蛇の島

しらさぎ
@sagi_shira

プロローグ②

この小説は夢小説 (名前変換ができる小説) です。
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 数十年前にコンクリートで舗装されて以来手が加えられてない道には、車の気配もほとんどない。左手側に背の高い森林、右側に広がる大海原と錆び付いたガードレールを横目に、私達は宿を目指して港から続く坂道を上っていた。


「宍戸さん。今回の合宿、楽しみですね」

「ああ。全国から強ぇ奴らが集まってくるんだからな。負けてらんねぇ」

「関東男子テニス界の底上げと同時に、どうせならと全国へオファーを出した榊監督と跡部さんの采配は流石ですね」

「跡部は限度ってもんを知らねぇんだよ。ま、それでこそ俺らのトップな訳だがな。長太郎、油断すんなよ? 激ダサだぜ」

「はい!宍戸さん!」


 後ろから聞こえてくる会話になんとなく聞き耳を立てていると、なんとなく彼らの置かれている状況が想像できるようになってきた。要は全国レベルのテニスプレーヤー達が集まって、この島で強化合宿をするということか。そしてその主導が、今私の後ろにいる跡部さんだと。

 通りで跡部さんや手塚さんはオーラに溢れている訳だ、と先ほどのわずかな会話を思い返して納得した。中学生らしからぬ風格を持つのは、飛び抜けた選手になるために様々な苦難を乗り越えたからなのだろうか。私は何かに全力を注いだことがないのでわからないけれど、きっと、この人達は例外なく貪欲な挑戦者なんだろう。私は他人事のように感心し、意識を宿までの道順に戻す。


「おい、名字」

「! はい、なんですか」


 ふいに背後から声が掛かり、少し大袈裟に驚いてしまった。慌てて振り返ると、微妙に呆れたような、大丈夫なのかと言いたげな跡部さんと目が合う。な、情けない。盗み聞きしてぼんやりしてました、なんて意味のない言い訳をしそうになったけれど、文字通り本当に意味がないので、グッと飲み込んでとりあえず笑顔を繕った。


「お前、俺様達と同じ学年なんだろう」

「はい、中3です」

「なら必要以上に緊張することはねぇ。客相手のですます調もいらねぇ。お前が最大限のパフォーマンスを発揮すれば、俺様達の合宿がより捗るんだ。今後もそうだが、不都合があれば遠慮せずに申し出ろ。いいな?」

「は、はい。あ、うん」

「大丈夫なんだろうな」

「わかった、大丈夫、頑張る」


 とは言いつつもまだ若干緊張したままでいると、跡部さんは初対面の人間が発した大丈夫、頑張る、といった言葉にも関わらず、迷いなくハッキリとした口調で「期待してるぞ」と言い切った。

 それを聞いて、思わず跡部さんの目を見た。跡部さんは何を言うでもなく、ただ真っ直ぐにこちらを見返している。数秒、透き通るような青い目を見つめて、ハッとなって軽く頭を下げた。それから素早く進行方向に目線を戻した。

 ……なんか、この人は私とは違う世界でモノを見ているのかな、と漠然と感じてしまった。初対面の人間を迷いなく信じるなんて私には出来ない。苦難を乗り越えた(であろう)カリスマは、心に余裕があるんだろうか。凄いんだなぁ、全国レベルのスポーツマンって。適当に生きてきた私とは違うや。

 雑多な感想を抱きつつ、「大丈夫」と言った手前その責任を果たすように地面を踏みしめる。15分ほど直進して坂を上り続けると、左手側にあった草木が徐々に建物に代わり始め、ポツポツと民家が姿を現した。

 『すねや』と書かれた色褪せた看板を掲げる店を左折すると、海が消えて間隔の広い住宅地に入る。まばらに見知った顔のおじさんやおばさんとすれ違い、「いらっしゃい」「楽しんでね」と色んな人に声を掛けられていた。それに対して「どもーっす!」と元気よく返事をしている人もいて、聞きながらちょっと爽快な気分になった。元気な挨拶って気持ちいい。

 それから住宅地をさらに進み、背後に森を据えた二階建ての宿の前で立ち止まる。年季の入った木造の民泊だ。ガラス窓はひび割れてテープで押さえられているし床はギシギシと軋むが、なんというか、田舎ならではのものだと許して貰えたらいいのだが。宿の入り口の横には、『大将』と掘られた大きな木の板が立て掛けられている。

 私は宿の前で振り返り、全員に届くように大きな声を出した。


「ここが青春学園のみなさんと氷帝学園のみなさんに使ってもらう宿です。ええっと……、快適とは言えないかも知れませんが、自然感はあります。どうぞお入りください」


 そう言って看板の前に移動して道をあけると、跡部さんと手塚さん以外のテニス部の人達が、口々に感想を言い合いながら宿へと入っていく。私は何も言わずにその様子を見ていた。


「ありがとう」


 すると、柔和な笑みを浮かべている男子が、ふとすれ違い様に微笑んだ。「あ、いえ」咄嗟に頭を下げて返事をすると、「ふふ、跡部に怒られちゃうよ」と少し笑みを含んだ口調で返される。


「大丈夫だと言った以上、成果を出して貰わねぇとな」


 柔和な笑みを浮かべた男子がチラリと跡部さんに視線をやり、つられて視線を跡部さんに向けると、跡部さんも笑いを含んだ口調で私を見て言った。「あ、ごめん、こちらこそありがとう!」ドキマギしながら柔和な笑みの男子に言うと、彼は綺麗な笑顔と共に宿の中へと入っていった。

 し、心臓に悪いな、この人達。

 そうやって跡部さんと手塚さん以外の人が宿に入ったのを見届けると、跡部さんが口を開いた。


「一応、今回の合宿参加メンバーの名簿を渡しておく。覚える必要はねぇが、何か用事が出来た場合にはこれを参考にするといい」

「ありがとう。あの、宿のルールについては各部屋の壁に張り出してあるから、念のために見ておいて欲しい」

「当然だ。その点に関しては厳しく言っておく」

「うん」

「んで確か、食事に関してのみ全員まとめて『ハルサメ食堂』で取るんだったな?」

「そう。ハルサメ食堂には、合宿参加者が全員揃ってから案内するね。手際が悪くてごめん」

「問題ない。未知の空間で一から新鮮に過ごすという目的を掲げたのは俺様達だ」

「ああ、手探りで状況に適応していく力を養うための合宿だ。謝る必要はない」

「わかった。ありがとう」

「ふん、お前はさっきから『ありがとう』って言い過ぎなんだよ。客相手だと思わなくていいって言っただろうが。もっとフラットにやれ」

「……が、頑張る」

「跡部。お前は高圧的過ぎるんじゃないのか」

「アーン? 俺様はやって当然の振る舞いだ」

「そうか」


 跡部さんは自信満々に断言する。手塚さんはそれを納得したように受け止め、(たのか?)話が一端そこで途切れた。個性的な二人だ。キャラが濃い。


「あ、それで、私は夜は『すねや』にいるから、夜に何か困ったことがあれば『すねや』に電話を掛けるか、直接来るかをして欲しい」

「ああ。昼間は各校のいずれかの練習に付き添うんだったな?」

「うん。その時々の練習メニューによって、必要なら手伝うよ。テニスのことはよくわからないから、どこまで力になれるかはわからないけれど」

「構わねぇよ。んで、これから各校が出揃うまで俺様達は自由行動か?」

「うん。ただ、宿の裏にある森にだけは絶対入らないで欲しい。島自体はそんなに広くないから迷子になってもいずれ帰ってこられるとは思うけど、出来るだけさっき登った坂と、その向こうにある砂浜以外にはまだ行かないで欲しい」

「案内された場所とその近辺以外には近寄るなってことか」

「ごめんね。この島、結構立ち入り禁止の場所があるんだ」

「把握した。あとは何か、こちら側に言うべきことはあるか」

「……いや、今は特にないかな。繰り返すけど、絶対森には行かないでね」

「ああ。じゃあ、俺様達は行くぞ。再度言うが、お前も困ったら遠慮せずに声を掛けろ」

「わかった」


 跡部さんの口調につられるようにハキハキ返事をすると、跡部さんは満足げに微笑み、手に持っていた名簿をこちらに渡して宿の中へと入っていった。続いて手塚さんが「よろしく頼む」と改めて言い、宿へと足を踏み入れる。


 なにか、嵐が去ったような感覚になった。手塚さんはまだしも、やはり跡部さんは別次元の人だ。どう振る舞っていても、心の底では無意識のうちに緊張し続けていたらしい。ふぅ、と大きく息を吐いて、ぼんやりと手元の名簿に目を落とした。


 ……あ、あの柔和な笑顔の男子は不二さんというらしい。あの穏やかな雰囲気は、それはそれで同じ中3とは思えないな。

 宿の前で少しの間ぼーっとして、そうだ、次にくる人達を迎える準備をしなければと思い出し、私は再び歩き出した。今日はこれを夜まで繰り返す予定だ。痩せそう。