仲間

今朝も高杉の読経で目が覚めた。


あいつの独特な節回しを聞いていると、いやに感傷的な気分になる。あいつの詩吟を面白いと笑っていた生前の松陰先生、素読や議論が活発に交わされた村塾時代が、俄に思い出されるから。


大義のためならいつでも死ぬ覚悟であった。だが、志半ばで散ってしまったことに悔いがない訳ではない。


「……あいつの読経は相変わらず耳につくな」


高杉の読経が一段落したところで、マロも起きてきた。同じことを感じていたのか、その眼差しには何ともいえない鈍さがある。


いわゆる極楽浄土と呼ばれるこの地に来て幾星霜。


幕府に楯突き、国を捨て、都を焼き払ったこの身は、当然地獄に堕ちるものだと思っていた。だがどういうわけか、俺もマロも行き着いた先は天上だった。


そして……この極楽浄土で、高杉の読経を聞かない日はない。


あいつが毎朝読経しているのは俗界の頃から知っていた。まさか俺たちにも向けられるようになるとは。その姿は天上からもよく見えるが、その声は直接脳随に響いてくる。


「最近はあの娘の声までついてくるからな」


そう言いながら、俺は朝餉の支度を始める。夕餉担当の吉田は手伝う素振りもなく、まだ俗界をぼんやりと眺めている。


「夫婦じゃけぇ……」


あの暴れ牛がよくもまぁ所帯を持ったものだ。俗界に未練がないではない。だがあの二人を見ていると、軋む心が少し凪ぐ気がする。



***



「お前の読経は耳につくな」


ささやかな朝の勤行に小娘が加わるようになって数ヶ月。俺の読経も何かと言われたものだが、こいつのそれも大概だ。


だが……出来た嫁だと思う。


心ならずも辛い道連れを強いてきた。その分、誰よりも俺を解する存在となってくれた。そして、今ではこうして、一緒に経まであげてくれる。マロやゲン、そして、その在りし日を知らぬ俺の同志達にさえ。


「そんなすぐには上手くならないですよ」


軽やかに言い返しながら小娘が立ち上がる。


……出来た嫁、という言い方は少し不適切だったな。「家」に縛りつけておくには惜しい女だ。女を丁重に扱うのは俺のちょっとした主義だが、こいつを見ていると、単なる女として扱うのはかえって礼を失する気がする。


同志、連れ、伴侶、仲間、あるいは……。


「もう!」


命を預ける間柄であっても、同志の尻を叩く趣味は勿論ない。


「さて、朝餉にするか」


小娘は小娘だと改めて思い至り、俺も静かに仏間を去った。先に逝った仲間の呆れ顔を、思い浮かべながら。



著作者の他の作品

「ボル版深夜の真剣文字書き60分一本勝負」参加作品の加筆修正版。『大人の初...

「ボル版深夜の真剣文字書き60分一本勝負」参加作品。『特別捜査密着24時』氷...