旅する足

夏藍堂
@kalan_do

 よく怪我をする子だとは思っていた。それは彼女が剣士ということもあるから、女の子だのに生傷が絶えないな、ああもったいないなとも思っていたが……ここで言う「もったいない」ってのは、きっと綺麗な肌に――これを言うと僕はどうしようもない変態みたいだが、薄く日に焼けた肌とかは本当に綺麗なのだ――赤い線が幾重にも入っているのが僕としては気に食わないのだろう。それだからもったいなくて、手当てをする時にはいつも、真っ白な包帯で、ああこれは僕のできる最高度の嫌がらせなんだろうと思いながら、ぐるぐるぐる……そりゃ大げさで、彼女は不服そうな顔で

「これじゃあ、動きづらいよ」

と、ブーブーと文句を垂れるからずっと言い訳を考えて、どうにかしてその忌々しい赤い線を隠すのだ。

「ワユさん。軽装なのになんでそんなに突っ込むかな……前線はガトリーとか、アイクとかに任せておけば良いじゃないか」

「それじゃあ、あたしがいる意味ないじゃない」

「ええ……そう? アイクとガトリーの取りこぼしの兵を、さ……じゃダメなの?」

 やっぱり包帯をぐるぐるぐると巻いて。あ、ワユさんったら言ったそばから少し取ろうとしているから、貴重なリライブの杖でゴツンと怪我をしていない方の足を軽く叩いた。ゴツン、と音がしたが杖に威力なんてないし、僕の非力さだったら痛くも痒くもない。案の定、彼女は「ごめん、ごめん。邪魔で……」なんて、手当てした人に対して少しばかり失礼じゃないか、とおも取れる発言をする。

「邪魔じゃないよ。……パックリ切れているのに」

「油断したんだって」

「それ、何度目?」僕にしては珍しく、呆れが混じったため息が出た。

「えーっと? 何度目、かな? キルロイさん、怒らないで」

「怒らないけど……」

「じゃあ、呆れないでよ」

「んー……ワユさんって時々ずるい」

 へへ、って笑って。ああもう可愛いなあなんて。僕も相当末期なんだな。この子のこと心配で心配で仕方ないんだって思っているんだ。薄く日に焼けた足に巻かれる、真っ白な包帯に赤いシミが付いている。あ、傷が開いたんだ。嫌だなあ、浅ましい奴だなって嫉妬して。ああ、本当に僕はワユさんが心配で仕方ないんだって思っている。

「ねえ、血が出ているよ。今、力んだでしょ」

「痛くないもん。こんなところでジッとしていないで、あの先の野原でも駆け巡ってね……」

「治ったらね」

「早く、稽古したい。大将と勝負したい。ケビンさんにも勝ちたい。この前負けちゃったからさあ!」

「うん。治ったらね……」

「やだなあ、退屈」

「退屈だって必要なんだよ、ワユさんには」

 あ、この感じ。何かに似ているなって思ったんだ。ワユさんってヨファに似ている。

無駄に頑張ってしまうところ。だから僕は心配なんだ。世間一般の「無駄」じゃないんだ。必要以上に努力してしまうせいで、生傷が絶えないんだ。一回、シノンが僕のところに来て言ったんだ。

「あの馬鹿弟子は節度ってのを知らねえんだ。無駄な努力ばかりして、本番で空回りしている。……うまく叱っておいてくれ」

「自分で言えばいいのに」って正直思ったけど、言ったところで彼の性格だったらヨファを落胆させるだけで、余計に追い込んでその「無駄な努力」っていうのに拍車がかかるのだろう。だから、怪我で寝込んでいるヨファの元に――ミストが泣き疲れて、一緒に寝ていた――言って、小さな声で約束をしたんだ。

「ヨファ。君が無茶をしたから、ミストの心配が増えたんだ。子供じゃないだろう? わかるよね」

「……ごめんなさい」

 口の中で言い訳を考えていたのだろう。一瞬開いた口を閉じて素直に謝ってきた。それ以来、ヨファは自分なりの努力を見つけている。怪我も減っている。減っているように感じているだけで、ミストが何かと気にかけているのはよく見る。

食堂だったり、裏庭だったり……ミストの腰のポーチにはいつも包帯が入っている。彼女なりの心配の形なんだろう。

 考え事で意識を飛ばしていたら、カタンと音がしてハッとする。そしたら片足を不自由そうに動かしているワユさんが、薬品棚をいじっていた。カタンと音がしたのは、彼女が薬品ビンを――どうやら空で、しかも下の段だったから割れていないみたいだ――落としたみたいで、カラカラカラと嗤って、コンッとボロ土の壁に当たった。衝撃で砂がハラリと二三粒落ちてきた。

「ワユさん、何しているの?」

「あ……っと。睡眠薬、あるかなあって」

「睡眠薬? どうしたの、痛くて眠れない?」

「痛み止めでも作ろうか」と提案すると、彼女は「全然っ」と包帯でぐるぐる巻きにした足を、ダンサーみたいに上にあげ、下におろした。

「ああ! そんなに動かしたら……」

ピュと血が出て、また真っ白な包帯にシミを作る。思わずあちゃーなんて頭を抱えた。

ワユさん、笑っていないで……

「もう。こっち来て! 巻き直すから……」

「ええ! いいよ」

「だーめ。雑菌はいるから……そしたら切断ね」

「……お願いします」

 素直に差し出してきた足の包帯を取って、またぐるぐるぐると包帯を巻く。

「そういえばなんで睡眠薬?」

「キルロイさんを眠らせようと思って」

「なんで僕?」

「眠っている間は心配しなくて済むじゃない」

「……馬鹿。起きたら心配が二倍だよ」

「困ったなあ。キルロイさん、どうしたら心配しない?」

 ワユさんって何言っても、通用しない……例えるなら聞き分けの悪い子供みたいで。そこがまたこの傭兵団にはいないタイプでいいのだけど。なんて言ったら、彼女が止まってくれるか。

「僕が心配しないねえ……」

「うん。キルロイさんが心配しなかったら、あたし嬉しいんだ」

「どうして?」

「さあ? なんとなく。だって心配されているとなんか動きに制限があって……」

「煩わしい?」

「ワズラワシイ?」

「……邪魔?」

「ううん。邪魔じゃない」

「そうだなあ。じゃあね、ワユさんがフラッと僕のところに来てよ」

「ん? んーいいけど? え、どういうこと?」

 巻き終わった包帯が、西日に――僕の部屋って西日が入ってくるから、本が置けない――照らされて、朱色に染まる。なんだかあの忌々しい赤を隠してくれるみたいで、僕は好き。

「ワユさんの足は、旅をするためにあるんでしょう?」

「ん? んーそうだね」

「ワユさんの旅の途中で、僕のところに来てくれたらいいよ。そしたら心配しない。あ、いや、するけど……君の足を止めることはしない」

「わかった。毎日来ようか?」

「毎日……それはいいよ。たまに、一年に一回とか。フラッとおいでよ」

「あたし、キルロイさん大好きだから毎日来てもいいよ」

「そう? 嬉しいけど、たまにおいで。毎日来て、毎日怪我しているの見たら、僕の寿命が縮んじゃう」

「それは困るっ」

「……だから、たまに。ね? 約束」

 子供みたいに小指を絡めて。ワユさんの手って剣士だから傷だらけで。対する僕は生白くて。なんだか、僕の方が先に旅立ってしまいそうでハラハラしたね。

著作者の他の作品

落乱五年鉢屋と六年立花の話。