コウフク±㌻/私は賢者のように賢くなれない。

かめわらじ
@tatamiwaraji

2、家族と、きっかけの小刀と、孤独。

▼〇▼〇▼②


 爬虫類館に到着し中に入ると館内はヒヤっとして暗く、壁に沿ってガラスけーすがズラリと並んいた。ガラスけーすの中には照明がつき、色んなトカゲや蛇が種類いて、材木や石の上でスルスルと這い回っていた。

 私がここで見たいのは、ハリーと意志疎通した『ニシキヘビ』。

 館内にその映画でも見た蛇を探すが、それほどの手間をかけることなくあっさり見つけた。ハリーが。

「このヘビ、ダドリー好みだ!」って。おい、そりゃどーゆう意味だ。

 ガラスけーすに指差して、こちらを手招きするハリー。私は箱の中のけーきが形崩れしないか気にしつつ、そちらへ向かうと映画で見たまんまのヘビがいた。しかし、身体を動かしている雰囲気ではないのか今はぐっすり眠っている。うーむ、寝ているヘビも可愛いもんだと内心ほのぼ。

 例の消える予定のガラスに恐々と手が触るほど近づいて、つやつやと怪しく光るとぐろを眺める。


「眠ってる…」

「そうだね。午後だからお昼寝しているんだよ」


 私の独り言にハリーが即座に反応してそっと返し、私と同じに蛇を眺めた。

 そんなハリーが見詰めている中、ガラスけーすをその蛇に向かって、トントンと控え目に叩いてみる。

 ガラスは、正常だった。


▼〇▼〇▼


 ガラスを叩いても蛇は相変わらずふてぶてしく寝ている。いや、寝た振りしてやがっている。

 何故なら、――――この蛇私にだけわかるように尻尾振って挑発しやがったのだ。その尻尾の振り方はうるさい羽虫を追い払う仕草だった。

 自分の頬が引きつるのを分かるほど、血管が切れそうになった。


 可愛い顔しているからって舐めやがって皮剥いで剥製にしてやるぞ! と心の中で殺意持って叫ぶ。

 つい理性が切かけて、腰につけたしょるだーばっぐに入った例のないふに手が伸びるが、落ち着け、落ち着くんだ。こんな蛇の為に今後消える予定のガラスを自分の手で目立つ形で消してどうする。と、寸前で我に返り押し止まる。

 すると、蛇は目を閉じたまま、私だけ分かるように尻尾を微か振った。

『うぜぇ、お前消えろ』というめっせーじを送って。

 成る程、私の前では起き無く、私を馬鹿にしまくっている腹のつもりだなこいつ……。えーゆーの予定である魔法世界の大事な主人公以外用はねぇーよということか! 蛇の心情を嫌でも汲み取った私はこれ以上ない程の殺意持って睨む。

 ハリーがぎょっとした面持ちで私に振り返った。

 私と蛇のやり取りなど露とも知らない選ばれし魔法世界の主人公は、蛇が眠っているのを気に入らなくて機嫌悪くなったと勘違いしたようだ。

 このままここを立ち去るのは癪に触るので腹が立ち紛れに再度、覚えてろこのくそ蛇! の意味を込めてドンしてやる。

 蛇は本気で鬱陶しいのか微かに身じろぎし、つぶらな目をお開けになり、馬鹿に仕切った様子で舌をシューシューと二回私に出し、違う方向にそっぽ向いて寝たふりを再開した。


 ──こ、このクソ蛇、何、そんなに私が嫌いか…嫌いか?! 好意すらキモイだと!! 何様のつもり? 蛇様のつもりだと? …………ほうほうほうほーう、そうかいそうかい、後で本気で覚えてろ。いや、覚えておけ、こ「のやろう…」


 最後に本音をぼそりと吐き出し、ハリーは聞こえたのかビクビクと肩を震わせこちらを窺った。


「……ダドリー?」

「なに、ハリー?」


 苛立ちを隠すため無表情で返すと、ハリーは何故か縮み上がって、ダドリー蛇好きだったよね? と顔を真っ青にさせながら恐々聞いてくる。


「好きだよ。でも、……こいつさ、全く動かないからつまらないよね」


 私の中の黒い物を出さないようにつとめて無表情で、ハリーに言う。彼は無言でこくこく頷きながら、冷や汗をダラダラかいていた。

 そのハリーがこちらを向いていることをいいことに、ガラスの向こうにいるムカツク蛇が鎌首をもたげて舌をピロピロさせて完全馬鹿にしていることを主張していた。

 これ以上、蛇に対しての堪忍袋が切れそうなので、人間として穏便にすませるために立ち去ることにした。

 無言で身を翻した私の耳に、ダドリー?! という声が聞こえたが、人混みに紛れ込みすぐに聞こえなくなった。

 くそ蛇、いつか皮剥いで剥製にしてやるっ!


※※※※


 蛇に散々馬鹿にされ頭にきて、あの場から飛び出したお陰で友人『暦』と、心置きなく会うことができた。

 愚痴混じりに蛇に小馬鹿にされた経緯を話すと、彼は両手を大袈裟に叩くほど大笑い。

 真剣に心の底から腹が立ったというのに、何だそれは。

 ギリッと睨むが彼はもっと笑っただけだ。クソっ、相手にすらされない。

 ヒィヒィと笑いが未だに治まらない彼は涙が出るほど苦しそうにしながらも、


「ダドリーってあれだよね。動物に馬鹿にされるか、同類に思われて舐められるか。二種類しかないよねー」


 やっぱり馬鹿にする言葉しか吐かなかった。


「だけど、まさか、たかが蛇にそこまで見事に虚仮こけにされるとは! 流石、『ダドリー』と変わらない従兄役ッ!」


 彼は私がここまで虚仮にされるとは思ってもなかったらしく、だからこそツボにはままったらしい。

 暦は散々私に対して馬鹿にした言葉を大いに吐き、笑い転げると、


「そんなことよりケーキは?」


 何もなかったように次にはコロリとそんな事を言ってきた。

 こいつは…! とこめかみがひくついたが色々と堪えて、押し付けるように渡す。

 彼はうわっと危うく落としかけ、「ちょっと。もう少し丁寧に渡してよ。ケーキっていうのは形が崩れやすいんだからさ」とフンッとちょっと機嫌悪く鼻を鳴らしつつ、箱を開けて確認する。

 ほっとした表情を浮かべたのを見たところ、けーきは形を崩してなかったようだ。

 もし崩していたら無言で閉じて、殴り合いに発展したかもしれない。殴り合いのケンカで済むようならいいけど。


▼〇▼〇▼


「ところでさ、髪いつになったら切るの?」


 開けた箱から今の保冷剤を捨て、何処からか出したのか二十一世紀の保冷剤を入れると最初の状態と同じように閉じた彼は、私の問いかけにウンザリした顔をする。


「また右大臣殿や周囲の人間が姫の友人と思われているから当分無理だよ」

「まぁ、時が来たら切れるさ。君だっていつまでも子どもでいる訳ではないでしょうし」

「……余計な慰めどーも」


 ヤケクソに片手を振って話を切り上げる。

 どうも、くるぶしまである髪の話には触れて欲しくないようだ。

 彼が生まれた時代、世が平安時代で男なら元服(成人の儀。これを済ませないと一人前になれない昔の間で日本の風習)のだが、何故か彼は女の裳儀を行った。

 何でも右大臣の一の姫(長女だから一がつく)が皇室に入るまで護衛として抜擢。その経緯で彼の容姿を一目見た右大臣は、あろうことか女だと勘違いし、暦のお祖父さん、あの超有名な大陰陽師の安倍晴明に依頼したのだ。

 その訳があって彼は裳儀を執り行ってしまったため、男の癖に踝まである髪を切れないでいるのだ。

 そんな理由があるならどうしようもない。だが、彼の初々しい裳儀姿の写真をここにはないはずの時代の機械端末とUSBに保存していると知ったならぶち切れるだろうけど。まぁ、絶対に言うつもりはない。


※※※※※


 私の友人『暦』はあの花よ蝶よと優雅でアヤカシ達が跋扈ばっこする『ある世界』の平安時代に生まれた。身分は下級であっても貴族の坊っちゃんである日本人。だが、その容姿は白灰の髪に灰色の瞳。昔の一般人と比べるまでもなく、一線を画している。

 その時代故、彼の特殊な容姿に目を付けられ、厄介な事に巻き込まれて死にかけた。いや、死にかけたなど生ぬるい。その存在自体消滅しかけた。

 その事実を知ったのは、この魔法世界に『ダドリー』として生を受け、五年程経過した、忘れもしないある日のことだ。


▼〇▼〇▼


 いつもなら一ヶ月に二回は遊びに来る彼が、八ヶ月以上も音沙汰なし。私と彼では過ぎる時間軸が定まっていないからこういうともあるんだろうと、楽観視して公園で一人、ぐるぐる回る遊具に腰をかけてぼーとしていた昼下がりの午後。

 彼の父である『春雪はるゆき』さんが訪ねてきた。

 滅多なことでは私の所に来ない人が。

 訪ねてきた春雪さんを見て、ふと背筋に冷たいものが滑り落ちた。いつもおちゃらけ、明るい雰囲気を持つ春雪さん。

 そんな人がいつも雰囲気もなく余裕もなく、疲労の影が濃く、目の下にはくまができていた。それなのに彼と良く似たあの優しい笑顔を浮かべて。それが私には痛々しく映った。

 疲労の身を押して春雪さんは私の隣に腰をかけると、息子の話を聞かせてくれた。


 どうして、彼がこの世界に遊びに来なかったか。

 どうして、親友(春雪さんにしてみれば私と暦は親友らしい)である私の顔を見せなかったのか。

 その内容を聞かされて、慄然りつぜんとしたのを忘れられない。


 友人が。

 彼が、


 生まれた世界の『時代』で、その『外見』と『血』と『魂の姿』に恐れを抱きながらも魂から欲し、惑わされたある『鬼』が隙を見せた彼に何らかの術をかけ誘拐し、手をかけようとしたという。

 無事救出されたが、それでも話は終わらない。

 その後も『鬼』は引き離される手前、魂からの一撃といえばいいのか、その渾身の力で彼に最期の呪術をかけた。道連れにするように。生涯とは言わず、魂の底から削り取る呪を。

 彼がその呪の力で徹底的に魂を極力なまでに削ぎ落とした。そのせいで魂は見事に消滅手前。

 それでも何とか色々の人の力を借り、春雪さんは冥府に行ってその鬼を見つけ出して解呪に成功し、魂の消滅は免れたという。

 だが、魂の削れは思ったより酷く生死のさ迷いを見せたが、冥府やとある神様と掛け合いにより彼の魂は安定を得た。

 そして、生死の危機は去り、今はその『時代』にて、彼は馬鹿食いを見せるほど養生(ようじょう)しているとか。


 私はその話を聞いている間、ある恐怖で一杯になった。


 また、喪う。


 彼が無事に生を取り戻したと聞いても、震えは収まらなかった。


 唯一の友人を知らない間に、喪う所だったいうこと。


 春雪さんは震える私の頭を何度も撫でて、もう大丈夫だよ。俺が大事な家族を失わせることなんてさせない。命に変えてもさ。と優しく断言してくれた。

 だけど、怖かった。同時に、己に恥じ、そして悔しかった。

 友人の危機も知らず平々凡々と過ごし、時にこの世界に愚痴を溢して、私を誘った彼を恨んだりした。

 何で恥知らず。何も事情など知らず、アホ面の平和を使ってよく過ごしていた。

 自分は甘えていた。凄く、甘えていた。

 自分に向かってこない殺意がない日々をくれた彼らに。

 そして、無力を思い知った。

 何の力にもなれなかった無力感で胸が焼け焦げた感じを今でも鮮やかに甦らせることが出来る。

 まるで、昨日の事のように。


 その話から二週間後。


『やあ、今度は柑橘系のクッキーがいいな!』


 何もなかったようにいつもの食い意地がはった笑顔で、また姿を現して。


 私はあの日を境に、彼がくれた甘ったれた平和を吐き捨てた。

 思い出させられ、自覚させられたのだ。


 喪う時なんて、喪う。時と場所は選んでくれないし、待ってもくれない。

 それはすぐにでも忍び寄って足元をすくう。

 昔の『私』は、それは嫌というほど知ったくせに忘れてしまうなんて、どれだけ平和に酔いしれてしまっていたのか。

 忘れてはならない。

 私は普通の平穏に生きられる人間ではないことを。

 それは嫌だでも、やってくるものなんだと。

 私が『私』であるが故に。

 だから───大事な人たちは『私』の時みたいに失わせない。

 何があっても、絶対に。


 だから、絶対に生き抜いて、彼らの役に立とう。

 私を拾ってくれ、妹達を助けてくれた上に私と言う存在を許してくれた、彼らの為に。


※※※※


 私と彼は面白いまだら色のトカゲを眺めながら、ふとけーきが入った箱を見て、暦に何となく聞いてみた。


「あのさ、そのけーきってあの彼女にやるんだろ?」

「そうだけど。それが?」

「暦ってさ、今でも生前の奥のこと、妙に思ってるよね。もしかして、一途?」

「ぶっ! きゅ、きゅ、急に何を言い出すんだっ! というよりわたしがあれを想ってる?! わたしがか?! あれを!?」

「あれ呼ばわりするほど、未だに気にかけていると。言っとくけど、もう君の奥じゃないんだよ。そこんところ、分かってる?」

「『そこんところ、分かってる?』とか言われても私は何とも思ってない! 大体『生前(昔)』のことは今の彼女と一切関係ない!」

「…ふ~ん。未だに『けーき』とか西洋のお菓子を差し入れては顔を見せているくせに?」

「……」

「別に互いに好き合って一緒になった訳でもない。今の彼女は、前世の朧気おぼろげに記憶を持っている人間に過ぎない。だから、お前に気付く気付かないにせよ、ほぼ他人となんら変わらない。それなのに、まだ気にかけるの? 暦の言う『幸せにしてやれなかった』とかで」

「…あぁ、そうだ。彼女は前の彼女ではない。それでも今回は幸せになって欲しいんだ。だから…」

「私視点から言わせれば、それタダの身勝手だから」

「…分かっているさ」

「…どうだか…。それにもう一つ言わせて貰うけど」

「まだあるのか」

「もし、万が一でもお前を知り得るようなことでもあったら、彼女は間違いなく不幸せになるぞ」

「占い師でもないくせに、いっぱしの予言か? だが、君の好奇心通りにならないさ。もう彼女とは今後逢うことすら難しい。そんな彼女がどうして私を知ってからの不幸せに繋がる?」

「…分かっていないなら、別に問題ないけど。お前のことバレるのだけは避けてやれ。これは私からの苦言だぞ」

「だぁかぁらぁ、言われなくても回避するに決まっているだろう。私がここに居たと知ったなら、あの嫌な記憶を呼び起こして苦しむことになる」

「いや、だから…そういうことじゃなくて…」


 それも一理あるが、やっぱり見当違いな事をいう暦に深々とため息をつく。

 女の機敏きびというのをこれだから分かってないやつは。

 首を傾げて不思議そうに私を見る暦に手を振って、何でもないよ。となげやりに言ってこの話題を終わらせる。


 私が不幸せになると言ったのは、前世の夫だと知った彼女は、激しくこう思うことだろう。何故今まで何も言わずに居てくれたのだ、と。自分はどうでもいいから、何もいってくれなかったのだろう。

 彼女は多分、暦のことが好きだ。記憶が完全にないにしても、これだけ気にかけてくれる人間に好意を持つなという方が難しい。

 きっとこのまま何事もなかったら、彼女は暦と一緒になるだろうと思っていたに違いない。

 暦は表立って出られる人間ではなかったし、彼女もその一の姫が何かなければ表に出されることのなかった影の人間。

 彼なら一緒になってもいいと、そう、心から。

 彼女の父である右大臣の暦の容姿を一目見て、女だと勘違いしなければ……。だから、流れはどうしても変わってしまった。

 今の彼女はきっと恨んではいまい。元より、そんな感情持ち合わせてはいないはずだ。言い方は悪いが、人形のように育ってきた子。でも、人形の中で育った気持ちを持って彼がここに居ると知った時、その気持ちを自覚し、人間らしい感情が芽生えれば、その感情に戸惑い、彼にぶつけることになるだろう。

 その時、暦がどのような対応をとるか全く分からないが、(取れるかどうかさえ怪しい)色々な問題が浮上して巻き込まれることだろう。

 ここまで鈍感だと最早罪以外何者でもない。


 エリマキトカゲの威嚇だんすを見て、あははははっと能天気に笑う友人の先行きを案じつつ、私もつられて笑うのだった。


▼〇▼〇▼


 雑談交えながら館内を見回っていると爬虫類館の出入口から、恐怖に慄いた悲鳴が一斉に聞こえた。


『きゃーーーー!! ヘビーッ?!』

『おい! ヘビが逃げ出したぞ!!』

『なんで、蛇が抜け出せるの?!』

『飼育員は何をしている! なんとかしろォ!!』


 怒涛の悲鳴を合図に、「あのメガネ君、硝子消したみたいだから帰るわ。ケーキありがと。またね」と軽く言い後腐れなく手を振って差って行った。逃げ出す人混みに紛れて。

 ヘビが逃げ出したことでぱにっくになっている周囲の人間は格好の変わった子どものことなんか気にもかけず、騒がしい悲鳴と怒涛を飛び交わせた。


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