雪華本丸 奮闘記

ひいす
@stellato_12

01.制限付きの女審神者

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ふと何かの機械音が聞こえて、私は目を開けた。

眠気の抜け切らないぼんやりとした視線の先には見慣れない天井があり、そこから下へ伸びた薄いカーテンのような白い布がふわりと揺れる。

しばらく緩慢と瞬きを繰り返し、大きく深呼吸したところで、私はようやくここが医務室であることを思い出した。



「(……そうだ。確か、私……【霊力制御装置ヴィータ・システム】を施術するために、特防省本部の技術開発局まで来てたんだっけ……)」



視線だけで辺りを見回してみると、左腕から点滴の管らしきものや複数本のコードがあちこちに伸びていて、その先には先程から聞こえていた規則正しい電子音を響かせる医療機器類があった。

どうやら口にも酸素吸入のためのマスクが着けられているようで、何だか少し息苦しい。



「…………?」



ふと右手の違和感に気付いて見てみると、そこには私の手を握ったままベッドに突っ伏して眠る金髪の青年がいた。

閉じられた双眸の下に薄っすらと出来た黒は、果たして彼の長い睫毛が落とした影なのか、それとも。



「くに、ひろ…?」



思いの外、口の中が乾いていたようで嗄れたように掠れた小さな声しか出せなかったけど、何とか大切な彼の名を口にする。

するとピクと小さく瞼が震え、ゆっくりと開かれた美しい蒼と目があった。



「………っ、聆音…!」



次の瞬間、彼は___山姥切国広は、慌てたように身を起こすと、同時に絞り出すような切なげな声で私の名前を呼んでくれた。

その表情には憔悴と不安と安堵が入り混じったような複雑な色が浮かんでいて、少しやつれたような印象さえある。



「身体の具合はどうだ?どこか痛みは?………聆音、俺がわかるか?」


「ふふ……しつもん、ばかり…ね。くにひろ…は」



思わず私が笑い声を漏らせば、今度こそ国広は安心したのか、大きなため息を吐いて、項垂れるように掴んだままの私の手に頭を擦り寄せてきた。

どうやら物凄く心配を掛けてしまっていたらしい。

私は小さく息を吐いて、手に触れている頭をそっと撫でてみる。



「……しんぱい、かけたね。ごめん…ね?」


「___アンタは知らないだろうが、3日間も眠りっぱなしだったんだぞ。もしかしたら俺はこのまま主を失うのではないかと、そんな悪い考えばかりが何度も何度も、頭を過ぎって、怖くて……」



無事で、良かった。

真っ直ぐ私を見つめる国広の気持ちが痛いほど強く伝わってきて、私は思わず涙ぐんでしまった。

切ないのに温かくて、繋がれたままの右手にぎゅっと力がこもる。



「……ごめん、ね。ありがと…」



精一杯の気持ちを込めてそう言うと国広はしっかり理解して受け止めてくれたようで、僅かに、けれどとても穏やかで優しい微笑みを返してくれた。

それが嬉しくて、私もまた微笑みを返していると、不意に医務室のドアがノックされ、プシュッと空気が抜ける音と共に白いドアが自動でスライドする。

そこに立っていたのは___命の恩人にして、私を審神者の道へ誘った張本人・石動亮司いするぎ りょうじだった。



「……目が覚めたか、聆音」



安堵したように言葉をこぼした亮司は、すぐ後ろに控えていた看護師の女性を引き連れて部屋に入ってくる。

そして、看護師にテキパキと指示を出してから私が横たわる白いベッドの足元のほうに腰を下ろすと、私たちに向き直った。

相変わらずの草臥れたスーツ、適当に1つに纏めた長い髪と無精髭という野暮ったい姿をしていたが、眼鏡の奥の垂れ目にはどこか鋭ささえ感じる眼光が見え隠れする。

そんな彼は、私から酸素マスクが外されて、コップ一杯のお水を頂き、私が充分にノドを潤すのを辛抱強く待ってくれてから口を開いた。



「で、気分はどうだ?」


「もう大丈夫よ、心配かけてごめんなさい」


「気にすることはない。むしろお前が無事で何よりだ___っと…お前の【番犬セコム】がおっかねぇ顔して睨んでくるから、サッサと本題に入るか」



冗談めかしたように肩を竦めてそう言い置いてから亮司は今回の施術結果や私の体調などについて簡潔かつ解りやすく話してくれた。

曰く、施術自体は成功に等しい成果を得られたし、制御装置の稼働状態や限界値の測定、それに伴った安全対策と新たな問題の浮き彫り化に加え、別アプローチからの改良方法や装置の形状の新提案など、正しく【人間の被験体】がなければ得られなかった新しい情報が目白押しだったらしい。

とはいえ、万全な安全管理体制下で行った施術でも私への影響は完璧に防ぐことは不可能だったため、私の身体は昏睡状態に陥り、回復するまでに3日の時間を要したそうだ。



「___バイタル確認、正常値まで回復しました。退院しても問題ありません」



一先ずのバイタルチェックを無事にクリアした私は看護師さんから退院許可を頂き、それを聞いてホッとしたように亮司と国広が小さく息を吐いた。

とはいえ、しばらく経過観察が必要であるとのことなので当面の間は通院することになるらしい。

そして機材の回収をした看護師さんが一度退室したのを確認してから、亮司が続きを話し出した。



「ま、そういうわけで…施術後の後遺症で2、3日身体が気怠く重いし、耳朶の痛みからくる発熱やら頭痛もあるはずだ。不便でスマンが、処方した薬とレンタルの車椅子で過ごしてくれ」


「分かったわ」


「それと最後に。今後のお前の体調次第ではあるが問題なければ来月末の採用試験を受けてもらうぞ、既成事実を作るためにな。そのための"講習アカデミー"も俺がこのまま担当することになった」


「アカデミー?」


「ああ。お前はもう知っていることも多いが、審神者として必要な技術や知識を学んでもらうための勉強会ってヤツさ。んで、正式に採用するための実技試験が来月末にある。まぁその試験内容ってのが、基本の方術である結界術と手入れ術、そして___実際に刀を励起し、最初の刀、つまり初期刀を顕現させることってワケだ」



亮司はそこまで説明した後、少々複雑そうな表情を浮かべて私と国広の顔を交互に見てくる。

不思議に思って首を傾げると、亮司は「はぁ…」と大きな溜め息を吐きながらガシガシ頭を掻いた。



「お前の場合は異例中の異例、試験を受ける前から初期刀持ちだからな………まぁその辺りは上手いこと『山姥切国広コイツ』を紛れさせておくから、テキトーにやっといてくれ」


「そ、そう……分かったわ」


「また詳しい試験の事とかはアカデミーで説明するとして、とりあえず今日はこんなところか」



亮司は「よっこらせ」と溢しながらベットから腰を上げると、ジャケットのポケットからタバコの箱を取り出した。

そして1本出して咥えようとしたところで、何かを思い出したように、あ、と呟く。



「そういやアカデミー受講中の研修生は、本来なら寮に入ってもらってるんだが………お前は事情が事情だから、俺の社宅のゲストルームを貸してやるわ。ついでに講習もやっちまうか、俺がラクだし」


「………聞けば聞くほど、いい加減で心配になるな。聆音、本当にコイツでいいのか?」


「失敬な。これでも仕事は、真面目にやるぜ?」


「フン……どうだかな。まぁいい、俺は聆音あるじに従うだけだ。あとタバコを此処で吸うな」


「わーってるよ、出しただけだろうが」



国広からお小言をもらってしまった亮司は、どこか煩わしそうに片手を振ると、手にしたタバコを今度こそ咥えながら私を見やる。



「そんじゃ、支度を整えたら社宅に向かうか___さぁて山姥切国広よ、レディの身支度に野郎どもは不要だ。行くぞ」


「………ふん、言われずとも解っている」



不服そうに亮司に答えた国広は、立ち上がりがてら私の顔を見やると、一転してとても穏やかな表情と柔らかく甘やかな声音で「外で待ってる」と告げてきた。

刹那、それはそれは本当にさり気ない所作で私の頬に片手を添えると瞼にキスを1つ落とし、まるで何事もなかったかのように亮司の後に続いて医務室を出て行ってしまう。

残された私と、戻ってきたところで偶然居合わせてしまった看護師さんは、ただただ唖然と彼らの背を見送るしか出来ないのだった。





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