かっぱつ娘“daughter”と堅物野獣“beast”の演武曲

沙羅/和葉@年1ディズニー
@aobiyori_sara

7 「新人教育からやり直せ!」


 考えるよりも早く、イチコは右足を振り上げルプスの脇腹に爪先を捩じ込む。

 怯んだ隙に首を掴む腕を振り払い、身を捻って男の下から抜け出した。

 男も後ろへ一足飛びするのが、視界の隅に映る。

 二人が移動するのと時同じくして、二人がいた場所に長距離から撃たれたペイント弾が地面に広がった。

 看守役が使う赤色のペイント弾と、囚人役が使う青色のペイント弾。

 あのままあの場所にいれば、イチコもルプスもペイント弾を受けて脱落しているところだった。

 狙撃が行われた場所はどこからだろうか。

 ルプスの動向を気にしつつ、木の影に隠れながら頭の中にうろ覚えの図面を広げる。

 狙撃ということは上から狙って来たのだろうが、木に囲まれたこの場所を正確に狙い撃ち出来る場所があっただろうか。

 頭を悩ませていると、ヘッドフォン型の無線から仲間の声が流れた。


“おーい、今狙撃したの誰だー?”


 ボムの声だ。

 続けて、狙撃した仲間が応答する。


“私です、ピスィカです!すみません、外しちゃいました……!”


 狙撃したのはピスィカだったのか。

 イチコと歳が一つしか違わず、ライフルやピストルを得意とした女性看守。

 得意分野が違うので訓練で一緒になる機会は少ないが、とても腕が良い新人なのだと前にラズがカフェオレに話しているのを横で聞いていた。

 あれは、体力テストがあった後の食堂だろうか。


“まあ、外しちゃったものは仕方ねえ!場所を移動し、次に備えろ。あと……、俺めっちゃめんどくせえ目にあってるから、イチコ指揮代われー!”


「はっ……!?」


 ちょっと待て、リーダー。

 なんで急にそうなった。

 困惑するイチコを置いて、ボムはケラケラと話を進める。


“今、こっちはカフェオレに絡まれてんだ!尻拭いで、後輩のお前が代われ!こういう演習やったことあるんだろう?生き残ってるやつも、今からはイチコの指示に従え!”


 カフェオレに絡まれてると聞いて、カフェオレからクナイを投げつけられ、お返しに訓練用の爆弾を投げつける様子が目に浮かぶ。

 やったことがあるかないかと問われたら、ありだ。

 道場で何度か、忍の演習をやったことがある。

 が、忍の演習と今の訓練は人数も方法も違う。

 来たばかりで、仲間の特性もよく知らないイチコが指揮をとるなど、土台無理な話だ。

 無茶を言わないで欲しい。

 ましてや、こちらはルプスを相手にしているのだ。

 動き出したら、また殺されそうである。

 ルプスの方も狙撃を受けて慎重になっているのか、影に隠れたまま姿を見せない。

 居るのは気配でわかるが、先ほどの様に襲いかかって来ることはなかった。


“じゃあ、よろしくな!新米!”


「まだ、良いって言ってませんけど!」


 イチコの言葉を聞き終える前に、ボム側から爆発音が聞こえる。

 ああ、これはもう再度通信するどころではないな。

 肺にたまった息を吐き出してから、深く吸い込む。

 そして、また吐き出す。

 こうなってしまったら、もうやるしかない。

 ぱちんと両のほっぺたを叩いて、気合いを入れる。

 始まる前に、ボムは言っていた。

 一人でも看守棟まで逃げ切れば勝ちなのだと。

 審判から、囚人役が脱落した報告は流れているが、看守役が脱落したという報告は殆どなされていない。

 看守役はまだ多く残っている。

 残っている囚人役たちで圧倒的な看守役たちを出し抜き、一人でも看守棟まで帰らせるのが、指揮権を(無理やり)渡されたイチコの仕事だ。


「全員で生き残るのは無理……。ならば……」


 腕に自信のある囚人役を使って各個撃破してると敵に見せかけつつ、看守役の目を囚人役に引き付け、看守棟に一番近い囚人役だけを棟まで走らせる。

 無茶で隙だらけな作戦なのは重々承知だが、ボムがカフェオレを、ルプスをイチコが相手している今、それしかない。

 そうと決まれば、まずは仲間の状況把握からだ。

 すっと息を吸い込んで、イチコは殆ど使っていなかったマイクを使いだした。






「……この曇り空で、レーザーサイトを使ったバカは誰だ……!」


 木の影に隠れ、狙撃者と自身と同じように身を隠す少女の動きに注視しつつ、ルプスは吐き捨てるように言う。

 明るい晴れの日ならまだしも(その天気なら使う意味がないが)、曇りの日かつ薄暗い森でのレーザーサイト使用は、狙撃を自白しているような物だ。

 現に、あの小さな女も気づいた。

 爪先を捩じ込まれた脇腹に、痺れるような痛みがまだ残っている。

 その言葉を受け取ったのは、まだ入ってから日が浅いにもかかわらず、ラズの推薦で看守役に選ばれたレモンだった。

 無線の向こうからきゃらきゃらと明るく笑う声が、さらにルプスを苛立たせる。

 目前に居たら、仲間であってもペイント弾の引き金を引いていた。


“ひっどーい!せっかく狙撃を知らせてあげたのに、その言い方はないんじゃないですかぁ?ルプス先輩”


「“クソガキ……!” 新人教育からやり直して来い! 」


“まあまあ、そんなにかっか、かっかするなってー”


 会話の間に、兄のマオが口を挟む。

 声音を聞いただけで、楽しそうな表情を浮かべているのが瞼の裏に浮かぶ。

 怒鳴り返してやりたくなったが今は模擬戦中だという事を思いだし、言葉を呑み込んだ。

 ここで怒鳴ったら、離れた場所にいるあの女の耳に入る。

 返り討ちにする自信はあるが、居場所がわかって奇襲でもされたら面倒だ。

 狙撃犯も、まだ脱落させてないというのに。

 がりがりと親指の爪を噛んで気を紛らわし、今後の動きを頭の中で組み立てる。

 とにもかくにも、今はあの女だ。

 自分で見つけた以上、自分で始末する。


“それで、隊長さん。この後どうする?”


 耳に着けた無線に、マオの声が流れる。

 その後に、看守役の隊長ラズの声が流れた。


“決まってるだろう。偽物と言えど、逃げるやつは見つけ次第、お仕置きだ。これより、各個撃破の体制をとる。ノーモは私と、他のやつは単独行動だ”


“じゃあ、狙撃犯は俺が行きますか。音の距離的に近いだろうし”


“ああ!マオ先輩、レモンの仕事取らないでください!”


“レモンちゃんは看守棟の近くに移動して狙撃してなよ!”


「(うるさい……)」


 女よりも先に、仲間の口を塞ぎたくなった。






 耳に着けた無線から、残り時間の知らせが流れる。

 肺にたまった息を大きく吐き出して、イチコは立ち上がった。

 一度無線を外して、ハーフツインテールにしていた髪を解き、ネクタイの代わりに着けていた白いリボンを使って、つむじの辺りで一つに結ぶ。

 外した無線をつけ直し、マイクの位置も調節する。

 ホルダーに残っている暗器の数を確認し、まだ抜いていない短刀を腰のベルトに差し込む。

 そして、木に生い茂る葉の隙間から、空を見た。

 頭上にある空は、相変わらず黒に近い灰色だ。

 雨が降る前に決着したい。

 制限時間まで、残り十五分。

 無線のマイクに電源を入れて、口を開いた。


「残り時間、十五分を切りました。みなさん、準備はよろしいですか?」


 イチコが呼び掛けると、無線の向こう側から生き残っている仲間たちから声が帰って来る。


“こちら、カルタ、アーデル組。作戦遂行の為、移動開始しました!”


“エリュテイア、足止めなら任せて!”


“ピスィカ、次の狙撃場所に移動中です!”


“アンジー、敵看守黙視確認!現在、距離を取りつつ静観中であります!”


 応答を聞きつつ、頭の中で動きを確認しながら、イチコは言葉を返す。


「わかりました!アンジーさんは、準備が出来るまで交戦しないようにお願いします!……ジャックさん!」


 ボムの次にあたる年長者の男性看守の名を、イチコは呼ぶ。

 今回、看守組に入る予定だったが、戦力が偏るという理由から、カフェオレによって囚人役にされたのだ。

 彼の姉であるラズが、哀れんだ視線を向けたのをイチコは見ていた。

 覇気のない声が、無線から流れる。


“何です?隊長(代理)さん”


「現在、看守棟に最も近いのはあなたです!私たちは、あなたを逃がす為に戦います!なので、絶対に逃げ切ってください!」


 隙だらけで、無謀な作戦なのは重々承知している。

 先輩看守にやらせるような事ではないことも承知している。

 それでも、囚人役がこの模擬戦で勝つためには、看守棟に一番近いジャックが走らなければならないのだ。

 年下の新米看守が務める隊長代理からの檄に、ジャックは飄々と笑って答える。


“……りょーかい!全力で、走らせていただきまっす!てか、本当に足止めお願いするっすよ!最後に集中砲火とかいやっすからね!”


“情けねえなあ!後輩が頑張るっていってんだ!年上の俺たちが踏ん張らねぇでどうすんのさ!”


 ケラケラと笑いながら、ボムが割って入る。

 泣きに近い声で、ジャックが返した。


“だって、ボムさん!あの人たち、自分と何度かすれ違ったけど、無視したんすよ!これ、あいつは後ででいいやって魂胆でしょ!見え見えっすよ!あの人たちは俺をいたぶって、楽しむつもりなんだ!”


“考え過ぎであります!”


“後ろはこちらで守りますから、大船に乗ったつもりで走ってください!”


 ジャックの主張に、ボムは笑って返し、アンジーとカルタが声援を送る。

 無線から流れて来るやり取りを聞いているうちに、イチコの引き締めた頬が緩みそうになった。

 本番はこれからなのだ。部隊を預かった身として、気を緩めている場合ではない。

 ジャックの言うことが本当なら、看守役は若手を先に殺しに来る。

 好都合だ。

 こちらの作戦としても、望ましい展開だ。

 イチコは口角をつり上げた。


「カルタさんの言う通りです。ジャックさんの背中は私たちで守ります!ピスィカさん、射撃地点に着いても無理な発砲はしないように……確実な狙撃をお願いします!」


“わかりました!”


「時間はありませんが、各自慎重に。向こうは殲滅戦の体で来ますが、こちらは大将戦のつもりで行きましょう。こちらが負けたとしても、相手の合流に時間がかかるよう、お互いの距離を気にしつつ戦闘を開始してください」


“カルタ班了解!”


“エリュテイア了解!……作戦開始地点に到着しました!”


“アンジーも了解であります!”


 力強い応答にイチコは覚悟を決め、息を吸い込む。


「では……防衛戦開始……!」





 森が見渡せる丘の上に、今は使われていない寂れた櫓(やぐら)とその隣に長身の木が植えられている。

 森と呼ばれているが、木々が植えられていない開けた場所が複数あり、使われていない倉庫も点在している。過去の戦いで焼け焦げた場所もある。

 さらに、戦闘中なのか森の一角から煙が上がっていた。

 櫓の屋根から双眼鏡を覗いていたレモンは、息を吐いて双眼鏡をおろす。

 彼女は、目印となる場所を起点に敵の動きを確認しつつ、仲間に伝える役目を担っていた。

 状況によっては狙撃もありと言われているが、狙撃は自身の居場所を伝える動きでもある。

 先ほどは狙える地点に敵(イチコ)がいたことと、仲間に敵の狙撃を伝える為に撃ったが、その仲間にとっては余計な行為だったようだ。


「あんなに怒らなくてもいいのに、失礼よねえ……ん?」


 森の中、三ヶ所から同時に煙が上がる。遅れて、爆発音。

 煙の上がった地点は、森の中心部にある倉庫を囲い込むように三地点から上がっていた。

 三地点を線で引くと、正三角形が出来上がる。

 看守棟からは離れた場所だ。

 勝てる見込みがなくて、自暴自棄になったか。

 無線のマイクに電源を入れて、レモンはラズを呼び出した。





 耳に届いた爆発の音を聞き、ボムは唇を三日月の形にする。


「おっぱじめやがったな!」


「イチコの作戦ですか。来たばかりのあの子に指揮権を渡すなんて、随分と大きな賭けに出ましたね」


 ボムの相手をしていたカフェオレが、クナイを放ちつつ言う。

 投げられた物を、至急されたペイント弾入りのピストルで払い、お返しと言わんばかりに訓練用の手榴弾を投げつけてから、ボムは口を開いた。


「賭けじゃないね!他の奴がやりたがらないから、お前の後輩に白羽の矢が立っただけさ!」


 手榴弾の爆発から逃れるため、カフェオレは後退し木の影に身を潜める。

 訓練用とはいえ、威力は十分にあるのだ。

 破裂した音が鼓膜を震わし、煙が辺りに立ち込める。

 辺りが落ち着き始めたところで、カフェオレとボムは再び対峙した。


「それでも、賭けにかわりはないでしょう。さあ、続きをしましょうか。ボム先輩」





 背後で立ち上った煙に、オルトスは目を見開く。


「何……っ?」


 流れて来る煙を吸わないよう口元と鼻を腕で隠しつつ、煙を睨む。

 刹那。

 小柄な影が、煙の中から飛び出して来た。


「各個撃破!で、ありまーす!」





 森の至るところから、煙が上がる。

 それと時同じくして、イチコとルプスは同時に言葉を吐き出した。


「“よし……”」


「行くか!」

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