Guardian of dreams and Alchemist

イリ
@iri1r1

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 カチャリ、と音がした。

 フユネが重い瞼をゆっくりと持ち上げると、少し離れた場所に若い男性の姿があった。すらりと身長は高く、柔らかなローズピンクの髪に金色の瞳。装飾品なのか首元に下げられているカラフルな小さな石達が目を惹くが、煩雑な印象にならないのは黒いロングジャケットでまとめているからだろうか。

 そして手元にはフラスコとビーカー。どうやら先程の音は、それらが小さく触れた音だったようだ。大きな木製のデスクの上には実験器具のようなものや薬瓶、様々な大きさの鉱物、そして大量の資料が溢れ返っている。薬品の匂いと、書物や書類の紙の匂いと、少し埃っぽい匂い。無機質なようで、決してそれだけではない何処か不思議なこの空気感は、フユネの心を何処と無く落ち着かせた。


*****


 幾日も前、フユネはハルカ達とはぐれてしまった。消えかけていたムーンロードを急いで渡る直前に、大量のユメクイが現れたのが原因だ。

 その日のムーンロードを逃すと随分とタイムロスをしてしまうとナビに聞いていたフユネは、機転を利かせて、殿を務めていたアヴィと入れ代わり、彼の背中を押した。

「必ず追いつくから。ハルカをしっかり守って」

そう言うと、アヴィは一瞬の逡巡ののち力強く頷いた。手が届かない距離から自分の名前を呼ぶハルカに微笑みかけて、光が消えゆく道に背を向けると、襲いかかるユメクイを一匹残らず霧散させた。辺りは静かになり少し時間をおいて新たに光の道が現れる。

 だが、その先には彼女達はいない。

 トロイメアへの道筋はナビの頭にしか入っていなかった。こういう時の為に共有しておいてもらえば良かった、と悔やんでも遅い。それに、そもそも機密性が高い情報だろうから易々と聞けるようなものでもなかったのかもしれない。

 それからフユネは暫く考えを巡らせて今後の行動を決めた。ハルカ達の動向に関する情報を逃さないようにしつつ、トロイメアへ向かう為の道順を調べよう、と。

 とある国では「ユメクイを退治する一団がいる」という、ハルカ達のことを指す噂が流れていたことがある。もしそういう噂や話があればそれらを辿り、彼女達と合流することが出来るかもしれない。秘匿とされることが多く謎だらけのトロイメアの情報を探るよりは、幾らか現実的である。

 そうしてフユネは何度かムーンロードを単独で渡り歩いた。勿論、可能性を広げる為には努力を惜しまないつもりで、歴史研究に明るそうな国や書物が多く所蔵されている国も積極的に訪れたが、何処も不発に終わった。

 錬金術の国があると知ったのは、つい先日のこと。一見特に関係なさそうな印象ではあるが、錬金術という独自の視点から何か新しい情報を発見出来ればと思い、訪れることにした。

 そしてその国の城下町で図書館を探していたフユネは、不意に不思議な気配を感じて足を止めた。声もなく、けれども誰かに呼ばれているような、無邪気に手招きをされているような。これは一体なんだろうと思案していると、指先が淡く光ったような気がした。

 正確には指先ではなく、指輪が。

 フユネの指には一粒石の指輪が嵌められている。

 トロイメアの"守護"の指輪。ナビはそう説明してくれた。ハルカが首から下げている指輪よりも華奢なラインで装飾も控えめなそれは、夢の力を与える者を守る力を宿すのだそうだ。王子達が持つ指輪とは異なる性質ではあるが、ユメクイに相対することが出来るのは変わらない。

 ハルカとはぐれたところでは効果が無くなってしまうのではないかという懸念もあったが、それは杞憂に終わった。ハルカの祈りが無い分攻撃力の増幅は望めないが、しっかりとユメクイを倒せることはここ最近の戦闘で立証済みだ。

 ぼんやりとした気配に導かれて辿り着いたのは、街から大分離れたところにある、風が緩やかに吹く広大な草原だった。遠くに重厚な造りの教会然とした大きな建物が見えるが、それは恐らくこの錬金術の国・アルケミアの城だろう。

 ここに何かあるのだろうかと辺りを見渡していると、俄かに、フユネの視界の端できらりと光るものがあった。まさかと思い近付くと、そこには明らかに王族のものと思われる指輪が転がっていた。それをそっと拾い上げたフユネは、どうしたものかと考えあぐねてしまう。

 ハルカならばひと祈りでこの指輪の主を目覚めさせることが出来るが、フユネはどうだろうか。守護の指輪というくらいだからハルカの指輪とは明らかに用途や司る力が違う筈だ。もし正しくない使い方をした場合、或いは本来の役割以上のものを求められた場合、この指輪はどのような反応をするのか。不確定要素且つ不安要素が多いが、目の前に閉じ込められた誰かがいるのに何もしないで諦めるのはやはり気がひける。

 フユネは意を決して、ハルカのように印を組んで祈りを捧げた。

 ーー刹那、フユネは意識を失った。


*****


 コポコポという音が、妙に耳触りが良い。ビーカーに注がれた液体は気泡を飛ばしながら鮮やかに変色を遂げていった。最終的に落ち着いた綺麗に透き通ったミモザ色は、それを作り出した男性の瞳の色と少し似ている。

 彼はフユネの視線には全く気付かずに、その液体を観察しながら何かを黒板に書き留めている。数式と思われる数字の羅列を寸分の迷いもなく書き連ねる姿に圧倒されていると、ふと、デスクに立て掛けてあった杖が目に入った。黒く細長いその杖の先にはガラス製の丸底フラスコが繋がっており、中には白い毛玉のような不思議な生き物が揺蕩っていた。その生き物と目が合うと、不思議そうに、けれども何処か嬉しそうにこちらを見つめてくる。

(……かわいい)

 もう少し近くで見ようとしてフユネは寝かせられていたソファから上半身を起こす。

 すると今度は男性のほうがフユネに気付いたようだ。

「目が覚めたのか」

落ち着いた声だが、淡々としていて感情が読めない。フユネが返答に躊躇っている間に彼はこちらに近付き、こちらの視線に合わせるようにソファの前で軽く跪いた。いつの間にか先程の杖がその手に握られているところを見ると、常に持ち歩いているものなのだろう。

「気分はどうだ?」

何を考えているのかわからない瞳の色は相変わらずだが、その言葉は気遣わしげだ。

「少し頭痛がしますが、平気です。……貴方は?」

「オレはルルス。ここはアルケミアの城の中にあるオレのラボだ」

 そこでフユネは彼の左手小指に輝く指輪に気が付いた。

 日常的に身に付けているグローブなのか、その上から嵌められた指輪は確かにあの草原で見たものと同じだった。

「…………無事で……良かった」

思わずフユネが呟くと、ルルスはその視線を追って思索する。

「……やはりオレを目覚めさせたのはお前なのか? この、指輪の力か?」

「!」

 ルルスは無表情のままフユネの左手をすくい上げ、まじまじと彼女の指輪を観察した。急に距離が近付き息が詰まりそうになっていると、ルルスは一度瞬きをしてからフユネの目を見た。

「……となるとお前はトロイメアの姫で間違いないのか?」

「……いえ、私は」

 フユネは、トロイメアの姫であるハルカの護衛だ。元いた世界で再従姉妹同士であったが、夢世界に於いても彼女達は同じような血縁にあたる。フユネの立場の者は代々、夢王とその指輪を守る役目を仰せつかっていた。そしてフユネはトロイメアの双子の王子達とハルカとは、幼馴染みだった。

 18年前のトロイメア内乱の最中、ハルカと一緒に異世界へと飛ばされたフユネは、こちらの世界に戻ってきた時に既に全ての記憶を取り戻している。

 ハルカのいないところでナビと示し合わせて、彼女の記憶が戻るまでフユネは必要以上に昔のことを話さないようにしていた。それはナビの優しさであり、我儘であり、そして、フユネも同じ思いであった。

 全てを話してしまえばハルカはひどく傷つくだろう。しかし、時期が来ればいずれ話さなければならない。それまではせめて、ハルカにはなるべく笑顔でいて欲しかった。

 ルルスには、異世界を往き来したことなど内情は省いた上で、トロイメアへの旅の途中だったことや指輪のことを掻い摘んで説明した。

「成る程」

彼はフユネの手を取ったまま聡明な色を湛えた瞳を再度瞬く。

「どうなるか分からないというリスクを伴った上で、オレを助けてくれたんだな。ありがとう」

ルルスはそう言うと静かにそっと手を離した。

「いえ。本当に、無事で良かったです」

フユネが答えると、ルルスは穏やかに微笑む。

(あ……笑った)

それまでの少し冷たい印象が一気に和らぐ。

(なんだか……不思議な人)

 フユネの手には、微かにあたたかさが残っていた。

「さて、これからトロイメアへ到達する方法を探すとして、どうするんだ?」

「そうですね……まずは図書館で文献を探そうと思っています」

「それなら、街の図書館の、錬金術師や関係者だけしか立ち入れない区画も利用できるように手配するよ」

「良いんですか?」

「ああ。助けてもらった恩というのをオレは返すべきなんだろう。このくらい、何てことないよ」

ルルスはそういうとまた緩やかに微笑む。

「城内の図書室も入室出来るよう申請しておくよ。貴重な資料も多いから持ち出しは不可としているけど、室内であれば自由に閲覧してもらって構わない」

「……わ……ありがとうございます。助かります」

聞けば、王族所有である城内の図書室は、錬金術師でもごく一部の人間しか入れないそうだ。他の国での経験上、街の図書館での調べものには限界があったので、ルルスの提案はフユネにとってとてもありがたいものだった。

「それから」

言いかけてルルスは静かに立ち上がり、ラボの中にある書棚を一瞥する。

「このラボにある書籍や資料も自由に見てくれ。……錬金術の資料ばかりだから役に立つ情報があるかはわからないけど」

ルルスに倣ってフユネも書棚に目を向ける。デスクに程近い場所に配置されている大きな書棚には、分厚い資料本や図鑑が隙間無く並んでおり、収まりきれていない物は床やサイドテーブルに積み上げられていた。

(これ、全部読んだのかな……)

そんなことをぼんやりと考えた時だった。

 ーーコンコンコン

ラボのドアをノックする音がして、ルルスが短く返事をした。

「はい」

その声を聞くなり勢い良くドアが開かれる。

「ああ……ルルス! 無事でよかった!」

「……母上? それに父上も」

「戻ったなら戻ったと報告に来ぬか!」

「そうですよ、お前はこのアルケミアに希望をもたらす者なのですから」

ルルスの両親は、彼の姿を見るなりほっと息を吐いて息子を囲む。

「……すみません。思いついたアイデアがあったので、すぐに試したくて」

「ええ、貴方がエリクシールの精製に夢中なのはわかります。エリクシールの完成こそ、この国……私達の悲願なのですからどんどん研究なさい」

「……はい」

(……エリクシール?)

聞きなれない単語に首を傾げるが、親子水入らずの時間に割り込むつもりはないので、フユネはその場で静かに大人しくしていた。

「時にそちらにおられるのはトロイメアの姫と伺ったが間違いないか?」

しかし、ルルスを見つめていた優しい瞳がフユネに向いた時、急に何か寒気を感じさせるものに変わり、違和感を覚えたフユネは思わず視線をルルスに移した。

「いえ、城の者にはオレの憶測で報告してしまいましたが、思い違いでした。彼女はトロイメア王家の一族で、姫の護衛をしているそうです。ですが、彼女の力でこうして助けられました。なので正式に城に招待したいのですが、よろしいですか?」

「……ああ、勿論だ。……トロイメア王家の持つ夢の力は秘匿とされているが、それは凄まじいものと聞いている。きっとエリクシールの研究のヒントにもなるだろうからよく話を聞かせてもらうといい」

そう言うと、ルルスの父であるアルケミアの国王は、突然フユネの手を取った。

「!」

「お名前をまだ伺ってなかったな」

「…………トロイメアの姫ハルカの護衛、フユネと申します」

「フユネ殿、ルルスに協力していただけないだろうか」

「……父上」

ルルスは少し苦々しい顔をしながら、国王とフユネの間に割って入る。

「……彼女は、トロイメアへのーー」

そして、フユネの状況を簡潔に伝える。

「そうだったのか。そうとは知らず、失礼した」

「いえ。けれど、私でお役に立てることがあるのなら」

「それは頼もしいですわ!」

「こちらも協力できることがあればいつでも言ってくれ。ルルス、フユネ殿を丁重にもてなすのだぞ」

「はい」

ルルスの返事に満足そうな表情を浮かべた二人は、これから公務でまた外出すると告げるとラボを後にした。

 ルルスはそっとひとつ溜息をつく。

「あの……」

その様子にまた違和感を覚えてフユネは声をかけようとしたのだが、ルルスの言葉に遮られてしまう。

「滞在してもらう部屋も手配しないとな。ついでに、図書室を案内するよ」

ルルスはそう言うとスタスタとドアに向かって歩き出す。フユネは様々なことを疑問に抱きながら、ルルスの後を慌てて追いかけた。