炉辺談話

RAY/kaede
@growler_ray

46話目『射ち抜け針穴の希望』

 静かで、ただ強い寛人さんの声。もうどうしようもないと、諦めるしかないと、そんな思いが声に乗せられて届いた気がした。


「…行きましょう」


 その声の方へ向くと、小部屋の窓から避難はしごが垂れ下がっていたのが見えた。蒼樹先生は、これが見えたから自信満々にここに私たちをいれたんだ。自分を、犠牲にして……まるで、世都乃みたいに……


「さすがにおっかねぇな、この高さ」

「踏み外して死ぬのと成れの果てになって死ぬの、どっちが楽なのかしら……」


 そんな会話をしながら、寛人さんと紅葉さんははしごを降りていく。葡萄さんは先に行ったらしい。4階なだけあって確かに恐ろしい高さだったけど、正直今の私は喪失の悲しみでそれどころじゃなかった。


「先生……」

「剣華ちゃん…」

「嫁花さん…」


 下に足をつき、助けて貰った命を噛み締めると、辛さが一層増して心を襲う。


「…………」


 寛人さんが無言で私の方に手を置いた、なんだろう、きっと慰めか、いやそうに違いない。こういう時の慰めは逆効果だというのに。


「まさか、諦めないよな?」


 けど、次に寛人さんの口から出た言葉は予想外の言葉だった。諦めない?諦めたくはないけど、そうせざるを得ない状況だったから私たちは今ここにいるのに?今更何を言って、と呆れにも近い心境に私はなる。


「ふっ…なあ剣華、お前忍者は好きか?」

「へ?」

「どうだ?」


 あまりに突飛、支離滅裂にも程がある。


「一時期…ハマってました…」

「なら話は早いな、忍術を使う時だよ、飛行の術だ」


 いくらなんでもこんな時に何を言っているんだこの人は、とうとう頭をやられてしまったのか?


「……!」


 そう言おうとして少し待って考えた。そしてその発言を撤回し、私は目を見開く。

 今話に出た飛行の術、それは空を飛ぶというふざけた物ではなく、谷を渡る際、反対側にいる相手に紐付の矢を届け、何かに結んでもらって道を作るという忍術。つまり、この場でそれを応用するということは……


「紅葉!毛糸を4階くらいの長さまで伸ばして切れ!葡萄!ロープを出せ!」

「わかりましたよ、策があるんですね?」

「わかったわ」


 指示に従い、凄いスピードで下準備が進められる。


「剣華、多分あそこを曲がった先があの部屋の下だ。声掛けて窓開けさせといてくれ」

「はい!」


 助かる。一縷の希望が見えてくる。消えそうな命をまた繋げると思っただけで足が動く、短距離なのに全力でその地点まで疾走していく。


「先生っ!!」


 建物を見上げ、祈りを込めるように叫ぶ。すると蒼樹先生が不思議そうな顔をしてガラス戸越しに顔を覗かせた。私は間髪入れずにジェスチャーで扉を開けさせようとする。


「おいおい早く逃げろっつっただろー!?」


 無事に窓を開けば開口一番文句だ、けどそんなのを気にしてられるほど今の私に余裕はない。


「出来たぞ剣華!」


 後方から寛人さんが走ってきて、その後ろに垂らされたロープを持って紅葉さん、葡萄さんと続く。私はその毛糸を受け取ると直ぐに矢にぐるぐるに巻きつけ、つがえて構える。目標は当然、蒼樹先生がいる4階部屋の窓。


「なーにする気だ……?」

「伏せててください!」


 蒼樹先生が頭を引っこめる。力の加減も照準もジャスト、極限状態の一射、必ず決める。


「うおぁっ!?」


 見事命中、矢は窓のど真ん中を突き抜け、部屋の天井に突き刺さる。


「何しやがる脳天射ち抜く気か!」

「いいから毛糸手繰ってロープを括りつけて降りてくんだ!早く!」


 息切れしてへたりこんでしまった私の代わりに、寛人さんが声を張って指示を送る。


「ちょっと離れてろー!」


 上からの返事はすぐだ。言われた通り少し離れると、直後にガラスを蹴り割る派手な音が聞こえてきた。

ガラスの破片を目に受けないよう防ぎながら上を見ると、そこにはロープを掴んで4階から降下しだした蒼樹先生の姿が。


「気をつけてー!」

「わかってるっ…つー、のっ…!」


 太くもないロープだというのに、蒼樹先生は上手いこと落ちないように下ってくる。けど、私にとっては降りてくるまでの時間が酷く長く感じてしまう。

一手降りるのに10秒、30秒、下手したら1分近くにも感じる。


「おいしょっと」


 ついに蒼樹先生が地上に降り立つ。それから程なくして4階の部屋にはヤツらが侵入したのか騒々しくなり、ロープも切断されて落ちてきた。ついでに1.2体が突き落とされて降ってきて即死してた。


「せんせ…い……」


 そして、私はふらふらと蒼樹先生に近づき、泣きついた。

失わなくて済んだ、私の近しい人を失くさずに済んだ。そう思うと涙が次々にこぼれていく。


「泣かせちまったかー…こりゃ教師失格だな」

「あんまり女の子を泣かせんじゃねーぜ、"蒼樹センセイ"よ」

「ハッ、るせーよ」

「けど、本当によかった…兄さん…」


 安堵の声が耳に届く。命の重さを深く噛み締めてから、顔を上げて背中をむける。


「さぁ、帰りましょう!学校に帰るまでが遠足です!ってね」


 救えた実感、いるべき人がいるという喜び。そんな感情を胸に抱き、私は帰り道でアクセルを強く踏んだ。…もちろん、事故らない程度に。

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