本と猫と冒険譚

Kuzunoha
@kuzunoha_ff

幕間の話【しおり】

 無骨な指先には不釣り合いな華奢な羽根をくるくると弄び、チャームが立てる小さな音を楽しむアバルウィルフに気付き、パーティの仲間がどうしたのかと声を掛けた。

「珍しいね、そういうの持ってるなんて」

「ああ、餞別に貰ったんだ」

 終わらない旅をする彼らに餞別を贈る人がまだいたとは。少し驚いて、ミコッテは耳を揺らした。

 陽気なミコッテの女性はパーティの姉のような存在だ。年齢だけで言えばアバルウィルフが一番上になるが、女性ならではの細やかさで他の面々の面倒をよく見てくれる。

 本に羽根を挟んだ手元を眺め、ミコッテはゆるゆると首を振った。

「普通の人?」

「そうだね、知り合いだ。ごく普通の、本が好きな友人だよ」

 友人と口に出し、アバルウィルフは少しだけ沈黙した。彼を友人と呼んでよいのだろうか。まだ顔見知りという段階だろうに。

 だが、家をシェアして管理人を任せるほどには信頼している。短い付き合いだが、エル・トは誠実で真面目な人柄だ。間違っても家を雑に扱ったり、本を持ち出して売るような真似はしない。

 それほど信じられるなら、友人でいいはずだ。

「久し振りね、あんたに普通の知り合いができるの」

 友人と言いながら幸せそうな目をするアバルウィルフに、ミコッテは少しさみしげに呟いた。

 この男は、失うことに慣れすぎた。自分たちのような光の戦士は数多いるが、普通の人間はもっといる。そして彼らは、光の戦士ならば乗り越えていけることで、容易く命を落としてしまう。

 それを繰り返すたび、アバルウィルフは一人でいる時間が少しずつ伸びていった。初めて出会った頃はもっと豪快で怖いもの知らずだったのに、英雄視されるようになってからは次第に言動は紳士ぶった穏やかなものに変わり、誰とも深く付き合わなくなってしまった。

 理由は分かっている。世界を動かせとハイデリンにせっつかれる光の戦士に関われば、守られる側にいる普通の人には、どれほど深い仲になっても常に死がつきまとう。

 加えて周りは英雄の言動を見ているのだ。品行方正で誰にでも平等でなければ、自分たちを消したい誰かは大切な存在を狙うに決まっている。

 でも、とミコッテはいつも思う。私達とて人間なのだ。孤独は一番、魂を疲弊させる。

 誰でもない自分を見て、一人の人として触れてくれる魂を、人は誰かに求めてやまない。

 そしてその存在を失った時、どんな強靭な魂も壊れてしまうのだ。

 これから討たなければいけないニーズヘッグも、元を辿ればそうだった。あまりにも偉大な七大天竜であるニーズヘッグにとって、人を信じて人に殺されたラタトスクは最愛の妹であり、唯一無二の妻だったと聞く。

 孤独に寄り添うただ一つの魂。そう思えば、人と竜の違いはどれほどなのだろう。愛しいものを理不尽に奪われ、傷つき血を流し怒りと悲しみに咆哮を上げるニーズヘッグの姿は、いつか来る自分たちのような気すらする。

 光の戦士と言われたところで、強い光は強い闇を生む。絶望の底で闇そのものにならない未来は、誰も――ここまで連れ出したハイデリンすら示してくれないのだ。

「ゆっくりと細く長く続くといいわね」

 光の戦士の誰もが一度は思う闇を払い、ミコッテは笑った。

 見送る人が、待つ人がいてくれるから、遠い異郷の地で「助けてくれ」と頼ってくる人々のために戦える。この一振りが、この一撃が、あの人のいる場所に続いている。そう思えるからこそ、望まれた英雄でいることもできるのだ。

 激動が続くだろう日々の中でも安寧であることを祈る言葉に、アバルウィルフは小さく笑い、ゆらゆらと揺れるチャームに指を触れた。

「そのつもりだ。物静かな人だからね、あまり騒ぐと驚かせてしまう」

 天球儀の中で揺れる石は、エル・トの瞳に少し似ている。

 帰ったら彼となにを話そうか。読んだ本と、旅先のことを少し。それから。

「そろそろ行こ、日が暮れる前にソームアルを越えなきゃ」

 物思いに耽るアバルウィルフの背中を叩いて促したミコッテは、不浄の三塔で思い思いに休憩を楽しんでいた他の仲間達に、荷造りをするよう急かしに行った。

 これからモーグリたちが住むモグモグホームへ向かい、聖竜フレースヴェルグと会うために繋ぎを取らなければならない。

 そして頼まねばならないのだ。最大公約数の幸せのため、貴方の血を分けた兄弟を殺すために力を貸してくださいと。――世界はなんて、残酷で身勝手にできているのだろう。

 もし仮に。ふとアバルウィルフは仮定してしまった。もし仮に自分の友人となってくれたあの黒猫と、自分の名前すら知らない多くの人々の幸せ。どちらかを取れと言われたら、自分はどうするだろう。

 愚問だ。すぐに考えをやめて本を懐にしまい、アバルウィルフはそっと鎧の上から触れた。早くこの旅を終えて帰りたい。彼がいるささやかな時間。本の頁をめくる音だけがする日常に。

 たった一枚の栞が、滅私の光の戦士だったルガディンを、ただの有り触れた一日に繋ぎ止めてやまない。

 望郷の思いは一瞬のこと。顔をあげると、荷造りが終わった仲間を見渡しチョコボにまたがった。

「山頂まで一気に駆け上がり、今夜はモグモグホームのあたりで一泊しよう。私がしんがりで走る、疲れた者は言ってくれ、こちらに乗せよう」

 大柄なグランチョコボは二人乗ってもまだ余裕がある。いつもの仲間たちは顔を見合わせ、いつものようにチョコボの隊列を組むと、一路ソームアル山頂を目指して出立した。