鉢屋三郎

二.「また来年もこよーね」

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「花火が見たい!」


突然大声をあげた八左ヱ門は、ボールペンを放り投げ、ばたんと大の字になり寝転がった。


「八左ヱ門、まだ2時間しか経ってないよ」

「そんな事言ったってさぁ、こんな勉強よりもっと夏らしいことしたいって」


見かねた兵助が八左ヱ門を諭すものの、起き上がる気配は一向にない。

その時は丁度、下宿生である俺の家に集まり、学期末試験の勉強会を開いているところだった。

他の5人も下宿生ではあるのだが、部屋が綺麗で、尚且つ豆腐以外の料理が出てくるのが此処だけだというのだから仕方がない。3回生になった今じゃ定番の溜まり場となってしまっている。

ハ左ヱ門が文句を言い続ける中、「さんせ~い……」の震えた声と共によろよろと手が挙がった。


「名前ちゃんまで……」

「無理。限界。遊びたい」

「だよなぁ!」


呆れて顔を見合わせる兵助と雷蔵。そんな事はお構いなしと言わんばかりに、八左ヱ門と名前は手を取り合い、やれ「夏がもったいない」だの、やれ「テストがあるのが悪い」だの騒いでいる。


「ならこうしよう」


突然、勘右衛門が人差し指をピンと立て、口を開いた。


「今日お前達2人がちゃんと頑張れたら、明日の夏祭り、皆で遊びに行こうじゃないか」


その一言を境に、俺の目の前には信じられない光景が広がっていた。

何があっても起き上がりそうになかった八左ヱ門も、今にも倒れるんじゃないかという程衰弱していた名前も、机に向かい、レジュメを読み込み、ノートをまとめている。


(どんだけ花火が見たいんだこいつら……)


そんな2人の姿に、勘右衛門は計画通りと満足そうに頷いている。

とにもかくにも、こうして俺達6人は、単純な馬鹿共の努力によって夏祭りに行くことが決まったのだ。



***



待ち合わせ時間を少し過ぎた頃。カランコロンと下駄独特の音を鳴らしながら、こちらに手を振る彼女が目に入る。


「お待たせ~」

「お。いいねぇ、浴衣だ」

「へへー、どう? 可愛い?」


浴衣姿を見せつけるように、その場でくるりと一周回る。

最初に声をかけた勘右衛門が「可愛い可愛い」と軽い調子で応じる。その流れに続き、雷蔵やハ左ヱ門も好意的な言葉を名前に投げかけていった。

確かに、金魚があしらわれたそれは、定番だが普段とのギャップを感じさせ、こう……ぐっとくるものがある。


「でも珍しいな。名前が浴衣を着てくるなんて」

「この前勢いで買っちゃってさー。せっかくだから着てみたんだけど」

「俺、そういうの好きだよ」

「ほんと?」

「うん、すごく可愛い」


ニッコリ。勘右衛門のようにふざけた調子ではなく、目を見据えてさらりと言い放った兵助に、名前は一瞬固まった後、「えと、その……」と照れた様子できょろきょろと視線を泳がせた。


「あっ、わ、私、食べる物買ってくる!」


慣れない褒め言葉にじっとしていられなくなったのだろう。周りの5人にも聞こえるよう宣言すると、おぼつかない足取りで屋台に向かっていった。

今の名前は、浴衣用にセットされた髪型によって、後ろ姿からでも耳やうなじが確認できる。遠目からでもそれらが赤く染まって見えるのが、俺は気に食わなかった。


「三郎も言ってあげれば? 『可愛い〜』って」

「……勘右衛門」

「キャ〜、怖いお顔ですこと」


すすす、と俺の側に近寄ると、名前に何も声をかけない俺をからかうように、勘右衛門は尋ねる。虫の居所の悪い俺は、わざとらしく茶化すうどん頭を睨みつける。


「まぁ何でもいいけどさ、三郎と名前は花火まで場所取りよろしくね」

「はぁ?」

「だってお前ら遅刻してきたじゃん」


その罰、と。

名前はともかく、俺は1分やそこら遅れてきただけだ。そう抗議すると


「それでも遅刻は遅刻だろ?」


正論だが、何とも心の狭い返答。


「だからってな……」

「さぁお前達、夏祭りを堪能するぞぉー!」

「おほー!」

「おー」


ハ左ヱ門と兵助が、勘右衛門に続き拳をあげる。


「あれ、2人は一緒に行かないのかい?」

「いいからいいから」

「おい、勘右衛門!」


俺の制止なんぞまるで聞こえないふり。疑問符を浮かべる雷蔵の背中を急かすように押していく。最後に「上手くやれよ」とこちらにピースを向けると、3人を連れてその場を去っていった。

……あいつめ、余計な気を遣いやがって。


そんな勘右衛門達と入れ替わるかのように、名前がこちらに戻ってきた。ざっと見ただけでも、その両手には焼きそばたませんイカ焼きわたあめりんご飴……こっちはこっちで、夏祭りを堪能しすぎだろ。大量の食べ物を抱えきれずよろめいている。


「……っとと、勘ちゃん達は? トイレ?」

「遊んでくるから俺達で場所取りしてろ、だとさ」

「えええ!」


叫んだ拍子に手から溢れ落ちそうになった食べ物を、いくつか代わりに持ってやる。


「ナイスキャッチ!」

「ナイスキャッチ、じゃないだろ間抜け」


わざとらしく、大きなため息を吐く。


「お前は人一倍鈍臭いんだから、少しくらい気をつけろ」


じとりとした視線をやり、説教じみた言葉を連ねるものの、返ってくるのは、はぁい、と何とも気の抜ける返事だけ。納得のいってないような、真に受けていないような、そんな感じ。

こんなのはいつもの事だ。ええ、ええ、だから分かっていたさ。頭を切り替え、いざ目的の場所へと足を進める。が、名前の足取りは遅い。ひょこひょこと歩く姿が、下駄を履き慣れていないことを顕著に表している。


「腕」

「え?」

「だから。……腕、掴まれば少しは楽だろ」


名前は少し戸惑った後、遠慮がちに俺の腕を掴んだ。なんだ、お前らしくないな。いつもならそうからかうところだろうが、残念ながら、今の俺にはそんな余裕はない。

「あり、がと」「……おう」なんてことない感謝の言葉にも、うまく言葉が出てこない始末。

触れた箇所がじっとりと汗ばむ。

俯いていて顔は見えない。けど、後ろから覗く耳や、うなじは


(……すっげー真っ赤)


多分、実際に歩いた時間なんてほんの数分程度の話だろう。それでも俺にはとてつもなく長い時間に感じられて。なのに、何故、それでも『足りない』と考えてしまうのか。

妙にふわふわした気持ちは心の中だけに留め、いつも通り素知らぬ顔で、いつもよりゆっくりと足を進めていった。



***



「た〜まや〜!」

「うわ、八左ヱ門ってば超ベタ」


皆が座って花火を見る中、八左ヱ門だけが前方で立ち上がり、無駄にでかい声で叫んでいた。それに対し名前は、子供だなぁ、と呆れた声で呟く。いかにも自分は興味ありませんよといった風を装っているが、目はしっかりときらきらと輝いているのがガキっぽくて思わず笑ってしまう。


「名前もやってみろよ。案外楽しいもんだぞ!」

「えー?」


八左ヱ門の誘いにやれやれと首を振りながらも腰を浮かせようとする。「……あ」しかし名前は何かを思い出したかのように声を漏らし、顔をこちらに向けた。


「ねぇ、三郎」


首を傾げる俺の耳元に近づいて、そっと口を開く。


「また来年もこよーね」


花火の音が響き渡る中、そう俺にだけ聞こえる声で囁き、名前は八左ヱ門の下へと駆けて行った。

最後に残された名前の言葉と、屈託のない笑顔が頭から離れず、片手で口を覆う。


駄目だ、にやける。


そんな俺の様子を目にした勘右衛門が「さぶろぉ、なんかいい事でもあった?」なんてにやつくので、2、3回強めに小突いておいた。