君のためにいる、この世界。

かめわらじ
@tatamiwaraji

3、終鏡幕「星宿がずれて歩む、少女らの幸せは。」

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 九月末日。

 臥せていた暦が起き上がれるくらいに回復。

 日夜走り回る昌浩ともっくんを離れに呼んだ。

 神隠しは連日のように発生し、失踪者の数は五十を超えたと昌浩から聞いた話を元に合わせて、夢でみたことを報告する。

 神隠しは水で共通する、と。

 水は様々で、貴族の邸に大概作られている池であったり、雨の後の水溜まりであったり、飲料水をためておくかめであったり、井戸であったり。

 やつらは水に潜伏しているのではなく、水面の裏側──窮奇が作り出した水鏡の向こうの世界に潜伏いる。窮奇はその力で水面を媒体に化け物たちを送り込んでいるのだ。

 連れ去られた人間もそこにいるのだろう……生きているかは知らないが。

 だから、窮奇はこの世にはいないから特定はできなかった。


 暦は神隠しが発生する場所を複十数特定し、妖異から攻めていこうと提案した。

 必ず妖らの出入口があるはずだからその場所が特定するまで、こちらから殲滅していく、と。

 物の怪は暦のこの考えに、少し背に冷たいものが流れた。

 狩り慣れた考えだ、と小さな小さな疑念が沸き上がり、窮奇が以前『化け物』と吠えた言葉が浮上して。


 十月に入る頃には、暦はほとんど歩けるまでに回復し、外にでることはできないが指示によって窮奇の仕える妖異をほとんど残滅に徹することができた。

 この頃窮奇の配下は、既に十数と落ちぶれていった。


▼×××△


 東三条殿では彰子の裳着の儀が無事に終え、つづけて催された祝宴しゅくえんでにぎわっている頃、都の中で対象的にひたすらひっそりたたずむ小さな邸がある。

 その邸に、一人の少年が足を向けていた。

 少年は知り合いの雑色と顔合わせると、笑顔と共に邸へ上がらせてもらえる。

 小さな庭先を眺めていた邸の主の少女の名を呼ぶ。


章子しょうこ


 章子と呼ばれた少女は少年に振り返る。

 その顔は、裳着を執り行った藤原道長の長女彰子と瓜二つだった。只―――瞳は、水面を思わせるほど静かで。


「久しぶりかしら」

「そうだね……、来れなくてごめん」


 章子は静かに首を振る。

 少年は薄く笑うと、章子の隣に座り手にしていた手土産を見せる。


「前は『しょーとけーき』? ……という甘くて美味しい菓子だったけど、今度は何かしら」

「フルーツクッキーっていう焼き菓子。甘さは日本人に合わせているから」


 章子はくっきーとかいう焼き菓子を一つ摘まみ、ひとかじり。


「………美味しい」

「そう、よかった」


 それから会話が途切れる。

 けど少年と章子にしてみればこれが普通。いつものことだった。

 しばしして、章子がぽつりと。


「彰子様が裳着を行なったということはわたくしの約束、護ってくださったのね……」


 少年は少し間を開け、


「…………約束、たがえさせない。必ず、護る。君の兄の約束もあるから」


 静かに言う。

 章子は小さく頷き、目を細めた。懐かしそうに。


「兄はわたくしと違って破天荒な人でしたから。怪我をして気を失っていたあなたを拾ってきたり……本当に意味のわからない何を考えているかわからない人でしたね」

「全く。わたしでも読めなかったよ、君の兄の思考は……」


 少年は苦笑を浮かべながら、くっきーを頬張る。

 少年の美味しそうに食べる表情に吊られて章子も、もう一枚摘まみ、一口かじる。さっきとは違う、控え目に甘い桃の味がひろがった。

 少年からもらった最初の菓子も確か桃の味がした。章子は密かに、空いている手をぎゅっと袖の下で握った。


「あなたと逢えるのはこれで最後になるのかしら」

「……そう、なるね…。近々、倒すことになっている」


 そうなるだろう、と予想は嫌でも簡単で。

 彰子と全く同じ日に産まれた姫は哀しそうに微笑を浮かべ、


「……わたくしは本来ならこのままひっそり生きて、ひっそり誰かと結婚し、ひっそりと子を産んで、老いてひっそりと死んでいく。本音をいうと……それでよかった……あなたとこうしてひっそりお菓子を食べて会話をかわして……続いていくものだと思っていた……。でも、彰子様の身に何かあったらわたくしが代わりを。わたくしはその為に居て、たまたま、その流れの運びになった……それだけの、話。そこに恨みや憎しみはないけれど」


 一旦区切ると、


「寂しい……、とだけ」


 小さく小さく静かに呟いて。

 星宿は変わり、彼女の歩む道のりは彰子と代わった。

 少年は何も言わない。只その哀しそうな微笑を浮かべる彼女の顔を眺めるだけ。


 少年と少女には何も出来ない。

 出来るのはその道を歩みこと。


 それが彼らが選び、そうなることを義務付けられた、今の星宿だから。


※▼※▼※


 東三条殿では無事に裳着の儀を終え、祝宴で賑わっていた。

 彰子は疲れたからと対屋たいのやに戻っていた。相変わらず微熱は下がらず、今日の裳着も病の身をおして執り行った。

 蔀戸はぴたりと閉ざしている。その中で空木が燈台とうだいに火をつけともした。


「……下がって空木……私は大丈夫、だから」

「姫様……」

「お願い、一人で居たいの……」


 空木は彰子の様子を察して、下がる。

 一人になった彰子は灯台を前にぼおっとする。

 微熱がずっと下がらず本当は苦痛。でも、あの痛苦などに比べたら……ずっとマシだ。


 臥せていた彼は無理して東三条殿に素足でやって彰子を助けにやってきた。

 本当に、来てくれた。

 でも、………応ってしまったばかりに、右手に呪詛の証の傷痕が。

 今も醜く引きれている。まるで自分を象徴しているかのよう。

 その呪詛ために昌浩や暦は東奔西走とうほうせいそうに走っていると聞いた。


 彼は裳着を祝ってくれるのだろうか? いや、来てくれないかもしれない…。それ以前に、


「………私……本当に、……暦と会えなくなるのね…」


 それは会えなくなることも意味していて……。

 入内が無事に終われば、彰子を護る必要はない。本来彼は表だって生きれる人間ではない。

 道長がそう期間を定めたのだから。

 父が決めたことは絶対で、道具である彰子の意思など関係ない。


 でも、定めを代えられるなら、代わって欲しいと彰子は思う。

 気付き知ってしまった想いは、枷となって彰子の心を引きずる……。


※※※※


 彰子の裳着から二週間後。

 窮奇の部下の一団を完全駆逐した。

 その頃には呪詛も軽くなり、万全とは言い難いが走り回れるほど暦の体調は良くなっていた。

 その影響で彰子の体調は全快したと晴明から聞いた。

 暦はそれを聞いて安心した笑みを浮かべた。

 万全な体調で戦いに臨める、と。


▼×××△


 そして、よいの晩。

 あしを掻き分けた先の、巨椋池おぐらいけのほとりに暦はいた。

 平安京は四神相応の地。そして巨椋池は四神の朱雀すざく

 都をはさんで貴船山と正反対の場所に位置する広大な湖。あれほどの大きさがあれば、異邦の妖異たちが一斉に水鏡の向こうに消え去ることも容易に出来る。


 そのほとりに静かに立っていた暦の前に、水が大きく盛り上がる。飛沫しぶきをあげながら、白い羊に率いられた妖異の大群が踊り出る。

 妖異は死に損ないのような雄叫びを上げた。

 暦は好戦的な笑みを貼り付けると、片手に引っ提げていた太刀を構え直す。


「駆逐した害虫の骸を使ったか。悪趣味だなぁ」


 骸である妖が一斉に襲いかかってきた。

 暦はそれでも尚、笑みを浮かべながら、


「この国に彷徨うろつくな死妖しよう


 太刀を一薙ぎ。

 ズバッと多くの骸が凄烈な一閃に、全て切り裂かれ姿をドロドロに崩した。

 それから新たな一群が攻撃をしかけてくる。


「わたしを舐めるな」


 強烈な気迫と殺意を散らし、またひと一閃する。

 獣のように、その瞳が爛々と輝いて。

 太刀が一閃薙ぐことに、妖しく朱々と色づいて。


▼×××△


 蓮が連れ去られしまった。

 安倍邸の小さな池の横を通った時に、黒い触手しょくしゅが水面から飛び出し蓮の足に巻き付いてそのまま引きずり込んだのだ。

 誰も、気づかぬ間に。

 誰もが蓮は離れに戻ったものだと思い込んで。


 しかし、その事に宵の晩に気付いた暦。

 蓮を連れ戻すためにその宵の晩、誰にも言わずに巨椋池に単独で行った。

 あの、太刀を持って。


※▼※▼※


 これは窮奇にとって、最後の賭けだった。

 部下を全滅させられ、残ったのは窮奇の呪詛だけ。

 窮奇だけになると、窮奇本人が呪詛を流すことになる。直接呪詛を受けている暦にしてみればその瘴気から位置を探りいとも簡単だろう。

 つまり、場所の特定など丸裸。

 それに、意思まで掴めるとなるならば窮奇の目的など自ずと読まれることになる。読まれるとなれば、あの暦の記憶も読める。


 そこで、『主上』を見つけたのだ。


 窮奇の記憶の中にある、十二の国の一つを治めていた王の『主上』の笑い方、喋り方、喜怒哀楽の起伏の感情。

 全てが、そのままだった。

 姿形は変わっても、中身はそのままだった。


 窮奇は歓喜した。涙を流して、吠えた。

 同時に『主上』はあの『化物』たちの道具にされていると怒り狂った。

『主上』や『主上』の両親や崇高な麒麟の首を躊躇いなくはね、蹂躙じゅうりんの限りをシツクシタ『化物』。

 殺しても飽きたらず『主上』の御霊をけがし地へ叩き落とされ、じわじわとその呪いを受けながら存在を削っていったというのに。


 そんな事になったのは全て『化け物』の仕業だ。

 甘い顔して国に仕えていたくせに影ではいつ崩壊させようと虎視眈々こしたんたんと爪を研ぎ重ねて。


 しかし、その『化物』は子孫を残したその『化物』の一族に伝え教えたのか、今の主上である『蓮』に目をつけ、今度は使える道具として側に置いていた。

 逃げ出さないようにか、術までかけて。


 そんな『化物』らに一子を報いたかった。

 最期の賭けに出たくて、窮奇は抑えられず『あるじ』を救出した。

 窮奇が創り出した世界へ大切な『主上』を引き込んで。


 それが、窮奇にとって敗因の分かれ目だと気付いては……いなかった。


▼×××△


 暗赤色の空、鉄色の雲が漂っている。それが時々、水のように揺れてぼやける。

 日本とは違う建物、異国の街が立ち並ぶ。

 その中で、荘厳で巨大な建物があった。

 建物の内で、ただっ広い空間の奥の奥の奥に、一室の部屋が。

 そこにはこちらでは見たことのない家具があった。

 その見事な龍の彫りが施された長椅子に一人の黒髪の少年が寝かされていた。

 辺りは妖気に包まれていた。少年は妖気にあてられ時折苦しそうに呻く。

 少年にはこの妖気が合わないのだ。

 少年が寝かされている長椅子の横に窮奇が座り込んで覗きみていた。


『あの『化物』どもに管理され、逃げ出すすべもできなかった主上よ。これからは我が主上を御守りいたしまする。ですから、……主上よ……もう少しの辛抱ですゆえ。しばし我慢してくだされ……』


 意識ない蓮の前に大妖窮奇は敬愛と忠誠を込めてこうべを垂れた。


『『化物』を壊滅させた後、もう一度『かの国』へ我と共に戻りましょう。……主上と我の『故郷』ですから』


▼×××△


 その頃暦は異国の街の中にいた。

 窮奇が創りあげた異界へと繋がる路を無理矢理こじ開け降り立ったのだ。

 暦は物珍しげに辺りを見渡しながら歩いていた。


 転生してからも平安の京の都の街並みも珍しいが、中国の街並みも大層珍しい。

 が、時たま見かける文字が……何故か中国語とは少し違っていた。

 漢字を使っているのだが……意味合いが違っている。多分、『蓮』の『故郷』の文字だろう。

 ある建物の一つに足を止めて、中を覗いてみた。


 こじまりとした食堂のようなところで、妙に生活感があった。

 暦はその台所に顔を覗かせると、朽ちかけた野菜が入った籠や、作りかけの料理に、盛り付けようとした木の皿など、生活していた雰囲気が、残っていた。

 食べ終えた皿が、水をはった桶の中に入れられて。


 暦は無言で床に落ちていた風車を拾い、ふぅと息を吹き掛ける。

 風をうけて、からからと乾いた音をたてて羽は回った。


「夢は梦のまま朽ち落ちる」


 目を細めて小さく呟き、その建物を後にした。


▼×××△


 辺りは妖気が漂って当たり前のように溶け込んでいた。この空間全体を妖力が覆っているのだ。

 暦は歩くたびに肌にまといつき絡まってくるような、奇妙なべたつく風が吹つけて不愉快だった。呼吸するたびに胸の中に何かが落ち込んで、じわりとこごっていく。

 歩く地面は、黄色がかった砂色で酷く乾き、ところどころに水溜みずたまりがあったりした。

 空虚な建物の街中を歩き続け、巨大な建造物の前にたどり着いた。首が痛くなるほど天へと伸びる建造物。


「……本当に『王』してたんだなぁ『蓮』は。だから頭がピヨピヨしている訳だ」


 暦はあきれたように呟き、


「それじゃあ、わたしたちに喧嘩を吹っ掛けた窮奇に、会いますか────そうじゃないと、高淤加美神様に下ったあいつにはこの妖気は、しんど過ぎるだろうな。特に、中に巣食う『あれ』が余計に───食い散らかす」


 冷たく睨むように言い捨てて、皇城に足を踏み入れた。


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