Convalescent -恢復期-(上)

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@tenkufuga

7.Title(1)

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 ボードウォークを下りた所で、二人はガイドとパイロットの二人から、温かい拍手で迎えられた。

 どうやらプロポーズをバッチリ見られていたらしい。昇などはパイロットから「よかったな」とでも言う風にばしばし背中を叩かれていて、その恥ずかしさに二人はひたすら照れ笑いを浮かべるしか無かった。


 再び駐車場に戻った一行は、バンに乗り込むと、今度はシェルビーチを目指した。

 シェルビーチまではさほどの時間は掛からず、10分少々で、一行はその一面砕けた貝殻で構成された美しい砂浜に辿り着く。

 ストロマトライト以外見る物のないハメリンプールと違って、シェルビーチでは野生のイルカが餌付けされており、時々浜辺を訪れるそのイルカ達に出会おうと、結構な人数の観光客があちらこちらから海を眺めていた。


 昼食が用意されるという事で、涼子と昇はゆっくりと砂浜を歩いて、併設のレストランまで向かう。

 イルカの餌やりタイムは逃してしまったが、浜辺では何故か数羽の大きなペリカンが、そのモノクロに色分けされた羽を休ませていて、##NAME##はサブリナパンツの短い裾をさらに折り畳んで丈を短くすると、サンダルを脱いで波打際に入り、暫くペリカン達の優雅な昼寝をじっと眺めた。

 ビーチと聞いたので、水着を用意して来れば良かったと思ったが、脛まで脚を浸けた海水は、初夏にしては意外に冷たい。下手に泳いだら、結構な勢いで体温を奪われそうな水温だった。

 それでも現地人は慣れているのか、幾つかの白人の集団が水着姿で海水浴に興じていて、涼子はその頑健さに少々驚く。


「涼子さんの水着姿が見たかったですねぇ」

 傍らに立った昇が、手で目の上にひさしを作りながら、海水浴集団と涼子とを交互に見遣る。

「まあ解らないでは無いけどな」

 残念ながらシェルビーチを訪れている人々の平均年齢は高く、その水着姿はお世辞にもピチピチとは言えないものばかりで、いくら醜い顔をしていたとしても、この中で水着姿になれば最も見れたものになるのは涼子くらいなものに違い無かった。

「今度は真夏に来るとしましょう」

 言い置いて、昇は裸足のまままたゆっくりと、レストランの方に向かう。慌てて涼子も、それを追い掛けた。


 辿り着いたレストランはコテージ風になっていて、下の水道で足を洗うと二人はビーチを一望出来るテラス席へと腰を落ち着けた。

 日差しが遮られたテラス席は海風が気持ちよく吹き抜けており、リゾート地の穏やかに流れる時間が快適に満喫出来る。

 メニューはパッケージツアーとして最初から含まれていた様で、二人それぞれの前に大皿に盛り合わされたフィッシュ&チップスと、付け合せのサラダが運ばれて来た。

 涼子は一人分のその内容量の多さに一瞬驚いたが、傍らを見遣ると昇は驚いた様子もなく何食わぬ顔で手を合わせて「いただきます」をしている。


「――食べないのですか?」

 問われて涼子も手を合わせ、とりあえずフィッシュフライの方から手を付け始めた。

 フィッシュフライは外側がパリパリしているのに内側がほこほことしていて、タルタルソースとの相性も抜群に良く、大層美味しいものだった。

 だが特に涼子を感動させたのはポテトフライの方で、大ぶりにストレートカットされたそれは自家製の衣を付けてあるのか、外側の歯応えがザクザクカリカリとしている。だが舌の上に移動するとぎっしりと詰まっていた芋のデンプン質がねっとりと広がり、ちょっと日本では食べられない程の食感と美味しさだった。


 だが、どんなに美味しかろうと胃の容量というのは有限である。

 涼子は八割程を片付けた所で、どうしても残り2割のポテトフライが入って行かず、ここでギブアップする事にした。

 昇の方の大皿を見ると、何事も無かったかの様に綺麗に片付いている。

「よく食べ切れたな」

「日本人が少食なだけですよ」

 昇は肩を竦めると、オレンジジュースに口を付けた。

 そう言えば確かにアメリカやイタリアでは、日本人には食べ切れない程の食事量が普通に食べられており、日本人は少食扱いされていると聞く。オーストラリアも同じ様なものなのだろう。

 食べる量が違うから、体格も筋肉量も違うのかも知れない。

 涼子は勿体無いが諦めて、傍らのオレンジジュースのグラスを手に取ると、自分もそれを飲みながら、またゆっくりとビーチを眺めた。


 暫くして、そうしている事にも飽きた二人は、またビーチサイドに出ると、ゆっくりと散策を始めた。

 砂浜の終わる内陸側には芝生が敷き詰められ、所々にヤシの木が植えられており、宿泊客用のコテージが洒落た佇まいで立ち並んでいる。


「昨日のバッハのピアノソナタ、素晴らしかったよ。あんな解釈の仕方もあったんだな」

 風に揺れるヤシの木の葉を眺めながら、涼子はなんとなく昨夜のコンサートを思い出していた。

「ええ、すこし曲想を変えてみました」

 足元の芝生の鮮やかな緑を楽しみながら、昇が答える。

「ほら、だから言っただろう?」

 昇は何の事かと小首を傾げて涼子を見遣った。

「お前にはきちんとお前なりの音楽の才能があるんだよ。私の劣化コピーなんかじゃない。

 ――次から一回自分を卑下する毎に一回キスだからな!」

 大仰に指を突き付けられ言われたが、昇にとってそれでは全く罰ゲームになっていない。

「――自分を卑下したらあなたからキスしてもらえるんですか!? やった!

 あ〜俺は駄目人間なんです価値のない人間なんです〜……

 ―――はいっ! キスしてください」

 勢いだけで昇の真似をしてしまって自分で真っ赤になっている涼子に、軽く腰を折って昇は唇を突き出して来る。

 耳まで赤くなった泣きそうな顔で涼子は数瞬逡巡していたが、約束は守る主義なのか昇の唇に軽く触れるだけのキスを落とした。

「はあぁ〜……幸せです。

 その条件、一回卑下したら一回セックスにまかりませんか?」

「まかるか!!!」

 胸に手を置いて陶然と感動に浸る昇に、「とにかくこの条件は取り消しだ取り消し!」と言い置いて、涼子はずんずんと砂浜の方へ歩いて行った。


 日が傾き、日差しが弱まって来た所で、監視所に詰めていたらしいパイロットがこちらにやって来た。そろそろ帰る時間なのだ。

 こののんびりとした、贅沢な時間が終わってしまうのは非常に後ろ髪引かれたが、二人は浜辺を後にすると、またガイドとパイロットと共にバンに乗り込み、飛行場を目指した。


 荒涼とした赤土砂漠とブッシュを20分かけて駆け抜け、バンは飛行場に戻って来る。

 ガイドとはここでお別れで、別れを惜しんで握手していると、急に彼女は滑走路の向こうを指差し、涼子の肩を叩いた。

「イグアナがいるそうですよ。ほら、あそこ」

 昇も通訳してくれて、指を差す。その指し示す先には、大きなイグアナが、逆光にシルエットを浮かび上がらせて、のたのたと滑走路を横切ろうとしている所だった。

「とても希少な種らしく、普段はなかなか見られないそうですよ。見られたあなた方は、きっと幸せな夫婦生活が送れますよ、と」

 涼子は“Thank you so much!”と繰り返して、ガイドの温かい掌を握り直した。


 笑顔で手を振るガイドに見送られて、三人に減ったメンバーはセスナで飛行場を後にする。


 往路で眠ってしまった昇が「ほら! 見て下さい涼子さん! ピンク色の湖ですよ!」などと眼下の絶景にはしゃいでいるのを耳にしながら、今度は涼子が段々と眠くなり始めて来た。


 うつらうつらと舟を漕ぎ始めた涼子の体を自分の方へともたせ掛けて、昇は優しく髪を撫でてやると、そっとそのつむじにキスを落とした。


 自分も確かに眠れていなかったが、12時間のフライトのうえ気の張り詰めた慣れない海外の環境で、彼女も疲れていたに違い無い。

 おまけに体力を消耗する「運動」をさせて、朝5時に叩き起こしてここまで引っ張り回して来たのだ。眠くならない訳が無かった。


 昇はそっと涼子の左手を取ると、一度静かに彼女の薬指に嵌まるエンゲージリングへと口付けてから、またゆっくりと下ろした。

 その柔らかな手を握ったままの親指で、優しく彼女の滑らかな手の甲を撫で続ける。



 昇は移り変わる窓の外の景色を眺めながら、長い時間、そうしていた。




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