約束

樹 @趣味垢
@mlfk_asa_eos

「自分らほんま最高やな」

「もうええやろ……」


薄井、東京最後の夜。


色々世話になったお礼にと、珍しくオレから酒を誘った。こうなることはわかっていた。わかっていたけども。


「まさかまたモメとったとはな」

「色々あんねん」

「お前の金持ちコンプレックスも筋金入りやったってことやな」

「うっさい」

「だって相当やで?」

「知ってるわ」

「いやほんまに」

「なんべん言うねん!」


ここぞとばかりに薄井がオレをいじり倒す。今回ばかりは……いや今回も、オレは何も言われへん。薄井はニヤニヤ笑い、オレはぐびぐびビールに逃げる。


「ちゃうねん……」


そして……酒が入るとどうにも調子が狂う。


「仮にも東京の一流企業で働くバリバリのキャリアウーマンやで?」

「キャリアウーマン」

「そういうのええから」


ブルゾンなんとかみたいな口調で、薄井もしょーもないボケをかましてくる。


「そんで、何やねん」

「そんでや。そういう子が、豪華な結婚式に憧れとったような子が、自分のせいで『スーパーの特売並ぶの楽しいですー』とか言うてるんやで? 野菜の皮で作ったきんぴらとか、美味しい美味しい言うて満足しとるんやで?」

「ええやん」

「ええことないわ……なんか……たまらんくなってもうたわ……」


オレもオレで、喋らんでいいことまで喋ってしまう。思い出すだけでやりきれなくなる。何だかんだ言うて、貧乏性はコンプレックスや。そして薄井は……やっぱり笑っている。


「お前……ほんまアホやな」


そう言うと、薄井はぬるそうな日本酒をくっとあおった。


「そういうのが夫婦になるっちゅーことやろ」

「……わかってるわ」

「嘘つけ」

「嘘や。わかってない」


こいつを前にすると、取り繕うのもアホらしくなってくる。それくらい、オレは薄井に助けられてきた。


「結婚って……そういうもんや」


あいつが金持ちのぼんぼんに言い寄られているのを知ったとき。オレはあいつの気持ちも顧みず、勝手な劣等感にまみれていた。


自分のせいで、相手が変わってしまうこと。


良い影響ばっかりやったらいい。付き合っていくうちにお互いが似てくるのも楽しい。せやけど、結婚するっていうことは、相手の良いところも、自分の悪いところも一生請け負うっていうことや。その勇気が、覚悟が、あのときのオレには全然足りてなかった。


「……ま、ええやん」


……辛気くさい話は、これで終わり。そう言わんばかりに、薄井は新しい酒を注文した。オレはもう飲まれへんくなって、ちびちび出し巻きをつつきだす。いつもの展開。せやけど、だからこそ、ラクなれた。


「……それに、もうお約束やしな」

「お約束?」

「自分ら、俺が上京する度にモメてるやん」

「なっ……!」

「先言うとくわ。俺、今年もっぺんこっち来るから」

「いやもう大丈夫やし」

「お前、ぼちぼち家出は卒業しーや?」

「大丈夫やーゆーてるやん!」


ほんま、なんで誘ってしもたんやろ。


でも……


『もしもし?』

「あ、オレオレ。オレオレ詐欺違うで?」

『はいはい』

「ちょっと2軒目行って来るわ」

『りょーかいです! 飲み過ぎちゃダメですよー!』


案外、お約束って考えてもええのかも知らんな。


そら、あんな思いは2度とごめんや。2度とアンタを傷つけたくない。でも、そのうちまたやらかしてしまうかもしれない。それこそ、薄井が上京する度に。


それでも、ワガママやけど、アンタとはずっと一緒におりたいって心から思ってるから。


「結婚式、ちゃんと呼んでくれなあかんで」

「さっきの会話で怖なったわ」

「お前しばくぞ」

「お前が変なこと言うからやろ」


……薄井が上京したら、気ぃつけような?

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