コウフク±㌻/私は賢者のように賢くなれない。

かめわらじ
@tatamiwaraji

6、仮面と影。

 崖っぶちのボロ小屋から出て五日後。

 何故か暦も一緒に三日かけて帰宅し、旅の疲れもあってごろごろしていた二日目に、ペチュニアままが唐突に言い出した。


「学校………、ダドリーを学校に入れるのを忘れていたわ!」


 ……悪いが私も鼻っから頭に無かった。

 バーノンぱぱもこれを聞いて、そう言えばっ! と青ざめた。

 皆、ハリーのほぐわーつ手紙事件ですっかり忘れていたのである。

 ハリー・ポッターにしてみれば、ダドリーなどただの一介の脇役従兄でしかないからその後などどうでいい話なのだが、……いかせん私がその脇役なので現在進行形で困った事になるわけで。

 暦は気にせず私の蔵書を読み更け、ペチュニアままの料理に舌鼓して我が家の食費を圧迫させるだけ。

 私達はぶらっくほーる胃袋暦の存在もあって、新たな学校へ入るために一致団結した。

 こんなにも団結力は見た事はないのではないかと思うほどの勢いで、私が新たに入る学校をその日のうちに決まり、怒涛の流れに乗って流されながら、私は今ダーズリー宅の自室で家を出るための最低限の荷物をまとめていた。バタバタと動きながら。

 その様子を私の寝床に優美な生き物が座って見ていた。

 見た目は狼と狐の中間ぐらいで綺麗なのだがオオガミみたいな鋭い目が獰猛どうもうに見える。その上、狐のような大きな三角耳と、流れるような毛並み。体躯よりの長い二本ある尻尾をぺたんぺたんと振る。全体的の大きさは、平均的なオス猫。実際の性別は不明で、日本で言う狼を奉る『大神』からきて『大上』だという。

 大上曰く、『わしハコレデモ高潔ナ血ヲ継グ大神ノ末裔デ、『大上』様ト敬ワレテイタ……トハイエ、カナリ過去ノ話ダガナ』と気だるげに上から見下した言い方をしつつ、ふんっと偉そうにしていたけど、何処か寂しそうに鼻を鳴らしていた。

 私の飼いいぬではなかったのだが、暦が連れて来た。

 あいつの飼い狗なら喋っていても当たり前だ。なんせ、アイツの今の生まれは陰陽師の家系なのだから。

 あのボロ小屋に来たのはこの飼い狗の新たな飼い主にと引き取って貰いにきたのだ。

 狗は暦の事情で飼えなくなったから、私に新たな契約者になってくれと頼まれた。

 暦の腕に可愛く抱かれた本人は私を見るなり子守りは嫌だと不機嫌になって唸っていたけど、私は見た目が可愛いので飼い主でも契約者にでもなんでもなってやろうと快く引き受けた。

 契約は簡単に、指をちょっと切って溢れた血を大上の額に擦り付けるものだった。

 不思議な事に契約を交わした後、切った指の痕がなくなった。

 やっぱり、陰陽師が飼う生き物って不思議だなー。


 なんやかんやと大半の荷物をすぽーつばっくにしまうと、


『ノゥ、『つぐな』ヤ』


 不意に大上が私を呼んだ。私は寝床に座る大上に振り返り、眉間に皺ができるほど眉を寄せ不愉快さを表出す。


「あんな父上がフザケ半分で付けた名前で呼ぶな」

『別ニイイダロウ。わしハコノ濁ラナイ響キガ気ニ入ッタ。『名は体を表す』ト言ウガ、痛快ナマデニ『まさしく』ヨノ』

「『つぐない』は罪や借用物に相当する返しの意だから、基本、人に付ける名前じゃない。縁起が切れる」

『人デアッタナラ縁起ハ切レテシマウダロウ。ダガ、……付ケル対象ガ『形ばかりなだけの人』デアッナラ、構イヤシナイノデハ?』

「ッ」


 暗に、お前は人ですらなかっただろうと嘲笑った。

 ギリと睨むが、大上は機嫌良さそうに尻尾をゆったり振る。全くの柳に風だ。

 チッと舌打ちでなんとか苛立ちを流し、


「で、何?」

『ウム……オ前ハ『償』ト名ヲ呼バレタクナイノダナ?』

「当たり前でしょ。親にふざけ半分で付けられた名を聞くなんて吐き気がする」

『ナラ、わしハオ前ヲ『つぐ』ト呼ンデヤロウ。愛称デ短シタナラ問題アルマイ?』

「は? なんでそうなるの? 大体あんまり形が変わんない。不愉快のままだよっ」

『文句ガウルサイ餓鬼ダナ。わしハオ前二アカラサマニ似合ワナイ張リボテノ名前デ呼ビタクハナイ。わしガワザワザ愛称ヲ付ケテヤッタンダカラ有リ難ミヲモッテ感謝二泣ケ』

「余計なお世話だ。只のぺっと風情に成り下がった狗」

『ナンダトッ?!』


 それから一頻ひとしきり言い合いをしていると、下から『準備出来たなら降りてきなさい! 余り待たせない!』のペチュニアさんの呼び声に、はーい! と声を張り上げる。

 慌ててすぽーつばっくを肩にかけ、寝床にいる大上を抱え、『ダドリー・ダーズリー』の部屋を出る。原作とは全く違う、さっぱりし過ぎた殺風景な部屋を。

 そんな部屋を見返すこともなく、背を向けたまま後ろ手でどあのぶを掴むと扉をばたんと閉め、「今降りますっ!」と階段を駆け下った。


●◇●◇


 息子ダドリーをあの山を越えた山奥の村にある小さな学校に無事転入させ、あの屋敷の老人にダドリーを一年ほどそちらで暮らさせて貰えないかと掛け合い、相手は快く快諾。ついでに、あのアホ雪の大食い暦も置かせて貰って。

 見た目は凄くかわいいのに、中身は食費を食い潰すブラックホールな暦に転入するか聞いたが、学校に元々通ってないから今更いいよと笑っていた。

 なんということか、アホ雪は息子を学校に一度たりとも通わせていないのだと言う。ハリーよりも酷いではないか。

 余りの育児放棄振りに持っていた皿をバリンッと素手で割ってしまった。

 暦はアホ雪と違って青い顔をしながら、べ、別に決してわたしは通わなくても苦労してないし、ここに置かして貰えるだけで満足だから気にしないで。と、優しく宥めアホ雪を庇う息子。

 なんという親孝行な子。

 振り回すアホ雪と違って献身的でかつよく出来た子よ! と感動して思いっきり抱き締めた。

 彼はぐゅ、ぐゅるじぃ……となんか言っていたような気がするが気のせいだ。

 以降、ペチュニアはそんな献身的な息子暦をいたく気に入り、彼の為にふんだんに料理の腕を披露して何日か過ごした。

 だが、電話で仕事が入ったと呼び出され急遽その山奥からサレー州まで車を走らせ、そのまま仕事場に直行した。

 推理を披露するシャーロックホームズになりたかった上司のトンチな話を聞きながしながら、本当の犯人確保の道を導き出す助手と成り下がっている幼馴染みと肉体労働担当助手ペチュニアの甲斐があって犯人捕獲。

 自宅に帰宅する頃には夜中になっていた。

 車をガレージに突っ込ませてから気付いた。

 もう一台あるはずの、車がない。

 バーノンの車だ。彼はまだ帰っていないらしい。

 いや、『帰ってこない』のだ。

 もう、愛息子ダドリーがいないのだから、帰る必要はない。


 実はペチュニアとバーノンの夫婦仲は気を置けあえる友人同士。

 結婚する前から、二人はそうだった。

 だから、『彼の昔を知る』ペチュニアが懐かしんでも『元の昔のように仲睦まじい夫婦だった』ように戻れない。

 ペチュニアがふととき時戻りたいと思っても、『戻れない』。


 ペチュニア自身が戻れない道へ自ら踏み入れてしまったから。

 だから、バーノンと形だけとはいえ、また一緒になれたのは──有難いことだった。

 とてもじゃないが、一人で二人の子どもを養っていく自信は、はっきり言ってない。

 ペチュニアはしばしぼーとしてから、愛車に鍵をかけ降りる。

 住宅地に挟まれた道路まで出ていき、空を見上げた。


「あの子たち、あの屋敷に置いてきたけど……大丈夫かしら?」


 不安そうに小さく呟く。

 ペチュニアは首を振り、あの二人ならある無意味で大丈夫よねと考え直し、うーんと疲れをとるように背伸びをした。

 肩肘を張って来た分を下ろす行為かもしれない。


 ペチュニアは十一年間、子育てに没頭してきた。

『先を知る』ペチュニアは、それはもう二人の子育てを徹底してきた。

 愛妹リリーが残した甥っ子のハリーを軟弱にしないよう厳しく躾ける役を自ら買い徹底にしつけたし、ハリーを危険な目に遭わせないよう魔法使いや魔女を出来るだけ避けさせてきた。

 目標は、『前のハリー』のように。

 が、ペチュニアを嫌いではないと言ったこのハリーは本当に軟弱に育ってはないかとどうしても、『前のハリー』と比べて不安になってしまう。

 が、もう十年経ってしまった。

 後はもうハリー次第だ。


 そして、自分のダドリーにも、『前のダドリー』のように余り甘ったれの大バカ息子にならないよう、赤ん坊の頃はばんばんと英才教育を費やした。

 とにかく、赤ん坊が肝心だった。

『前のダドリー』より手を焼かされたと言った方がいい。蹴り飛ばす元気があるならいいにしろ、英語に何の反応もせず、英国のご飯を激しく拒否し、英語を一言たりとも発しなかった。

 とにかく手に負えなかった。

 ダドリーは英語を覚えられなかったのだから。バーノンがこの子は大丈夫なのかと心配したくらい。

 けど、ペチュニアは赤ん坊だからって妥協しなかった。周りが引くほど赤ん坊の彼に英語の英才教育を仕込んだ。

 息子が拒否し珍しくグズってもやめなかった。


 拒否する理由を知ってもペチュニアは、やめなかった。


『先の息子の様子を知る』から尚更に。

 息子が『ひた隠しにする過去』を断片とは言え知っているから、尚更に。

 そのお陰か、今のダドリーは普通の英国人と変わらない英会話力と読解力を身につけ、英語本でも喜んで読む子になった。

 成績は今ひとつだとしても、基本の生活に支障がないなら大丈夫だろうと安堵している。


 二人はペチュニアの子育てのかいあって、それぞれの物語を歩み始めている。

 まだ手放しは出来ないとしても、ひとまずの安堵はしてもいいだろう。


 ペチュニアはあのハリーが魔法使いとしてホグワーツに行く日まで、色々頑張ってきたのだから。


 カチャリと音を鳴らしながら、首にかけたペンダントを取り出す。

 小さな小さな砂時計の、ペンダント。

 それを指先で摘まみながら、星が瞬く夜空へ翳す。


「あの子が帰ってきたら、このペンダントともお別れね……」


 過去の事を思い出し懐かしい表情を浮かべていたペチュニアだったが、視線を感じて振り仰いだ。


 視線の先を辿り、一つの街灯へ行き着く。その先に止まるのは、一羽の鳥―――カラス。そのカラスは、ペチュニアを見据えていた。

 黒々とした瞳でこちらを見据えて。

 ペチュニアはさっと取り出したペンダントに目を向け、慌てて仕舞い玄関まで走るとかけていた家の鍵を無意識に解錠して滑り込むようにドアに入り込み、バシンと閉めた。


 ペチュニアは玄関の脇にあるすりガラスからそっと覗いた。

 すれば、カラスはまだ居た。

 ペチュニアが閉めた玄関扉を眺めているのだ。

 ペチュニアはすぐにすりガラスから顔を離しカーテンを引き、玄関脇に直ぐにある階段を二、三段上がって、壁に背を預けた。

 息が上がるのは、あの不意なカラスを見て動揺したからか。

 しばししてからばさりと音がした。


 きっと、止まっていた街灯から飛び立った音だ。

 だけどペチュニアは───ズルズルと壁をずりながら何段目に腰を下ろし座り込んだ。

 カラスが去ったことにほっとして、気が抜けた。

 あの嫌に早かった動悸も収まってきている。

 まだ呆然としながら、息子が居た部屋のドアに目を向けた。

 息子の顔を思い出し、まだ気が抜けないのだと、思い直した。


 私は────魔法界から追放された、女だ。

 魔法界から疎まれて追い出された、女だ。


 私は、魔女だった。


 だから───


「ペチュニア……」


 下から声がして、ペチュニアはそちらへ目を向けた。

 一階には、白のドレスに身を包み、茶色の髪を高く結い上げ背中に優雅に流した美しい女がいた。

 女はこちらを見上げていた。

 愉快そうに、冷たく笑っていた。


 女を認識した途端、ペチュニアが居る空間は大雪に閉じ込められたように寒くなった。


「代わってやろう……私のペチュニア」


 女が喋るたびに、女の足元がミシミシとゆっくり凍っていく。


「大丈夫………平気よ」


 そうは言っても、ペチュニアは平気じゃなかった。

 可愛い息子に、あの街灯のカラスに、出てきたこの女に。


 全く、平気じゃなかった。

 ペチュニアは昔から魔法や不思議な事が現実に起こるのが、苦手だ。

 今でも慣れずにいて、ハリーの魔法に驚くことはしばしばだ。

 だから、


「そうかえ。だがぁ、お前の臆病さは───相変わらずだねぇ。………嫉妬深く弱虫なのに、無駄に強がりなペチュニア? だから、可愛いお前の心に闇が、生まれたのではないかえ」


 付け込まれた。

 この、女に。


「うるさいっ! 私の前から消えなさいっ!」


 手にした車の鍵を投げつけるが、女に当たることはなかった。

 物は女の顔をまんま通りすぎて、そしてあの冷たい笑みを見せて消えた。

 女が消えた瞬間、あんなに凍りついた空間がガラリといつもの一階に変わった。

 投げつけた鍵はウルサイ音を立てて壁に叩きつき、跳ね返って床に転がった。

 ペチュニアはただそれに表情を歪ませ、───顔を両手で覆った。

 そして、静かに泣いた。

 誰も居ないのだから、声を上げて泣いたっていいのに。


 けど、彼女はただ、静かに泣く。

 声を、圧し殺して。

 だが、例え声を圧し殺しても、頬から幾重にも流れ落ちる涙は止められない。

 ぼたぼたと、涙は階段の上に落ちる。


 リリーのように、ペチュニアは綺麗に泣けない。

 彼女はいつでも綺麗に泣いていたのに……。


 こんな時でもペチュニアはリリーを思い出し、羨ましいと思ってしまう。

 そんな浅ましい自分が情けなくて、もっと泣きたくなった。


 いつまでも泣くペチュニアに反して、外では夜中特有の静けさだ。


 明かりがこうこうとつく街灯に、まだあのカラスがいた。

 カラスはただ、ただペチュニアが居る家を見つめていた。


 静かに、見つめて。


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