束縛された運命に、一筋の木漏れ日を。

春風になるまで(親愛と希望のプランタン)

何処からか頁を捲る音が聞こえた。そんな気がする。

朝露に濡れた葉は少し青っぽい匂いを吐き出し、肌寒い風が髪を攫うように吹き抜けた。

陽光に煌めいた金色の髪は腰辺りまで波打ち、その大空の様な瞳は眼前に揺れる花々の色を反射して、まるで万華鏡。こじゃれた金属の如雨露で色とりどりの花に水をやりながら、妖精の姫エルノアは、ふと少女の声を聞く。

「エルノア、いつも大変だな」

口元に笑みを湛えて、銀と紫が混じったような不思議な髪色の少女がやってきた。胸元が少し開けた、紺を基調とした輝く衣装を纏った彼女の名は、ミール・インヴェルノ。かつてエルノアと敵対し、そして仲間になり、己の父を討った魔王の娘だ。勝気な瞳は今は柔らかい。氷の城に閉じこもっていたせいか、妙に白いその肌は滑らかで、陶器の様だ。

「手伝うぞ」

ミールは携えていたプラスチック製の如雨露を軽く持ち上げて見せると、優しく踝ほどの背丈の花たちに水をかけてやる。エルノアも微笑を孕ませて「ありがとう」と礼を言うと、朝日に背を向けた。


「なあ、エルノア」

「なあに、ミール」

切り株の椅子に腰を掛けて、如雨露は足元にことんと置いて、二人は遥か先の小さな町を見下ろす。後ろにはエルノアの住む木造の家。小高い丘からは、妖精の街がよく見える。様々な色の屋根が太陽の光を浴びていた。

エルノアは妙に柔い日差しに目を細めながら、ミールの次の言葉を待った。彼女は少し口の中で何かを迷いながら、やっとのことでそれを吐き出す。

「私たちは、これからどうなってしまうのだろうね」

「……どういうこと?」

まだミールの言葉の意図が掴めず、エルノアは訊ねる。ミールは少し俯いて言葉を紡いだ。

「私たちは父上を討ち取ったし、もうやるべきことはないだろう。あとはもう、平和な時を過ごしながら、また永遠の冬がやって来るその時を待つだけ。……それに、私たち、寿命がそれぞれ違うはず。私は、きっとエルノアの最期を……」

唐突にミールが嗚咽を漏らす。エルノアは慌てて彼女の背中を擦ると、なんだ、と眉を八の字にしながら微笑んだ。

「そんなことで悩んでいたの。だから私との思い出をたくさん作るために、今日も水やりを手伝ってくれたのね」

ミールは今にも溢れそうな涙を必死に拭って、エルノアを見上げる。エルノアはミールに笑いかけた。

「そうね。私たちは次の不幸をただ待つことしかできない。ミールの運命の書には、きっととてつもなく哀しいその時のことが書かれているのね。でも大丈夫」

エルノアは立ち上がると、胸のリボンに手を当てる。

「私は信じているの。生涯を終えた妖精や人々の魂は、春風になるんですって。とっても素敵な話ね。きっと私は、ミールが望むなら、風になってでも会いに行くわ。だからその時まで、そんな悲しいこと言わないで、皆で輝く一瞬を楽しみましょう」

エルノアはミールに右手を差し伸べてそう言った。

「もうすぐ太陽が天辺に来るわ。一緒にお昼、どうかしら」

「……いいね、頂くとする」

ミールは淡い熱を孕んだエルノアの手を取る。

春の風がまた、二人のうなじを通り抜けた。