百合「わたしの腕は彼女のもの」

しおり*創作アカ
@ss0usaku

髪の毛を洗おう

今日は、アオの髪の毛を洗う日だ。


別にアオが髪の毛を洗ってないわけではない。だけど、あまりに雑なのだ。使っているのは石鹸。朝、髪をとかしたりすることもなく、伸ばしっぱなしの髪をぼさぼさとさせたまま仕事をする。

本人がいいならいいんだけど、なんだかわたしは気になっちゃって、初対面の時からどうにかして綺麗に整えさせてもらえないかなと画策していた。あの澄んだ青の髪の毛が、きらきらと輝く様を見てみたい。


とはいえ、この野望を叶えるのはものすごく難しかった。アオはそもそも人に触られるのをものすごく嫌う。メンテナンスのとき、必要になればしぶしぶ触る程度で、人から無意味に接触されることをものすごく嫌がるのだ。

初めてあったとき、服にゴミがついていたのを知らせようと肩を叩いたときなんか酷かった。いきなり持っていた大きなスパナを振り回して、「なにをする!」とキレたのだ。そんなに怒られると思っていなかったから、ものすごく驚いた。運よくスパナを食らうことはなかったが、もうあんな目には遭うまいと、メンテナンスのときも、身をのけぞらせてまで距離をとろうとしていた時期もあった。あれは怖かった。


しかし、どうしても髪の毛は触りたかった。アオに好意を持っていると自覚してからは余計に、触ってみたいと思うようになった。容易ではなかったが、色々あって今、髪を触らせてもらえるようになったのである。そうなるまでに何回かスパナを食らったということはお伝えしておく。



いつものように、ぶすっとしたアオの、その髪の毛にブラシを通す。相変わらずぼさぼさな髪の毛。定期的にわたしが訪ねて整えなければ、ゴミが絡もうがなにしようがあんまり気にしない、ずぼらだ。


「いつも思うのだが、これは何の意味があるんだい」

「アオの髪の毛を整えるためだよ」

「必要はあるのか?」

「わたしが楽しい」

「あ、そう」


相変わらず顔をしかめながら、でも抵抗はしない。ありがたいことだ、もうスパナは食らいたくない。


「ところで今日は、トリートメントをしたいんだけど」

「トリートメントとはなんだ」

「シャンプーの後につける、髪のコンディションを整えるものだよ」

「必要ない」

「あるよ」

「ない」

「ある」

「ない。シャンプーもしなくちゃならないんだろう、面倒くさい」

「全部わたしがしてあげるよ」

「いらない」

「してあげる」

「いい」


延々と続く言い争い。最終的に勝ったのはわたしだった。


「この美しい手で髪の毛を洗ってもらえる機会なんて、そうないと思うけど」

「なに」

「アオの作った、この美しい手で、髪の毛を洗うんだよ。きもちがいいよ」

「それは興味がある」

「でしょう」


よし、よし。


「では、お風呂にいきましょう!」



お風呂で 防水マントを羽織ってもらい、髪の毛を洗う準備をする。

さっき髪の毛をとかしたから、大分扱いやすくはなっていた。しかしこの髪量。なかなか大変だろう。でも、こんな機会を逃すわけない。やっと洗わせてもらえるようになったのだ。気合いいれなくては!


「それでは流しますよ」

「……」


しかめっ面のアオ。お湯自体が嫌いなのかな。犬とか猫みたい。


そのあと髪の毛を洗って(ここでもひと悶着あった)、やっとトリートメントの段階にはいる。今日のために、シャンプーとトリートメントはちょっと高級なものを用意した。できるだけ、髪の毛が美しくなるように。


「なんか甘いにおいがして臭い」

「ちょっと我慢して」


そりゃ毎日石鹸で洗っている人間からしたら、シャンプーの匂いは気になるだろう。そこは少し我慢してもらって。


「髪の毛を洗われるのはどうでしたか。気持ちよかった?」

「僕の作った義手はやはり素晴らしいと感じた」

「それはよかった」


満足げなアオ。かわいい。


「この使い心地だと、毎日の生活にも支障が出ていることもなさそうだな」

「そうだね、とても快適に過ごさせてもらっているよ」

「それはよかった」


アオはにっこりと笑った。


「僕は義手を作るけど、自分で使うことはないから、ユーザーがどんな生活をしているのかは分からないんだ」

「確かにそうだね」

「義手としては最高のものを作っていると自負しているが、やはり使い心地を体験することはないから、今回の機会は興味深い」

「それはよかった」


話ながら、トリートメントを終える。

アオが、こんなことを思っているなんて、想像もしていなかった。いつも自信満々で、自分の作品に矜持を持っている。自分本意なところもある。そう思っていたけれど、ユーザーのことを考えていてくれたなんて、とても嬉しいことだった。


「アオの作品は最高だよ。本当に、出会えてよかった」


感謝してもしきれないほどだ。

生活の中の、ちょっとしたことに、感謝の気持ちを感じる、そんな義手。



「さて、流しますよ~」


トリートメントをして数分。流して、ドライヤーをして、とかして終了だ。


義手の話で和んでいた空気がばきっと凍る。アオの顔もこわばった。


とはいえ、トリートメントしっぱなしなんてこともできないので、アオの顔は無視して若干無理やり髪を流す。


結果は最高だった。つやつやの髪の毛。綺麗に輝く、青。


わたしが見たかった髪の毛。スパナで殴られた甲斐があった。ここまでの道のりは本当に長かった……


「アオ、髪の毛がとてもきれいだよ」

「そうかい」


どうでもよさそうなアオ。


「義手で洗われる気持ちはどうでしたか」

「それは最高だった」


「じゃあまた、髪の毛洗わせてくれる?」


怖々と聞く。

拒否、されるかな。


「……まあ、たまにはよいものかもしれないな」

「本当に!じゃあまた準備しておくね」


嬉しい。髪の毛を触らせてくれるようになったアオ。髪の毛を洗わせてくれるようになったアオ。そこまで、信頼してもらえるようになったわたし。そして、美しい義手。


わたしは幸せだ。



髪を洗ったあと、今日もまたお土産に持ってきたケーキ(相変わらずぐちゃぐちゃだ)をつつきながら、感慨に浸る。

アオと付き合いたいとは、やはり思わない。アオの方も、興味はないだろう。

だけど、少しずつ近づいていく距離に、非常に満たされるのであった。


次はどんなトリートメントをためしてみようかな。とても楽しみだ。