Convalescent -恢復期-(上)

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@tenkufuga

7.Title(1)

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 なるべく昇は、彼らを避けていた。


 望月家のクリスマスは、イブとクリスマス、両日に親族を交え、どちらも盛大に行われる。

 既に実績があり、必死で仕事を詰め込む必要の無いサンドラは、しっかりとクリスマス休暇を取り、自宅勤務の基滉と共にパーティーの準備に精を出すのが常だった。


 一日目のクリスマス・イブはバーベキュー大会。

 マッケンジーの実家の方に食材を皆で持ち寄って、サンドラの従兄弟や甥姪まで集まり催される賑やかなものだ。

 二日目、クリスマスの日中はガーデンパーティー。

 こちらもサンドラの両親を迎えて、家族皆で華やかに行われる。

 だが大抵の場合、クリスマスの夜には祖父母は内孫と過ごす為に自宅に帰ってしまい、クリスマスディナーは日本にいる望月の兄を除いた家族3人で行う慣習になっていた。


 昇はなるべく、多くの親族に会いたく無かった。


 元の「望月」を知っている相手が多ければ多い程、ボロが出る可能性が上がる。

 だから昇はピアニストとして身を立てて以来、クリスマスの両日には容赦無く他の予定を詰め込んだ。仕事がどうしても入らない時は、言い訳を作ってでも、クリスマスが過ぎるまでずっと外に出ずっ張りでいた。



 両親といるだけのクリスマスの夜すら、彼がどうしても避けたかったのは、彼が「家族」では決して無いからだった。



 本来家族で過ごすものであるクリスマスに、家族のフリをした偽物が、平気な顔で紛れ込む。

 一緒にはしゃぎ、満面の笑顔で愛の篭ったプレゼントを受け取る。

「グロテスクでしょう?」

 自嘲気味に嗤うと、昇はデスクの上に放り出していたヴァイオリンケースの蓋を開けた。先程メイドが水差しと共に持って来てくれたものだ。

 そのまま彼は取り出したヴァイオリンを矯めつ眇めつすると、f字孔を覗き込み、口を開いた。

「やはり。ストラディバリウスではなくその写し、ストラディバリウスタイプの新作ですね」

 望月は実力も無いのにネームバリューだけでストラディバリウスを欲しがっていたのに違い無い。相応の演奏技能と、それに伴う目利きの知識を持ち合わせた昇には、それが本物で無い事などすぐに分かった。

「なんだ。サンドラさんにしてやられたのか? でもそれなら良かったじゃないか」

 涼子はストラディバリウスではない、というそのヴァイオリンをもっとよく見ようと、ベッドの枕元に置かれていた眼鏡を掛け直した。偽物の昇がストラディバリウスを受け取るという事に相当の動揺と抵抗を示していたのを思い出しながら、安心して口の端に僅かに笑みを上らせる。大した価値の無い新作楽器なら、むしろその方が昇の心理的負担は少ない筈だった。

「いえ……」

 言った昇は弓を取り出して締めると、慎重にヴァイオリンの顎当てを調整し、調弦を始めた。音楽家の住む家だ、こんな時間に演奏しても問題が無い様、全室防音なのだろう。


 昇がボーイングする弓が弦を一撫でし、涼子は曲を演奏する前、その調弦の段階で、既に判別出来た音色の美しさに息を飲む。


 深く、艶のある、張りに満ちたその音の鳴りはまるで涼子の声の様で、昇は調弦を終えるとそのままサラサーテのツィゴイネルワイゼンを弾き始めた。

 第一部を弾き終えた所で、昇は弓を下ろす。間違い無い、下手なストラディバリウスを超える出来の、200万円は値の付く逸品だった。

 昇は深く溜め息をつきながら弓を緩めるとヴァイオリンと共にケースに収め、今度はデスクに立て掛けてあったギターケースを開いた。

「マーチン……」

「ええ。D45ですね。どちらも200万は下らない」

 ヘッドに描かれたロゴを読み上げる涼子に、昇はまた大きく溜め息をつく。これだから、実家でクリスマスなど過ごしたく無かったのだ。

「―――でも少し、私はお前が羨ましいよ」

 またギターケースを元通りに閉じていく昇を横目に、涼子は苦い笑みを顔に上らせた。

「例え本当の自分自身に向けられた愛情で無くても、貰えるだけ、まだマシだ」


 望月夫妻と、昇。


 その三人の遣り取りに囲まれながら、涼子はずっと「家族というものは本来こういうものなのか」と、思っていた。

 涼子の中では穏やかな家族関係というものはあくまでドラマや漫画の中のものであって、そのドラマや漫画の中の一シーンが連続的に続く「普通の家庭」というものが、全く想像も実感も出来なかったからだ。

 だから、彼らが婚約者の自分を「家族になるのだ」と受け入れてくれ、本物の家族に対する様に夢を叶えるため尽力してくれようとしている事は、罪悪感など遥かに振り切って、本当に感謝しか感じられなかった。

 それに比べてあの父親が、仮に自分の容姿が良かったとしても、歌手なんて水物商売を目指す事を許しただろうか。


「勉強しないとルンペンになるぞ」が口癖の、教科書と参考書以外は見つかり次第全て破り捨てる、あの父親が?


―――考えるだに馬鹿馬鹿しい。


「俺の過去を思い出しても、あなたにそれが言えますか」

 不自然に平板な口調で呟いた昇に、涼子は一気に追憶から引き戻される。

 振り向いた昇は、自嘲とも悲しみともつかない辛そうな笑みを、僅かに口端に上らせていた。

「そんなことは、解っているのですよ」

 解っているからこそ、辛くなるのだ。


 孕まれてすぐ、母と自分を捨てた父。

 その心労で、早逝した母。

 自分の体を慰み物にする事で、その痛みに耐えようとした、同じ境遇だった父の違う兄。


 願っても願っても、手に入る事の無かった暖かい「普通の」家庭を、他人に擦り代わる事で初めて手にした昇に、それに対する執着が生まれない筈が無かった。

 本物の我が子に対する愛情を、相手を騙して受け取っているその罪悪感とは裏腹に、飢えた心に刻み込まれる初めての「家族団欒」は強力で、馬鹿みたいに自分に言い訳をし、誤魔化して、結局貪欲に受け取ってしまうのだ。


「何か……方法は無いのか? 『望月』の体なんて使わなくて済む、方法が」

 俯き、痛みに耐える様に顔を顰める昇に、涼子は問う。

「あれば最初からそうしています」

 言うと昇は立ち上がり、再びデスクの電話を取る。涼子が気が付き、無事な事を伝えると、騒がせた事を詫び、受話器を置いた。

「あなたは命を狙われているのですよ? 自覚が無いのですか?」

 ヘッドまで戻って来た昇はぎしりと音を立てて膝で上に乗り上がると、ゆっくりと涼子ににじり寄った。

「俺が望月の体を離れれば、望月の体に封じられていた力は全て解き放たれ、あなたの位置を知る良い目印になります」

 そのまま昇は片手で涼子の頬を包み込むと、親指で滑らかな感触の絹の肌をそっと撫でた。

「おまけに人間の肉体がなければ、能力を発現して追手に気付かれるリスクを冒さない限り、物理的危機からあなたを守ることさえ叶いません。

 忘れましたか? 俺が『天部は霊的な存在』だと言ったことを」

 こうして実体を持ってあなたに触れることすら出来なくなるのですよ、と、昇は言った。

「でも、私はお前の傷跡に触れられた……」

「そうですね。それも望月の肉体があってのことでしょう」

 そのまま食まれる様に何度も口付けられて、涼子はその熱に蕩けた霞がかる頭で漠然と違和感を覚える。


 ―――認識が、存在を形作る。


 昇はあの時、その傷跡を、「俺とあなたしか知らない」と言った。

 望月にはないその傷跡に涼子が触れられたのは、涼子の認識がそこに確かな「実体」を形作ったからこそではないのか?


「あんな偽物の両親なんて、どうでもいいのです。この体もあいつらも、精々あなたのために利用して、必要が無くなれば捨ててしまえばいい。

 あなたのためだったら何だって、俺は利用して、犠牲にしてやる。

 俺にはあなたさえいれば、それでいいんだ。

 俺本来の姿を知っている、あなたさえ俺を愛してくれれば」

 だが、まるで自身を罰するかの様に偽悪的に繰り返す、昇の縋り付く様な声と熱情に攫われて、涼子はそのまま何も考えられなくなる。

「抱かせて下さい、あなたを。

 この体で全部、感じさせて……」

 泣きそうに顔を顰めながら確かめる様に涼子の体をまさぐる昇を、涼子は初めて自分から、ぎゅっと、抱き締めた。


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