夜明け前

とんでもないプー子@32/49
@tmysn_n_neco

01

この小説は夢小説 (名前変換ができる小説) です。
キャラベルに登録してログインすると、登場人物の名前をお好きな名前に変更できます。





「義勇さん、御帰りなさい」

ガタガタと建て付けの悪い引き戸を開けた途端、こちらに背を向けていた女は姿も見ずにそう言う。


「息災か。

しかし俺以外の者だったらどうするつもりだ。」


確認もしないまま呼び掛けたことを咎めると、


「どなたかが御手紙を下さっていたものですから。

それに、ここに貴方以外の方が訪ねてくるとでも?」


女は膝に乗せていた紙を両手で包みながら、ようやく男を振り返る。

溜め息を吐きながら土間を進んでいくと、女も此方へ降りてくる。


「貴方が来てくださると言うから、久方振りに火を入れたわ。」


パチパチと火の粉の爆ぜる音。

しんとした空気にその音がやけに響く。

真冬でなくとも山中の夜は冷え込む。

冨岡義勇とて人の子で、囲炉裏に近づけば温かみに少し安堵を覚える。

薄明かりに照らされて、女の後れ毛までがくっきりと、義勇の目に映った。


「羽織、火のそばに当てましょう。」


夜露を受けた羽織は肩に重いだろう。

義勇の背に回った女は、羽織の襟に手を伸ばしながらもすでに察していた。

義勇がなぜ今宵、ここを訪れたのか。


襟元を掴もうとした手を、義勇の手がそっと握る。

その手はとても冷たい、とても。


「何も言わなくていい、分かっていますから。」


羽織を脱がせることを諦め、その広い背に頬を寄せる。

いつもより少し、頼りなげな背に思えた。


「瑠璃…」

「義勇さん、御顔を見せて。」


しばらく手を握り締め抵抗していたようだが、観念して指を緩める。

それでも自らその情けない顔を晒す気になれず、瑠璃がゆっくりと自分の面前に回ってくるのを、罰のように待った。

目を伏せていてもそれは逃れられず、むしろそれを求めて来たのは自分だというのに。

瑠璃の小さな手がそっと、けれど遠慮なく自分の両頬に添えられる。


「どうか悲しみを我慢しないで。

全て此処へ、置いていけばいい。」


それだけ言うと、背伸びをして唇を、少しだけ、触れ合わせた。

堰を切ったように、義勇は瑠璃の細い体をきつく、とてもきつく抱き締める。

市井のおなごならばきっと、悲鳴をあげる程痛むだろう。

こんな時ばかりは、此の身体も悪く無いとさえ思える。

腕の中からそっと見上げると、自然と視線が絡まりあった。

眉間に皺が寄っている。

此の顔は怒りで無い、違うのよね。

二人が見つめ合えば、それは即ち百の言葉を交わすようなもの。

瑠璃はただ待つ。

其の唇が迎えに来る事を。

其の手が隅々に触れる事を。

其の目が熱く閉じ、そしてまた見つめる事を。

其の肌が隙間なく自分の其れと合わさる事を。



体温の通わない身体で、彼を抱き締める事は果たして正しいことなのだろうか。

本当に此れが彼の為になるのかと、幾分か思い悩んだものだ。

それでも義勇が求めるうちは応えたいと、いつしか思っていた。

鬼殺隊の柱として生きる道は、いつも彼を律し、駆り立てる。

寂しさも悲しみも、押し殺して進む日々であろう。

いつもは背筋を伸ばし肩で風を切って歩いていても、ここでは少しだけ、背中を丸めてもいい。

寂しさも悲しみも、見て見ぬ振りでは無くなったりしないのだから。

強く戦うこの背中が好きだ。

だからせめて、此のひと夜だけはせめて、胸を張らないでいてと思う。


遅かれ早かれ終わりは来る。

今はただ、この時が恋しい。

この夜に言葉はいらない、ただ一つ、抱きしめ合えばいいのだ。