ヤンキー君の恩返し

藍松@固定アンケート
@ranmatu1327

始まりは…。

塾からの帰り道。

講師の話が長引いて、帰りが遅くなってしまったため僕は帰路を急いでいた。

腕時計を見ると、針はもう20時を越えている。

(あぁ、これはカラ松兄さんにに怒られるな…。)

そんな事を考えながら僕はため息を吐いた。

コンビニを横切った時だ。

「っ…ぅ…」

何かの唸り声が聞こえてきて僕は足を止める。その声はコンビニの横にある路地の奥から聞こえてきたものだった。

何だろうかと思いながら、僕はその路地に足を踏み入れる。コンビニの明りがあるため薄暗くて少しジメジメしていて、一刻も早くここから出たいと思った。

無心で進んでいると路地の突き当たりの所に、ふと人の気配を感じた。

それと同時に嗅いだことのある香り。鉄のような、僕のよく知っている香りが僕の鼻を擽った。

まさかと思い、僕は動かしている足を早める。

まさか、もしかすると、この匂いは…!

案の定、路地の行き止まりの所に人が倒れていた。

僕はすぐさまその人に駆け寄り声をかける。

「大丈夫ですか!?」

返答はない。気を失っている様だ。それもそのはず、その人の額はパックリと割れていて、そこからは多量の血が流れ出ていたのだから。

僕は速まる心臓を落ち着かせるため深呼吸をすると、鞄を地面に置いてからその人を

ゆっくりと起き上がらせた。怪我している部分、つまり頭を心臓より上にするためだ。

その人の頭を自分の鞄の上に乗せると、僕は辺りを見回した。人はいない。

僕は急いでスマホと取り出して、救急車を呼んだ。住所を伝えている間に、鞄の中から紙袋を取り出し、そしてその中から今日買ったばかりのハンカチを取り出した。

出血している額をそのハンカチで押さえて、直接圧迫止血を試みる。時折唸り声を上げるから「大丈夫ですか?」と声をかけながら僕は応急処置を進めた。

十数分すると、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきて僕はホッとする。

そっとハンカチの下を覗いて見ると、血はまだ出ているものの、先程よりは止まっていて。

サイレンの音が徐々に近付いてくる。

すると、

「ぅ…ぁ、れ…」

その声にハッとして、僕はその人を見た。

その人がうっすらと目を開く。

「大丈夫ですか?僕の声が聞こえますか?」

そう声をかけると、その人は小さく頷いた。

「そう、良かった…。もうすぐ救急車着きますから。立てますか?」

「ん…ごめ、肩かして…」

小さな声でそう言われて、僕はその人に肩を貸す。ゆっくりと立ち上ると、一歩ずつ歩き始めた。

たまに隣から聞こえてくる苦しそうな唸り声。僕はチラリとその人…彼を盗み見た。

救急車のランプのお陰で今度は彼の顔がハッキリと見える。

彼の髪は、地毛か染めたのかは分からないが金髪で、イケメンの部類に入るのだろう顔は全体的に傷だらけだ。

そしてその瞳は、苦しそうで、辛そうで、悲しそうだった。何故だかその目を見ていると、僕の心臓がツキリと痛む。僕はその人から目を逸らした。

ゆっくりゆっくり歩いていき、漸く救急車の前までたどり着いた。救命士と思われる人達が彼をストレッチャーに乗せる。と、救命士の人が僕の方を振り向いた。

「申し訳ありませんが、付き添いをえた願いします。」

僕は救命士の人に言われてストレッチャーが乗った後、救急車に乗り込んだ。



「チョロ子!!」

病院の処置室の前の椅子に座っていると、バタバタと足音が近付いてくる。

僕の名前を呼ぶ声がして、僕はそちらを振り返った。そこにはカラ松兄さんが息を切らしながら汗だくで立っている。僕は驚いて立ち上がった。

「え、カラ松兄さ「チョロ子ぉぉっ!!無事だったかぁぁ!!」」

言い終わる前にカラ松兄さんが僕に抱き付いてくる。凄い力で抱き締められて、僕は兄さんの胸板を叩いた。

「痛い痛い痛い痛い!離してよ痛いし汗臭いから!!」

「あ、ああ、すまない…。」

カラ松兄さんは申し訳なさそうに言うと、パッと僕を離してくれる。

僕は少し痛む腕を擦るとカラ松兄さんを見た。

「で?兄さん何でここにいるの?」

「いきなり病院から電話が来てな。チョロ子が救急車で運ばれたって聞いたからいてもたってもいられなかったんだ。」

「別に僕はなんともないよ。付き添いを頼まれたから乗っただけ。」

「そ、そうか…。」

僕がそう言うと、カラ松兄さんは心底安心した顔でそう呟いた。

「それで、一体誰の付き添いだったんだ?」

「分からないの。名前も知らないし「松野さん」あ、はい。」

カラ松兄さんに聞かれたので答えていると、処置室の扉が開き、中から医者と思われる先生が僕の事を呼んだ。振り向くと、先生は僕らを中に入る様にと促してくる。僕はすぐに中に入った。兄さんは室内に入るのを躊躇っているのか、はたまたどうすれば良いのか分からないのか、オロオロしている。が、暫くすると、意を決した様に室内に入ってきた。

壁際に設置されているベッドの上には彼が横になっている。頭には包帯が巻かれていて、顔にも絆創膏やらガーゼやらが貼られていた。近付いて顔を覗くと、彼は目を瞑り寝息を立てていた。近くで見るとやっぱりイケメンだ。

何故こんなに傷だらけなんだろうかと疑問に思っていると、後ろで覗いていたカラ松兄さんが声をあげた。

「え…、おそ、松…!?」

「兄さん、知ってるの?」

僕はカラ松兄さんを見て目を見開く。

兄さんは驚いた様な表情で彼をじっと見つめていた。

「知ってるも何も、俺のクラスメイトだ。明るくて陽気なお調子者だから人気者なんだが…。」

「?だが、何?」

急に言葉を濁し始めたので、僕は兄さんに続きを話すように促す。カラ松兄さんは息を吐いた。

「…この街とか隣街とかで不良と喧嘩をしているんだ。おそ松は強いから十数人は一人で倒せる。あまりの強さにここら辺の不良達は静かになったんだ。だがおそ松の噂を聞いてこの街に訪れてくる不良は後を経たなくてな。」

「…へぇ。ってか何で兄さんがそんな事知ってるの?」

「ああ、今はたまにしかしていないが、高校一年、二年の時は俺もよくおそ松と組んで喧嘩をしていたんだ。」

…は?何それ聞いてない。

「おいどういう事だクソ「あの、よろしいですか?」…すいません。」

また遮られた…。

後ろにいた先生に向き直る。

「それで、彼は大丈夫なんですか?」

「はい。命に別状はありません。今は麻酔で眠っていますが、治療前はちゃんと意識もありましたし問題はないでしょう。ですが念の為、今日一日は入院させましょう。」

「そう、ですか…。」

僕はホッと息をついた。

良かった、と、心の底から思った。

僕は先生に向かって頭を下げる。

「ありがとうございました。」

「いえ。それにしても、松野さんは医師を目指しているのですか?」

「え?」

「応急処置の仕方が完璧でした。間違った処置をしてしまうと命が危険に晒されてしまいますので。」

成る程、と僕は思う。確かにあの怪我は下手に処置したら出血多量で危なくなってしまうだろう。

僕は実は医師を目指している。今はまだ高二だが、既に医大入試にむけて勉強してる。勉強の成果がここで発揮できて僕は優越感を感じた。

僕はもう一度彼を見つめながらその金髪を撫でる。

(…早く良くなるといいね。)

僕は彼の頭から手を離すと、兄さんと先生に頭を下げてから病院を後にした。


***


そんな出来事があってから約一週間が経った。

僕と兄さんは学校は別々だが途中までは一緒なので、その日も一緒に学校へ登校していた。

他愛のない会話をしている時。

「カーラーまーつー!!」

後ろから声が聞こえてくる。兄さんが振り返ったため、僕もつられて振り返った。

そして目を見開く。

後ろから走ってこちらに向かって来ていたのは、一週間前に僕が助けた彼だったのだ。彼は額にガーゼを貼っている。彼の様子からして、順調に治ってきているようで僕は心の中でホッと息をついた。

「ああ、good morning おそまぁつ?珍しいじゃないか、光を苦手とするお前が神々しく輝いているsunの下を歩み聖戦の地へと「イタタタタっwwwあばらがwwあばらが折れるからwやめてよぉww」…え。」

兄さんが常備しているサングラスを目にかけながら彼にそう言うと、彼はお腹を押さえながら大爆笑し始めた。カラ松兄さんはと言うと彼の言っている事がよく分からないのかポカンとした顔をしている。

僕はそんな二人のやりとりをボーッと見ていた。

と、彼の瞳が僕を捉えた。彼の瞳は見つめていると吸い込まれそうになる。僕はドキッとしたがじっと彼を見つめた。

「…君、松野チョロ子?」

「は、い…。」

さっきとは違う真剣な声音で聞かれて、僕はビクッと肩を揺らしながら答える。

すると彼は僕の所まで来てじっと僕を見てきた。

え?何?何で?僕何かした??

そんな事を思いながら警戒していると、彼は急に僕の両手を掴んできた。

「!?」

「あの時は!本っっ当にありがとう!!」

「は?え?ちょっ…!?」

驚いて瞠目した。と、同時に彼がぶんぶんと腕を振ってくる。

「怪我してた俺を助けてくれたの!君だろ!?」

「はぁ、そうですけど…。」

「君に助けられてなかったら俺死んでたかもしんないんだろ!?君は俺の命の恩人だよ!!」

「あ、あの手を離してくれません?」

僕がそう言っても、彼は一向に手を離そうとはしてくれない。段々と混乱してきた。

「おそ松、手を離せ。妹が混乱している。」

「あ!ご、ごめんね!?」

「大丈夫です。」

カラ松兄さんの言葉で彼は僕からパッと手を離す。アワアワしている彼が少しおかしくて僕は笑ってしまった。

「えーと、改めて。あの時は俺を助けてくれて本当にありがとう!俺、松野おそ松!カラ松とはクラスメイトで一番の親友!よろしくな!!」

「僕は松野チョロ子です。カラ松兄さんの妹です。よろしくお願いします。」

彼…松野先輩が僕に手を差し出してきたので、僕はオズオズと手を差し出し、僕達は握手をした。

「ねーねーチョロ子ちゃん!」

「チョロ子でいいですよ。」

「そ?じゃあチョロ子!あのさ!恩返しさせてよ!!」

「恩返し、ですか?」

僕は頭に?が浮かび先輩に聞き返す。

そー!と、先輩は大きく首を縦に振った。

「俺がチョロ子に何が出来るかは分かんないけど、俺なりの恩返しをさせて?」

先輩はニッと笑む。

恩返しか。怪我した人を助けて、その人が僕に恩返しをしたいと言っている。まるで昔話の鶴の恩返しだ。

僕はフッと笑った。

「ありがとうございます。恩返し、楽しみにしてますね。」

そう言うと松野先輩はパッと顔を輝かせて、キラキラした瞳を僕に向ける。

「!おう!恩返し今日から始めるからな!手始めに今日は一緒に帰ろうぜ!」

「はい!」

キラキラと瞳を輝かせる先輩が子供みたいで可愛くて絆されてしまう。


だから、気付かなかったのだろう。

僕がとんでもない奴に気に入られてしまった事に。

--この先、僕が苦しみ、悲しみ、傷付き、後悔する日が来るという事に。



「っ…お、俺を置いて行かないでくれぇぇっ!!!」

聞き覚えのある、情けない声が聞こえてきて、その場に立ち止まり後ろを振り返ると、カラ松兄さんが涙目になりながら僕達を追って来ていた。



………next continue