Convalescent -恢復期-(上)

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@tenkufuga

7.Title(1)

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「ところで、友基からのプレゼントは何なんだい?

 当然彼女の作った和食より、俺が気に入る物なんだよな?」

 二人にからかわれて頭を抱える昇に、基滉は更に追い打ちをかける。

 ハードルを吊り上げられて顔を引き攣らせながらも、昇は傍らに置いてあった紙袋から長方形の小箱を取り出した。

“はい、父さん母さん、メリークリスマス”

 手渡されたそれの包装を、早速開け始めた基滉は、開けた箱の中からペンらしき物をつまみ上げ、ニヤつきながらぷらぷらと振った。

“マイスターシュテュックか……もう何本も持ってるぞ”

“そのモデルも欲しいって言ってたじゃないか。

 父さん、今日は少し飲み過ぎじゃない?”

“この化粧筆、日本の書道の筆を作る職人さんが作ってるのね……。

素敵だわ、友基。ありがとう”

 サンドラは笑顔で化粧筆セットに添付されたパンフレットをじっと眺めている。日本語が読めなくても、そこに掲載された日本の職人技の写真は、充分に彼女を感動させた様だった。

「彼女には、もうクリスマスプレゼントを送ってしまっている様だね」

 急に基滉から視線を送られて、涼子はそちらに眼を向ける。

 基滉は身を乗り出して手を伸ばすと、フォークを持つ涼子の左手薬指に輝くラブラドライトを、とんとん、とつついた。

「もう式をあげる場所は、決まっているのかい?」

 言われて涼子は真っ赤になった。

 「そんな、まだ」と答えようとして―――そこで涼子は思い出した。



 あの、ストロマトライトの浜辺を見た瞬間に思い出した、一番大切な「翔空」の記憶のひとつ。



「―――友基のぼるさんと初めて出会った、ヨセミテで式を挙げようと思っています」

 涼子を注視していた昇の眼が、みるみる内に一杯に見開かれて行くのが分かった。


 勿論翔空と昇が最初に出会った場所は、人間界のヨセミテなどではない。

 だが、昇がヨセミテをどんな場所か知っているなら、これ程妥当な場所も無いと気付く筈だった。

 深淵なる一面の巨木林に、冬は樹氷の様に雪が積もり纏い付くその光景は、正しく彼らが初めて出会った天界のその森と、全く同じ光景の筈だからだ。


「ヨセミテか。あそこは素晴らしいね」

 凄くいい選択だ、と、基滉は笑顔で膝を打つ。

 が、すぐに今度は昇に向き直ると、彼は表情を改めて話を続けた。

「でも残念ながら俺は、君達の結婚を、今すぐには認めてあげることは出来ないんだ」

 基滉はそのまま涼子の方まで視線を滑らせる。

 一瞬結婚を反対されているのかと表情を曇らせた涼子に苦笑して、基滉は再び口を開いた。

「今すぐ君達が結婚すると、西原さんの顔出しNGに問題が発生するんだよ。

 クラシック音楽家をやっている以上、夫婦同伴でパーティーに出席しなければならなくなる可能性が、いつかは来る。

 西原さんが友基の妻としてパーティーに同伴したら、如何に顔を隠していても、体型から簡単に『あの仮面の歌姫だ』とバレてしまうよ」

 確かに顔を隠していても、人の体型というのは意外な程に個性が出る。

 ましてやデュオで組んでいる顔出しNGの女と妻になった女。同一人物だと疑われない方が不自然だ。

「そんな! じゃあ俺達は音楽家を続けている以上、ずっと外で親密にできないってことになる!」

 それが恋人同士の関係であれ、同じ事が言えるのに気が付いて、昇は基滉に食ってかかる。

「そんなことはない。座りなさい、友基」

 席から腰を浮かしてまで食ってかかった昇に、基滉は厳しい目線を向けた。

「我慢が必要なのは、恐らく二、三年だ。

 君達にはどんな批判も跳ね除けられる程度に、充分な実績を作ってもらう。

 実力だけでぐうの音も言わさぬ様になれたら、顔出し無しの魔法が解けても問題など起こらないさ」

 サンドラに今までの流れを説明すると基滉は、サイドボードにある電話まで赴いて何やら通話を始めた。

 彼はすぐに戻って来ると再び食卓につき、シャンパンで口を湿らせて話を続ける。

「西原さんは英語が喋れないから、ポップソングでデビューするならまずは日本のマーケットでデビューした方がいい。

 音楽教育と語学教育を同時に進めるのは、些かならず困難が生じるからね」

 これには涼子も納得した。

 歌手への夢を諦めたのは中学生になってまだ間もない頃で、まともな音楽教育と言えば音楽の時間以来の涼子には、覚える事が多過ぎて、とても語学修得まで手が回りそうに無かったからだ。

「こちらからレッスンの講師は手配させてもらうよ。

 何か分からない事があったら、いつでも友基を頼りなさい」

「ありがとうございます」

 言われて涼子は食卓の上だが、最敬礼にお辞儀をした。

 昇から会社の経営者だとは聞いていたが、考え尽くされたその内容は流石といったもので、普段の経営手腕を彷彿とさせる。


 そこへメイドがノックの後、「失礼します」と室内に入って来て、涼子はその様相に少々ぎょっとした。

 背には大きなギターケースらしき物を担ぎ、右手にはヴァイオリンケース、左手にはナプキンに包まれたワインボトルを抱え、そのへんてこな大荷物の取り合わせは小柄なメイドの身に完全に余っている様に見える。

 どうやら基滉がかけていた電話は彼女を呼び出す為の内線電話だった様で、いち早くサンドラが彼女から荷物を受け取ると、ワインだけ基滉の方へと渡して寄越した。

“はい、これが私からあなた達へのプレゼントよ。

 まずは友基、あなたに。欲しがっていたでしょう?”

 サンドラはヴァイオリンケースの方を、驚きに固まる昇に押し付けた。

「母さんこれ……ストラディバリウスじゃないか! 貰えないよこんなもの!」

 昇は大きく目を剥いて、そのヴァイオリンケースをサンドラの方へと押し返す。

 ストラディバリウスは、息子へのクリスマスプレゼントにするには余りにも貴重過ぎる代物だ。

 10億円は下らないその資産価値もさる事ながら、世界最高峰と誉れ高い楽器としての優秀さと音色の美麗さは当然値段の付けられないもので、音楽家としてそれをよく理解している昇にはとても喜んで受け取れる様なプレゼントでは無かった。

“いいのよ。どうせ私にはサイズが大きいから、グァルネリとアマーティしか使わないんだし。

 ネックが私の手には太いから、急速なパッセージなんか弾いてると腕壊しそうになるのよ。

 あなたなら体も大きいから、ネックサイズもストロークもぴったりでしょう?”

 言いながらサンドラは胸の前で拒む様に両手を振る昇のその右手を掴むと、ヴァイオリンケースの取っ手を置き、しっかりと握らせた。

“私からの婚約祝いでもあるのよ。どうか、受け取って”

 サンドラは、青い顔で眼を白黒させている昇を放置したまま、今度はテーブルに凭せ掛けていたギターケースのネックを掴むと当然の様に涼子へと手渡して来た。

 涼子はその気安さに、恐ろしくなって激しく恐縮する。

「そんな! 頂けませんよ! こんな高価なもの!」

 涼子にギターの価値はわからないが、この家族の事、きっとまた目玉が飛び出る程に高額なギターだ。

 何より、英語が解らない涼子でも、先程昇が「ストラディバリウス」という単語を発したのだけは聞き取れた。

 その上数百万円をポンと出す金銭感覚である筈の昇の動揺っぷり。こちらのギターもほいほいと受け取っていい物でないのは明白だ。

“どうせ置いてたって私は弾かないんだから、有効活用してちょうだい?

 昔一時ギターを弾くのに憧れて、でも結局ハイスクールの子供ほども弾きこなせずにお蔵入りしちゃった死蔵品なんだから。

 ポップスソングを歌う事になるあなたの方が、こういう物は必要でしょう?”

 誰もが一度は通るギターの弾き語りへの憧れを、高潮した頬で恥ずかしそうに語りながら、サンドラは更に涼子の方へとギターケースのネック部分を押しやった。

 動揺で使えなくなってしまった昇の代わりに基滉が通訳し、その言葉を受けた涼子も、サンドラの気持ちが分からないではなかった。

 自分の恥ずかしい黒歴史に関わるものは、なるべく身の回りに置いておきたくはないものだ。

「是非受け取って欲しい。

 君を娘として大切にしたいサンドラからの婚約祝いなんだ」

 と基滉からダメ押しされて、涼子はサンドラに深く感謝しながら、震える指でそのケースのネックを受け取った。



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