Convalescent -恢復期-(上)

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@tenkufuga

7.Title(1)

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「2回、ですね」

 内省していた所で、急に昇が呟いて、涼子は彼の横顔に顔を向ける。

「……2回? 何が?」

「2回ご自分を卑下されましたので、2回キスです」

 言われて涼子は一気に赤面する。

「まだ続いてたの!? そのルール!?」

「勿論です。悪い癖を直すには、癖を自覚させる罰を設けるのが一番ですから」

 しかつめらしい大学教授の様な顔でそう言い置いて、昇はフロントガラスの上方を指差した。

「そろそろ着きますよ」

「………空港?」

 彼が差した先には小型のセスナ飛行機が離陸して行くのが見えて、どうやら目地す先が小型飛行機用の空港だった事が分かる。


 昇は空港のだだっ広い入口を潜り抜けるとこれまただだっ広い駐車場まで車を走らせ、酷く適当な感じで消えかけた升目の中に車を停めた。

「涼子さん?」

 肩を叩かれ振り返って、しっかり2回、濃厚なキスをされる。

 このまま押し倒されるんじゃないかと思う程の熱い息遣いを残して、昇はすっと身を離すと、そのまま車を降りてしまった。

「パスポートなど貴重品は持ちましたね?」

 まるで何事も無かったかの様な冷静な声で昇に問われて、涼子はなんとか「大丈夫」と答える。

 昇の持つボディバッグと同じ様に、持ち歩き用に貴重品などを、すでに涼子は小型のリュックへ纏めて持っていた。


 ――キ……キスにドキドキしてるの私だけなのか?


 何だか情けない気分で降り立った空港の駐車場は、妙に砂っぽく、アスファルトを敷いてあるにも関わらず所々に黄色い砂溜まりが出来ている。

 まだ朝7時にもなっていないのに、かなり日差しが強くて、涼子は思わず目を細めた。

「さ、行きましょう。あそこが事務所です」

 促して来た昇に、そのまま二人、連れ立って、白壁の小さな事務所へと赴いた。


 事務所ではパイロットらしい徽章付きの制服を来た、金髪のガタイのいい大男に迎えられ、中に入るなり、涼子は驚く。

 室内にはあちこちにセスナの写真が貼ってあり、その胴体に記されたロゴは事務所の玄関上に張り付いていたものと全く同じで、つまりこの小さな事務所自体が、ひとつのセスナ航空会社だったのだ。


 昇が「移動に時間がかかる」と言った理由が、涼子は大体読めて来た。

 大方、パースから遠く離れてデートをする為に、セスナを使って長距離移動をしてやろうというのだろう。


 昇は受付でパイロットの指示を得ながら、何か申込書類の様なものを書いている。

 パイロットはくちゃくちゃガムを噛んでいて、日本人の涼子の目から見ればあまり態度がよろしく無いのだが、昇は気にした様子もない。どうやらオーストラリアでは、よくある事らしかった。

 昇が書き終わると、パイロットは昇に握手を求めて来た。

 笑顔でそれに答えた昇と固く握手をしたパイロットは、次に涼子に向かって握手を求めて来る。

 なんだかよく分からなかったが、今からこの人に命を預ける事になるのだろうと、涼子も笑顔でそれに応じる事にした。


 事務所を出た3人は、そのまま強まる日差しの中を、飛行場の中心の方へと歩いて行く。

 パイロットの案内で到着したそこには、小型のセスナが5台停まっていた。

 その内の一番手前の1台に、一度パイロットは潜り込むと、小さな籠を持って戻ってくる。

 籠の中には幾枚かの紙袋と、耳栓が大量に入っていて、パイロットは何事か説明しながら一つづつ取る様にとジェスチャーした。

「耳栓は離着陸時の気圧変化から耳を守るためと、プロペラの騒音が気になる時に、紙袋は酔って気持ち悪くなった時に使ってくれとの事です」

 通訳した昇に、パイロットは紙袋の一つを手に取って広げると目を見開いて目玉をくるくると回してから舌を出した。厳ついが、なかなかに茶目っ気のある性格をしているらしい。

 涼子が“OK. I understand.”と答えながら籠から二人分を取ると、パイロットはまたセスナの翼の上に飛び乗り、“Come on!”とジェスチャーした。

「えっ!? そこから乗るの!?」

 思わず口に出てしまったが、どうやらそうらしい。

 先行した昇に手を引いてもらって、涼子がセスナの翼の上に立つと、パイロットはどう見ても窓としか言い様のない位の小ささのドアを前後2つ開け、前方操縦席側へ、自分は潜り込んだ。

 よくこの小さい入口からあの大きさのガタイを押し込めるな、と、涼子は変な関心をしてしまう。

 が、彼よりも身長の高い昇が脚からすんなり後部座席へ潜り込んだのを見て、涼子も勇気を出して、脚からその窓みたいに小さいドアを潜り抜けた。

 「足元に気を付けて」という昇にふらつきながらなんとか後部座席に腰を落ち着けて、涼子は運動音痴な自分が問題無く乗り込めた事にホッと安堵する。


 機内は軽自動車程のスペースも無く、中々に狭かった。尾翼側になる後部座席の後方には、ごちゃごちゃ何かの荷物や機材が置かれてあった。

 「操縦中は危険なので写真のフラッシュは炊かない様に」と指示をしてきたパイロットは、そのまま一旦操縦席を出ると、後部座席側の扉を閉め、再び操縦席へと戻る。

 サングラスをかけ、インカム付きのヘッドセットを着けて、幾つかのスイッチを入れると操縦桿を握った。いよいよ離陸だ。


 土埃の激しい、あまり平らと言えない様なデコボコとした滑走路を走り抜けて、セスナはついに風に乗り、離陸した。

 プロペラ音の大きさも、上昇時にかかる気圧の変化も、思った程のものではなく、そのまま二人は耳栓を使わずに窓の外をじっと眺める。

 大きく旋回しながらパースの摩天楼を下に見たセスナは、そのまま上昇しながら北に向けて飛行を始めた。


「凄い……綺麗だ……」

 インド洋とオーストラリアを分ける美しい海岸線を眼下に見下ろして、涼子は感嘆の溜息混じりに思わず声を漏らす。

 見下ろした高高度からの景色はまるで地図アプリから衛星写真でも眺めるかの様で、徐々に移り変わって行く海岸沿いのその風景は、湖にブッシュ、砂漠に港町、はたまたどこまでも続く線を引いた様な道路と見飽きる事が無い。


 ふと、半身に何かがもたれ掛かってきて、涼子は振り向いた。

 昇はいつの間にかすうすうと眠ってしまっていて、涼子は少し、苦笑する。

 やはりコンサートの後、あんな激しい行為をして、無理をしていたのだ。

 おまけに今朝も5時起きで運転だ。恐らく、殆ど眠れていなかったのに違いない。

 疲れていたのだろう。感情も高ぶりやすくなる筈だ。


 涼子はそっと優しく昇の髪を撫でてやると、額に一度口付けて、また、眼下の景色を見下ろした。




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