Convalescent -恢復期-(上)

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@tenkufuga

7.Title(1)

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 他にもビートルズの曲を2曲程演奏して、ふと時計を見遣った頃には、既に時間は19時となっていた。

“おやおや、ちょっとはしゃぎ過ぎた様だ。そろそろお楽しみのディナーにしなくてはね”

 基滉はそう言うと、涼子に有無を言わせぬ笑顔を向けた。

「勿論クリスマスディナー、ご一緒して頂けるよね?」

“私が詰め物をしたターキーはいい具合に焼けているかしら? 今年のクリスマスプディングは私の自信作なの。

 お祖母様がパバロバを作り置いて帰られたから、それも是非食べて行ってね。お祖母様のパバロバは、絶品なのよ〜!”

 救いを求めて見詰めた昇に通訳されて、その何とも押しが強い内容に、涼子は困惑した。夫妻は天部である昇と実際の血縁関係など無い筈なのに、この押しの強い所だけはなんだかソックリだ。

“そうと決まれば君達はパーティーに相応しい様着飾っておいで。僕はラム肉でも焼いて待っているよ”

“私はチーズリゾットでも作っておくわ。中に何を入れようかしら”

 夫妻に勧められ、涼子は昇に手を引かれながらピアノ室を辞し、一旦「望月」の私室へと引き上げた。


 望月の私室は2階の一番突き当りの部屋にあり、室内は広過ぎない、適度な大きさの間取りだった。

 男の部屋にしては素っ気無い程片付いているその部屋は、ベッドからデスクまで全てマホガニー材で調度が揃えられており、ブラウングレーとベージュを基調とした室内装飾も相まって、落ち着いた空間を醸し出している。

 特に目を惹くのは、一方の壁を半分以上占領した3架もある巨大な本棚で、遠目にタイトルは判らないが相当な数の本が、隅から隅までびっちりと詰まっていた。


「どうしよう昇、私ドレスとかプレゼントとか、何も用意してない……」

 だが部屋に入って開口一番、涼子はそう不安を口にした。

 何も無ければ呑気に「ここが昇の私室か」とでも感動していた所だろうが、今はそれどころでは無かった。

 いくら家庭のクリスマスパーティーと言えど、「着飾っておいで」と言われるからには、それ相応の衣装が必要なのだろう。

 確かにサンドラは遊戯室にいた時から深紅のマーメイドドレスを着ていた。あの格好のままリゾットを作る気だろうか?

 パニックになってしまったせいでごちゃごちゃと変な疑問まで湧いて来た涼子を落ち着かせる様に昇はその両肩へ手を置くと、「大丈夫です」と告げて自分のスーツケースを漁り始めた。涼子の物と併せて、メイドが運んでおいてくれたらしい。

「コンサート後のパーティーにいつでもあなたを随伴できるように、あなたの着るドレスは常に用意してあります。

 今回は残念ながらそんな暇はありませんでしたが……」

 言いながら昇はスーツケースの中から、黒いスレンダーラインドレスを取り出した。

 上質なサテン生地の上にレースが重ねてあり、襟ぐりはオフショルダーになっていて、シンプルなデザインながらも華やかさがある。

 引き続きパールのネックレスとイヤリングまでスーツケースから飛び出して、涼子はひたすら呆気に取られるしか無かった。


 いつの間に自分をパーティーへ随伴する前提になっていたのかは知らないが、コンサートの度に彼がこのドレスを持ち歩いていたのだとしたら、些か変態的ですらある。


「あなたがコンサートに着てくるあのブラウスとスカートは、まだクリーニングが終わっていませんし、何よりイブニングドレスに向きません。

 まずはこちらに着替えて下さい。俺もスーツに着替えますので」

 そのまま今度はクローゼットを開いた昇は、そこから適当にサマースーツをピックアップすると、早速後ろを向いて着替え始めた。


 昇の前で着替えるのは恥ずかしかったが、そんな事を言っている状況ではない。もっと恥ずかしい所を見られているのだし、と開き直って、涼子も服を脱ぎ始めた。

 ブラジャーの肩紐まで外し、手早くドレスを身に着けると、またもやサイズは誂えた様にピッタリで、涼子は昇の事が少々不気味になった。

 おまけに畳まれていたので気付かなかったが、着てみて初めてわかったドレスのデザインの全貌に、涼子は更に昇の情欲を垣間見た気がして、赤面する破目になった。スカート部分には腿までスリットが入っており、ただのオフショルダーだとばかり思っていたバックデザインも意外に大胆で、これでは肩甲骨の下まで、背中が丸見えだ。

「着替え終わりましたか?」

 殆ど焼け糞でネックレスを付けている最中に昇からそう問われて、涼子は「ああ」と生返事した。気が焦っているからか、どうも細かい金具が上手く噛み合わない。

「貸して下さい」

 先に着替え終わっていた昇は振り向いてそう言うと、涼子の手からネックレスを取り上げた。

 そのまま涼子の後ろに回り込み、そっとネックレスを付けてやる。

「……ありがとう」

 一気に面映ゆい気持ちになりながら礼を言った涼子を、しかし昇はいきなり背後から抱き締めてきた。

「本当に、罪作りな程美しいですね、あなたは」

 微かに劣情を滲ませた声で耳元で囁かれて、涼子はこんな状況なのに甘い痺れを背筋に上らせてしまう。

「つるりと綺麗な背中からのウエストラインが……ああ………抱いてくれと言わんばかりなのですよ、あなたは」

 欲の滲んだ甘い囁きを吹き込まれながら、脇腹からウエストラインまで長い指先が辿って、涼子は慌てて身動いだ。

「ダメだって! こんな事してる場合じゃないだろう?」

 強い声で咎めると、昇は諦めた様に大きな溜息をついて、ようやくその熱を持った体を離してくれた。

 涼子はお互いの熱を誤魔化す様に、わざと乱暴に自分のスーツケースを開けると、その中から靴の入った箱を取り出す。

 幸いにして、コンサート用にプレーンな黒いヒールを用意していた涼子は、履いていたぺたんこサンダルを脱ぐと、再びコンサートで履いていたそのヒールに履き替えた。

 イヤリングのスクリューをちまちまと締め上げる涼子の全身を検分しながら、眼を細めて昇が微笑む。

「なんというか……始めは眼鏡など邪魔なものだと思っていましたが、知的なセクシーさを感じさせて、これはこれで良いものですね」

「そんな事はどうだっていいんだよ。それよりも、プレゼントを用意していない事は、何も解決して無くないか?」

 一つ問題が解決した事で、逆にもう一つの問題が明白に気に掛かる様になって、涼子は昇の呑気な発言を無視すると情けない表情を浮かべた。

 そりゃ昇はプレゼントを事前に用意していてもおかしくないから呑気なものなのだろうが、望月の実家になど来る事を想定していなかった涼子は当然プレゼントどころか手土産も用意していない。昇にしろ、クリスマスに丁度涼子が現れるなんて予想出来なかった筈だから、ドレスと違って「用意してあります」と言うのは望み薄だった。

「安心して下さい、それも考えてあります」

 昇は涼子の手を取ると、品のいい笑みを浮かべながら彼女の眼鏡の奥にある瞳を覗き込む様にして首を傾げた。

「涼子さんが、和食を振る舞って下さればいいのですよ。幸いうちには調味料も揃ってますし」

「わ……しょく?」

 ぽかんとした顔をして、同じく首を傾げた涼子に、昇は頷く。

「そうです。サンドラは和食の調理がまともに出来ませんから、基滉は常におふくろの味に飢えています。

 頼まれて俺がたまに作るので調味料は揃っているのですが、俺よりあなたが作った方が、遥かに美味しいものが出来るでしょう」

 下手なプレゼントよりそっちの方がよっぽど喜ばれますよ、と言われて、涼子はそんなものなのだろうか、と納得した様な、しないような気分になった。

 ともあれ、プレゼントが何も無いのだから、その案を呑むより他に仕方が無い。


「では、行きますよ」と昇に手を引かれ、涼子は再びぶり返して来た緊張に足元をやや震えさせながら、望月の部屋を後にした。



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