或る魔法使いの苦手分野

硝子林檎
@RingoUsagi1020

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 僕の友人は摩訶不思議な異能力を持っている。名前は神秘旅行ミステリー・ツアー。魔法が使える、といった単純な内容だ。


「……茜。」

「…ん…?はぁいー?」

 デスクに堆く積まれた魔術書の山から顔をあげる。見上げれば目眩くほど高く、茜どころか僕の身長すら優に越えている。これがふとした衝撃で崩れてきたら、と思うと背筋がぞぞと冷える。


「…これ。」

「…何?」彼女の手元に、一通。手で封筒をつと滑らせる。紫水晶の目が、僕と、封筒とを、交互に見据える。僕も見つめ返す。


「…見てわかりませんか?」

「分からないなぁ。…だって、宛先。」

異能特務課ウチでは手に負えない…というか専門外だからですよ。」そう。中身は警察から来た、凶悪殺人事件の捜査を手伝ってほしいとの依頼。

 すると彼女は、曖昧に笑って。

「……そんなの、解決できるかしらー。

私、唯のしがない魔法使いよー?」自嘲気味に吐露した。

「貴女の力は本物ですよ。

…種も仕掛けもない、本物の魔法使いです。」封筒を開封し、事件内容など書かれた書面を差し出す。


 本物の魔法使い。そう言うと、果たして彼女は少しだけ嬉しそうに笑った。

「んー、ありがと。

…でも、真逆、貴方の口から魔法使いなんて単語が出るとはねぇー?現実突きつけて、論破して、夢を叩き潰しそうだもの。」


 からからると笑う。朗らかに笑う。確かにそうだ、以前は。そんなおかしな存在、存在する筈がないと本気で思っていた。けれど。



 ふうわり、微風が起こって。立ち上がった貴女の纏う衣服が波打つ。髪がざわめく。部屋の空気がゆると揺らぐ。


「………、……………。」


 オレンジ色の夕陽に照らされて、貴女は虚空に浮かぶ何かを夢中になって読み上げる。髪から、肩から、腕から。オレンジ色の光が貴女の体を伝っている。その足元を黒い黒い影が伸びている。ぶつ。ぶつ。彼女の声は唇からひらひら舞って、床に溜まる。


「―見えた。」


 静かに。ただ凛として。貴女は宣言した。


「その女性を殺した犯人は、清掃員の男…、タニガワ。」

 反応を確認するように、僕に視線を遣る。


「…はい。」タニガワ。これは予想外の答えだった。容疑者として疑われていなかったから。然し彼女の力…取り分け、真実を見抜く魔法は、外れた試しがない。


「殺された被害者さんはストーカー被害に悩まされて…?」

「いました。」

「タニガワと被害者さんは接点が…?」

「あります。」

「なら80%当たってるわー、たぶん。今度代わりに警察の仕事手伝いに行くからー。」

 皮張りのソファに腰掛けて。きゅらきゅらと回る。回りながらも満足したようなしたり顔を浮かべている。80%などと言いながら、本当は自分の力を疑ってなどいないのだろう。そんな茜が、ときどきとんでもなく眩しく見える。


「…ありがとうございます。その。今度、」食事にでも。

「じゃー、行ってらっしゃい。また遊びにおいでー。」

 貴女は手をひらひら振って。また僕の想いを遮った。


「…後でまた寄らせてもらいますよ。」

 事件の犯人はわかっても、身近な者の想いには疎いらしい。魔法使いにも苦手分野はあるらしい。…そして僕もこの問題には苦手を感じていた。





「僕の想いが届く日は来るのやら…。」


 職場への帰途で、ぽとりと独り言ちた。胸の中の想いは、きっと鈍色の煙を上げて燻っている。真上に広がる空もどよと鈍色に染まっていた。鼻の奥がきゅんと痛んだ。


 ひらり、と鼻先を白い欠片が舞う。雪。はたと気づいたが、それは果たして雪なのか。僕の周りには手を繋いだ恋人同士の往来が盛んだった。ふと唇から漏れたのは溜息。真っ白な雲のようなそれは、鼻先で風に因り、もろりと崩れ、虚空に溶けてしまう。


 あれは雪ではないのかもしれない。山のような雑踏に押し流され乍ら、通勤鞄片手に電話をする者。独り、恋人の波に流されのろのろと道を行く者。皆、何かを溢れ返るくらい抱えて。そして、苦しげに、くはりと溜め息を吐く。そうして生まれた白い靄が空へ昇り、雲を成し、雪を降らせているのだろう。

 ぶる、と不意にポケットの中のスマートフォンが震えた。メッセージが届いていた。


『美味しいお菓子貰ったから仕事帰りに遊びにおいで』


 絵文字も顔文字も一切無い。茜らしい、相変わらずの少し無愛想な文面だった。けれど、冷えきった心が暖まるには充分だった。

『是非、寄らせてもらいますよ。』

 直ぐに返事をした。とくん、と早くなる鼓動を押さえようと、ふと息を吐き出した。白い靄はまた、ふと伸びた。


 また周囲を見渡して。見れば周りの恋人たちも幸せそうに、吐く息白く、町中をのんびり歩いていた。雪雲を成すのは落胆の溜め息。果たしてそれだけなのだろうか。今、自分は非常に満たされているから。

 残りの職場への道は、今までと打って変わって足取り軽く。あっという間についてしまった。とは言っても、まだ終わりの見えない、今日の業務には閉口したが。



ぴこ、と通知音が聞こえた気がした。

『都合のいいとき、何時でもおいで。待ってるから。』

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