Convalescent -恢復期-(上)

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@tenkufuga

7.Title(1)

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 プレゼントの代わりに和食を作る、というこの提案に、驚いた事に望月夫妻は大喜びした。昇の言った通り、特に基滉氏は相当日本の家庭料理に飢えていたらしい。

 確かに寿司や懐石はオーストラリアでも金を出しさえすれば食べられるだろうが、日本の食卓で普段当たり前に出されている家庭料理は、日本国内の外食産業でさえそれ程充実しているとは言えない。オーストラリアでは探すのにも難渋する筈だ。

 生粋の日本人である基滉は、既にオーストラリアに暮らし始めて30年近くにはなるらしいが、その間にまともな日本の家庭料理が食べられたのは、本当に数える程だった様で、涼子はその話に心から同情した。こってりした洋食が続くと胃の調子が悪くなる涼子にとって、その生活は想像するだに地獄そのものである。


 望月夫妻とメイドにキッチンを譲って貰った涼子は、昇から調理器具と食材の在り処の教示を受けると、彼らがテーブルセットを整えている間に早速調理に取り掛かった。

 時間は19時30に迫っている。モタモタしている暇は無い。


 大型冷蔵庫の中に入っている食材は自由に使って良いと言われたが、やはり和食を作る上で役に立ちそうな食材というのはそれ程多くは無かった。

 涼子は限られた選択肢の中から使えそうな食材を頭の中で組み合わせ、次々と決定したメニューの下拵えに取り掛かっていく。

 昇はあまり調理を熱心に行っていなかったのか、買い込まれた昆布や鰹節、醤油や味醂・味噌といった調味料は大量に余っていて、調味自体にはさほど困りそうでは無かった。

 ドレスの上からサンドラに借りたエプロンを身に着けての調理は、エプロン以外を汚さない様にするのになかなか気を使った。サンドラもよくこれでリゾットを作っていたものだ。


「プレゼントなんて気にしなくても良かったんだよ。

 友基にまともな婚約者が出来たことが、我々にとって一番のプレゼントだ」

 アイランド型のキッチンカウンター越しに話し掛けて来たカトラリー配置中の基滉に、涼子は忙しく手を動かしながら苦笑する。

「そういう訳にはいきません。突然お邪魔させて頂いてご迷惑をお掛けしている訳ですし」

 本当は食材からしてこちらで用意して来るべきだったのだ。望月家の食材を使用している時点で、まともにプレゼントになっているのか怪しいものだと涼子は思う。

「突然なのは友基が連絡を入れなかったせいだろう? 君が気に病むことはないよ。

 何より君はこれから我々の家族になるんだからね。余計な遠慮は要らない。

 ――もちろん今夜は泊まって行ってくれるんだろう?」

 言われて涼子は手が止まってしまう。申し訳無くて、とてもそこまで甘える気にはなれなかった。

「お気使いなさらないで下さい。宿泊先は後で自分で探しますので」

「でもクリスマスのこの時間に、簡単に宿泊先なんて見つからないだろう。野宿でもするつもりかい?」

 やや厳しい声で基滉に指摘されて、涼子は図星を衝かれた形で絶句する。


 そうなのだ。


 なんとなく引け目を感じてずっと言い出せなかったのだが、涼子は日本でオーストラリア行きの航空券は取れても、宿泊先を押さえる事が出来なかったのだ。

 日本からクリスマスイブ当日にパースへ出掛ける人は少なくても、パースのホテル自体でクリスマスを過ごそうとする人は、世界中からやって来る。

 航空券が取れた時点で奇跡が起こっただけで、その後は実質昇を頼るしか、他に選択肢など無かったのだ。

 様々な代金のことといい、ドレスやプレゼントのアイディアといい、ここまで昇に何から何まで頼らねばならないのは、涼子にとって正直屈辱的と言える程の状況だった。


 俯いてしまった涼子に、心の底から心配する顔で、基滉は続ける。

「女の子がそんな事を言うもんじゃないよ。もっと自分を大事にして、他人に頼る事を覚えなさい」

「……申し訳ありません、ありがとうございます」

 年齢を重ね、人を育て束ねる立場にある者特有の言葉の重みと優しさを受けて、涼子は小さく、消え入りそうな声でそう謝った。目の端に、じわりと涙が滲んで来た。


 恥ずかしかったのではない。怯んだのでもない。



 嬉しかったのだ。



 本来自分の親から貰う筈だった、けれど決して貰える事なく、いつしか手に入らない事自体当然の事だと諦め受け入れていた「人間扱い」。

 それを今更他人の親から受け取る事で、再び過去を問われる痛みをぐっと胸に押さえ付込んで、涼子は黙々と調理を続けた。



“女性にしておくには勿体無い程のプライドの高さだな”

 涼子に聞こえない様に英語に切り替え、声を沈めて、基滉はポツンと呟く。

“………自尊心が低いから、あのひとはプライドが高いんだ”

 随分と迷った末に、昇はそう口を開く。彼女のプライドの高さは、いや、「翔空」のプライドの高さの根源は、低い自尊心を支える為にこそ存在する筈だった。昇の知っている限りに於いては。

“どうして神様は、人に平等をお与えにならないのかしら”

 サンドラはちらと涼子を見遣ると、鼻から少し息を吐き、昇の方に目線を戻した。

 昇が「顔出しNG」の条件を付けた理由なんて、サンドラにも判る。涼子の容姿が理由に、違い無かった。

“でも私は父なる神の善意を信じたいの。

 彼女の才能が隠されているのは、きっとその能力の高さへのハンデなのよ”

 ―――彼女は伸びるわ、私よりも。

 音楽家特有の勘で、サンドラはそう断言した。

 昇はそんな夫妻の言葉を受け入れながら、彼らの優しさに微かに、眉を顰める。


 また、慣れた罪悪感。


 それを無理矢理飲み込むと、昇はナプキンを折り畳んでいた手を止め、涼子の手伝いに向かった。




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