今日の続きの明日が欲しい

浅生@夢
@rnsdrm

2.今剣

左腕をさする。少し前にできた風穴の上に薄皮が張ったところだ。

もうここまで来ればそう無茶をしない限り傷が開くことは無い。だのに、未だ私は自室に軟禁されており、事務仕事以外やることがない。


というのも、負傷したその日、部隊長であった今剣が部隊の全員と合流するが早いかゲートをくぐり抜け、こう叫んだのだ。

「あるじさまが!おおけがを!!みなさん!!たすけてください!!!」

私含めた出陣組全員はえっ、と声に出して驚くに留めたが、部隊に組み込まれず本丸に残っていた男士達にとっては正しく激震であったらしい。

普段から私の身辺について気を張り巡らせすぎているへし切長谷部が誰も追いつけない速度で玄関から飛び出してきた。

「主!ご無事ですか!!」

……大怪我をしたと叫ばれたのだからその質問はおかしいのでは……と思わないでもないがそんなことを気にしている場合ではなかった。

我もわれもと玄関に群がり、戸枠が壁から剥がれそうだ。それでも足らず玄関の先にある大鳥居が見える位置の縁側は色とりどりの装束に満たされている。まさか宗三左文字までいるとは思わなかった。

私が負傷する現場に居合わせたため、良質だろう驚きに喜ぶこともあまり大きな口で制止することも出来ない鶴丸国永が今剣を困ったように見ていた。その後ろにいる堀川国広、次郎太刀、加州清光、大倶利伽羅はなんとも言えない顔でこちらを見て、獲物を追う猛禽類のような勢いで近づいてくるへし切長谷部を見て、また私に視線を戻す。

「長谷部くん!主の布団の用意ができたよー!!!」

縁側にも玄関にも見当たらないと思っていた燭台切光忠は私の部屋で手当の準備をしていたらしい。よくやった、と普段より血色が悪い顔で叫び返し私の手を走った勢いそのままに引っ掴んだ。

「こちらへ!」

もはや声を落とすなどという考えに至らないのだろう。燭台切光忠に返した時と同じ音量で私に言って部屋へ一直線に庭を突っきり始めた。あ、怪我人だけど走らせるんだな、とそこでようやく悟り右腕が脱臼しないように足を動かす。傷口を抑えていた布はその場に残したまま、部屋に待機していた薬研藤四郎に手当をされる。

「へえ、こりゃまた」

と、傷口をすすいで全貌を見た薬研藤四郎は意味深に呟き、手早く包帯を巻いた。主が心配だと部屋に居座る姿勢のへし切長谷部を襖の向こうへ追いやり、寝てなきゃダメだよと起き上がる素振りも見せない私に言いつける燭台切光忠を片手に引きずり、もう片方の手には救急箱をしっかり抱えて彼は出ていった。


その瞬間からこの軟禁生活は始まった。おそらく全員に対して「大将の転婆が過ぎる、みんな協力してくれ」とでも言ったのだろう。私の体調管理に関して、男士全員から絶大すぎる信頼を置かれている薬研藤四郎にかかればこのぐらい造作もないはずだ。

「あるじさまがわるいんですよぅ」

あの日部隊長を務め、今日は近侍として私の隣に控える今剣が幼子そのものの――しばらく陽に当たっておらず屈折しきった私の心には黒いものを背負っているようにも見える――笑顔でそう言った。

「ぼくだってあそべなくてたいくつしてるんですよー?」

言いながら私の膝に頭を乗せてゴロンゴロンと寝返りを打つ。果たして私のせいなのだろうか、と一瞬首をひねり、元はと言えば気を抜いて怪我をした私のせいか、と無理やり納得させる。

甘えるような視線が私を見上げる。あるじさまぁ、と舌足らずに呼ぶ声に誘われて右手を差し向ける。頭頂部が擦り付けられた。

猫のように細められた目が紅く光った。

「あるじさま、もうむちゃはだめですよ。ぼくはずっとそばにいます、あなたのそばに。だから、けがをしようとしてはだめです」

その先の未来を見てきたかのように彼は言う。……そんなに恐れなくても簡単にいなくなりやしないのに。それでもいじらしさに心を打たれてしまう。まるで自分が怪我したかのように痛みを堪える顔。

「ごめんね」

銀灰色の細い髪を撫でる。だまされませんよぅ、と唇を尖らせながらも心地良さげに目を閉じて。

「あるじさま、だいすきです。ずっとそばにおいてください」

幼さ故に偽りも裏もないと信じられる言葉だった。是とも非とも答えられずに黙したのを見て不機嫌だと語りかけてくる目。ごめんね、と囁くように声をかけた。

反論されないように先んじて髪を梳いた。不満げな瞳は揺るがず、けれど梃子でも動かない私を知っているから折れてくれたのだろう、見た目に似合わずゆっくりと深い息を吐いた。