とある世界線での出来事

貴方に最高の絶望を

惑星ナベリウス遺跡地帯、彼女はそこに一人で佇んでいた。


「……おかあさん」


深淵なる闇ノワール】は壊れた瓦礫の上に腰かけ、ぽろぽろと赤い涙を零した。

けれど表情は一切変わらず。

それはまるで冷酷非情な彼女の母親を思わせた。


「ノアは、どうして……生きてるの……」


彼女が空に手を伸ばすと、ダーカー因子があたりに散らされて落ちていく。

地面に落ちればすぐさまその場所を侵食していこうとする。


「いや……なんで……?」


浸食されていく美しい遺跡を見てられなくなり、彼女は手で顔を覆った。

もう何も見たくない、私のせいで壊れていくのを見たくない。

願わくば誰か私を殺してください。


「うずらちゃん……」









「うずら! アッシュさん! ヴァイスさん! どこですか、どこにいるんですか!」


惑星ナベリウスの凍土地帯、彼――シギ――はなぜかその地を彷徨っていた。

どうあがいても遺跡地帯に入れない、足を踏み入れることが出来ないのだ。

そして、行動を共にしていたうずらたちともはぐれてしまっていた。


「くそっ! どうなってるんだ……ノアさんは一体何を……」


シギが一人彷徨っていると、クレバスの向こう側に見知った彼の姿が現れた。


「ナハト! 無事だったのか!」


クレバスを飛び越え、シギはナハトに駆け寄る。

しかし、ナハトは頭を押さえたまま何かに耐える様に呻くだけだった。


「ナハト……?  どうしたんだ、頭が痛いのか……?」

「……っ!? 貴様は……シギ!?」


ナハトは驚いてシギの方を振り返った。

彼はひどく怯えた表情で、この世の終わりが来たような、そんな様子だった。


「ダメだ、俺に近づかないでくれ……このままじゃ、俺は、俺は……っ!」


彼がそう叫んだ瞬間、溢れんばかりのダーカーが辺り一面を覆うかのように噴き出した。

あっという間にそれはナハトを覆いつくし、シギにまで浸食しようと這いつくばる。


「ダーカー!? くっ……これも【深淵なる闇】の……?」


浸食される前にシギはダーカーたちから急いで離れる。

間一髪シギ自体は浸食されずに済んだが、ナハトの姿はもう見えないくらいダーカーに覆われてしまっていた。


「……ナハト! ナハト―――ッ!」


凍土を覆いつくす勢いのダーカーたちは、シギに目もくれずどこかへと流れていった。









「うずらちゃん……」

「うずら」


惑星ナベリウスの森林地帯で、アクアとアズールは意識を失ったままのうずらを介抱していた。

ノワールの【深淵なる闇】の力を近くで受けてしまったため、彼女は高濃度のダーカー因子に浸食されてしまったのだ。

アークスなれど限界はある。

【深淵なる闇】が放ったダーカー因子はうずらの限界をゆうに超えるものだった。


「あのねあのね、アドニスが言ってたの。あーくすにはだーかー因子を浄化する力があるって言ってたの」

「だけどそれには限界がある。当り前よね、アークスだって生き物だから。でもね、あたしたちならそれをどうにかできる」


アクアはかたく閉じられたうずらの瞼をそっと撫でる。


「お姉ちゃん……」

「何をそんな変な顔してるの。やることやってあたしたちは退場よ」


アズールはアクアの頭をぽふぽふと叩き、静かに目を閉じた。

妹もまた姉と同じように目を閉じ、何かの詠唱を始めた。


「私たちはその結末を望むの」

「あたしたちはその結末を望まない」


望まない結末になるくらいなら、全部私が壊すの!

望む結末になるまで、あたしが全部壊すわ。


「うずらちゃんを助けて! それなら私はだーくふぁるすにだってなれるんだから!」

「あの子はこの世界の鍵、きっとそう。このあたしが言うんだからそうに決まってる」


あたたかなフォトンの光がうずらに降り注ぐ。

それと同時に、うずらの中に蓄積されたダーカー因子が二人に吸収されていく。


「ああ、私、だーくふぁるすになっちゃうのかな」

「……もう何も失うものはないから。アクア、ごめんね……」


全てのダーカー因子が消えた時、二人の姿も消えてなくなった。

そこにいるのはうずらとダークファルス【狂人バーサーカー】たちだけ。


「ノアちゃん……」


狂人バーサーカー】たちがいなくなった後、うずらは一人目覚めた。











「初めまして、僕の名はダークファルス【魔人ストレガ】。君たちはアッシュにヴァイスかな? いらっしゃい、僕の領域に」


惑星ナベリウスにいたはずの二人は、突然空間転移されてこの場所に連れてこられたのだ。


「アドニス! 何の真似だこの野郎!」

「……どういうことですか。貴方の目的は何ですか」


アッシュは既に激情、ヴァイスこそ大人しいもののその声音には怒りが混じっていた。

二人を上から見下ろす【魔人ストレガ】――アドニス――は悲しそうに目を伏せた。


「これは命令だ。誰からの、とは言わない。君たちをこの先に絶対進ませてはならないと、かの者が言ったから」


ふざけるな、アッシュが悔しそうに怒鳴った。

今にも暴れ出しそうな勢いの彼だが、弟に制されて大人しくとは言わないが一旦収まった。

勿論、ヴァイスだって今すぐにでも【魔人ストレガ】を殴り飛ばしたい。

けれどそれをしては何の解決にもならないことを分かっていた。


「何故僕たちが進んではいけないのですか。それには何らかの理由があるはずですよね。教えてください」


ヴァイスが感情を抑え込みながら、彼に問う。

魔人ストレガ】はうつむいたまま首を振った。


「ヴァイス、君ならわかるはずだろう。君は一度経験してるはずだ。結末を見届けた後、君は全てに絶望した。そして、ダークファルスとなり果てたのだから!」


ダークファルス、聞き飽きるくらい聞いたアークスの敵。

自分が、それに?


「……それは本当ですか。どうして、僕が……」


ヴァイスもアッシュもわからないという風に首を傾げた。

そんな記憶はどこにもない、意図的に消されたわけでもない。


「それがわからないなら行かせられない。僕は知っている、思い出してしまった。本当は忘れていたかったのに、知りたくもなかったのに」


魔人ストレガ】の頬に黒い涙が伝う。

この世界に絶望した、いや、何もわからない彼らに絶望したダークファルスの涙。

アッシュは自在槍を地面に投げ捨て、何度も声にならない悲鳴をあげた。


「救われないなら、壊れてしまえばいい。君たちなど消えてしまえばいい!」


空間が歪む、形を保てなくなって、崩れる。

ヴァイスの地面が抜けて虚空に投げ出される。


「……っ!? ヴァイス!」


虚空に落ちていくヴァイスを、正気に返ったアッシュが掴もうと手を伸ばす。

その手は彼をすり抜け、空を掴んだ。


「わかった……おもい、だした……」


何もない真っ暗闇に落ちていく彼は、失っていた記憶を取り戻した。

あの日あの時、何があったのか。


ノワールが【深淵なる闇】になって、みんなを殺してしまったときのことを。

生き残ってしまった自分が無力さを悔いて闇に堕ちてしまったこと。


全部思い出した、全部よみがえった。


「僕は……誰も守れなかったの……ですか?」


全てはもう過ぎ去ったこと、それに、自分は何もできないんだから。

悲しいけれど、諦めるしかないんだ。







そこはとても平和な場所だった。

惑星ナベリウスの約束の場所。

大きな樹の下、彼と彼女の約束の場所。


「誰かとも知れない、死にそうな貴方を一人にはしないよ」


紺碧は苦しそうな表情で目を閉じている少女を優しく看取っていた。

今にも事切れてしまいそうな、けれどまだ意識を手放したくないと言っているような。


「おね、がい……たす……て……」


少女は僅かに目を開くと、瞳に映りこんだ紺碧に助けを乞うた。

紺碧に彼女を救う手段はない。ないに等しい。


「ごめんね。私にはどうしようもないの……だから、せめて貴方を看取らせて」

「ちが……たすけ……しい……の……あ……子を……」


自分が死にそうなのに、誰かの心配をするなんて。

よほど気にかけていたのだろうか、それとも。


「……誰かはわからないけど、私にできる事なら」


なんでもするよ、紺碧は少女に向かってそう呟いた。


「あ……りが……う……ごめ……ね……ルカ…………」


少女の目から光が失われ、伸ばしかけていた手が落ちた。

支えていた身体が急に重くなる、それは彼女が事切れた証拠。

名も知らぬ少女が死んだ、ただそれだけのこと。


「この人は……きっと無念だっただろうなぁ」


紺碧にわかるようなわからないような、少女の無念を理解することもできないだろう。

きっとそれは誰かの希望。




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ただ一人生き残ったモネちゃが逃げたりなんなりする話。