BL「その涙を僕にください」本編完結

しおり*創作アカ
@ss0usaku

お題「一つだけ空いた席」

念願の、武道館当日。

孝信にチケットを渡してから、僕は孝信と顔を合わせていない。

僕たちの武道館ライブの日程と、孝信のすきなミカさんのライブの日程が被っているから。きっと、孝信は悩むに違いない。そんな彼を見ているのはつらいし、きっと僕は「どうしても来てほしい」とみっともなく泣いてすがり付いてしまうに違いない。ミカさんのことが好きだというところも含めて、僕は孝信が好きだ。だからミカさんより、僕を選んでくれとは言えない。……でも、今回ばかりは来てほしかった。ミカさんより、僕を選んでほしかった。

難しいことだとは、理解していたけど。



本番。

今日ここに来られたのは、孝信のおかげだけど、でもそれだけじゃない。今まで応援してきてくれたファンの人や、スタッフ、それから他のメンバーたち。いろんな人のおかげで僕はここにいる。そのみんなのために、僕は精一杯パフォーマンスをしなければならない。孝信が来ていようと、来ていまいと。そこは、アイドルとして、絶対にやり遂げなければならないことだ。みんなを楽しませること。成功させること。それだけを考えて、ステージに上がる。



客席はぱんぱんに埋まっていた。チケットも完売だと聞いたし、想像はしていたんだけど、それを上回る人々の多さに、足がすくむ。ペンライトの光に、人々の声援に、心臓が爆発しそうだ。だけど、やらなくちゃ。

見ないでおこうと決めていたのに、やっぱり孝信に渡したチケットの席を見てしまった。


……そこに孝信はいなかった。人々で満杯の客席のなかで、ひとつだけ空いた席。

ぐっと拳を握る。覚悟はしていたけれど、つらかった。こんなことを考えている場合じゃないと思っても、涙が出そうだ。孝信はミカさんをとった。孝信じゃなくても、ミカさんのライブに行くのかもしれない。ミカさんたちは、アイドルとして10年の月日を重ねて、ずっと活動してきたから、人気があるのだ。孝信だけじゃなくて、他の人たちも、その頑張りによる輝きに惹かれるのだろう。

そう思うと、僕だって武道館でのライブで満足してはいけないんだと思う。僕たちはもっと、高みを目指している。そのために、今日のこのライブも大切に、やり遂げなければならない。将来の僕たちのために。ファンの人のために。スタッフのみなさんのために。そして、僕のために。もっと、輝いていくために。


あの席は、僕の未熟さを表している。もっと、もっと。貪欲に、孝信を奪い去れるくらい積極的に、多少強引でも。這い上がって見せる。


今日はそのための一歩だ。





武道館は最高だった。

パフォーマンスも、自分達で満足のいく出来だったと思う。お客さんだけでなく、僕自身とても高揚した気持ちでパフォーマンスを終えた。その勢いでつい、孝信に告白してしまった。ここに来ていないということは分かっていたけど。アイドルになるきっかけになった孝信。これからもアイドルを続ける僕の心の支えになってくれるだろう孝信。今日は、アイドルとして一皮むけた日だと思った。そして次を目指すための一歩を、確実に踏み出せたと自分で思える日だった。そんな日だから、孝信に告白したくなってしまったのだ。

独りよがりで恥ずかしい。ファンのみんなに不安がらせるかもしれない。だけど、あの空いた席を見つめて、僕は告白した。今の僕の等身大の気持ちを、告白しておきたかった。それを聞いてくれる相手が、今ここにいないことも含めて、僕の等身大の告白。


次は絶対に、孝信に選んでもらえるようなアイドルになるよ。絶対に。悲しみの涙じゃなくて、僕のパフォーマンスに涙してもらえるような、そんなアイドルに。そして一人の人間としても、愛してもらえるように。


そのための決意表明だ。

武道館という場所を使わせてもらっての告白。メンバーもファンのみんなも驚いていた。ごめんね。でも、僕はもう止まらない。走り続けていなくちゃ。



いつかあの席に、孝信が座ってくれるように。