コウフク±㌻/私は賢者のように賢くなれない。

かめわらじ
@tatamiwaraji

6、仮面と影。

※※※②


 何日か前の深夜───岩のてっぺんにある、あのみすぼらしい小屋。

 ダドリーにまんまと返り討ちにされ切り裂かれた化物が暖炉の前に横たわっていた。

 あの、ダドリーが夢だと思った化物が───横たわっていた。

 あれはどうやら、夢ではなかったようだ。

 そこに前触れもなく、人の形をした黒ずくめが、暗がりの隅から出現した。音もなく。

 その者は長身で、床を引きずるほど長く闇に溶け込むマントを羽織り、フードを深く被って、顔全て覆う仮面をつけていた。

 仮面は、横たわる化物の側へと歩み寄り、見下ろす。


「私へ息巻くほど啖呵たんかを切った割には、反吐へどが出る程不細工ぶさいくな有り様だな」


 見下ろす瞳は、凍える程冷たく。

 それまで物のように横たわっていた化物が、微かにピクリと痙攣(けいれん)。それを機に定まっていなかった虚ろな瞳が、側に立つ仮面を見定める。白目の部分を占めるほど強く見上げて。

 恨みを込めて、強く。


 そして、


『いマざら、おデの前に立ちがっで、ゴノ『うガぎり者』ガっ! 『愛じいあの方』ば『あの方』はオ嘆ぎにオ嘆きにナら、なざ、なら、なさ、ならレルゾォォォォォオオオオ!』


 ほとんど動かない口から男のダミ声が発された。だが、それは壊れた声帯から崩れ聞き取りづらい言語となっていた。化物が必死に喚く度にこぼこぼと緑の液体が溢れ出た。

 化物が液体を溢れさせ、床まで垂れては広がり、仮面が履いている上等な黒革の軍人用ブーツを汚した。


「そのたもとをわざわざ分けたのはどなた様だ? それに『こちら』は間違った事など一切していない。特にこちらは生憎面白くもないことに時間を割ける暇はないんでね」


 暗に、『面白くもない失策をするほど暇ではない』とせせら嗤う。更に憎しみを増幅させた化物の目など気にする事なく、きびすを返した。

 が、化け物は激しく痙攣させながら踵を返した仮面の足に手を伸ばして、ガシッと掴む。


『失策ナドじでてイガイ! ゴベがらなんだ、ごれカラ……っ!! 小僧ヲ殺じて傀儡かいらいニにニ、ニして、『あの方ノ理想郷』ヲ、オでが、おべがぁ、実現ざゼでミぜるんだぁぁぁぁあ!! 裏切リ者ドできの違ウおどは違ウ! まだ、ヤれるぅ゛! まだヤれるんダア!』


 渾身の力で振り絞って喚く度に、化物の口から緑の液体をひっきりなしに撒き散らす。

 それが飛び散る度に足止めされている仮面の、その黒いマントの裾にかかった。

 仮面は汚れてからようやく顧みて、その掴まれた足を蹴るように離させる。

 手を離された化物の指が千切れて跳んでも、『まだヤれる、ヤれる』と壊れたテープのように呟く『成れの果て』。

 そんな精神も壊され尽くされた『成れの果て』に、


「好きなだけ腹に収めろ」


 誰かに向けて言い放つ。

 でもこの小屋に『成れの果て』と仮面しかいない。

 だが……月明かりに照らされかたどられた仮面の影がうごめく。蠢きに蠢くと、ゾロリぞろりと影が伸びて伸びて伸びて、三mほどの影でできた蛇が現れる。鋭く細めた目だけが、爛漫らんまんと光っていた。

『成れの果て』はこれを前にしても化け物はこれを前にしても、壊れたテープのように呟いているだけ。


 影の大蛇はシューシューと赤く長い舌を出すと、次の瞬間には顎門あぎとをガバリと大きく開き――食らいついた。

 グチュリと。


『ギャアァアアアアアアアッ!』


 絶叫が響き渡るが、勿論誰も聞こえない。

 海に囲まれた絶島、だから。


▼×××△


 グチュリグチュリとライオンみたいな歯もないのに身体を引き千切っていく嫌な音がボロ小屋に反響する中で、仮面は深く被っていたフードに手をかけバサリと後ろにやると、光沢ある黒髪が舞った。更に仮面を外すとその二十代半ばくらいの良く整った顔立ちに、より目が惹くのは魅惑的な赤い瞳だ。

 外した仮面を邪魔臭そうに床に投げ捨てた。投げた仮面がカランカランと転がっていく。


「正装は肩が凝って仕方ない」


 とその若者はつまらなそうに肩をぐるりと回す。

 そこに、


「リドル様。これはあなた様が見つからないようにするため可能な限り人を避ける術を編み込んだ正装と仮面。それをこうもあっさりと投げ捨てないで戴きたい」


 投げ捨てた仮面を拾い上げる者が。

『リドル』は気だるげに振り返り、


「フン。こんなズルズルして動きづらいものを、センスのない我が父上が決めたことだろう? 時代遅れもいいところだ。しかもセットは、仮面……ふははははっ! センスは中世ヨーロッパ辺りに置いてきたか」


 古い上に動きづらい、センスが最悪だ。と苛立ちを隠さず、突如現れた者に文句を連ねた。

 その者も、先ほどのリドルと同じく、引きずるほど長い黒のマントに深く被ったフード。そして、顔を全部覆い隠すほどの仮面を被っていた。

 その黒ずくめは、はぁ……と嘆息する。どうやらいつもそういう文句をつけているらしい。

 リドルは一通り文句を重ね、


「そうだ。ペチュニアの様子はどうだ?」

「彼女に大した動きはありません。ただ、『あちら』の方も相変わらず監視をしているようではあります」

「ふん……、ペチュニアを追放しただけでは飽きたらず、危険視は外さずに監視、か。良くそれで正義を名乗る」

「あれだけの騒ぎを魔法界に表沙汰にしたのです。『あちら』が警戒するのは仕方ないかと」

「ペチュニアはあのクソ爺をあからさまに警戒しているからな。あいつも存外不運な女だ。私のところに直ぐ様助けを求めれば手を貸してやったものを────まぁ、今やペチュニアも私達に半協力的だがな」

「えぇ───それは本当に善き事ですが………しかし、この品性の欠片もない男を誰が。我が君がわざわざ制裁をお加えに?」

「まさか。一々私がこんな木偶の坊を出向いてまで制裁するか」

「では、一体……」

「…………さぁ、誰だろうな?」

「我が君。知っていでおいでなら勿体ぶらずにして戴きたい。相手はマグル式で斬り裂き、しまいには手を斬り飛ばしているのです。たった、一斬りで」


 リドルは焦らすようとわざと間をあける。

 仮面は余計に苛立ち、また我が君と非難を込めて呼ぼうとした時、


「そう、───このマグル式の斬り裂き方は、日本刀類いだ」

「『ニホントウ』……? あの形状が美しい、装飾の価値が高いマニアに人気の、極東の剣、ですか? なれば、相手はこちらの出身ではなく違う組織の者となれば話は大分大事ですぞ我が君」

「そんなめんどくさい話でない。何も分からない子どもがやったのさ」

「魔法界を知らぬ子どもが? しかし、我が屋敷に仕えている者もその出身ではありますが……しかしながら、子どもが持ち運ぶにしろあの形状なら何かしら目につきますぞ」

「何も腰から下げたあの大きさばかりが『日本刀』ではない。形の小さいものだってある。それにこの斬口には見覚えがある。咋月誕生日に私が贈った業物さ」

「我が君が、直々にその子どもの誕生日に? だからと言って、この斬り口は相当手練れた者であります。ただの子どもが、ここまで容赦なく斬られますか」

「杖ばかり頼る父親に似ず、体術を駆使して戦う母に似たのだろう、なぁ」

「まさかっ……いやしかしっ、……ペチュニアの子は流れたはずではっ! 貴方様がそうおっしゃったではないですか! 『母体は助かったが、子は助からなかった』、と……! 愕然とするセブルスの前で、確かに貴方は死んだ、赤子を晒したではないですかっ」


 仮面はある後輩の名を口にした。


「ん? ……あぁ、そのような事もあったなぁ。死んだ我が子を離さない女から引き離すのは相当苦労を強いたぞ。禁忌の呪文を放たないようにな」

「………っ」

「おっと、私の子ではない。私は間違っても外に女はつくらない。我が家名に惹かれて付け込まれてもメンドクサイからな。あの死骸は金に困った男からの提供だ」

「なら、我が君………っ?! わざとセブルスを不死鳥の許へ行かせたのですな!」

「死骸の前に薄情者はペチュニアを裏切っていただろう」

「裏切りも何も、我々がどんなに中立で穏健派であったとしても、所詮は死喰い人。セブルスが『不死鳥』に入ったのはペチュニアの命を救うに他なかったことなのです!!」

「あの偉そうにふんぞり返るクソ爺にこうべを垂れてひざまずいてか? そんな事をしなくとも母体は生きらせてやるといったではないか。子が流れるのは仕方ないことだったがな」

「……セブルスは『子』も助けたかったのです我が君」

「私に倫理を説いても無駄だルシウス。流れても、また作れば同じ魂は宿るというのに、なんの問題がある。春雪なら同意してくれるというのに。価値観が違うと要らん火種を生んで、あのようなメンドクサイ展開になる───しかし、大概にして容赦なく斬り捨てたものだ。人間の出来損ないとは言え『魔法使い』を、マグル式で、バッサリ、と」

「………」

「この闇の全容など無知の無知であるのに、だぞ? ふ、ふふふ、あっはっはっはっはっはっ! 魔法が実用的に使えるよう鍛えたら更にこの先の楽しみが増えるな! そうと思わんか、ルシウス?」


 目を細めて喜ぶリドルに、マルフォイ家の当主であるルシウスは、つけていた仮面を外し、素顔を晒す。

 忠誠を誓った家系の主人であっても、その表情は同意出来ない苦々しいものだった。


「………セブルスは、その子の事をご存じに?」


 気にかけている後輩を思って小さく口にすると、リドルは片方の眉を跳ねあげさせた。


「さぁ……ゴルモア爺が教えたのであれば、今頃は知ったのではないか? 爺は存外秘密保守主義だ」

「ダンブルドアです我が君」

しなびた爺の名などどうでもいいだろう。しかし、やけに気にかけるな。そうか……お前も確か、子どもがいたな。まだ見ぬペチュニアの息子と、自分の息子を重ねたか。それなら止めておけ。『アレ』はそんな可愛い類いではない。人格は人に沿っているとはいえ、到底アリフレタ人のくくりにするべきじゃない。私から言わせれば『あれ』は人の形を成したバケモノだ」

「バ、バケ…わ、我が君! 言葉が過ぎるのも目に余りますぞ!」

「闇の陣営に身を置いているくせに、存外分からん奴だな。新党派が私の血を継ぐ正当な息子がいるにも関わらず失望し、新たな傀儡を求めたんだろうが。可能性が我が母になりえるほどの。『アレ』を狙わずしたら、何を狙う。腐り果てた果実か?」

「…………ッ」


 リドルは最後に軽口を叩いたが、内容は全てペチュニアの息子の対する辛辣(しんらつ)。それだからこそ、好評化している証だった。自分の陣営に良き『兵器(もの)』になると。

 リドルが気に入ったものに、今更ルシウスが口を挟んだところで無駄なだけ。口を挟み続ければ、一生利かせないよう、堅い縫い糸で口を縫い付けられるだろう。


「まあ、私の息子に存外失望して貰って構わない。事実だからな。狙うものが出来て、新しい人形を用意する手間が省けた。隙だらけで不出来な息子を今狙われても困る」


 リドルは自分の息子で話題を打ち切らせた。

 彼の息子の魔力は家系の中でも絶大で、魔術を操る腕も悪くない。流石、『スリザリンの子孫』だけある。

 だが、性格的に難あり。どうにも優しく軟弱すぎるのだ。

 全てを切り捨てられる思考を持ち冷静で冷徹な指示を出すリドルとは、全て真逆で彼にはないものを継いでしまった。それが、リドルの息子であり、先代の孫。

 その息子は昨年までマグルの国内にいたが、今は日本という小さな島国の何処かにいるはずだ。

 リドルがここにいても邪魔になると日本に流したのだ。


 冷めているのか、やはり気にかけているのか分からないリドルだが、息子はなんだかんだと尊敬の念を抱きなついているので、親子関係に問題ない。

 ないが、……痛々しいほど泣き叫ぶ我が子を平気で野生のオオカミがいるサバンナに叩き落とすのなどの修行方法は、子どもがいる同じ親として止めていただきたい。

 我が子が自分の身を護れるように心を鬼にしてやっているんだとかいうが、なら心からの笑顔でやるのも止めて欲しい。

 お陰で巻き込まれたルシウスの子どもが、一生のトラウマを抱える羽目になった。


 リドルは動きにくいマントを脱ぎ捨て、未だにグチャグチャと腹に収める大蛇の腹を撫でながら、


「幾ら将来性あるとしても、所詮子ども。あの愚か者のように、ほんの無知のうちにと狩りにくるものも多いだろう。指揮はお前に一任する」

「我が君は……」

「私は極東だ」

「は? 何故、このような時に──」

「息子の顔が見たくなったもんでな」


 リドルは目を細めて笑うが、とてもそれだけの理由ではなさそうだった。

 下手に突っ込んで杖を向けられても敵わないと、「それでは早くも無事なご帰還をお待ちしています。後は全てこの私にお任せください」と片方の膝をついて両手を前に組んで、頭を下げた。

 リドルはそのルシウスの横を通りすぎながら、


「ルシウス、派手な狩りはするなよ。こちらはあくまで不死鳥とも中立でいる穏健派だ。奴等とはうまく連携を図りつつ、静かに──刈り取れ」


 愉し気に釘を刺し、ルシウスも口を愉しそうに歪ませながら、御意に。と返すと闇の煙へと姿を変え、荒れ狂う風の疾さで小屋の外へ出ていく。

 ルシウスが起こした風で、リドルの髪が凪ぐ中、そっと大蛇を一撫ですると、すっと大蛇は形をたちまち崩し、闇の中へと還っていった。

 そして、ニヤリと独りわらうと彼もまた闇へと溶けていくように、姿を消した。

 後に残るは、あの喰われた『成れの果て』の緑の液体が壁や天井、床にところどころに飛び散って。

2015/07/07 2017/06/24加筆修正


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