霧の社にて、比売は獣と戯れる

沙羅/和葉@KOM五回目行ってきた。
@aobiyori_sara

霧の社にて、比売は獣と戯れる2


「藍色(あいいろ)」


 自分の名前を呼んだ少女の声が耳に入り、人間より一回りも二回りも大きな藍色の狼が、面倒くさそうに視線を移した。

 簀子(すのこ)で朝日を浴びてゆっくりと寝ていたのに、一体何の用だろうか。

 移した視線の先にある少女を視界に入れて、狼はため息を吐き出したい気持ちにかられる。

 少女は、干し肉をのせた皿を両手で持って、狼を食い入るように見ていた。

 腰まで伸ばされた桃色の髪は、起きたばかりなのか、毛先がくしゃくしゃとしている。

 藍色を愛してくれている比売(ひめ)とは大違いだ。

 比売の髪は、起きたばかりでもさらさらとしていて、少女のようにくしゃくしゃにはならない。

 寝間着の単衣に、桜色の袿を一枚羽織っただけの少女は、皿を狼の鼻先に置き「待てよ。待てだよ」と繰り返しながら、手のひらを藍色に向けた。

 じっとりとした視線を、藍色は少女に向ける。

 この少女は、自分をそこら辺で飼われている犬か何かと思ってないか。

 呆れる藍色に気づいていない少女は、鼻先で正座をし息を整える。

 そして、右の手を差し出すと同時に再び口を開いた。


「藍色、お手!」


 藍色の狼は、少女の顔と差し出された手を交互に見る。

 そして、視線をそらした。

 いわゆる、無視というやつだ。

 お手をされなかった事に少女は腹が立ったのか、今度は少々声を荒げるようにして「おかわり」と言う。

 藍色は少女を一瞥した後、伏せをして目を閉じた。

 世間で言う寝たふりだ。


「うぅーーーーっ!姉様(あねさま)!藍色、お手しないっ!」


 間髪入れずに、藍色は顔を上げる。

 少女の後方を見れば、藍色が愛してやまない女性が、苦笑しながら一人と一匹を見ていた。

 いつからそこにいたのだろう。

 嗅覚には人一倍自信があるのに、彼女の匂いに気付かなかった。

 慣れた匂いで鼻が反応しなかったのか。

 藍色は尻尾を忙しなく振りながら、目を泳がせる。

 彼女が静かな足取りで、藍色に歩み寄る。

 朝焼けを見てきたのか。

 彼女の体から、太陽の匂いと草の匂い。そして、土の匂いがした。

 比売の匂いをかいでいると、頭がくらくらとして、ふわふわと体が浮かびそうになる。

 この状態を安心していると、人間の世界ではいうのだそうだ。


「藍色」


 彼女に名を呼ばれ、藍色は尻尾を一つ振る。


「お手」


 差し出された手に、藍色は右足をぽふりと置く。

「おかわり」と言われれば、左足をぽふりと置く。

 一通りの躾をすまされたあと、比売が首回りに抱きついて、すりすりと頬摺りをして来た。


「よくできました!朝ご飯食べていいですよー!」


 自慢の毛並みを撫でられ、藍色は尻尾をぶんぶんと振って喉を鳴らす。

 日が昇り始めてから一刻も経っていない時間帯。

 わちゃわちゃと、いちゃつき始めた姉と獣を、少女は冷めた目をして眺めていた。


「干し肉より先に、姉様が食べられそう……」





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