かぼちゃキャンドルを引き連れて

starryな夜に花開く、鬼の神隠しにはかぼちゃキャンドルを引き連れて《終》

更衣室を出ると、日向野先輩が待ってくれていた。わたしが制服のままであることに何も言わないので、ほっとする。

「日向野先輩、待っていてくださったんですね」

「当たり前だろ、つーかおっせぇんだよ」

「これでも早く出てきたんだから、文句言うなよ」

不満を漏らす日向野先輩を、千明先輩が諌める。すっかりいつも通りのやり取りと空気感に戻っていて、更衣室での出来事が幻に思えてくる。

「こいつに妙なことしてねーだろうな?」

わたしを親指で指しながら日向野先輩が問う。千明先輩は「気になる?」ともったいぶるように笑ってはぐらかした。挑発的な視線同士が交わり、漂う空気さえ緊張する。しばらくどちらも逸らさずにいたけれど、千明先輩のほうから「なんて、うそうそ」とおどけて顔を背けた。

「お前にお膳立てされて掴んだチャンスでハナを物にしたって意味ないし」

「はっ、いい子ぶりやがって」

忌々しそうに、吐き捨てるように笑って、日向野先輩も顔を背ける。それと同時に空気の緊張が解ける。

「水瀬、千明だけには気をつけろよ。陰で何してるか、わかったもんじゃねーからな」

「はいはい、言ってろよ。ハナ、そろそろ行こっか」

日向野先輩を軽く受け流して、千明先輩がわたしの肩を抱いた。反射的に「は、はいっ」と返事をしてしまってから、大事なことを思い出す。

「あ、千明先輩、日向野先輩、すみません。わたし……」

「ん? なに?」

「なんだよ」

二人の応答が重なる。どう説明しようか言葉をまとめていなくて、一瞬固まった。後夜祭に誘っていただいて、大切なお話を、大切な時間を割いてしていただいた中で、わたしが所用で外れてもいいかどうか、訊いてみないと。

「あの、ちょっと……後夜祭中に、木蔦君とお話しをしたいのです。少しだけ、時間をいただけませんか?」

「木蔦?」

日向野先輩の眉間に皺が寄る。名前を出すだけで機嫌を損ねてしまうほど、険悪な仲だとは思っていなかったので内心ひやりとする。それでも引くわけにはいかない、と強く思った。

「あいつと何かあったの?」

日向野先輩ほどではないけれど、少し影を落とした暗い顔で千明先輩が尋ねてくる。二人にとって、木蔦君の話題は禁物なのかもしれない。まるで旭人君みたい。

気圧されかけながらも、「実は、後夜祭の前に木蔦君を怒らせてしまって」と正直に説明する。

「仲直りがしたいんです」

「ほっとけよあんな奴」

「へっ?」

わけを聞いた日向野先輩に即答されて素っ頓狂な声を上げてしまった。千明先輩はその日向野先輩の答えに賛同するように頷いて黙り込む。

「あの……そういうわけには」

「どうせお前に構ってほしくて、機嫌最悪なまま別れただけだろ? そんな子どもじみた奴、わざわざ相手することねーよ」

「そ、そういう感じでもなかったような……」

木蔦君が怒った理由もよくわかっていないので、想像でしか話をできないけれど、彼にそんな策略のような意図はなかったと思う。感情が制御できなくて、持て余した気持ちを落ち着けるためにわたしから離れた。そんな気がする。それを、このお二人にどうわかってもらおう?

「どんな事情があるにせよ、ハナが後夜祭を楽しめなくなるほど配慮に欠ける奴に、俺たちがハナとの時間を割いてやる筋合いはない」

千明先輩にぴしゃりと言い切られ、話し出す言葉を見つけられなくなる。なんと言えばいいのだろう。打つ手なく千明先輩を見上げると、にっといたずらっぽい笑みが返ってきた。

「……って、言いたいところだけど、5分くらいならあいつにハナを貸してあげてもいいかな」

「おい千明」

反論の色が込められた声で日向野先輩が千明先輩を呼ぶ。呼ばれたほうは異論を許さない笑顔で小首を傾げ、わたしの頭に頬をくっつけてくる。

「千陽だって、木蔦のことで頭悩ませたままのハナを連れ回したくはないだろ?」

「そりゃ、そうだけど……」

「今頃木蔦の奴も反省してるだろうし、仲直りするのにも時間はかからないと思うよ。さっさと仲直りさせて、ハナを返してもらえばいい」

渋るように顔をしかめていた日向野先輩も、はぁ、と大きくため息を吐いて「わーかったよ、5分だけな」と承諾してくれた。

「あ、ありがとうございます!」

千明先輩の口添えで、仲直りするチャンスができた。たった5分、されど5分。与えられたこの短い時間で、どこまでできるだろう。先輩方と、そして木蔦君の邪魔にならないように、煩わせないように気をつけなきゃ。

「そうと決まりゃ、急ごうぜ。まずはあのバカ丸を探すとこからだな」

千明先輩とは反対のわたしの隣に立って、日向野先輩が肩を抱いてくる。ふいに近くなった距離に心臓が跳ねた。

「え、あっ……」

先輩二人に両隣を固められ、戸惑いを隠せない。両肩をそれぞれ交互に抱かれたまま、押し出されるようにして歩き出す。右肩に触れる千明先輩の手は優しく、壊れ物を扱うように繊細で柔らかい。一方で、左肩を掴む日向野先輩の手は力強く、決して離さない、という意思を感じる。その違いが、二人に挟まれ歩いているということを苦しいほど思い知らせてくる。しかもこの方々は、学園中の憧れと恋心を集めてやまない人気者。

こんな状態で後夜祭の場に出たら、どんな目で見られるかわかったものではない。けれど、「離して」とお願いするのは憚られる。前にもこんなふうに、お二人から同時に肩を抱かれたことがあって。そのときは、どちらが先に手を離すかで揉めてたいへんなことになってしまったから。あまり口は出せない。

………どうしよう。

「木蔦はたしか、裏方の厨房で父兄の手伝いしてるんだっけ」

「つーことは、一旦ここを出て、北校舎の地下に行かねーとな。執行部の息抜きのための後夜祭だってのに、あいつ働いてねーと死ぬのか?」

「あー、死にそう。てか、あいつが祭り満喫してるとこ想像つかない」

「ダチいねーもんな、あのボッチ丸」

「むしろ必要ないって思ってそう。いかにも人嫌いって感じ」

あれこれ話しながら、二人はわたしを連れて広間とは別の方向へと足を進めていく。鶺鴒館と各校舎は地下通路で繋がっていて、地上のレンガ通りを使うより早く校舎に行くことができる。わたしは道順を知らないので、迷いなく進む二人にただただ圧倒された。ここは、秘密の抜け道のようなものだ。

「いくら首席で才能マンだとしても、あのコミュ障っぷりじゃ生徒会には入れねーだろうな」

「どうだろうね。3年の先輩方が後継として育てる気満々みたいだよ? うちの石矢が言ってたから間違いない」

「無理だろ。あんな石頭が学園の要になったら、来年の1年どもが泣きを見るぜ?」

「たしかに。そもそも人当り悪過ぎて人気出なさそう」

会話に混ざれないから何も言えないけれど、木蔦君は一見怖そうに見えて、実はとても思いやりの深い人だと思う。執行部で一緒にお仕事をする中で、わたしの至らないところをそっとカバーしてくれたり、いいと思った意見はどんどん採用してくれたりする。その分、批判や訂正も容赦ないけれど、その真面目さが頼もしい。組織の中で輝く、逸材。

木蔦君は、人が嫌いなのではなくて苦手なのかもしれない。

「あら、あれ日向野兄弟じゃない?」

「女子一人だけ連れて、どこに行くのかしら」

「ここを通るってことは鶺鴒館から出るつもり?」

「やだ、女持ち帰るには早いでしょうよ。まだ7時にもなってないのに」

通路ですれ違う人たちの囁き声が耳に届く。二人はまったく聞こえていないように会話を続けていて、ますますいたたまれない気持ちになる。

そういえば、わたしが後夜祭に誘われた理由を訊くのを忘れていた。更衣室で話しをすることが目的だったなら、一緒に厨房まで来ようとすることはないはず。やっぱり、女給役、かな。でも、木蔦君がそれはありえないと言っていたし。うーん。

悩むだけ悩んで、話に混ざれないまま、あっという間に厨房についてしまった。

「おいクソ丸、いるかー?」

厨房のドアを開けながら、日向野先輩が開口一番木蔦君を呼んだ。出入り口付近で作業していた父兄の方々が数人振り返って、またすぐに作業に戻っていく。奥のほうの流し台で食器を洗っていた木蔦君が、足首まで覆う黒いエプロンで手を拭きながら振り返る。敵意と煩わしさを露わにした深海色の眸は、わたしを見た瞬間驚いたように瞠られた。

こちらに反応した木蔦君を見取り、千明先輩が「俺たちが手助けするのはここまで。あとはよろしく」と背中を優しく叩く。それに次いで、日向野先輩に「5分経ったら迎えに来る」と耳打ちされた。1分たりとも譲らない、と言外に聞こえてきそうな低い声にびくりと肩が揺れる。

「ありがとうございます、頑張ります」

つられて小声で返事をし、先輩方よりも一歩、前へ歩み出る。ふわ、と両隣の空気が動いて、二人が厨房を出ていったのを察する。ここからだ。5分だけ、木蔦君の貴重な時間をいただけるかどうか、交渉してみないと。

緊張で強張る足を叱咤し、厨房の奥、木蔦君のいる洗い場へと向かう。おずおずと近づいていくわたしに木蔦君が体ごと向き直って、一点に見つめて出迎える。

「お忙しいところ、すみません」

怒られやしないか不安で、声が震えそうになる。

「夕方のことで、木蔦君とどうしてもお話しがしたくて。少しだけ、お時間をいただけませんか?」

言えた。

真っ直ぐに見上げて返答を待つ。静かにわたしを見ていた木蔦君の目が細められて、周りを見渡すように左右に動いてから「場所を変えよう」と提案される。話しをしてくれるようで、一安心。小さく頷くと、背を向けた木蔦君が厨房の奥のドアへと向かった。

ドアの向こうはまた、わたしの知らない地下通路になっていて、どんどん進む木蔦君の背中を追ううちに、地上の北校舎に出た。ここは、1階の執行本部に宛がわれていた講義室だ。月の光でぼんやり青白く染まる無人のそこは、窓際やロッカーの上にちょこんと点在するかぼちゃのキャンドルで装飾されている。まるで、紺色の夜空にお日様色の星をちりばめたような、幻想的な魔法の世界が広がる。

「ここなら、誰にも邪魔されない」

「木蔦君?」

「あの悪童兄弟のことだ。俺と会うお前に、5分以上の自由を与えるとは思えなかったからな。あの二人さえ知らない抜け道を使わせてもらった」

鋭く分析し、ずばり的中させた木蔦君に感心してしまう。約束の5分はもう過ぎようとしていて、戻ってこないわたしを、先輩二人が探しに出ているかもしれないと思った。けれど、まだ何も話しをしていないままで帰るわけにはいかない。木蔦君も、内緒の抜け道を使ってまでわたしと二人になる場所に来たということは、ちゃんとお話しをしようと思ってくれたということ。

願ってもないチャンス。先輩方には申し訳ないけれど、ここは引けない。

……………どう切り出そう…

「夕方は、すまなかった」

悩むわたしを尻目に、正面に立った木蔦君が詫びの言葉を口にした。虚を突かれて、呼吸が止まりかける。

「………っ、あっ、いえそんな! わたしのほうこそすみませんでした! 木蔦君に不快な思いをさせてしまって………でも、その、どうして怒らせてしまったのか、よくわかってなくて、本当にごめんなさい!」

慌てて謝り返し、その勢いのまま、率直な気持ちを早口で伝える。焦り過ぎて、自分でも言葉の意味をちゃんとわかっているのかよくわからない。これ以上なんと言葉にすればいいのか悩んでしまって、歯がゆくて俯く。

しばらく沈黙が続いた。鶺鴒館からかなり離れた場所にあるこの講義室には、オーケストラの生演奏も、生徒たちの歓談する明るい声も、グラスを打ち鳴らす乾杯の合図も聞こえない。かぼちゃたちが音という音を食べてしまっているかのように、何も聞こえない。息苦しいほどに静か。

そこに音を与えてくれたのは、木蔦君が先だった。

「………俺が腹を立てた理由を説明する前に、ひとつ、訊いてもいいか」

暗闇に足を踏み出すような不安をにじませ、問いかけてくる。顔を上げた先にある群青の眸が波打って揺れる。エプロンもワイシャツも黒くて、白い顔と袖を捲った腕だけがふわりと浮かんで、夜に溶けてしまいそうな不安定さを感じ、消えてしまわないようにしっかりと見つめた。

「はい、なんなりと」

受け入れる意思を示すと、木蔦君のまとう不安の色が薄まる。

「お前が人から向けられる好意に特別鈍いのは、何か理由があるのか?」

「……っ…!」

「執行部や実行委員会でともに活動するとき、お前は誰よりも勤勉で、細やかなところまで目を行き届かせ、勘を働かせてくれる。その力に俺は何度も助けられてきた。お前とこなす仕事はスムーズに終わらせることができる。それなのに、異性同性に関わらず、お前は人からの好意にはまったく気づかない。それが、俺には不可解極まりないのだ。何かわけがあるのなら、教えてほしい」

すらすらと並べられる言葉を頭で整理する。ここまで滑らかに出てくるということは、木蔦君の中で、ずっと引っかかっていた悩みの種だったのかもしれない。

千明先輩に言われたことや、自分の記憶を引っ張り出す。

「すみません。わたしも自分ではよくわかっていないのですが、幼馴染みの千明先輩から教えていただいたことがあります。わたしは小さい頃の出来事が原因で、人の、特に異性の方の好意に対して、無意識に心を閉じてしまう癖がついている、と。だから、どんなにわかりやすく好意を伝えてもらっても、心が弾き返してしまって受け取ることができないそうです」

わたしの生い立ちを知らない人が聞いたら、首を傾げそうなこと。でも、今はそう説明するしかなくて。木蔦君に隠し事をしたいわけではないのに、曖昧な言い方になってしまう。

少し驚いたように瞬きしたあと、木蔦君はいつも通り静かな目でわたしを見つめ、「そうか」と呟いた。

そうして、音もなくわたしに歩み寄り、柔らかく抱き締めてくる。

「…………っ、き…づた、くん?」

顔の触れた肩口から、石鹼のいい香りがして目を瞠る。クールな木蔦君からは想像もできないほど、服越しに感じる体温は温かく、どくんと心臓が跳ねた。すっぽりとわたしを包む体と腕はしなやかでいて、ほどよく引き締まっている。

男の子に抱き締められているのだと、心に直接刺さる衝撃。

「こうして触れ合っても、お前に男として意識されることはないのだな」

つむじにそよそよと降る吐息が切ない。不思議な徒労感と無念さのにじむ声に、胸がずきりと痛む。木蔦君にそんな思いをさせているのは、他ならない自分なのに。

「ごめん、なさい」

「謝るな。お前が何か、重いものを抱えてこの学園に来たことは薄々気づいていた。立ち入った話をさせてしまってすまない」

そっと腕の力を緩め、顔を覗き込まれる。とろりと甘い熱を帯びた眸に釘づけになった。

「何度でも、俺を拒めばいい。お前の心に指先が触れるまで、お前の眸が、俺を男として見てくれるまで、俺は諦めん」

「木蔦……君」

合理主義者で無駄を嫌い、常に効率良く物事を進めようとする木蔦君が、立ちはだかる分厚い壁に対して、真っ向からぶつかっていくような。とても、らしくない・・・・・手段を選ぼうとしている。

わたしはこれを、止めなければいけない立場にいるのでは?

そうわかっているのに、胸がぎゅっと締めつけられて言葉が出ない。

「後夜祭前、やり場のない怒りでお前を困らせてしまったことも、謝らせてほしい。お前は、俺を特別視してくれているような態度を取ることがあって、度々たびたび翻弄される。それでいてあの悪童兄弟の誘いを不用心に受けるほど無防備で、心配する反面、苛立ってしまう。嫉妬、したのだ」

言葉をひとつひとつ選ぶ木蔦君の、誠実ではっきりとした声。とても心地いい。木蔦君の差す特別視、とは意味は異なるけれど、数少ない友人として、大切に思っていることはたしか。でも、真っ直ぐ見つめ合う中でそれを口に出すのは違う気がする。

「二度とこのようなことがないよう、日々邁進、平常に努めてゆくつもりだが、これからもこうして、感情のコントロールがままならず、お前に迷惑をかけるやもしれん。そのときは、またこうして話を聞いてほしい」

「もちろんです」

心許なく揺れる視線と、引き結ばれた口元を見てしまえば、そう即答してしまっていた。自省の気が強過ぎる彼の肩の力が、少しでも軽くなりますように。

霜月先輩の猛虎の目や、千明先輩の猛禽の目とも違う、木蔦君の目。寒くて寂しい雪山で、戸惑いながらも一点にわたしを見つめてくる、孤独で心優しい狼のような目を覗き込みながら、そう願う。

笑顔とともに頷いたわたしに、木蔦君もようやく笑ってくれた。

そろそろ戻らなくてはならないけれど、別れを言い出すのがもったいない。

ハロウィンは、まだ続いている。





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