方がいいじゃないかしら?」

「・・・お前の母親は悲しむんじゃないのか?」

「まぁ、母さんから娘を奪うのは、忍びないわね。」


今日は、彼女の母親と兄の就職先をシュタットフェルトからゴッドバルトの別邸に移す日であった。つまりは、ルルーシュのための隠れ家のハウスキーパーとして雇われることになったのだ。カレンは母親を孤独に貶めるような愚行はもう侵さないし、兄も行方不明になっていない。だからこそ、一度は自身の専属使用人にしてまで引き込んだ本当の家族を、シュタットフェルトから引き離したかったのだという。赤き騎士の願いを、ジェレミアは二つ返事で受け入れた。元々、屋敷の維持に人を入れたかったが、ルルーシュ殿下を守るためには信用できないものを呼ぶわけにもいかず困っていたところではあったのだ。利害は一致していた。


「その、ご歓談中、失礼します、こちらのキッチンにもなれるために紅茶を淹れてみたんです。もし、宜しければ、」


ノックと共にかけられた声の主は、今丁度話題にあがったカレンの母親のものだった。彼女は精神的にも病んでおらず健康であり、シュタットフェルト家の使用人であった経験もあってか、とても生き生きと働いてくれていた。今日のところは物の位置を覚える事と荷ほどきだけでいいと言ったのに、実際に作業をしてしまった方が覚えるからと色々と仕事に取り掛かってしまっていた。


「どうぞ。入ってください。紅月さん。」

「失礼いたします。」


開かれたドアの向こうから小ぶりの台車が室内に入ってきた。そこにはお茶菓子と思われる皿と、ティーセットが乗せられている。ジェレミア、カレン、ルルーシュで囲んでいたテーブルに、音を立てることなく丁寧にティータイムの準備が整っていっていた。それを見ていたルルーシュが紅月氏に声をかける。


「ナオトさんもよんで、5人でお茶にしませんか?」


殿下の言葉に、紅月氏は慌てた声を上げ、初めて食器を鳴らした。「えっ!?」っと、明らかな混乱を見せていれば、カレンがそれに笑い声をあげる。「お母さん動揺しすぎ。」と。カレンはもう、紅月氏を孤独にはしないが、普段人前ではどうしても彼女を母親として扱えなかった。それは彼女たちの【立場的に】仕方ないことであったし、紅月氏も理解していた。しかし、カレンが人前で、この屋敷の主の前で、彼女を“お母さん”と呼んだ。慌てるのは紅月氏だ。


「紅月さん、ここはあなた方の家です。一応雇用関係はありますが、そこまで気を張らないでください。」

「ルルーシュはちゃんと知ってるわ。それに、イレブンだからって差別もしない。ジェレミアさんだってそうよ。」

「カレンっ、」

「私はいつか、ルルーシュの騎士になる。そして、私がお母さんもお兄ちゃんも守るから。」

「騎士って、」

「納得し難いとしても従っておいた方がいいわ。ルルーシュはこれでも、皇女殿下なんだから。勅命よ?」


いたずらっ子のような顔をしてそんな人の悪いことをいうカレンに、殿下は苦虫を嚙み潰したような顔をなされた。そういう意味では言ったのではないと言いたげである。しかし、それはカレンもよく分かっているのだという事を、殿下も理解していらっしゃるのは明白だった。だから言葉を飲みこむ。


「・・・私は、今は庶民です。だから気負わず、一緒にお茶にしましょう。是非仲良くなりたいんです。」


殿下はその、どんな宝石よりも流麗で輝かしいロイヤルパープルを柔らかく細め、百点満点のロイヤルスマイルを浮かべていらっしゃる。そしてその上で、「そんなに気を張らず、娘の友だちとして接してください。」と、紅月氏に無理難題を無自覚なままに突きつけていらっしゃる。殿下の場合は、皇族のもつ権力の重みを理解していないからではなく、既に鬼籍に入った庶民の心持でいらっしゃることにより皇族としての自覚が薄すぎるからであるのだが、この場にあってはどちらでも一緒である。紅月氏には辛うじて「はっ、はぃ。」と気の抜けた返事をし、「な、ナオト、愚息を呼んでまいります。」と言って、早足で、しかし、足音を立てずにその場を一度退室した。宣言通りご子息をつれて彼女がその部屋に戻ってきた時、彼女と自身の分のティーカップや茶菓子の乗った盆をもち、混乱しきった様子のナオトに、カレンは無情にも笑い声をあげ、ルルーシュは首を傾げるのだった。



・・・・・



皇歴2016年春。

ラクシャータとの定期連絡の直後にジノが顔を出しに来た。ジノは先日から正式にロイドのチームのメンバーになり、それに合わせて少しずつ訓練を入れていっている。テストパイロットでの成績が良かったところで、実戦で使えなければ意味がない。これから、対人戦闘訓練を、ジェレミア自ら施すのだ。そのジノの頬が真っ赤に腫れていた。

曰く、今日、カレン・シュタットフェルト、いや、【紅月カレン】に初めて会ったという。


「出会い頭に殴られそうになった。」

「よけきれなかったのか?」

「まさか。避けた。人間離れした身体能力で繰り出される拳も足も全部。まぁ、そんなに余裕はなかったけど。」

「カレン嬢はとても優秀な戦士だからな。決着はつけたのか?もしや、大敗を喫した?」

「違う。途中でセシルさんとロイドさんが止めたんだ。それで、一息ついた瞬間殴られた。」

「それはそれは。宣戦布告されたか?」


ジノは驚いた顔でジェレミアを見た。そして、こくりとひとつ頷く。カレンは、ジノがルルーシュの騎士候補筆頭だと知り、簡単にやられる様ならその地位を乗っ取るつもりで攻撃を仕掛けたのだと白状したらしい。さすがは、冗談でも性転換という話題に乗ってくるだけのことはある。ジェレミアは本気で感心していた。


「勝てるか?」

「今は無理そうだ。・・・だから、俺はもっと強くならなきゃいけない。」

「身の程は弁えている、か。」

「・・・本気で悔しいですけどね。・・・だから先生、今日も宜しくお願いします。」

「今からお前はジノではなく、ヴァインベルグ卿だ。殺しはしない程度に加減はしてやろう。」

「・・・すぐにそんな余裕持てなくして差し上げます。」


ジノは、ルルーシュの騎士という立場に憧れる少年の顔から、1人の戦士の表情に切り替わった。いずれ、戦いを楽しむほどに強くなる少年だ。枢木スザクに対し、臆病者であるからこそ騎士にふさわしいのだと、悲しいことを言えてしまう程に戦場に染まってしまった少年を思い描く。彼は迷ってしまった。だから、この少年には今のうちに全ての迷いを終わらせて置いてもらおう。この先、まっすぐに自分の道を選べるように。本当に欲しいモノに伸ばした手を、引き戻してしまわないように。ジェレミア・ゴッドバルトは訓練用に刃を潰された剣を構える。これであっても打ちどころによっては相手を殺してしまえる。とても重い存在だ。それと同じものを、ジノにも手渡した。

ジェレミアは見極めんとする。今、目の前にいるのはジノという名の交流の深い少年ではなく、ヴァインベルグ卿だと認識せよ。ルルーシュ皇女殿下の、騎士候補筆頭だ。ならば彼には誰よりも強くなってもらわねば。

始め。と簡潔かつ厳かに響いた開始の宣言。それと同時に力強く地面を蹴ったジノを、ジェレミアは真っ正面から見据えていた。少しでも早く、自分を叩き潰せるようになれと、強い意志をもって向かってくる銀を受け止める。

ギラリと光ったスカイブルーを見据え、彼こそ、青が相応しいと内心で笑った。