風光る『風水草』

ゆうき
@yu102ki

第十章 湧水〜支流〜、十三

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後から近藤に聞いた話だが、土方は祐樹がいなくなっていた間、ずっと探し回ってくれていたらしい。


どれだけ探しても見つからない祐樹に、ほかの門人や近藤すら、半ば諦めかけていたと言う。


――そんな土方に対して、祐樹は不義理を働いてしまったのかもしれない。



「そんな事がまかり通ると思ってるのか!!」



誰よりも激昂したのは、やはり土方だった。













土方と再会して泣きじゃくった祐樹を見かね、近藤が、この騒動の事情を知っている者だけを一部屋に集めた。

室内には、周斎、お栄、近藤、土方、そして祐樹。

さらに当事者の一人となってしまった沖田も端っこに居た。


「お前は女なんだ! 女が男としているなんざ、許されることじゃねぇ!」

「どうして! 今までだって、そうしてきたんだ! 今からだって……」

「何言ってんだ! 今までは自分ですら女ってことを知らなかったんだろうが! その時点で十分におかしいんだ、これからはまっとうに生きろ!」


話し合いとして設けられた場だったが、いつの間にか祐樹と土方の言い争いになっていた。

近藤やお栄達は、女子と知れた時の悄然とした様子から打って変わって強気になっている祐樹に驚いているようだった。


「そうだよ、知らなかった。自分でも知らなかった! だって、そうやって育てられてきたんだ!」

「はっ。お前がどう育てられてきたかは知らねぇよ。だが、お前の元の家はもうねぇんだぞ!」

「ト、トシ……!」


あまりの言いように近藤が土方の肩を引く。


「今はこの試衛館で、周斎先生の下で世話になってんだ! これまでに捉われるんじゃねぇ、今を見ろ! 現状を見ろ! お前が女だったってことで、これだけ迷惑をかけてんだ!」


土方はちらっと周斎の方を見た。

周斎は目を閉じ、腕を組んだまま身じろぎもしなかった。


「迷惑をかけたことは、確かに俺が悪い。けど……だからって女になるなんて、絶対に嫌だ!」

「嫌だ、じゃねぇよ、このクソガキ!」


土方の血が頭に上るのが目に見えるようだった。

しかし、それが爆発する前に、お栄が細い声で尋ねてきた。


「どうして、祐樹は男にこだわるんだい?」

「……!」


その問いに、祐樹は身体をびくりとさせた。


「祐?」


急に勢いを無くした祐樹に、沖田が気遣わしげな視線を送ってきた。


「それは、剣術を、したいから……。強く、なりたいんだ」

「どうしてそんなに強くなりたいんだ?」


近藤の声は優しい。

祐樹はそれに応えるように姿勢をただす。

そしてはっきりと言った。



「――強くならないと、成せることも成せない」



まっすぐと土方を見つめる。

彼は苦虫を噛みしめたような顔をした。


「だからっ、」

「トシ、おめぇは黙ってろ」


周斎が、ようやく目を開いた。

祐樹は続けて言う。


「家の事もある。どうして、自分は女子なのに男として育てられたのか――わからない。けれど、理由があるはずなんだ」


今は亡き父母が、何を思ってそうしたのかは今となっては知る術がない。

しかし、まかり通らないことを、まかり通そうとした理由が、必ずある。


「それを知るには、何より、強くなくちゃダメなんだ。もうあんな思いは、したくない」


周斎の視線が、突き刺さるように祐樹に向かっていた。


「でも、何も男のままじゃなくても、」

「強くなるには今のままの方がいい」


お栄の言葉をすぐに遮った。


「女子と知れたら、きっと皆まともに相手してくれなくなる。例え相手が本気で仕合っているつもりでも、どこかで絶対に嘗められる部分が出てくると思うんだ。今でも、試合なんかじゃあ子供ってだけで甘くされることがある。――そんなんじゃあダメなんだ」


女子となれば。

きっと稽古にも力を入れてもらえなくなるだろう。

祐樹は男の、女子に面した時の緊迫感のなさを知っていた。

それが祐樹にとっては強固な制約となってしまうのだ。

現に今、祐樹が女子だと知れただけで、いくつもの制約が浮かび上がってきている。

そんな制約だらけでは、できることもできやしない。



「女子で得られるものもあるかもしれない。けれど、俺が欲しいと思うものは、男でなければ得られないんだ」



近藤が眉尻を下げた。

お栄は裾で口を覆っている。

二人は何か思うところがあるのか、何も言わなかった。


「女子扱いが嫌ってのか」


周斎が、表情を変えないまま言った。


「……でないと、強くなれない」


祐樹は頷く。

しばらく無言が続いた。

その間、祐樹は一度も周斎から目を離さなかった。


この想いを、どうすれば分かってもらえるのか――本当に分かってもらえるのか。


不安で堪らなかった。

しかし、その気持ちに負けるわけにはいかなかった。



「――いいだろう」



周斎が、重い口を開いた。


「先生!?」


土方がはじかれるように周斎に抗議をしようとする。


「周斎先生……ほ、本当に、いいんですか。本当に?」


祐樹は驚いていた。

もっと反対されると思っていた。

土方以上に、周斎は気難しいと思っていた。


ところが、そんな周斎の表情が、急に崩れた。


「――おめぇ、家が焼けた時によっぽど悔しい思いをしたんだな。俺はその現場を見たわけじゃねぇから、測りきれねぇが」


温かい目だった。


「実際、それを見たトシがこれだけ反対してるんだ。本当は俺が口を出しちゃいけねえ事なのかもしれねぇ。――だがな、トシには悪いが、知らないからこそ、こいつ自身の想いがまっすぐに届くんだ」


驚いたことに、周斎が目頭を押さえた。


「芯から『強くなりてぇ、強くなりてぇ』ってよ。……道理から言うと、すぐにもお前を女子に戻した方がいいというのはわかるんだ。だけどよ、強くなりたいのに、ままならねぇという悔しさは、俺にだって憶えがあらぁ」


伊達で半生を剣術に捧げてるわけじゃねぇんだ、と周斎は言う。


「俺は、ただ、己の手の未熟さだけで辛い思いをしてきた。だが、こいつの場合はそうじゃねえ。それ以前のところで、ずっと苦しい思いをしている」


周斎が手をおろし、祐樹を見た。


「俺ぁこいつの話を聞いていて、どうしても、その枷を解いてやりてぇと思っちまった。そうしたら、こいつはもっと強くなれるんじゃねぇかって、思っちまった」

「周斎先生……」


今度は祐樹が目を熱くする番だった。

そこまで思ってくれたことに、感謝を述べる。

しかし、周斎の言葉には続きがあった。


「ーーただし、十八までだ」

「十八?」

「十八までに、免許を授けられるまでになったら、認めよう」


祐樹は息をのんだ。

とんでもない事を周斎は言った。


天然理心流には、伝法に『切紙』『目録』『中極意目録』『免許』『印可』『指南免許』がある。


全ての免許を取るには悠に十年から二十年はかかると言われている。

周斎はその内の四番目の伝法まで取得するように言ったのだ。

しかし祐樹は現時点で『切紙』しか取っていない。

それにすら一年近くかかった。

周斎は、例え指南免許とまではいかなくても、免許までを四年で取れと言ったのだ。

無論、伝法を取得するにつれて難易度が上がるのは言うまでもない。


「加えて」


周斎は続けた。


「十八の時点で免許まで認められていなければ、その時こそお前を女子に戻す。だが、普通に考えても、十八にもなって女子の所作を知らないなどという事は有り得ない。だから、これからは、女子の技も剣術と共に磨いてもらう」


それを聞いて、誰もが呆気に取られたような表情をしていた。


「お栄、そっちはお前に任せる」

「へっ。え、ええ。それは構いませんけど」


お栄が虚を突かれたような声を上げ、こくこくと何度も頷いた。


「お義父さん……いくらなんでも、」


義父の無茶難題に、近藤すら狼狽していた。

なにしろ四年で免許の上に、女子の所作習得だ。

条件の厳しさに、近藤が困惑するのも仕方なかった。


しかし、祐樹は言い切った。



「周斎先生、俺、やるよ」



周斎以外の誰もが、信じられないものを見るように祐樹を見た。

沖田すら、驚いて口を呆けさせている。


「やらなくちゃいけないんだ。だって――俺は男でいたい。強くなりたいんだ」


ぐっと腹に力を入れた。


「周斎先生、そして若先生。多大なるご迷惑をおかけ致しますが、どうぞよろしくお願いいたします」

「うむ」

「おかみさんも……面倒事を増やしますが、どうぞご指南お願いします」


畏まって頼まれることの少ないお栄は、照れて近藤の後ろに隠れた。

周斎も、近藤も、それに笑う。

しかし、土方はそうはいかない。


「~っ、勝手にしろ!! 俺は知らねえ!!」


土方は祐樹を強くにらんだ。

そして、急に立ち上がると、荒々しく障子を開けて出て行った。