Convalescent -恢復期-(上)

天空風牙@フォローリクエスト受付停止中
@tenkufuga

7.Title(1)

この小説は夢小説 (名前変換ができる小説) です。
キャラベルに登録してログインすると、登場人物の名前をお好きな名前に変更できます。


 それでも涼子が自分から財布も開こうとしなかったのは、純粋に英語力の問題だった。

 チェックアウト処理のためフロントでセンチュリオン・カードを出す昇を邪魔して、コンシェルジュへと「これとこれの分は私が現金で払います」と要求を付け加えるには、涼子の中学生レベルの英語力はあまりに心許ない話だったからだ。

 増してや、昇は英語こそが母国語なのだ。自分が片言で何を言った所で、コンシェルジュが自分の方の話を熱心に聞いてくれる可能性など想像出来なかった。

(こりゃ昇とオーストラリアにいる限り、私が支払える隙なんて無さそうだな……)

 諦めの境地で素直に支払われている涼子に気を良くしたのか、昇はカードを仕舞ってフロントコンシェルジュに一言二言何か話しかけると、こちらに微笑み掛けてきた。

「車を出して来ますので、このままここで荷物を見ていて下さい」

 絶対にここから動いちゃ駄目ですよ! と言い置いて、昇はエレベーターホールへと足早に去って行く。地下駐車場へでも向かったのだろう。


 自家用車で来てたんだ……と思いながら、ふと涼子はある事に気が付く。そう言えばパースは「望月」の実家がある街だ。そもそも何故彼は実家に帰らずに、ホテルなんかに宿泊していたのだろう?


 首を捻っていた涼子は、だが、考え込んでいたせいで、自分のすぐ側に見知らぬ男が立っていた事に、気付かなかった。

 急に筋肉質な腕に肩を抱かれて、涼子はびくりと身を竦ませながら、傍らを見遣る。

“Are you a new lover of Tomo?

I'm Will.

Let’s hang out with me after this!

Tomo is suck! He is enjoying you all the time.

I wanna join you too.”

 赤毛のガタイのいい白人に、いきなりスラング混じりのネイティブスピードで捲くし立てられて、涼子は目を白黒させた。とにかく“No thank you”のワンフレーズしか口から出せない。

“why not?

take it easy! Live it up!”

 押し問答している間に、エントランスから昇が駆け込んで来た。男の腕を涼子の肩から引き剥がし、恐ろしく冷たい荒れた声で、怒鳴り付ける。

 二人は二言三言言い合いを続けたが、コンシェルジュがフロントブースから止めに入ろうとしに来たのを察知したのか、男の方が折れ、肩を竦めてエレベーターホールの方へと去って行った。

「大丈夫ですか? 何かされませんでしたか?」

 寄って来たコンシェルジュに文句らしきものを言ってから、昇は振り向き心配気に眉を寄せた。

 びっくりしたが大丈夫だったと話すと、とっとと出ましょう、と、昇はスーツケースを転がして自動ドアの外に向かった。

「知り合いみたいだったけど……大丈夫なのか?」

 言って昇を追い掛けた所で、涼子はエントランスに停めてある車の車種に仰天する。



日産スカイライン、R34 25GT-XT。



「滅茶苦茶走り屋仕様じゃないか!」

黒く光を反射するリアスポイラーを跳ね上げてトランクにスーツケースを収め始めた昇は「そりゃそうでしょう」と片眉を跳ね上げた。

翔空あなたの飛行時のトップスピードは音速ですよ? これでもまだまだ全然追い付きません」

「え? 翔空わたしって、空も飛べたの!?」

 さらっと凄い事を言われて、手伝いながら涼子は更に仰天する。

風天ふうてんなのだから、当然でしょう?

 あなたと併走する破目になることを想定して、人間界に来て最初に買った買い物が、これですよ?」

「そうか、だから……」

 自分が空を飛ぶ夢ばかり見ていた事を思い出して、涼子は心から腑に落ちた。

 やはりあれだけリアリティを伴った飛翔する夢を見るというのは、欲求不満なんてチンケな理由では無かったのだ。

「早く乗って下さい。またあいつが戻って来たらかなわない」

 若干苛々した口調でそう言われて、涼子は慌てて助手席に乗り込んだ。



「それにしても、迂闊でした。

 地元の人間が利用しない地元のホテルなら、『望月』の旧友と顔を合わせることもないと思っていたのですが………

 あいつはニュージーランド出身でしたね……」

 エンジンをかけ、車を出した所で、昇は心底うっとおしそうにそう言った。

「それで、実家があるのにホテルになんか泊まってたのか」

 得心のいった顔で、涼子は顎を撫でる。

「まあ理由はそれだけではないのですが」

 言うと昇は、運転しながらオーストラリアでのクリスマスの常識というものを教えてくれた。


 日本では一般的に、クリスマスというのは恋人達の逢瀬のイメージが強いが、キリスト教国ではそうではない。

 信心深い人は早朝から教会のミサに参加し、そうでない人々も、普通は家族で過ごす。

 一般的にはクリスマス前から長期の休みを取るのだが、その内容は様々で、親族皆で旅行に行ったり、昨日のコンサートの様なものに参加したり、一族総出でガーデンパーティーを開いたりと様々だ。


「あの男はロットネスト島にでも観光に来たのでしょうね。やはりあそこを避けたのだけは正解だった様です。

 クォッカを是非あなたに見せてあげたいのですが、今は時期が悪い」

 言って昇はまた眉を顰めた。クリスマス休暇を利用してロットネスト島に長期滞在するパースの住民は多いという。

 涼子も渡豪前にパースの観光情報をある程度見ていたせいで知っていた。


 クォッカはロットネスト島というパース沖合の小島に生息している、小型のワラビーの一種だ。

 「世界一幸せな動物」と通称される通り、口角の上がった口元とモフモフとした体、つぶらな瞳がとにかく愛くるしく、人をあまり恐れない事もあって、涼子も機会があれば是非是非触れ合いたいと思っていた動物だったのだ。


「でもあそこまで冷たく当たる必要は無かったんじゃないのか? もう少し穏便に……」

 ホテルにも迷惑をかけるし、と涼子はそう言ったが、昇は深い溜息をついて、ちらとこちらに視線を送って来た。

「あなた、あいつに何言われてたか、理解していますか? ……まあ、理解していないからそんなことを言うのでしょうね」

「お前も聞いて無かっただろ? お前の恋人かと聞かれて、この後何処かに一緒に行かないかと誘われただけだよ」

「それが理解していないというのです!」

 いきなり大きな声を出されて、涼子は驚いて昇の方を向く。

 昇は「すみません」と小声で言うと、暫く感情を抑える様に息を整えた。

「彼の言うことを聞いていなくても、大方想像は出来ます。

 『望月』は、自分が新しい女を手に入れると、仲間内でそれを共有する様な男でした。

 とにかく彼の友人達はタチが悪く、俺も人間関係の整理には苦労しましたよ。

 ………俺の言っている意味、理解出来ましたか?」

 横目で問われて、涼子はさあっと血の気が引く思いがした。


 つまりあの男は、昇と自分で恋人である涼子の体を、共有しようとしていたのだ。


 昇がなるべく地元をうろつきたくない訳だ。増してや、涼子を連れて。

 昇の方から友人関係を一方的に切ったとは言え、いつ彼女に手を出されるか、分かったものでは無いのだから。


「でも、私は共有される程よろしい見かけじゃ……」

「あなたは男という生き物を解っていないですね」

 苛々と決め付けて、昇は続けた。

「とにかく、あなたは俺を魅了する程度には美しい肢体をしているのです。金輪際そういう訳のわからない油断をしないで頂きたい。

 痛い目を見てから後で嘆いても、遅いのですよ?」

「眼科行った方がいいな、お前は」

「俺の美的センスを馬鹿にしているんですか?

 ――大体そこまでひとの容貌に拘る意味が俺には分かりません。

 天界では、醜い容姿を蔑む概念自体がありませんから。

 俺の腹違いの兄なんて、父親の頭、象ですよ?」

「象?」

 言われて涼子は首を捻る。象って、あのパオーンパオーンの象のことか?

「ガネーシャ神ですよ。密教では歓喜天かんぎてんと呼ばれています」

 言われて涼子もなんとなく思い出した。確かにそんな仏様を見た事がある気がする。

「親父が間違えて頭切り落として、代わりに象の頭くっ付けても支障無く子供作れる程度には、天界では醜さなんてどうでもいいですよ」

 語られた滑稽な経緯いきさつは、だが妙に説得力があって、涼子は思わず笑ってしまった。

「じゃあやっぱり、生まれてきたお前の腹違いの兄も、頭が象なのか?」


 ――今度は昇が爆笑する番だった。


 片手で腹を抱えて大笑いされて、涼子は慌てて「運転運転!」と注意を促す。

 昇が爆笑する所など、初めて見た。少々呆気に取られながら涼子は、まだおかしそうにクスクス笑っている昇の横顔を眺める。

「そんな訳ないでしょう。兄は普通ですよ。

 ――もう、涼子さんには敵わないな」

 言った昇の横顔は本当に楽しそうで、一気に和やかになった雰囲気の車内に、涼子は何だかほっとした。

 折角のデートなのに、些か二人、雰囲気の悪い会話を交わし過ぎだったのだ。


 その殆どは自分のせいなのだが。涼子は少々反省する。



2 / 14