狐と死神の怪<カイ>事情

沙羅/和葉@12/31誕生日/喪中
@aobiyori_sara

鎌を携えし者


 どんよりとした雲が空を覆う。

 雲に阻まれ、逃げられなくなった湿った空気が、ねっとりと身体にまとわりつき、神也は眉間にしわを寄せた。

 梅雨に入って間もなく、彼の通う高校では今日、この季節恒例の球技大会が行われている。

 男子はサッカー。女子はバレーかドッジボール。

 一回戦目で華々しく散った神也たちサッカー組は、まだ生き残っていた女子のバレーの応援をしに、一番大きいけれど一番風の流れが悪い第一体育館へと来ていた。

 人が多いせいか。それとも梅雨独特の気候のせいか。何もしてなくてもじっとりと肌が汗ばむ。何度もタオルで拭っているが、汗は止まらない。

 そのうち拭くのも面倒になって、タオルを首から下げた。

 試合が行われている間、開いている窓の側に座り、勝負の行方を見守る。

 相手は鈴那のクラスで、彼女もコートに立っていた。

 持ち前の運動神経と胴体視力を駆使し、鈴那は点を積み上げていく。

 その姿は、男の神也から見ても惚れ惚れとするほど格好良く、喜びで笑顔を見せた時は凄く可愛い。

 自分のクラスではなく、彼女の方ばかり見てしまう辺り、自分はつくづく彼女に惚れているのだと実感した。

 同じクラスだったら、どれだけ嬉しかった事か。

 点が入り、鈴那のクラスと点差が開く度に、拓や勇翔たちの声援が大きくなり、耳に突き刺さって痛い。

 それ以上に。

 ピリッとした痛みが首筋に走って、思わず手で押さえる。

 首を巡らせ辺りを見ると、先週クラスに転入して来た神谷太貴(しんたにたいき)が、怖い表情をして神也を睨んでいた。

 それも一瞬の出来事で、太貴は直ぐ人当たりの良い笑顔を見せると、友人たちと一緒に声援を送り始めた。

 何だったんだと、神也は訝しげる。

 思えば、転入して来た日から事あるごとに視線を向けて来ている。

 他の生徒にはそんな様子を見せていない。なぜ、自分にだけ。

 考えれば考えるほど、眉間に皺が集まる。





「ありゃ?」


 神也が難しい表情をしている。

 声援を送っていた途中、ふと神也の方を見た拓が気づく。

 素っ頓狂な拓の声が勇翔の耳に入り「どうした?」と尋ねた。


「神也が怖い表情(かお)してる」


「あらら、本当だ」


 勇翔も神也の表情を確認し、苦笑する。


「鈴那に声援が集まってるからなあ。嫉妬してるんだろ」


「ちょっと見て来るわ」





「神也!」


 名前を呼ばれ、神也は思考の海から浮上する。

 声のした方を見ると、拓が駆け寄って来るのが見えた。


「どうした?すっげー怖い表情してるけど」


 拓に問われ、神也はやっと眉間の皺が深くなっている事に気付いた。


「あ……ああ、なんでもない。ちょっと暑くて、イライラしてるだけだ」


 不器用に笑って見せて、答える。

 拓は、少々首を傾げていたが「そうか」と納得した。


「わかった。具合悪くなりそうになったら、保健室行けよ」


「了解」


 そこで会話を終わらせ、拓は応援に戻る。

 心配して、わざわざ様子を見に来てくれたのだ。

 友人の気遣いに、神也は心の中で礼を言った。



 ◆  ◆  ◆



 結局、試合は鈴那たちが勝ち、神也のクラスは女子ドッジボールの三位が最高順位だった。

 夕暮れの中、カラカラと自転車を漕ぎながら、家へと続く道を進む。

 汗で肌がべたついて、早くシャワーを浴びたい。すっきりしたい。

 が、その為には難しい、否、面倒な関門がある。

 それは、家の近くにある稲荷神社。帰る為には、必ずこの前を通らなければならない。

 白い毛に銀色の瞳を持った白狐を思い出し、視線が遠くなる。

 ここの神は、とても構ってちゃんなのだ。

 彼は、神也の帰宅時間になると、必ずと言っていいほど彼を出迎えて、ご飯をねだる。

 あげるまで粘るので、今日のような早く帰りたい日は、特に手ごわい存在である。

 問題の神社の鳥居が見えて来て、神也は自転車の速度を緩める。

 さて。気付かれないようにゆっくりと抜けるべきか、風のように颯爽と走り抜けるべきか。

 むむむと思案していると、白真の切羽詰まった声が耳に届いた。


「神也、上!」


「あぁ?」


 ペダルを止めて、上を見上げる。

 大鎌の切っ先が、今にも振り下ろされようとしていた。


「うおおおおおお!」


 神也は目を剥いて、切っ先を避けようと自転車ごと地面に倒れる。

 鎌は獲物を仕留められず、残念そうに頭を上げた。

 その間に、白真が軽やかな動作で鳥居と塀を伝って、神也の傍に降り立った。


「大丈夫か!」


「あ、ああ……」


 呆然としながら、言葉を返す。

 何で、大鎌が……。

 あの鎌は、死神特有の物。

 この地区の担当死神は、同級生の鈴那だ。

 が、目の前にいる死神は、彼女ではない。

 黒髪をきっちり七三分けにし、緑縁の眼鏡を掛けた同じ年頃の男が立っている。

 眼鏡の奥にある紫色の瞳からは鋭い眼光が放たれ、神也を突き刺していた。


「神……谷……?」


「どーも」


 神也に名前を呼ばれた転入生、神谷太貴は眼光を更に強くする。

 身につけている物は同じ制服なのに、クラスで見る彼とは雰囲気が百八十度違った。

 視線を向けられたまま、それに対抗するかのように、白真も負けじと歯を剥き出し睨み返す。


「あーあー。もうちょっとで頭から真っ二つに出来たのに……。さすが狐、すばしっこいなー」


 残念そうに呟いてから、太貴は聞こえるように舌打ちする。

 神也は乾いた笑みを浮かべた。

 こいつ、本気だったのか。こっちは肝が冷えたぞ。

 祖母が狐で良かったと、心から思う。

 普通の人間なら、真っ二つまではいかなくても、肩は確実に斬られていた。


「こいつ!死神の分際で人間様に手を出すとは、一体どういう教育を受けてんだあ!」



「確かに、死神は人間の寿命を縮めたり、奪ったりする事は禁じられている。が……そいつは、人間じゃない」


 神也は息を呑み、白真は目を見張る。

 胸の内に、冷たい氷が張っていく。

 それに構わず、太貴は言葉を続けた。


「人間でもなければ、神でもない。中途半端な存在さ。半神半人、半妖とも呼べるお前を、傷つけてはいけないと教わった事はない」


 呆然とする神也を鼻で笑い、ふんぞり返る。

 先ほどの無礼を詫びる様子は、太貴からは感じられなかった。

 どこぞの王太子に負けず劣らずの尊大な態度に、白真の毛がさらに逆立ち、肌から千切れんばかりだ。

 このままでは、神力勝負になってしまうだろうと神也は察して、白真を自分の背後に引っ込める。

 一つ二つと呼吸を整えてから、太貴に対して口を開いた。


「俺に用があるんだろう、神谷。ただ殺しに来たんじゃなくてさ」


 太貴の考えを見通すように、すっと目を細める。

 察しがいい奴だと、太貴は感嘆の息を漏らした。


「今日はお前に勝負を持ちかけようと思ってな」


「勝負?」


 白真が首を捻る。


「僕の婚約者が、君の事を凄い凄いと絶賛するもんだから、どの程度のものか見てみたいと思って」


 神也を知っている死神は限られている。さらに言えば、「凄い」と絶賛する死神も限られている。

 よくも悪くも、死神界のお偉い様の娘なだけあって、婚約の話は後を絶たないというわけだ。

 そしてその婚約者は、彼女が絶賛する半妖に目を付けた。理由はおそらく、半妖が邪魔だから。

 半妖を絶賛する死神は、婚約者から見ればそれはそれは恋する乙女のように見えただろう。

 半妖の方もその死神に恋してるのだから、結婚の話を進めるには邪魔で邪魔で仕方ないはずだ。

 どうしてか、目が半眼になって、じっとりと湿った視線を太貴に送ってしまう。

 白真も何かを察したのか、目を据わらせてピシリと尾を振った。


「まずいぞ、神也。オイラなんか嫌な予感がする」


「奇遇だな。俺もだ」


 苦い笑みがこぼれてしまう。

 こそこそと二人で話していると、耳の良い太貴に筒抜けだったようで、わざとらしく咳をされた。


「続けていいかな?」


「ああ、どうぞどうぞ」


「勝負は簡単。あの世に逝くのを拒む子供を、どちらが先に説得できるか。勝負は明日、稲荷公園で」


 鎌を振るい、太貴はその場から姿を消す。

 それと入れ替わりで、死神姿の鈴那が稲荷神社の前に現れた。

 道路に座り込み、呆けてる神也と白真を見て、彼女は紫色の瞳を不安げに揺らす。


「どうしたの?」




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