Convalescent -恢復期-(上)

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@tenkufuga

7.Title(1)

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 景色を見ていたつもりだったのだか、いつの間にかまた眠り込んでしまっていたらしい。


 乱気流で機体が揺さぶられたせいで目覚め、二人仲良く肩を寄せ合い眠っていたのに気付いた昇は、窓の外、前方に近付いて来た摩天楼を確認すると、そっと涼子の肩を叩いた。

「涼子さん、起きて下さい。

 もうすぐ飛行場に到着しますよ」

 軽い呻き声を上げてから目を開いた涼子は、いきなり濃厚に口付けられてビックリする。

「お目覚めのキスです。

 涼子さんも、してくれたでしょう?」

 何食わぬ顔でそう言われて、涼子はひたすら赤面する破目になった。起きていたのに、知らんぷりをしていたのか、こいつは。


 ともあれ、衝撃でしゃっきり目は覚めた涼子を載せて、夕暮れの中、セスナは飛行場に降り立ち、二人はまたあの乗り降りしにくい狭い扉を潜り抜けて機体から下りると、パイロットと固い握手を交わした。

 昇は再びパイロットに笑顔で背中をばしばし叩かれている。「しっかりやれよ」とでも言われているらしい。


 パイロットと別れた二人は込み上げる充足感の中、駐車場に向かうと、R34に乗り込んだ




「で、これから何処に向かうんだ?」

 シートベルトを締めながら、涼子は昇に問い掛ける。

 ホテルはチェックアウトしてしまったし、夕食にするにはまだ少し早い時間だ。

 見遣った運転席の昇はだが何も答えずにキィを回してエンジンをかけると、無言のまま車を出して飛行場を後にした。


 車はパース市街地へと向かってはいるのだが、あれきり全く喋らなくなった昇からは何故か激しい緊張感の様なものが伝わって来て、つられた涼子もそのまま静かに口を閉ざす。

 程なく車は大きな邸宅が立ち並ぶ高級住宅街のエリアに入り、ついに涼子も昇の緊張の理由を理解した。


「『望月』の両親に、会って頂きます」

 やや強張った面持ちで、昇はそんな言い方をした。

「わかった」

 確かに彼の本当の両親ではない。両親ではないが、だからこそ起きる緊張というものが、存在した。

 昇は高級住宅街でも一番奥まった、緑に囲まれた白亜の邸宅に一旦車を横付けすると、ダッシュボードからリモコンを取り出して電動式の門扉を開け、ゆっくりとその中に車を進めた。


 5〜6台は駐車出来る、ベンツやBMWの並ぶ車庫の中にR34を収めて、二人はスーツケースを片手に玄関口へと回る。

 フェデラル様式で建築された、やや時代がかったその邸宅の玄関先で二人は大きく深呼吸して、昇は一度インターフォンを押すと、出た使用人らしき相手と二三言遣り取りした。


 間もなくウォールナットカラーの玄関扉が開いて、頭を下げたメイドに出迎えられる。

 玄関には大きなモミの木の鉢植えが置いてあり、赤と緑と白と金銀で、華やかに飾り付けがしてあった。

 昇はメイドに帰宅の挨拶をすると、父母はどの部屋にいるのか問うた。

 クリスマスディナーの前に皆遊戯室で寛いでいると聞き、昇はメイドに二人分のスーツケースを預けると、涼子を連れてそちらに向かう。


 臙脂の絨毯敷きの廊下を抜けて、重苦しいマホガニーの扉を二三回ノックして開けると、そこには「望月」の両親の二人だけがビリヤードに興じていた。

“あれ? お爺様とお祖母様も、こちらにいらっしゃると聞いて来たんだけど”

“お前、解っていてこの時間に帰って来ただろう。

 二人共、体が大儀だと言って、折角のクリスマスディナーを断って帰って行ったよ。

 全く、親族皆で過ごす決まりのクリスマスに、一体お前はどこをほっつき歩いていたんだ”

 問い掛けた昇に、「望月」の父は、顔を顰めて答える。どうやら祖父母とは入れ違いになってしまったらしい。

“兄さんだって帰って来てないじゃないか。俺がどこで何してようと、とやかく言われる筋合いは無いよ”

“あいつは俺が日本に置いて来た仕事をやってくれてるからだろう。ピアニストになってもフラフラしてるお前とは訳が違う。

 なんでお前だけでも約束を守らないんだ”

“あら。その答えは、後ろのお嬢さんが知ってるんじゃないかしら”

 押し問答をする父子に、栗色のカールした長い髪を揺らしながら頬に指を添えて、「望月」の母は微笑んだ。

“友基、そちらのミステリアスなお嬢さんはどなた? 紹介して頂けないかしら”

 言われて昇は涼子の腰に手を添え、彼女を一歩前へ押し遣った。

“涼子・西原。最近お付き合いさせて頂いている、俺の恋人だよ。

 ………将来的には、結婚するつもりだ”

 言い終わった昇に、涼子も“Nice to meet you,Sir and Madam.”と付け加える。


 両親は大きく目を見開いて、驚いた表情で涼子を見詰めた。

 父親の方が、先に動いて涼子に近付く。握手を求められて、涼子は緊張しながらも笑顔でそれをこなした。

「友基の父の基滉のりあきです。

 ……君が西原君か。友基からは聞いているよ。思った以上に知的で真面目そうなお嬢さんだ」

「ありがとうございます。お褒め頂いて、光栄です」

 いきなり日本語でベタ褒めされて、涼子は驚きながらもなんとか礼を述べる。

“こんなに落ち着いた品のいい子連れて来るなんて思わなかったわ! 友基、今までの女性の趣味とんでもなかったんだもの。

 友基の母のサンドラよ。よろしくね!”

 そうしている間にも今度は母親に抱き付かれて、涼子は目を白黒させた。

 「ごめんなさい、我慢して下さい」と昇に囁かれて、涼子は引き攣った笑顔を顔に貼り付けたまま、なんとかそれを耐えた。


“――父さん母さん、今日はそれだけを言いに彼女を連れて来た訳じゃないんだ。

 ピアノ室まで来てくれるかな”

 言うと昇は、やっと母親の腕から逃れた涼子の手を引いて、ピアノ室の方へと向かった。



 音楽家の家らしい、広々としたピアノ室の奥にはスタンウェイのセミコンサートモデルが鎮座していて、壁には幾つかのヴァイオリンケースが掛けてあった。

 それを見て、涼子は確信に至る。「望月」の母親、どこかで見た事があると思ったら、高名な女流ヴァイオリニストのサンドラ・マッケンジーだ。

 昇は何故今まで隠していたのだろう。初来日コンサートのパンフレットにも、演者紹介にその旨は書かれていなかった筈だ。


 並ぶヴァイオリンケースを眺めながら疑問に思っていると、「涼子さん」と声を掛けられる。

 発信源の方へ振り向くと昇は既にピアノチェアへ腰掛け、おいでおいでとこちらを手招きしていた。


 涼子は彼の意図を理解して一瞬で青褪める。

 まさか、世界的ヴァイオリニストの目の前で、自分の素人歌唱を御披露しろというのか!?


 ――だがしかし、残念ながら彼の意図はその様だった。


 涼子は渋々ピアノまで近付くと、ギャラリーである望月の父母の方へと振り向いた。

 二人は仲良さ気に肩を寄せ合い、期待に満ちた目を輝かせてこちらを見詰めている。


 ―――ええい! ままよ!


 これもお宅にお邪魔させて頂いた礼だ、余興として笑って貰おう、と割り切って、涼子は腹を括ると、静かに始まったピアノ前奏を目を閉じて聞きながら時を待ち、大きく息を吸い込んだ。



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