完璧王子と鈍感マネージャー

「打ち上げが船上なんだ」

「そのようです。一応ドレスコードでの出席になりますが」

「大丈夫。服なら持ってるから」

「そうですか。今回は特別に同伴者を連れだっての参加が強制みたいです」

「同伴?へぇーテレビ局の打ち上げなのに豪勢だね」

「まあ、お金の亡者と有名な方が主賓ですからね」

「ふぅーん。ねぇ予定空いているの?」

「え?私ですか?一応マネージャーなのでご挨拶周りだけしに行こうかと。すぐに退散いたしますけど」

「そう言えばその日楽のドラマの打ち合わせだっけ?」

「そうなんです。何度もリテイクを撮り直す監督なので朝方まで収録が周りそうなんですよね」

「僕の前で愚痴らないでよ。仕事でしょ?それが君の」

「そうですね」

「…ねぇ、まさかとは思うけどそのスーツで行くわけないよね?」

「へ?!」

「……はあ。それでTRIGGERのマネージャーとか言いふらすのやめてくれる?」

「え、いや。着飾るのは芸能人だけでいいですよ。大抵のマネージャーは皆スーツですし。今回は特別にタイトスカートを履きます」

「そんなのどうでもいいよ。いいから行くよ。どうせこの後残業でしょ?」

「何で私のスケジュールを把握してっ、あ、ちょっと九条さん!腕を引っ張らないでくださっ」


強引に部屋から連れ出された。行くところはまるで決まっていたようで九条さんは躊躇もなく女性服専門の店に入って行った。

あの人の心臓ってどうなっているの?

疑問に思いながらも高級な服ばかりが連なる店の中で畏縮してしまい。下ばかり見つめる。

昨日は徹夜だったから髪も化粧も駄目ダメ。寧ろこんなところ場違いすぎて今すぐ穴の中にダイブしたくなる。周囲の視線を一身に集めているこの状況、最悪だ。


「ちょっと見てあの子」

「うわー悲惨。よくあの格好でいられるよね」

「てか男性の方彼氏?」

「わかんない。でもTRIGGERの九条天に似てるかも」

「ああ、わかる」


…ヤバい。九条さんが九条さんだとバレる方が非常にまずい。また怒られる。カオルさん怖いからやだ。食べられる、絶対今度こそ食べられる。


「九条さんっ九条さんっ。後生です。言う事何でも聞きますのでここから出ましょう」

「何でも言う事聞くなら黙ってそこにいて」


絶対零度の微笑みが私を凍らせた。こうなると九条さんが諦めるまで私は観念するしかなかった。

どうかバレませんように。


「じゃあコレ着てきて」


九条さんにそう言われて店員さんが何故か私をフィッテングルームまで案内して、ドレスを着せられた。

あ、いや。店員さんちょっと…声掛けられない。何この店員怖いんだけど。いつからあなたは九条さんの付き人なんですか。


「できました」

「どうぞ」


カーテンを勝手に開けられて九条さんの目の前まで歩かされる。何コレ。何で私ドレス着てるわけ?しかもピンクとか有り得ない。私には似合わない色を何故…!

それよりも九条さんともあろう美人さんの前にコレは拷問だ。軽い拷問だ。頭の中で円周率を数えた。


「……次、コレ」

「感想なしですか!それはそれで傷つく」

「別に似合ってない訳じゃないよ。ただ…子供が子供に見えるなって思っただけ」

「……今まで生きて来た中で一番心臓に矢が刺さりました」

「そう?ほら早く試着してよ」


背中を押されて再びカーテンが閉じられる。せっせと着せてくれる店員さんに謝りながら今度は白のハイネック型のワンピースだった。レースが上品だな。

カーテンが再び開閉され、さてと、心の防御壁を修復させたからどんど来い。と構えたら…あ、アレ?九条さんが黙ったままだ。


「……」

「あの」

「……」

「九条さん?そんなに似合ってませんか?着る前からわかってますけど私がこういうお上品なものが似合わないことくらい。ですので、どうぞつららでひとつきどんと来いです」

「別にそんな事言ってないでしょ。君は可愛いよ。だから何着ても似合う」

「……え」

「…僕が選んだものが似合わない訳ないでしょってこと。自信持ってくれる?それじゃそれください。あと、この靴とアクセはコレで」

「く、九条さんがっ」

「なにやってんの?行くよ」

「九条さんがっ…壊れた!」

「はあ?!」

「私が至らないばかりに…申し訳ございません」

「…さっさと帰るよ。バカマネ」


その後、九条さんは一切私の方へ振り返らずせかせかと先に帰ってしまいました。

どうしたんだろう、九条さん。仕事のやりすぎかな?打ち上げが終われば少しはスケジュールに空きが出来るから休み、入れますね。



* * * *



「如何にもな船上パーティーだね」

「……あの九条さん」

「なに?」

「何で同伴者が私なのですか?」

「君、女性でしょ?問題あるの?」

「いえ。特にはないですが。マネージャーを同伴者にするとか恥ずかしくないですか?」

「保護者を同伴させる訳じゃないのにそういう言い方やめてよ」

「ですが!っ!」


海の上だった所為で波が来れば揺れる地盤。慣れないピンヒールが震える足元を掬い身体が傾くと九条さんがそっと腰を支えてくれた。


「大丈夫?」

「え、はい…すみません」

「8センチヒールは慣れない?」

「5センチしか履いた事ないですから」

「チビなんだから恨むなら自分の身長を恨んでね」

「……そもそも、マネージャーの私がこんなにおめかししてそちらの方が違和感あります」

「まだ言うの?僕の同伴者なんだから着飾ってよ。いつものダサいリクルートスーツじゃなくて」


人の童顔を皮肉に良い回す。九条さんはいつにもまして上機嫌だ。一体何があったのやら。

それよりこんなに着飾っては八乙女さんの打ち合わせの時、返って目立つ。うぅ…胃が痛くなってきた。

いなくなったと思った九条さんは再び私の元へ訪れると片手にグラスを持っていた。


「はい」

「ありがとうございます」

「今日の君は借りて来た猫みたいだね」


そう言うとどこを見ていいかわからない私の視界に華々しく微笑む九条さんが映った。

煌びやかな世界とは無縁だった私にとってそれはとても破壊力がありすぎて。目眩が起こりそう。

まるで…シンデレラみたい。


「もう酔ったの?」

「炭酸じゃ流石に酔えませんよ」


楽しそうに笑われてしまうと何も云えずにひっそりと息を吐き出した。

姉は毎日こんな世界に居たのかと思い出してはますます場違いな気がしてしまう。まあ、今に始まった事ではないけど。

九条さんは出演者の方々にご挨拶に行き、私は主賓の方から企業様相手に挨拶をしに回っていた。

九条さんの実力は折り紙つき。どの方からも好評な評価をいただけて内心鼻が高い。

…ああ、ますますマネージャーへの階段を駆け上がっている自分に何だか落ち込む。最近何もアイデアが思いつかない…こんなんじゃ駄目だ。もっと資料を集めて書きだして、今度行われる新人賞を取らないと夢が消えてしまう。


「…あれ、コレおいしい」


何気なく受け取ったローストビーフ。今まで食べた事のないおいしさを感じて思わず頬張ってしまう。ああ、芸能人は食べるものが豪勢だなー。たまに食べられるだけで幸せだわ。



* * * *



「…花より団子」

「あの九条さん。そろそろダンスの時間になりますね」

「そうなんだ(本格的)」

「お相手はいらっしゃいまして?」


その言葉に思わず視線を後ろへ向けてしまう。そこには呑気に料理に箸を伸ばすマネージャーの姿があった。まったくあの子は出会った時から変わらない子だな。目が離せない。

どんな綺麗な女の子たちが集まって来ようとも僕の目には彼女しか映らない、何て絶対に彼女に言えるものか。


「申し訳ありません。連れが居ますので」


やんわりと断るとその場を去った。いつの間にか先程まで居た場所には彼女はおらず。スマホの時間を見れば察しがついた。

船の甲板へ通じる道へ出ればそこには彼女が誰かと電話していた。


「すみません。八乙女さん、今すぐ戻りますので。はい、はい。お話だけ進めて頂いてもいいですか?」

《 料理に現抜かしてんだろうお前 》

「何故それを…エスパーですか?」

《 お前がわかりやすいからだ。別に俺一人でも平気だからゆっくり来いよ 》

「ありがっ「だったら一人で打ち合わせ出来るよね、楽」


彼女の背後まで近寄り楽からの電話だと知っているからタイミングを見計らって携帯を取り上げ通話を始めた。


《 天。お前態とだろう 》

「何が?僕の方、主賓が社長と仲がいいんだ。普通に考えれば優先してくれるよね?」

《 お前。抜け駆けしようとっ 》

「ありがとう楽。話をわかってくれて、愛してるよ」

《 あ、ちょっと待て!おい、天っ 》


勝手に通話の終了ボタンを押して彼女に返す。


「今日、君を独占出来るのは僕だけだから」

「え?」

「あ、ほらダンスの時間だ」

「え、ちょっ」


慌てる彼女の腰に手を添えて、彼女の小さな手を握り甲板の上で、月明りに照らされながらステップを踏み出す。訳がわからないまま彼女は僕の身体に身を預けながら踊り出す。

いつもと違う彼女の【女性】らしい部分に少なからず心臓は跳ねあがっていた。


「あの九条さん」

「なに?」

「楽しそうですね」

「…うん。楽しいよ」


そう言って微笑んだ。