さよなら世界

サルスベリ
@Lagerstroemia_n

リアル非充実 (5)

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【♂】


 海賊生活を長くしているとどこでもすぐに寝つけるし、なにか起こったときは寝起きだろうとすぐ覚醒できる体質になっている。

 誰かが俺の部屋をノックした。

 なんだこの夜更けに。俺はまだ起きなかった。敵襲ならばこんなノックではすまず、夜中だろうと祭り騒ぎになる。ノックの主は俺が起きないことを見越していたのかドアを開けて声をかけてきた。

「マルコ隊長。夜中にすみません。見張り交代で上がりましたドーツっす」

 なにかあればまずは自隊の隊長に報告するのが先だ。十二番隊のドーツがなぜ俺に。

「どうした?」

 手元の時計を見れば三時過ぎだった。

「いや、その、リョウが……」

 その単語で俺は飛び起きた。

「海に落ちたか? 見張りには泳げる誰かいなかったかよい」

 もうサンダルに足を通している。

「いや、落ちてはないっす。ただ長いこと甲板に出てて、さっき俺が上がるときに声はかけたんすけど、なんか元気ないっつうか。この間みてぇなこともあったし、一応マルコ隊長に知らせたほうがいいかと……」

 そんなことでいちいち起こすなと言われる覚悟もしたのだろう。だがいい判断だ。ドーツをねぎらい、足早に甲板へ向かった。

 空気は生ぬるい。新世界の海で天候が安定しないのは常だが、ここ数日は汗ばむ気温が続く。 リョウは甲板の端に座っていた。薄着の寝間着のままだ。俺たちを信用しはじめているのはいいが、いくら『妹』でもそのまえに女であるということをもうすこし自覚してほしい。

「リョウ」

 そっと声をかけると驚いたように目を開く。寝ぼけた様子はなく、むしろ眠気のかけらもないようだった。

「マルコさん。どうしたんですか、こんな夜に」

 こっちのセリフだ。そばにはいつぞやのボトルとお猪口が一つあった。まだ持っていたのか。リョウは飲んでいないらしい。答えを知りながら訊く。

「一人酒かい」

「あ、いえ、これは……」

 俺は隣にあぐらをかく。手を伸ばせば届く距離。肩は触れない距離。リョウが緊張したのがわかる。

 オヤジがリョウに覇気を飛ばしたあの戦闘以降、リョウは変わった。いまではオヤジにはべったりだ。オヤジが食堂にいればせめて同じテーブルに着こうとするし、宴があればオヤジの声が聞こえるところに座ろうとする。甲板で組手しているのをオヤジが見ていればリョウも見ている。あるときはじかれた短剣がぼんやり座っていたリョウの方向へ飛んだことがある。そばにクリエルがいたので大事にはならなかったが、それからはオヤジの足元で見物するようになった。もちろんオヤジはまんざらではない様子だ。  

 何人かと一緒にいるときはたいていリョウは聞き役であまり喋らず周囲を観察している。それは変わらないが、ナースのサーシャとはとくに気が合うようで二人でよく飽きもせずぺちゃくちゃしている。最近ではそこに華部屋の奴らが加わることもあり、先日はナースのキリと華部屋のリリィが香水の貸し借りをしていて驚いた。

「あ、あの、マルコさん、お飲みになりますか?」

 そしてこの言葉遣い。馴染むのとは反比例するように敬語が硬くなっている。ビスタとエースは『鉄壁のリョウ』と言って眉をひそめている。

 リョウの問に首を横に振ればどこかシュンとする。子犬みたいだと思う。

 末っ子のポジションだったエースもいまはリョウに対して立派な兄貴面をしている。歳でいえばリョウのほうが上なのだが、もともとエースの兄気質とリョウの妹気質があるのだろう。イゾウともときどき話をしているようだ。リョウは俺のことを監視役と思っているところがあるらしいから、なるべく俺から離れていったほうが本人にとってもいいだろう。と、達観を装いながらも、こうして夜中に不死鳥を待つリョウにいいようのない温かさと後ろめたさが混ざる。

「最近ちっとも不死鳥さんいらっしゃらないですね……」

「なにか伝えたいことでもあるのかい」

「……いやだなぁマルコさん。不死鳥は鳥ですよ」

 そうやって笑ってごまかそうとする。

「リョウ。帰る方法を探してるんだろい」

 ずっと気付いていないふりをしてきた。リョウは一人で探している。図書室で本を漁ったり熱心に地図を見ていたり。ポポロ島で不死鳥に零した『あんな水、飲まなきゃよかった』の意味。リョウがこの世界に来たのは手順があったのだ。ならば戻るにも方法があるのだろう。

「手伝うよい」

「え」

「自慢じゃないが情報収集は得意なほうだ」

「でもそれってマルコさん、……船長さんに背くことにはなりませんか」

「ならねぇよい」

 これまでも自分から船を降りた奴は山ほどいる。陸に根を下ろしたいとか、自分の船を持ちたくなったとか、店を構えたいんだとか、理由はそれぞれだがそれがそいつの本心ならオヤジは無理に引き留めたりはしない。そいつらのおかげで縄張りの治安が保てたり、冒険を重ねたその船が傘下として戻ってきて目も飛び出るような財宝を土産に置いて行ったりする。

 ともかくまずはリョウの帰り方を見つけることだ。見つけてから考えればいい。オヤジのことやほかのことは。

「あ、あの、ありがとうございます。正直いってすごく心強いです」

 なにを俺は傍観していたのだろう。こんなにリョウがほっとするなら、もっと早くこうすればよかったのだ。

「ところでおまえさんは男と二人きりになるのは嫌なんじゃなかったかよい?」

 俺はあぐらを崩して甲板に寝転んだ。リョウは切羽詰まっているわけではなさそうだし、そうなると俺の体は休息を求めてくる。

「……はい。でもこういう開けた所でしたら平気です。見張り当番の方もいますし」

 すると俺の部屋で寝起きしていたころは相当のストレスだったのだろう。

「なるほどねい。個室がダメなのか。リョウが書庫やリネン室で仕事してるとき扉開けっ放しにしてるだろい。あれはあえてってことか」

「あ、はい。すみません……」

「怒ってないよい」

「あの、マルコさん? お休みになられるならお部屋に戻られたほうが……。風邪ひいちゃいますよ」

「よいよい」

 たしかに俺は寝た。といってもほんの数十分だったと思う。リョウは幼いが子どもではないのだ。勝手に自分で部屋に戻るだろう。瞼を開けて首を捻じれば俺の心臓が跳ねた。リョウの肩を揺する。リョウを拾った日と被さる。あのときは瞬時に飛び退いたが今日は違う。酒のボトルを大事そうに抱きしめ、眠たそうに目をこすりながらか細い声でむにゃむにゃ言っている。どこの酔っぱらいだ。空は白みはじめている。

「あんだけ男嫌いのくせに甲板で寝ちまうなんて、おまえさんもうすこし危機感もてよい」

「……はい。でも、マルコ、さん、いればだいじょうぶ、と思って……」

 俺の呼吸は一瞬止まる。リョウの腕をとって立たせ、どつきながら部屋に送り込んだ。


「で、マルコ。オヤジのとこにはいつ土下座しに行くんだ?」

 甲板で久しぶりに煙草をふかしていると、サッチが足取り軽くやってきた。にやけ具合がいつもの三割増になっている。

「なんの話だよい?」

「しらばっくれても無駄だぜ。ちゃあんと目撃者がいるんだ。リョウちゃんと朝帰りしただろ? え? やっぱおめえを『妹見守り隊』通称『いも隊』におくわけにはいかないな」

 めんどくせ。ってか『いも隊』って……。

「ドーツに訊いてみろよい。俺は子守り役だ」

 こういうことははぐらかすほうがこじらせるので、暇潰しも兼ねて説明した。

「信じらんね! それって、マルコのほうが先に寝たってことだろ? 眠れないリョウちゃんをさしおいて。うわーおめっそりゃないわ。マルコってセックスのあともそんななの? ピロートーク、大事! やることやって俺眠いからお先にって、そりゃないわっ」

「だから話がズレてるよい……」

「だからマルコは女できねぇんだな」

「っは。大きなお世話だ」

「なになに? ついにマルコがあのぺちゃぱいを寝取ったの? うわー、オヤジにぼこぼこにされちゃいなよ」

 ロープを飛び移りながら降りてきたのはハルタだ。

「んなわけねえだろいっ」

「ま、僕はいつかこうなるだろうって思ってたけどね」

「ハルタ、耳ついてんのかよい……」

 くくっと笑ったのは煙管をくゆらせていたイゾウだ。聞いてたのか聞こえてたのか。ゆらゆら俺たちの輪に入りながら言う。

「マルコのその煙草、ポポロ島産のだろ? さて、なぜマルコはポポロ島では禁煙していたのかねぇ」

 俺はイゾウやフォッサのようにヘビースモーカーではない。あれば嗜む程度で禁断症状が出るほどの執着はもともとないのだ。ハルタはにんまり笑いながら声を落として言う。

「不死鳥に臭いが移らないように」

「正解。あいつぁ鼻が鈍いというに念には念をってか」

「勝手に決めつけるなよい」

「うわっ。俺やっぱこのコンビ苦手だわ。こえー」

 サッチは腕を抱えて震えた。

「ようやくマルコが恋をするんだ。なかなかの余興さね」

 俺は煙を吐き出しながら言う。

「悪趣味」

「すげえ相関図だな」

 サッチは顔も声も引きつらせているが、イゾウはケラケラ笑い飛ばす。

「何十年前の話してんだおまえ」

「『いも隊』に対抗して『マルコの恋を見守り隊』っての作る? 通称『まる隊』。僕、旗作ろうかな」

「よし、ハルタおまえからだ。海に投げ込んでやるよい」