心臓

~心臓に愛を刺して~

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 煉華が俺を庇って異能適応法執行員に捕縛された。こんな表現は女みたいだが、胸が張り裂けそうな思いだった。

 そもそも嫌な予感はしていたのだ。落ち付ける場所も、食料もほとんど無いこの状況は、俺たちに、否、煉華に不利過ぎた。煉華を荒地で拾ってきてから、栄養バランスを考えた食事を与え続け、最近やっと体調が落ち着いてきた矢先だったのだ。異能者捕縛適応法とかいう、俺たち異能者の肩身を狭くする法が施行されたのは。そして恐らく早々に捕縛された末端の構成員が、この場所を喋ったのだろう。マフィア本部に大勢の執行員が雪崩れ込んで来た。あまりに突然の事で何の反撃も出来ず、構成員たちは散り散りになった。俺も煉華の手を引いて路頭を迷う羽目になった。


 最初は何てことなかった。奴らが襲って来ても、俺と煉華の敵なんかじゃァない。俺が前に出て奴らをぶっ飛ばし、俺がぶっ飛ばした奴に煉華がトドメを刺しながら異能で俺のサポートをする。いつも通りだ。だが、次第に奴らに襲われる機会が増えて来る。その辺の道を歩けばすぐさま適応法執行員が飛んで来るし、食いモンを買おうとコンビニに入れば、店員が慌てて何処かに電話をかけていて、その後は必ずと言っていい程奴らに遭遇する。ふと、ビルの壁に貼られた紙が目に入った。それはどうやら手配書のようだ。言わずもがな、異能力者の手配書である。武装探偵社の面々は勿論、俺を始めとしたポート・マフィアの連中の顔もそこにはあった。幸い、というべきか煉華の顔はなかったものの、これで納得が行った。これのせいで、俺と煉華はますます肩身が狭くなっているのだ。

 それからは、とても買い物なんて出来たものではない。大通りすら歩けない。手配書の顔となれば、追って来る執行員の数も今までの数倍に跳ね上がり、そろそろ俺と煉華だけでは対処しきれなくなってきた。と言うのも、食い物が手に入らない事による煉華の体調不良が目に見える様になってきたのだ。元々少ない体力が更に低下し、顔色も頗る悪い。必要以上に動かせば消耗して異能を使えなくなってしまうかもしれない。そうなればますます俺たちはやばい。執行員は異能力者を見つけると、まず手持ちの武器で俺たち異能力者の異能を無効化する。彼らの持つ銃火器の弾には、異能無効化の効力があり、それを受けると一定時間、異能を発揮出来なくなるのだ。そして、異能力者は異能が発揮出来なくなったことに慌てふためき、その隙に執行員らは異能力者を捕らえる。異能無効化のそれは物によって効力の発動範囲が異なるらしいが、そのほとんどが異能力者の体に触れて初めて発動する。つまり、執行員からの攻撃を受けてしまえば、異能者は己の最大の武器である異能をたちどころに奪われ、捕縛されたも同然なのだ。とは言え、俺は攻撃を異能に頼りきっている訳ではない。雑魚なら異能を使わずとも殺せる。だが、不測の事態に備え、異能は常に使えるようにしておきたい。ここで役に立つのが煉華の異能だ。彼女の異能は、力の強弱の操作。あらゆる力に干渉し、その力を強めたり、また弱めたりも出来る。煉華はこの異能で主に俺の身体能力を増幅させ、サポートを行っている。この異能があれば異能無効化の銃弾が発射されても、着弾する前に火薬の圧力を相殺し、着弾を防ぐ事が出来るのだ。だがもし、煉華のこの異能が発動できなくなってしまえば、捕縛の危険性は数段上がるだろう。最悪、俺は体術で何とかなるかもしれないが、煉華はそうもいかない。煉華は異能で自分の身体能力を増幅させないと、まともに戦えない程貧弱なのだ。幾ら俺でも、そんな煉華を守りながら逃げ回るのは骨が折れる。だから、早急に煉華の体調を整えてやる必要があった。


 そんな時、俺と煉華はとある路地に迷い込む。そこでは同じようにして路頭に迷った異能者が挙って身を寄せ合っていた。俺たちはそこでしばらく羽を休めることにした。この頃からだ、嫌な予感がし始めたのは。疲弊しきって眠る煉華の顔を見ながら俺は考えた。これから先、俺たちの力じゃどうしようもない事が起こる気がする。太宰ほどじゃないが、俺の予感もまあまあ当たる。それを未然に防ぐにはどうしたらいいか。今の横浜には、俺たち異能者が腰を落ちつけられるような場所は何処にもないだろう。よって、安全な場所に身を隠すという選択肢は自然消滅。そもそも、俺と煉華がここまで厳しい生活を強いられるようになったのはあの手配書のせいだ。あれさえなければ一般人に紛れてのうのうと生活できていただろう。少なくとも、今よりは楽だったに違いない。そう考えると、煉華は完全に俺のとばっちりだ。俺が追われるから、煉華も追われる。ならば、せめて煉華だけでも何とか逃がしてやりたい。彼女一人くらいなら何とかこの横浜から出してやれるだろう。



 煉華とはもうすぐ一年の付き合いになる。荒地で拾って来て以来、様々な事を教え込んだ。孤児も同然だった煉華に言葉は勿論、読み書き、それからマフィアとして必要な体術も叩き込んだ。そう、煉華の体術は俺が徹底的に基礎から叩き込んだもので、その辺の生半可な使い手にはまず負けない。ポート・マフィアでも女の中なら随一と言っても過言ではない筈。そんな煉華を、猫として飼うと決めたのは、ほんの気まぐれだった。気まぐれで拾って、首輪を付けて猫にした。すると、存外懐くのだから気分を良くした俺は可愛がった。そしてこの愛情が庇護欲になり、その庇護欲が恋情に変わるのにそう時間はかからなかった。煉華が俺をどう思っているかは知らないし、どうでもいい。ただ、俺は拾った子猫を愛してしまったのだ。



 だから、本当の所は分かっている。煉華は、俺の傍にいちゃいけねェ。今すぐにでも俺から離れるべきなんだ。けれど、なるべくならそうしたくない。いつまでも手元に置いておきたい。きっと、煉華もそれを望んでいる。だが、そんな甘い事は言ってられない。だから、もしもの時の事を見越して、俺は苦渋の決断をした。


『いいか、これから先、ヤベェと思ったら俺に構わず逃げろ。』


『…手前は強い。俺が保証する。だから、もし一人になっても手前なら大丈夫だ。』


半分本心で、半分嘘だ。確かに、煉華は強くなったし、俺の一番弟子だと言ってもいい。だが、弱点を突かれると彼女は本当に弱い。煉華の弱点は、他でもない俺自身。俺が危険に曝されれば煉華は俺の為にその命を易々と投げ捨てるだろう。そう、俺が躾けて来た。それに、いざ異能が使えなくなれば煉華は技術で勝れども腕力で負ける。彼女の腕力は俺からすれば雀の涙程度。本当に涙が出そうなくらい弱い。同い年の一般人の女よりも弱いだろう。だから、正直煉華はまだ強いとは言い切れないし、一人にするには少し心残りがあるのだ。そんな俺の考えを知ってか知らずか、煉華は俺の言葉にいやいやと首を横に振って俺に飛び付いて離れない。俺だって、手前と離れたくない。出来るなら、ずっと傍で守ってやりたい。だが、そう上手くいかない予感がしている。用心するに越した事は無い。せめて、俺の予感が外れる事でも祈ってろ。しかし、そんな俺の考えが甘かった事を思い知らされる事件が起きた。俺の予感は的中してしまったのだ。




 俺の目の前で煉華が適応法執行員に捕縛される。敵の攻撃に気付けなかった俺を庇った煉華は、呆気なく奴らの餌食になった。恐らく、奴らは疲れた俺たちが足を止めて油断する隙を今か今かと待っていたのだろう。煉華を捕らえたあの鉄線銃は執行員が、主に異能を発揮することが出来なくなった異能力者を捕獲する時に使用する物だ。やられた。俺の予想通り、煉華は自分を犠牲にして俺を守った。直ぐにでも煉華の項に刺さった鉄線銃の先端を取り除いてやりたかったが、如何せん、その鉄線にも異能無効化の薬か何かが塗布されているらしく、迂闊に触れる事が出来ない。俺が狼狽える間に、煉華の項に刺さる鉄線が巻き取られていく。手を伸ばしたが、届かない。煉華の体が、俺から離れる直前、彼女の声が聞こえた。


『大丈夫、怖くないから。』


…そんな訳あるか、お前は俺がいないと何にもできねェ臆病者の弱虫だろうが。怖くない訳、ねえだろ。そりゃあ、俺が傍にいたら怖くねえかもしれねェ。だが、お前はこれから俺と離される。俺は、傍にいないんだ。そうなったら、怖くない訳、ねえだろ。



「煉華ッ…煉華ッ!」


まだ、まだ早い。お前が俺の元を離れるのは、まだ早い、早すぎる!手前は、まだ一人じゃ生きて行けねェんだ!



『中也!早く逃げてぇっ!』

何が、少し心残りがある、だ。少し所じゃない、俺の考えは甘過ぎた。だが、悔しい事に、俺の頭には最善策が浮かんでいる。他に策はないのかと奥歯を噛み締めながら考えを巡らせた。けど、そんなモンはなかった。せめてもの抵抗に、その辺にあった塵箱を力の限り投げ付けてから、地面を蹴った。飼い猫を盾にして逃げるなんて、俺は飼い主失格だ。


 走って、走って、走った。草木を掻き分け、砂利を蹴り上げ、息が切れようがお構いなしに俺は走った。追手など初めからいないのに、莫迦みたいに走った。足が棒になるくらい走って、もう一歩も動けなくなった時ふと顔を上げると、そこに懐かしい建物があった。ポート・マフィア本部。いつの間にかここへ足が向かっていたらしい。額から流れてくる汗を拭うと、棒になった足に鞭打ち、中へ入った。随分と懐かしい感じがするそこは、最後の最後まで居たあの時と何も変わっていない。廊下の所々に血痕があり、その付近に折り重なるようにして死体が積み上げられている。とにかく今は休みたかったので、かつての自分の執務室へと向かった。

 思った程そこは荒らされてはいなかった。てっきり執行員の監察が入って、重要機密がごっそり持って行かれたのかと思いきや案外そうでもないらしい。ソファや机などの家具が所定の位置から少しずれているだけで、目立った損傷はない。帽子を机に投げて、ソファに沈む。閉じた目の上に腕を乗せるといつの間にか眠ってしまっていて、気がつくと、この部屋に来てから三時間が経過していた。体を起こして帽子を頭の上に乗せると、部屋の外から人の声が聞こえる。足がついたのだろうかとなるべく足音を立てずに扉へ歩み寄り、扉越しに聞き耳を立てれば予想外にも聞き覚えのある声が聞こえたので、思わず部屋を飛び出した。するとそこには、予想通りの人物の姿が数名の構成員と共にあった。

「…中也…?おぬし、中也ではないか!」

久しぶりに見る姐さんの顔は少し窶れているように感じる。だがそれも、今の俺の頭には長く居座らなかった。聞けば、数名の上層部の人間がここに戻って来ているらしい。流石に首領の居場所は掴めていないらしいが、俺たちの首領だ、何ら問題はないだろう。

「…中也よ、おぬし、一人か?」

姐さんが俺の周囲をきょろきょろと見回す。時が止まったように、俺は何も言えなかった。普段、俺をからかう姐さんも、今ばかりは悪気はこれっぽっちもない事くらい分かっている。

「シャトンはどうしたんじゃ?」

だから、こんな事を聞くのは、何ら不思議なことではない。そう言い聞かせるのだが、どうしても姐さんが恨めしかった。

 洗いざらい吐いた。俺のせいで、煉華が捕縛されてしまった事、そして俺は一人、ここまで逃げて来てしまった事。案の定、姐さんは哀しげな顔をした。姐さんは、それなりにシャトンを可愛がっていたからだ。

「…それで、これからおぬしはどうするんじゃ。」

これからの事なんて、何も考えていなかった。あまりにも、自分が不甲斐無さ過ぎて先の事など頭にない。自棄にさえなっているのかもしれない。黙り込む俺を見て、姐さんが小首を傾げた。

「なんじゃ、助けに行かぬのか?」

俺は、弾かれたようにぱっと顔を上げた。真逆、姐さんの口からそんな言葉が出るとは思いもしなかったのだ。姐さんは、女には優しいが、腐ってもマフィア幹部。捕らわれた部下を助けるなどという真似はしないと思っていたし、少なくとも過去の任務で、姐さんがそうするのを俺は見た事がない。着いて来れない者は切り捨てる、それは最早、マフィアの暗黙のルールのようなものだった。

「お前、あんなに大事にしておったのに、用が済んだら捨てるのかえ。案外冷たい男じゃのう。」

「ッ、違ェよ!」

俺だって、出来るものなら今すぐにでも助けてやりたい。あの時だって、本当は執行員を殺してでも煉華を取り返したかった。だが、出来なかった。煉華が奴らの手にある以上、下手に手を出せなかった。煉華の弱点が俺であるように、いつの間にか俺の弱点も煉華になっていた事に今、気付いた。

「今頃、シャトンはどうしておるのかのう。怖くて泣いておるかもしれんのう。」

姐さんの言葉を聞いて、俺は離れ際に聞いた煉華の言葉を思い出す。そうだ、きっとアイツは鳴いている。アイツは、俺がいないと何も出来ないのだから。怖くて、何も出来ずに唯唯怯えて俺が迎えに来てくれるのを待っている筈だ。それなら、俺がしてやれる事は一つ。

「…姐さん、捕縛された異能者が何処に連れてかれたか分かるか。」

俺の言葉を聞いた姐さんはいつものように、袖の長い着物で口元を覆って笑った。笑いたきゃ笑え。莫迦にするならしやがれ。こんな姿、アイツにさえ見られなきゃ何でもねえよ。




 そうして、数週間が経った。この間に本部に戻って来た構成員総出で煉華救出作戦が練られ、今日はその実行日だ。作戦に抜け目はない。何度もシミュレーションを重ね、あらゆる可能性を考え、その対策も行った。必ず成功する。させなければならない。煉華が捕らわれているのは、横浜の街の郊外にある異能者収容施設。ここに捕縛された異能者たちが揃って収容されている。この施設は主に二つの施設で成っていて、建物の上層階が研究施設、そして下層階が収容施設だ。そもそも、捕縛された異能者たちがどのような末路を辿っているかと言うと、異能者たちは捕縛された後、然るべき処置をされ、この日本の近未来の動力源となる。近未来の動力源、などと言えば聞こえはいいが、要は実験台だ。新開発された銃火器等の試用対象、つまるところ生きる的にされたり、新薬の投与対象、そして異能解明の解剖対象。人権も糞もない。そしてそれらが行われるのが建物の上層階に位置する研究施設だ。この階層は酷く複雑で、こちらに身柄が連行されてしまえば救出は難しくなる。だが、今は適応法が施行されてまだ二カ月程度。動力源である異能者よりも、研究者の方が人手が足りず、異能者たちは順番待ちをしている所だ。加えて、煉華は捕縛されてからまだ一カ月も経過していない。未だ下層階の収容施設にいると考えて間違いないだろう。


 作戦はこうだ。まず、施設を取り囲むコンクリートの外壁の東側を破壊して敷地内へ侵入する。この侵入は派手に行い、騒ぎに駆け付ける執行員たちをなるべく多く東側に集めるのが目的だ。執行員たちが東側に集中した所で、今度は別部隊が警備の手薄になった対角線上にある西側の壁を破壊して同じく敷地内へ侵入。侵入に成功すると同時に両部隊共、施設内部の所定の位置へ向かう。それぞれの配置に着き次第、味方以外は全員抹殺する手筈だ。東側の部隊の中心は異能を持たない構成員ばかり。適応法執行員のターゲットはあくまで異能者で、異能を持たない一般人に危害を加えると軍警に罪に問われる。それを逆手に取り、東側の部隊は九割が異能を持たない者で構成されている。勿論、指揮の為に黒蜥蜴の立原や異能者の梶井等も在席させてある。変わって西側の部隊は、こちらが今回の作戦の中心で、手練れの少数部隊だ。俺はこの西側の部隊に所属し、単身煉華救出に向かう。施設内部へ侵入後、煉華が収容されている部屋の鍵を奪取し、その部屋へ向かって煉華を救出。その後は、彼女を部屋の通気口から廊下に出し、煉華が通気口を抜け切るまでの間、構成員たちが始末し切れなかった追手を俺がその場で足止めする。その時間は大凡五分程度。あの通気口を抜ける為の所要時間だ。煉華は通気口から出た後、俺が伝えた逃走経路に従い施設を脱出する。その誘導の為に各構成員が施設の所定位置に配置されているのだ。煉華の誘導を最後に行うのは姐さん。彼女の合図で作戦を終了し、撤退する。そう、俺の今回の任務は、煉華を救い出し、逃げ切るまでの時間を稼ぐ事。施設の構造上、一緒に脱出する事は出来ない。それに、あんな敵だらけの場所で俺と煉華は一緒にいてはいけない。そんな予定はないが、もしまた俺が危険に曝されることがあれば、煉華は再び迷いなくその身を犠牲にするだろう。それだけは絶対に避けなければならない。そしてもう一つ、俺には考えている事があった。それを遂行する為にも、俺と煉華は一緒に脱出する訳にはいかないのだ。





 俺は今までずっと煉華を縛って来た。俺の為に異能を使え、俺の言う事を聞けと。従わなければ、躾と称して殴り蹴った。言葉と痛みで支配した。その結果、煉華は俺に忠実で従順な猫に育った。俺がにゃあと鳴けと言えば煉華はにゃあと鳴くし、殺せと言えば人も殺す。幹部と言う立場上、多くの人間を顎で使える俺だが、煉華だけは別だった。彼女を使っている時だけはこの上ない支配感で満たされるのだ。だが、煉華が支配対象から守りたいものに変わった時、俺はようやくその本質に気付いた。煉華を守りたいと、愛しいと思って、ありのままのアイツを見た時気付いたのだ。煉華には心がなかった。もっと言えば、煉華に煉華自身の心がなかった。アイツの心は常に俺で満たされていて、そこには一片の自我もない。いつも俺の事を考え、俺の為に動く。過去の俺なら喜びに打ち震えただろう。だが、アイツを愛してしまった今、それは俺の心に重く圧し掛かる。何処を、どれだけ探しても、煉華が見つからない。煉華の心をどれだけひっくり返して、中に手を突っ込んで探っても、煉華がいない。いるのは、俺だけ。これは、過去の俺が望んだことだった。俺の事だけ考えて、俺の事以外考えられないようになればいいし、そうしてやる。そう思った結果だ。俺は、煉華の心を殺してしまっていた。

 そうなってしまった以上、もう後には退けない。煉華の心にはしっかりと俺が刻み込まれている。アイツは単純で純粋だから、それをどうこうする術を持たない。ならばせめて、これ以上俺が刻まれないように、煉華が自分を取り戻せるように。


『逃げろ。とにかく逃げろ。なるべく遠くへ逃げろ。誰も、俺にも見つけられねえくれェ遠い所に逃げろ。』


俺の姿を見るから手前の心は死んでいく。そして俺も、手前を見ると知らず知らずの内に手前を殺してしまう。なら、視界から消せばいい。俺の姿なんて、忘れちまえ。



『…俺は、手前が生きていてくれるなら、もう俺の隣にいなくてもいい。』


愛した手前が何処かで生きている、それだけで俺はもう、十分だ。十分、なんだ。



『いいか、これが最後の命令だ。逃げろ。逃げたら、お前はもう自由だ。首輪は捨てろ。いいな。』


手前は、猫なんかじゃない。誰かに飼われていい存在じゃない。自分の心の思うままに生きろ。首輪はもう、必要ない。俺に縛られる必要は、もうないんだ。何故なら、手前はもう、自由だから。手前は、人間なのだから。





 俺と離れる事で、煉華に心が戻るなら俺は喜んでお前を手放そう。けれど、きっとお前はそれを望まない。それでも、俺はお前を手放さなければならない。自由に生きろ、誰にも、俺にも縛られず、自由に生きて欲しい。勝手に拾って散々教育して散々愛した挙句、手前を放り出す俺の、勝手な願いを許して欲しい。