とある世界線での出来事

無駄な事、無理な事

「……アッシュ」


珍しく一人のノワールが、ソファの上で転がっているアッシュに話しかける。

アッシュはもそもそと起き上がり、どうしたと彼女の頭を撫でた。


「私……私……」


撫でられた途端、ノワールの瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちた。

目の前で妹が突然泣き出すのだから、アッシュはどうしたらいいかわからず困惑した。

どうした、何か悲しいことでもあったか、怖い夢でも見たのか。

彼女にそう語りかけるのだけれど、ノワールはただ涙を流すだけ。


「何でも言ってみろ。何か怖い夢でも見たのか? それとも何か失くしちまったのか?」


彼はノワールの細い体を抱き寄せ、あやすように頭をなで続ける。

消え入りそうなくらい小さな嗚咽の中に、見知った少女の名が混じり始めた。


「うずら、ちゃんが……うずらちゃんが……」


修了任務の時に一緒になったアークスの少女か。

その子がどうした、とアッシュが問う。

途端、ノワールの泣き声が一層激しくなる。

触れてほしくない、聞きたくないとでも言っているかのように。


「ノア……」


アッシュはノワールの言いたいこと全てを察した。

うずらという少女がもうこの世界のどこにもいないことを。

彼女の目の前でうずらが消えてしまったこと。

もう二度と彼女に会えないという事。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


あの時私が逃げていれば、あの時私が守れていれば。

ノワールの嗚咽と共に、耳をふさぎたくなるような懺悔が聞こえてくる。


「過ぎたことを悔やんでも仕方ない。ノア、酷い言い方にはなるが……」


死んだ人間に執着するな、諦めろ。

人間の力じゃ、死者をよみがえらせることなど不可能なのだから。


「……うずらちゃん……ごめんなさい……」


ノワールはアッシュの服に縋りつき、ただただ親友の名を呼び続けた。


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