夏の日に鈴が聞こえたら

くらめ
@kurame_eg

忍者、鈴、幼女


 シャラン


 何か、どことなく懐かしい音が聞こえた気がした。



 それは八月の十九日。夏がいよいよ本番になり、ここ最近は毎日猛暑日で暑苦しいったらなかった。こんな日はクーラーの効いた部屋でぐーたらしたくなる誘惑に駆られるけれど、一度顔を振ることで弱い自分を追いやる。

 暑い……。

 部屋から出ただけでこの暑さである。家の外に出ればそこらじゅうをビュンビュンと飛び回る太陽光が私の肌に突き刺さることだろう。

「いや、頑張れ私。私は部長。私が一番頑張らなくてどうする」

 うちの吹奏楽部の練習は厳しい方だが、それもコンクールが終わってなりを潜めている。練習再開も来週からだ。しかし、皆が練習しないときに練習してこそ他と差をつけることができる。部長と部員で差を付けることができる。いや、付けなければならない。

 そういうわけで私は今、この暑すぎる世界へ飛び出そうとしているのだ。あー、防音室が家に欲しい……。


 シャラン


 学校への坂道を上っているとどこからか鈴の音が聞こえてきた。

 一つの鈴というより、演奏で使う鈴の音だろう。吹奏楽ではしょっちゅうパーカッションが使っていて、小学校の音楽の授業で誰もが触ったことがあるだろうあの鈴の音。

 鈴の音の聞こえた方向を見るとそこには幼い女の子が立っていた。

 夏らしい白いワンピースを身にまとい、頭には大きな麦わら帽子を被っている。少女の体に対して麦わら帽子が大きすぎて上からだと顔がほとんど見えなかった。恐らく大人用だろう。水色のリボンが涼しげだった。

 身長からして小学生か、それ以下だろうか。

 そして、左手には鈴が握られている。

 いつからいたのだろう。

 その女の子は驚くほどに近くにいて、それなのに驚いていない自分がいる。

「あなたは? そこで何をしているの?」

 しゃがんで、目の高さを合わせる。こんな小さな女の子と喋ったことはないけど、確かこうやって目線の高さを会わせるのが大事とか、どこかで聞いた気がする。

「わたしね、さがしものをね、してるの」

 麦わら帽子で見えなかったが、女の子の目は青かった。しかも髪は綺麗なブロンドだ。

 少しカタコトだけど、これは単純に年齢が低いせいだろう。

「何を探しているの?」

「ニンジャ」

 ふーん、忍者かぁ。

 ……………………。

「お父さんとお母さんはどこかな?」

 とりあえず、とっとと親御さんを見つけて引き渡そう。そして一緒に忍者を探していただこう。親御さんファイト。私は関わりたくない。

「うーん、ツユリわかんない」

 分からないか。そして意図せずこの子の名前が分かってしまった。

 ツユリ。字は分からないが、つゆりちゃんと同じ名前である。うーん、これはほっとくわけにもいかないしなー。別に、名前がつゆりちゃんと同じとかそういうのは関係なく。うん、関係なく。

 こういう場合はどうすればいいんだ。交番か? 交番に連れて行けばいいのか?

「あっちにね、ニンジャがいる気がするの」

 そうして、ツユリちゃんが指をさしたのが君咲学院だった。



 連れてきてしまった。

 交番に連れて行こうとしたのだが、ぐずり、あと一歩で泣きそうになったところで私が折れたのである。くっ、子供って面倒くさい……。

 夏休みだし、そうそう人がいないのは分かっているが、校門を通る時には変に緊張してしまったし、こっちの気持ちも知らず堂々と校内に入るツユリちゃんが少し腹立たしかった。もちろんそんな気持ちは顔に出さないが。

「おねえちゃんはニンジャどこにいるとおもう?」

「少なくともここにはいないと思う」

「ぶー」

 ぶーじゃない。いないものはいないのだ。というか忍者をこの現代日本でみるなら忍者村とか時代劇村とかそんな感じのところに行かないと会えないだろう。

 お互い軽く自己紹介をしつつ校舎の中を歩き回るが、人っ子一人いない。外からは運動部の掛け声などが聞こえてくるが、うちの文科系でこんな暑い中活動している部はいないのだろう。

「あ、だれかいるよ! ニンジャしらないかきいてみようよ!」

 そう言って、ツユリちゃんが私を置いて走り出す。

 ちょっと待って!

 ツユリちゃんが向かった先には君咲学院の制服を着ていない男子がいた。

「なっ、転校生……。そいつから離れてツユリちゃん。妊娠するから」

「にん、しん? それママがこの間なってて喜んでた! 私もする!」

 そう言って転校生に抱き着くツユリちゃん。

「転校生、お前通報するぞ?」

 僕悪くないよね!? とでも言いたげな顔だったが、幼女に妊娠がどうとか言わせたお前は独房で不味い飯でも食っていろ。

 不本意だが、転校生にもツユリちゃんのことを話す。

「え? どうしてニンジャをって?

 ニンジャはね、すっごいはやくてへんなかっこうしてるんでしょ?」

 まあ、確かにそうかもしれないな。

「パパのくににもね、あついときに、みんなのいえにぷれぜんとをくばるへんなおじさんがいるんだって! 鈴を鳴らすと出てくるなんだって! だからツユリあってみたいの!」

「ちょ、ちょっと待って。ツユリちゃんのパパはどこの国の人なの?」

「オーストラリア!」

 転校生と目を合わせてしまい一瞬気持ち悪くなったがそれは置いといて……。

 オーストラリアは南半球だ。つまりオーストラリアの夏は12月。その時期にやって来てプレゼントを配るやつといったらサンタクロースしかいないだろう。

「それサンタクロースじゃ?」

「うん! パパはそういってた! でもニンジャのほうがなまえカッコいいよね!」

 カッコいいか否かだけで名前を変えてしまう子供の発想怖い……。

 にしてもサンタクロースかぁ……。いや、冬だったらいるだろうさ。そりゃそこらじゅうに。でも今はなぁ。

 って、気づいたら転校生がいない。野郎、逃げやがたな。

「あれ? おにいちゃんは?」

「お兄ちゃんはね、卑怯者だからね、逃げたみたい」

「ひきょーもの?」



 解決策もないまま校舎内を歩いていたら、突然電話が鳴った。転校生からだ。

「何、卑怯者」

 あん? 屋上にこい? まあいいけど。

 ツユリちゃんを連れて屋上に行くとそこにはサンタがいた。

「ニンジャ!」

 いや、サンタな、あれは。

 見てみるとどこから調達したのか、全身サンタの格好だった。ものすごく暑そうである。

 しかも、なんか盛大におじいさんっぽく笑ってる。一つ間違えれば悪の総帥っぽい笑いかたである。

「お嬢ちゃん! これを君にあげよう」

 そう言ってツユリちゃんにこれまたどこで用意したのかペンダントを渡す。

「わぁ、ニンジャありがとう! おねえちゃんもありがとう!」

 その笑顔はとても可愛かったけど、少し疲れた……。

 小さなため息とともに一度目を閉じて、もう一度開ける。

 ツユリちゃんは既にいなかった。

「……!?」

 転校生は驚いていない。

「どういうこと?」

 分からない、と。転校生が言った。それに続けてこういったのだ。

 『ツユリちゃんに抱き着かれた瞬間、全く重みを感じなかった』と。

 夏、猛暑日。私の背中を汗が一滴流れていった。

「あ、そうだ。はい、これ。プレゼント」

 転校生が包みを渡してくる。ツユリちゃんに渡していたその場しのぎのプレゼントではなくきちんとしたものだ。

「なんで」

「今日誕生日だよね」

 う、知っていたのか……。

「プレゼントなんて貰うほどの仲か? 私たち」

「まあ、今の僕はニンジャなんで」

「サンタだろバカ」

 なんとなく寒い気持ちと、温かい気持ちが合わさって変な感じだった。


 シャラン


 何か、どことなく懐かしい音が聞こえた気がした。

 それは、誰かが忍者を探している音かもしれない。




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