汗ばむ季節(沖田総司)

群青色が次第に薄れ、暁の東の空が陽の光を放ち始める。

屯所近くの壬生寺では、そろそろ朝の

勤行が始まるのか 掃除に勤しんでいた

僧侶達が本堂へと入っていく。


境内の横で、俺は1人刀を振り朝稽古に

励んでいた。まだ初夏には早いものの

少し身体を動かせばすぐに汗ばむ季節になってきた。


「汗って… なんだか鬱陶しいな」


稽古を中断すると、手拭いで汗を拭いながら

近くの石に腰を下ろし ふと思う。

今日の見回り当番は夕刻からで、それまでは時間がある。


「たまには逢瀬に誘ってみようかな…

最近出かけてなかったし喜ぶだろうな」


あの子の顔を思い浮かべながら

何処に行こうかと思案する。


「そういえば、最近 所々で藤の花を

見かけるし、藤棚が見頃の寺にでも

行ってみようか…

でも、あの子は花より団子かなぁ」


俺はブツブツと独り言を呟きながら

朝餉の時間を迎える屯所へ戻るとすぐ

彼女を逢瀬に誘った。


すると思った通り華やぐような笑顔を浮かべ

惜しげもなく喜びの感情を向けてくる。

その真っ直ぐな素直さが愛らしく

俺の心は幸せで満たされていった。


***


そして、少し遠出ではあるものの

白い藤が咲く寺へと2人で訪れた。


「藤といえば紫の印象ですけど

白も綺麗ですね!白い藤の花越しに見える

観音堂も趣があってとても素敵です」


「そう?君も負けてないと思うよ?」


本気の思いを隠すように、冗談めかしながら告げてみる。


「急に何を!からかうのはやめて下さい」


赤くなりながらも、目を細めて景色を

堪能している姿を嬉しく思う。

それと同時に、優しさと凜とした強さの

両方を兼ね備えるかの白い藤と

目の前の彼女の姿が重なる。


俺がここまで恋心に酔いしれるのは

君だけなんだよ?


想いを胸に秘め、この大切な存在を

これから先も決して離れる事なく

守り続けると心に誓った。


***


往復の道のりはそれなりのものだったけど

逢瀬から戻ると休む間も無く夜の見回りの

隊務へと出かけた。


その日は斬り合いや大きな捕り物は

なかったとはいえ、屯所へ戻りひと息つけばもう夜更けだった。でも部屋に戻っても

隊務で昂った神経はなかなか鎮まらない。


月でも眺めてこようかな…


そう思った時、障子の向こうから

小さな声がした。


「沖田さん、お茶をお持ちしましたけど

もうお休みですか?」


思いもよらぬ来訪に驚きながらも

障子を開け部屋へ招き入れる。


「まだ起きてたの?」


「はい、なんだか眠れなくて」


「俺に会いたくて?

君ってほんと俺の事好きだからね」


「そんな事は…」


消え入りそうな声でもごもごと

でも否定しないのは図星なんだろう…

そんな彼女の反応を楽しみ

お茶を飲みながら言葉を交わす。


暫くして会話が途切れると、眠そうだった

彼女がこくりと船を漕ぎ出した。

昼間あれだけ歩けば疲れてないはずがない。

それにあと半刻もすれば 暁九つ(午前0時)だ。


そして… ことんと俺の肩にもたれ

寝息をたて始める。

無防備で無垢な姿は愛らしいものの

相反するかのような

肩からうなじにかけての白い肌の艶っぽさに

徐々に鼓動が早くなり、少しずつ

汗ばむような心地を覚える…


「あーあ 呑気な顔して俺を煽るなんて

次はどうなるか覚悟しておいてよ?」


体が熱くなるこの感覚は

陽気が暖かくなってきた季節のせいだ…

俺は負け惜しみにも似た想いを抱きつつ

愛しい彼女の寝顔に癒されながら

昂ぶる感情を鎮めていった。



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