ヴァンナス離宮の魔法障壁が生きている

ヴァンナス離宮の魔法障壁が生きている

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「ヴァンナス離宮の魔法障壁が生きている」


その報せはニフルハイム帝国とノクティス一行のもとにほぼ同時に飛び込んだ。

レスタルムへ向かっていたノクト、グラディオ、イグニス、プロンプトの四人はすぐさま踵を返し、ガーディナの海を見渡す小高い丘にある離宮へレガリアを走らせた。

助手席のプロンプトは、エンジンの振動と音から、レガリアがほぼ最高速度で渓谷を走行していることを感じていた。ほかの三人の表情はけわしい。

かの報せが入ったとき、まずこの三人は三様に目を見はり、言葉を失った。プロンプトは「レギス陛下が生きているのでは」と思わず希望を抱いたが、ノクトたちは別の可能性を考えていた。




プロンプトはうなりをあげるエンジンの音に混ざって、遠くから近づく別の音に気がつき顔をあげた。


「帝国の船だ」


その直後、サルエン渓谷の上空を帝国の機動戦艦が3隻通り過ぎて行った。

イグニスが無言でさらにアクセルを踏み込むのを感じた。カーブのたびにかかる重力に誰も文句を言わない。こういう時、プロンプトは口にこそしないがわずかばかりの寂しさを覚える。

彼らが生存の可能性を感じたノクティスの2つ上の姉、アン王女とはプロンプトは面識がない。美人で国民にも人気があった人だからもちろんニュースや雑誌で姿を見たことはあるけれど、健康上の問題を理由に王位継承権を放棄したこともあり、王であるレギスや次期国王のノクトと比べるとメディアへの露出が少ない人だった。


「間に合えよ」


グラディオが座席の間から身を乗り出し、空を睨んだ。


「本当に姉上なのか」


ノクトの問いにイグニスはしばらく黙り、前方を見たまま言う。


「コル将軍がまだ陛下の力を借りた刀を召喚できるように、王ときわめて結びつきの強かった一部の人間の周囲にはいまだ陛下の魔力のなごりが残っている。小さいとはいえ障壁を維持するほどともなれば、考えられる可能性は2つ、おまえか、王女殿下だ」


「見えた!魔法障壁だ!」


プロンプトの声に全員が丘の上を見た。

せり出す赤土の崖の向こうに小さく、離宮の丸屋根が見えた。

緑の丸屋根を覆う、輝く被膜がガーディナの太陽に照らされて場違いにきらきらと輝いていた。

あの場所に、陛下をオヤジと呼ぶノクトが「姉上」と呼ぶ人が、王子を「おまえ」と呼ぶイグニスが「殿下」と呼ぶ人がいる。




***




「まぁだ中に誰がいるかわからんのか」


カリゴ・オドー准将は苛立ち、横に立っていた魔導兵を殴った。そのあまりの硬さに殴った手のほうを痛め、腹いせに今度は足で蹴飛ばした。

緑の丸屋根と白壁の優雅なヴァンナス離宮は、物言わぬ魔導兵に取り囲まれ、扉という扉は打ち砕かれ、窓という窓が割れ、いたるところから黒い煙をあげていた。

見つけたらまず報告、王女ならば生かしたまま連れてこい。

そう命じ、魂のない魔導兵たちを次々と投入しているもののまだ中にルシスの誰がいるのか報告さえはいらない。使い捨てとして戦うためだけに作られた魔導兵は、情報を確認して持ち帰り報告する機能には乏しかったのである。

確信をもって理解しているのは中で魔導兵と3時間交戦している何者かがいるということだけだった。

これだけ長持ちするということは筋骨隆々の王都警護隊あたりかもしれない。待たされてそれだったらいやだ。こちらは美しき王女をひん剥いてベッドに押し倒すのを楽しみにしているのだから。


「ルシスのガキを連れてこい。ガキだよ、ガァキィ」


しびれを切らし、少数連れてきていた人間の兵士にそう言いつけると、輸送艇のなかから十歳にも満たない男の子が一人、カリゴの前に連れてこられた。

カリゴは怯え切った少年の頭に優しく、そっと手を置き、突然髪を掴んで頭を前に倒した。さらされた首に抜きはらった剣を這わせる。


「いるんだろうルシスのお優しい王女様ァ!」


離宮に向かって声をはりあげる。


「このぼうやの首が落ちる前におとなしく出てきてあんたの首を差し出すのが王家の務めってやつじゃあありませんかねえ!?」


建物全体が不気味にきしむ音と、時折炸裂音があるだけで人間の声は返らない。

カリゴは恐怖に声も上げられない少年を見下ろし、頭を揺すった。


「…なにをしている。泣き叫ばないか」

「ひっ、ひっ」

「声が小さい。なかの連中に聞こえるように泣き叫べと言っているのがわからないのか?…ふむ、頭の悪いガキだなあ。ならばまずは右耳を削いでみるとしよう」


剣が少年の髪にざりと音を立てて触れ、剣先が耳に押し当てられた。

そのカリゴの左腕に鉄板のような巨大な剣がめり込んだ。


「どっせい!」


振りぬいたグラディオはカリゴが輸送艇の外壁に激突し動かなくなったのには目もくれず、返す刀でまわりの魔導兵を打ち砕くと離宮の窓へ向かって走った。外敵を察知した魔導兵たちが一斉に起動し、銃口が持ち上がるが、その端から銃が爆発してきれいなウェーブを作って次々と若草のなかに倒れこむ。


「へへっ、いっちょあがりぃ!」


この隙にプロンプトは素早くグラディオに追いつき、屋敷の中へ跳び込んだ。

グラディオとプロンプトは陽動をかねた地上部隊、ノクトとイグニスは隠し地下通路としても使われていた古い水路から離宮の中央を目指している。

離宮のなかは早くも、グラディオがたたき切った魔導兵、だったものが壁と天井と床のいたるところに散らばっていた。鋼鉄の鎧で覆われているはずの魔導兵の断面は、とてつもない力でねじ切られ、ひしゃげた鉄くずとしか見えないありさまだった。


「ひぃい」


震えあがって、プロンプトは魔導兵を踏まないよう飛び跳ねながらこれをやった本人を追いかけた。

グラディオは向かってくる魔導兵を鉄塊でぶん殴って吹き飛ばし、前にしか進めない巨大な獣のごとく猛進する。おかげでプロンプトは後方からの攻撃を防ぐことだけに集中できた。


「グラディオ気合はいってんねえ!」

「ああ?当たり前だろう、がっ!」


鉄の鎧が砕け散る。

”当たり前”きっとそうなのだろうとプロンプトは思った。

王都襲撃によって王も王家の人々も皆殺しにされたと聞き、「王の盾」であるグラディオがどんな感情に苛まれたか。そして、もうひとり生きているかもしれないと知り、どれほどの使命感がその胸に去来したか。とうてい自分の想像が及ぶものではないだろう。

前方から突進してきた強化魔導兵を、グラディオは三体同時に横殴りにして窓から放り出す。


「むかし好きだったからなっ!」

「ええ!?」







ノクトとイグニスは王都警護隊の支給品であるライトで照らしながら狭い地下水路を進んでいた。幸い、水路の出口からここまで帝国兵には遭遇していない。


「姉上はこの水路を抜けてもう逃げているんじゃないか」

「それはないだろう。姫様が離宮を離れていれば魔法障壁も消えるはずだが、まだ障壁は残っている」

「つまり、中にいる、っと」


前を行くイグニスの沈黙を肯定と判断し、ノクトは黒い水のなかを進んだ。

頭の上で鈍い振動音があり、水路の天井の細かな破片が水に落ちる音がした。さきほどから何度も断続的にこの音がある。さして広くない離宮のあちこちで爆発が起こっている証拠であり、すでに彼らが離宮のすぐそばか、建物の下に入っている証だった。

不意にイグニスがノクトのライトを手で覆い、足を止めた。イグニスのライトもいつのまにか消えている。

ノクトが無言でライトを落とし、耳を澄ますと、低い爆発音と破片の落ちる音に加えて、何者かが水のなかを進んでくる音がする。

しかも一人ではない、複数いる。

ノクトとイグニスは通路がT字に交わる角で壁際に身を潜めた。あちらはノクトたちに気付いていないらしく、明かりをつけたまま近づいてくる。

狭い場所でも効果的に動けるノクトとイグニスだから地下部隊となったわけだが、それでも短剣を握る手に緊張がはしった。

水路の天井に連なって歩く人影が映り、交錯した。

先頭の男の持っていた剣とイグニスの短剣が合し、火花が爆ぜた。

女の短い悲鳴があがってノクトが振り返る。

水路を来たのは8名、ボロボロに汚れてはいるが、城で働く者たちの衣装を身にまとっている。

先頭の男は王都警護隊の装束だ。左の肘から先を失っていた。


「ノクティス王子…!」

「生きておられたっ」

「おまえたち、王都から逃げてきたのか」


ノクトの顔を見つけると祈るように両手を結び、涙をながした老婆の顔にノクトは見覚えがあった。その後ろの若い女も、下男も、しかし、アンの姿は見当たらない。

王都警護隊の男が剣を手放して水に落とすと必死の形相でイグニスの腕をつかんだ。


「まだ中に、殿下が」


すまない、すまないと繰り返した男の腕を振り払い、イグニスは彼らの来た方向へと走りだしていた。

ノクトは「おまえたちは、もうしばらくここにいてくれ。外には出るなよ」と早口に言い置いて、イグニスを追いかけた。

イグニスが突っ走って、ノクトがフォローする。

いつもと逆の構図にとまどいながらも、爆発音がすぐ真上で聞こえるとすべての雑念は消え去り、ノクトは無心で黒い水のなかを走った。







その扉の前だけが異常だった。

古い夏の日に、父とイリスとともに招かれたこの離宮のなかで、その扉は最も重厚で意匠をこらした細工が掘られていたはずだとグラディオは記憶していた。それがいまや両開きの扉は失われ、そのかわり扉の前には破壊された魔導兵が天井近くまで積みあがって入り口を塞いでいた。仲間の遺骸を慈悲なく押しのけ、踏みつけ、関節を奇妙な方向に折りながら、魔導兵たちはなおも天井との隙間から室内へ入り込もうとしている。

プロンプトが足元を見てみると室内からは絨毯をつたって、きらきらと輝く白い気体がこぼれだしていた。


「なんだろこれ」


輝く気体に手を近づけると突然、強烈な白銀の閃光がはしった。


「わっ」


思わずつむった目を開くと、目の前の遺骸の山の上に凍りついた魔導兵が2体増えていた。


「どけ、プロンプト」

「え?いっ!」


地を這うような声の直後、短く風をきった音がなにものであるかを見るまでもなく、プロンプトは頭を伏せた。

プロンプトを通り越した鉄塊が、ただ一撃で屋敷の廊下に大穴を開けていた。

穴から室内に足を踏み入れると、部屋の中は壁も床も白く凍てつき、天井と豪奢なシャンデリアからは氷柱が無数に伸びていた。あふれて渦を巻く冷気が部屋の真ん中でダイアモンドダストを撒き散らしている。

飛び込んできたこの光景のなかに、二人の人間の姿を見つけた。

ひとりは飾り暖炉の前の床に伏せているコックの格好をした男だ。白衣の両足が血で染まっているが生きていた。

もう一人は両足で立っていて、侵入してきたグラディオに厳しい表情と手のひらをむけた。その美しい顔と体は半ばまで凍りついている。

あの魔導兵の山を築き上げた冷気の最上級魔法を放った人物に間違いなく、彼女が気迫だけで立っていることは誰の目にも明らかだった。


「姫様!」


大声をあげた侵入者が帝国兵でなく見知った顔であることに気づくと、ぴんと張っていた指はゆるみ、凍った体からようやくこぼれた息はしかし白くなかった。


「…グラディオラス」


その場に倒れかけた体をすくい、グラディオは穢れたものを払うようにアンの腕にまとわりついている氷に爪を立てた。

体は凍りついた部屋と同じ温度だった。

一刻も早くここから遠ざけなければならない。

抱き上げようとしてアンの氷に覆われた左足の膝から下が床を覆う氷と一体になっているのに気がつきグラディオははっとして屈みこんだ。

そのグラディオの襟を掴んで引き寄せ「皆が地下に」と告げると、王女殿下はそれきり意識を失った。



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